サイキンのタケウチ


〔身辺雑記〕

3月7日(水)
 昨日車を運転中、エンジン付近でキュルキュルと高い音がしはじめた。エンジンかけると鳴りだし、走行中だけでなくアイドリング中も鳴っていて、何故かブレーキ踏んでる間だけ鳴らない。どういうことだか分からんが、とにかくプロに見てもらおうと、今日は昼前から修理工場へ。
 普通にエンジンかけ、普通に運転して普通に駐車して、受付のお姉さんに症状を説明。エンジニアのおっちゃんにも説明して鍵をあずけ、じゃあとりあえず見てみますかーと、おっちゃんがエンジンをかけたところ……
 かからない。さっきまで普通に走ってたのに、今やまったく起動しない。異音について見てもらおうと思ってたのに、これじゃエンストの修理にきたみたいである。
 いやエンストならそもそもこうして工場まではしって来れるわけがないのだ。嘘みたいというか狐に鼻をつままれたみたいというか。来るだけ来てから壊れて良かったとも思ったが、エンジニアのおっちゃんとどういうことだろーと顔を見合わせてしまった。

 調べてもらったところ、原因は「エンジンとバッテリーを繋ぐベルトが切れてた」ってことだった。
 てえことは、キュルキュル音がしだした時点で、エンジンの回転をダイナモに伝えて電気に変える途中で断線が生じてたわけである。その時点でこの車には電気を自分で作りだす力がなくなり、バッテリーに残ってた電力だけで電気系統を動かしてたのだ。
 エンジンをかけるのにも電力が必要だから、家を出る時点でエンジンをかけたのが最後だったわけである。仮に工場に行く途中でどっかに寄って、そこでエンジンを切ったら最後、自力での再起動は不可能だったわけだ。まっすぐここにきてよかったなーと思ったし、下手すりゃもっとまずいことになってたんだなと恐ろしくなった。
 3月とはいえまだ雪ののこってるこの時期、仮にくろべーと共に人里離れた山ん中にでも出かけ、車を止めて「誰もいなくて気持ちいいなー!」なんて言ってたら、僕はそこから帰ってこれなくなってたわけである。携帯電話の電波が届かない場所もざらにあるし、公衆電話だの助けを求める人間を探すまでに何キロも歩かにゃならなかったかもしれない。幸い春の陽気が感じられるけど、天候悪化で吹雪にでもなってたら遭難してたかもしれない。
 昨日のお出かけが近所であったこと、今日はまっすぐ修理にきたことは幸運だったなーと思い、やっぱり寒い冬はよくないね。このままあったかい春がむかえられますように……

3月16日(金)
 今住んでる越冬コテージを今週で引き払うつもりだった。昨日は荷物運びとお山にの下見を兼ねて自宅にいってみたのだが、3月も半ばだってのにいまだにものすご〜く雪深くて驚いた。
 車を降りたらまずは除雪車が作った雪の壁を乗り越えなきゃならないし、道を歩くと膝までずぼずぼと雪に埋もれる。日中の気温なら暖房いれなくても耐えられるが、雪深いのだけはどうにもならない。車から家までの道だけでもある程度通りやすくしようと雪かきしはじめたら……風が強まってきて吹雪になりやがんの。
 これじゃあとてもじゃないが生活できない。今のコテージで雪解けを待とうと思い、管理会社に滞在の延長を頼んだり出版社に著者校ゲラの送付先を変更してもらったり。まだまだ冬が続くなーって気分だったのだが……今日はすっかり春の陽気じゃねーか!
 あったかいのは嬉しいけれど、昨日雪に苦しんだ直後だけに腹が立つ。もっと早くこんな天気になって、これが続いてりゃあ雪も解けるんだよバカ野郎と誰にともなく怒りを抱き、腹いせに昼寝している黒犬をふんづかまえた。せっかく気温高いので、この隙にくろべーを洗うのだ。
 シャンプー嫌いのくろべーは風呂に入れられる気配を察しただけで部屋の隅に避難して小さくなってるが、力づくで風呂場に連行。じゃぶじゃぶ洗った後は天日干しじゃーと、玄関先でタオルドライの後は長めの散歩に出かける。

