サイキンのタケウチ


〔身辺雑記〕

2月10日(日)
 のんびり起きて、昼前にラーメン屋で飯くってたら、テレビから遠隔操作事件の容疑者逮捕ってニュースが流れてきた。
 もちろん今の時点では誤認逮捕の可能性はあるわけだけど(事件が事件だものね)、なんとなく今度の報道は警察にもマスコミにも確信があるように感じる。――なにしろ、「10日朝に逮捕」ってニュースなのに、ニュースでは容疑者の6日や9日の様子を映した映像が流れてるのだ。これってどういうことなんだろう?
 警察から事前に捜査情報がもれていたのか、あるいは警察とは別にマスコミの方でも「こいつが犯人に違いない」と目星をつけてたのか。なにしろ容疑者は同様のネットを介した脅迫や強要で複数の逮捕歴のある前科者だってことだしなあ……
 その逮捕歴の中で僕も知ってたのは、のまネコってキャラクターをエイベックスが商品化しようとしたらネットに殺害予告が出て慌ててとりやめたって事件。犯人が捕まってたことも知らなかったが、ネット上では「のまネコ事件」と呼ばれて話題になってたんだとか。
 そして今回の事件、容疑者の逮捕にいたった動かぬ証拠は、雲取山と江の島の防犯カメラ映像らしい。犯人は雲取山でUSBメモリを埋め、江の島で猫の首輪にマイクロSDカードをくっつけたんだけど、そのどちらの防犯カメラにも容疑者がしっかり写ってたらしい。「顔の見えないネット犯罪」といいつつ、余計なことして墓穴を掘って、遠隔操作が組織捜査に負けたわけである。
 で、ふと思ったんだけど。
 雲取山は東京と埼玉の境にあるらしいから、捜査をかく乱するための場所として選んだと思えばまあ納得はいく。では、江の島はどうして選ばれたんだろう?
 「のまネコ事件」で捕まったのが今回の犯行の動機だと目される容疑者は、わざわざ防犯映像に写り込む危険を冒してまで江の島まで行き、わざわざ猫をつかまえて犯行の証拠を残した。捕まりたくない奴がそこまでするのは、何か必然性ありそーだ。「ネットには詳しくても防犯カメラまで知恵の回らないお間抜けさんで、その日たまたま海を見たくなった」って説明じゃ、ちょっと納得いかないよねえ?
 で、気付いたんだけど。
 「えのしまのねこ」って言葉の中には、しっかり「のまねこ」って文字がはいってるよね? これ、何か狙ってたんじゃないかな?
 そう考えると「くもとりやま」ってのも、なんだか子供の好きな暗号なぞなぞに使えそうな地名である。二つの地名を組み合わせると、何かしらメッセージが浮かびあがってくるんじゃないかなあ?
 しかしそこまで考えたものの、僕は一連の事件にまつわる情報に疎いので、これ以上の暗号解読は無理みたいだ。どなたか詳しくて賢い方、ちょっと推理してみませんか?
 ――っていうか、複数のマスコミが容疑者の事前映像なんぞをしっかり撮影してるのは、最初からこの暗号ってバレバレだったってことじゃないか、ってのが僕の推理。さて当たってるかな?

 さて、ここまで読んでくださった方は知的な推理ゲームがお好きと拝察いたします。――そんな読者諸賢に、ぜひおすすめしたい1冊が。
 そんなわけで、新刊告知です。
 文庫版『シチュエーションパズルの攻防』、創元推理文庫より2月26日刊行予定!
 なんで今日のこの事件に絡めて宣伝したくなったかといえば、表題作を雑誌に発表して以来、足かけ6年にわたって誰も解けなかった謎の答えを、文庫版あとがきとして発表してるからなのです。しかもタイトルにちなんで、それ自体をシチュエーションパズルとして。
 なので知的遊戯の好きな方にはぜひ読んでいただきたいなーと思ってます。そして、僕がこの作品に組み込んどいた仕掛けがミステリーとしてアリなのかナシなのか、ぜひご判断いただきたい。
 正直、作中でしっかりと問題を出題してるし、答えに至るための明らかな伏線もしっかり組み込んであるのです。なのに今まで、だーれも正解を指摘してこなかったことが、僕はどうも釈然としないのです。「どーしてマスコミは容疑者の逮捕前の映像を押さえていたのだろう?」ってのと同様、「この作品を読んでる自称ミステリマニアな人々はどーして謎解きをしなかったのだろう?」ってのが気になってるので、今回の文庫版でそのあたりがすっきりすると嬉しいかぎり。
 僕自身はミステリマニアじゃないし正統派のミステリーを書こうって意識も低いんだけど、この作品に関してはいささか挑発的な言い方をしてでももうちょっと考えてみたいなと思っております。

2月15日(金)
 あいにくの天気の中、くろべーの夕方散歩を早めに済ませ、電車に乗ってお出かけ。――図書館で小澤俊夫さん主宰の雑誌のバックナンバーを読みふけった後、「福島地酒飲み比べ即売会」ってイベントへ。
 最初に街角でこの企画のポスターを見かけた時、「入場料¥1500」なんて書いてあったのを見て、入るだけでそんな金とられるんじゃ高えなーと思ってた。しかし買物にいった蔵元でその話題が出た時、スタッフのお姉さんが「入場後はどんな純米大吟醸でも試飲し放題でお料理もたっぷり出て、すごくお買い得ですよ」と教えてくれた。入るだけで金とるのかと思ったのは素人もいいとこで、入りさえすりゃ金とられないってんだからありがたい話で、その蔵元で前売券を買って楽しみにしてたのである。
 開場時間直後に入ってみると、開場は既に賑わってる。地酒飲み比べってだけあって県内の二十何軒だかの蔵元が集合してて、そのスタッフだけでも結構な人数なのだ。お惣菜を作るスタッフも忙しく働いておられるし、僕がたまにいく美味しい蕎麦屋さんも出店してる。いつもは金払って食べてる蕎麦まで食べ放題かーと感動しちまった。
 開場は六時で開始は六時半と書いてあったわりに、開場した時点で飲み食いを始めてもいいらしい。早速前売券を買った蔵元で新酒をいただき、お惣菜をつまんで一杯。うまいー♪
 なにしろ二十軒以上の蔵元だそーなので、あっちで一杯こっちで一杯と回ってるとすぐに酔いが回ってくる。六時半開始ってのは主催者挨拶と乾杯の仕切りが入るタイミングだったが、その頃には会場全体が既にほろ酔い機嫌って感じだった。
 その乾杯の掛け声、「かんぱーい」ではなく、「がんばろー!」だったのが印象的だった。――参加してる蔵元には震災で設備や製品に被害を受けたところも多いし、その後の風評被害については業界全体が打撃を受けてるらしい(特に関西方面の人が福島の産品を買わなくなったとか)。それでも恨み事ひとつ言わず、笑顔で「がんばろう」と言える人たちが頑張ってる姿には尊敬をおぼえる。美味しく飲み食いさせてもらいつつ、こういう場にいられることが本当にありがたいと思えた。

 先日の総選挙、原発推進責任政党である自民党がタナボタ式に圧勝したろくでもない選挙結果を受けて、“福島県民は全員県外に脱出しなはれ”などと言ってた馬鹿関西人がいた。その論拠は“そうすれば政治家どもが困るから”だそうな。なんと幼稚で無神経かつ実効性すらない暴論だろうと呆れたが、言ってる本人は正しいことを主張してるかのようにご満悦な様がなんともトホホな光景であった。
 おそらくそいつの小容量の脳味噌には、“政治家の悪口いってりゃ自分は正義”っていう短絡的な世界観くらいしか入ってないのだろう。無神経な暴論を風刺とでも勘違いしてるのかもしれない。帰りたくても帰れない避難民が何万人もいることとか、復興に向けて「がんばろう」と言ってる人がいるなんてことは知らないどころか想像もできないんじゃなかろうか。
 そいつの話は極端な例だけど、震災の被害報道や原発にまつわる構造腐敗の報道にともなって、身勝手な正義感が幅をきかせる風潮が鼻につくようになってきた。政治家・電力会社・マスコミあたりを罵ってりゃ自分は正義って思いこんでるようで、社会悪を声高に叫ぶだけならまだしも、そのうち他人に口出ししはじめる奴も少なくない。どっかで読みかじった知識をだらだら並べたあげく、それに感心されなきゃ人を罵って悦に入ってる、なんて奴が周りにいると結構迷惑だ。――そういう相手にゃ、「震災後の不安を悪意に変えて誰かにぶつけたいんじゃねーの?」とか、「自分も電気の恩恵受けてることの罪悪感をまぎらわそーとしてるね」とか言いたくなってくる。
 そして不思議なことに、福島に来てからはあんまりそういう、身勝手な正義感を目にしなくなった気がする。もちろん福島の人は聖人君子そろいってわけじゃなかろーし、やりきれない思いや怒りや恨みもあるんだろうけど、実際に前に向かって動き出してる現実の中では役に立たない悪意が表面化する機会が少ないみたいだ。

 ま、面倒くさい話はおいといて。
 文字通りいろんな酒をたっぷりと飲み比べた結果、おいらが一番人にすすめたくなったのは、二本松市の奥の松酒造の「純米大吟醸スパークリング」ってお酒であった。なんとも爽やかなフルーティーさで、穏やかに弾ける泡が舌に心地いい。確かにお米のお酒なのに、上品なマスカットみたいな香りがあって、下手なシャンパンよりよっぽど美味い。聞けばバイクレースの表彰台でシャンパンファイトのかわりにこのお酒を使ったりするんだそーで、そりゃあ日本で開催するレースならこういうお酒を使うべきだよなーと納得してしまった。
 おかわりさせてもらいつつ、スタッフさんにいろいろ話を聞かせてもらったんだけど、このお酒はネット通販でも買えるようだし、290ミリの小瓶だったら588円っていう手頃な価格なんだとか。ご興味おありの方は是非お買い求めあれ。
 あと、感動したのは「キヨばあちゃん(88歳)のたまご酒」。これ、冗談抜きで、僕がこれまで飲んだ玉子酒の中で一番美味かった。もっともおかわりして飲んだのはこの酒だったし、同じように思う人は多いらしくてたくさんの人が集まって笑顔で飲んでいた。
 玉子酒ってえと風邪の時に飲む薬で、なんとなく生臭いって印象があったんだけど、それは材料や作り方に問題があったようだ。いい酒つかって丁寧に作ればこんなに美味いのかーと、感心しきり。これはそのうち自分でも作ってみたいなーと、レシピをしっかり取材しておいた。(つうかそんなに難しい作り方じゃないんだけど、それでしっかりおいしいのがすごい)
 その最中、和服姿の司会者の方がマイク片手に寄ってきた。「お風邪の時にこんな玉子酒を作ってくれる女性はどうですか?」などと尋ねられ、「最高ですね、イチコロです」なんて答えといたけど、そーいやお菓子作りが趣味って女性はいても玉子酒を作る女性って少ない気がする。まあ趣味の問題だけど、妙に手の込んだケーキを焼くより、こういう玉子酒を作れる人の方が尊敬できる気がするなー。
 プロフィール欄に「特技:美味しい玉子酒を作ること」なんて書いとくと、きっとモテると思うんだけど、どーなんだろう。婚活中の方は是非お試しあれ。

2月27日(水)
 朝から車で出発。洋菓子屋(お見舞いのチョコ菓子を購入)と蔵元(酒購入&ちょっと仕事話)とガソリンスタンドを回ってから、那須高原へドライブ。
 3月1日から、那須高原の絵本のいえmurmurで『いきものたちの、ものがたり展』っていうイベントが開催される。絵本カフェで彫刻と音楽と物語のコラボが楽しめるアート企画で、僕も文章で参加してるんだけど、諸般の事情で展示準備を手伝うことになったのだ。
 会場に到着、隣接する館長のお宅をノックすると、ドア越しに「どうぞー、鍵は開いてるよー」との声だけが返ってきた。絵本の家では無人でストーブだけが赤々と燃え、何やら大きな荷物が3つほど……って書くと、それ自体が絵本のおとぎ話みたいだけど、ほんとの話である。さて、どういうことでしょう……と書くとシチュエーションパズルだな。
 要するに、館長ご一家がインフルエンザでダウンしたので、僕が代わりに荷ほどきと展示準備を引き受けたのである。感染を広めないため、なるべく他人と接触しないようにしなきゃならないんだそーで、僕も来訪すれども顔は合わせずみたいな形で働かなきゃならない。絵本の家に一人でこもり、大きな荷物と向かい合った。

 で、これが結構、心躍る作業であった。
 箱やら袋やらプチプチシートやらで包まれてるのは彫刻家のはしもとみおさんや本多美枝子さんの作品で、梱包をほどくごとに様々な動物が姿を現す。僕は木彫りが趣味だけど素人芸のレベルなので、こうして一人でプロの作品をじっくり堪能できるってのはなかなかの贅沢だ。
 なにしろ、これまでインターネット画像でしか見たことなかった作品を、立体として好きなだけいじくりまわせるのだ。勉強になる――という感覚もないほど、単純に楽しい。もちろん展示のことも考えなきゃいけないし物販に備えて出品リストも作らなきゃいけないのだが、作業より前にまず面白がってすごす時間だった。一通りやり終えるまでに何時間もかかったのは、僕がもともと片づけごととか整理統計とかが苦手だってことだけが原因ではなかろう。
 その作品群と向かい合うのがどういう風に楽しいのか、ってのはあえて言及しない。ネットでイベント名や参加作家名を検索すれば結構いろんな画像が見られるだろうし、実物については実際に会場で味わっていただくのが一番だろう。絵本のいえという空間自体の面白さも手伝って、他ではちょっと味わえないような展示になったんじゃないかと思う。
 個人的にとても楽しかったのは、届いてた作品群の中では一番大きな、黒柴犬の月くんの彫像の梱包をほどいてた時のこと。――郵送のショックに耐えるために厳重に巻かれたプチプチシートを丁寧にはがし、ようやく顔が出てきたと思ったら、月くんの鼻面にぽちっと白いものが一つ。なんだろうと見てみると、ごはんつぶではないか!
 おそらく梱包時にくっついちゃったんだろうけど、こういう空間でこういう作品と向かい合ってると、米粒一つが不思議な存在感を漂わせる。本当に月くんという犬がごはん粒をつけて現れたように思えて、実になんともユーモラスなのだ。よくそういう相手に「お弁当つけてどこ行くの?」なんて尋ねてからかったりするけれど、そこからストーリーが広がっていくような、そんな予感を感じさせてくれる一瞬だった。
 そのストーリーの中、月くんはどうしてごはんつぶをつけているのか、そしてどこに行くのか、一粒だけついてたごはんつぶはその後、どんな運命を辿るのか――物語はそういうところから生まれて育っていくものかもしれないなーと、絵本の家で実感できた午後だった。

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