 たっぷり歩いて帰宅すると、コテージの管理会社の人がやってきた。冬ごとに貸しコテージを使うくらいならいっそ1軒買いませんかってことで声かけてくれたのだ。とりあえず次の冬まで必要もなけりゃあ買う金もないのだが、不動産物件を見るのは嫌いじゃないので連れてってもらう。
 気さくなお兄さんから別荘地にまつわるいろんな話を聞かせてもらうのは楽しかったが、物件自体は特に強く惹かれるものはなかった。田舎暮らしをしたい人にはいろいろ楽しそうな家だしお値段も格安だけど、別荘地暮らしが長いと自分なりの価値基準ができてくるからなー……
 それにしても、昨日は自宅の豪雪に苦しんで吹雪に直撃されたりだったのに、今日は春の陽気で犬を洗ったり中古住宅を内見したりしてるんだから妙なもんである。山荘を買って今の妙な生活パターンになって以来、東京暮らしをしてたらまず体験できないことにたくさん巡り合った気がするなあ。
 帰宅してふとテレビをつけたら、『最後から二番目の恋』ってドラマの再放送をやっていた。中井貴一のコメディー芝居が楽しいこのドラマも、小泉今日子演じるテレビ業界の女性が鎌倉の古民家に越したことから始まるいろんな出来事で進んでいくようだ。――ドラマの影響で古い家への移住を考える人も出てきそうだけど、そういう人と話す機会があったら、僕なりの経験を語ってアドバイスしてみたいもんだなーと思う。

3月24日(土)
 越冬コテージの近所のパン屋さんが近々閉店することになった。パン屋の名店がおおいこの土地でもクリームパンが一番おいしい店だったのに残念。最後の思い出にと、昼飯前にくろべーと散歩がてら買いに行った。
 ところが入店してみるとクリームパンの姿がない。「これから焼けますかー?」と尋ねてみたら、20分ほどしたら焼けるという。そんじゃあ散歩の帰り道に寄りますと言って散歩再会。去り際にレジ係のおばあちゃんが追いかけてきて、「すいません、30分!」と言い添えてくれた。今まさに、焼け具合をみつつオーブンに入れてるってことらしい。
 で、そこからちょっと歩いたとこのドッグカフェによってコーヒーを飲むことに。くろべーにしたら散歩の距離が増えて嬉しいし、ドッグカフェの犬たちとも会えて楽しそうである。自分より大きなニューファンドランド犬と向かい合った時はちょっとびびり気味だったけど、やがてメスのイエローラブを連れた女性が来店した時には甘え鳴き全開。
 聞けば11歳のおばあちゃん犬だそうで、のっそりと落ち着いた物腰の犬だった。目がハート型になったくろべーがしつこくすり寄るもんだから、ぷいっと飼い主さんの影に隠れてしまった。くろべーだってあと1カ月ちょっとで11歳だってのに、相変わらずちっとも落ち着かない。こういうのは飼い主に似てるというのだろーか……(あ、お互い白髪は増えたけど)

 30分以上たったので、そろそろクリームパンじゃーとパン屋に戻る。
 んがしかし、店の照明は消えてて「CLOSED」って看板が出され、窓のところには完売のため閉店って案内が出てる。さっきはクリームパン以外のパンなら結構あったってのに、おいらがコーヒー飲んでる間にきれいさっぱり売れちまったらしい。30分後といわれてきてみたら閉店ってのは結構ショッキングな光景であった。
 いくら人気店とはいえ、そんな風に売り切れるもんなのかーと驚いた。誰かパン食い大王みたいな人がきて根こそぎ買ってったのだろーか。このところ小澤俊夫さんの本を何冊か読んでるとこなので、何十個ものパンをばくばく食ってる山姥みたいな昔話風のイメージが浮かぶ。
 それでも今日がこの店に来る最後なのに、こんな形で立ち去るのは心残りである。一応店内に声をかけてみることにした。もうすぐ閉店ってことでスタンプカードと記念品を取り替えてくれるって話もあったし、もしかしたらおいらの分のクリームパンだけ取り置きしてくれてないかなーって期待もあったのだ。食い意地張ってるもんで、最後に1個だけでも食べたいなーって思いが強かった。
 すると、1個どころか3個出してもらった。おまけに「ちょっと色がついちゃったから無料で差し上げます」と言われてびっくり。それも焦げというほどのもんじゃなく、キツネ色がちょっと濃くなった程度で品質に問題あるとも思えない。『からすのパンやさん』みたいなもんで、むしろ美味しそうに見えたくらいだ。
 それを焼き立てのほかほか状態で、しかも只でいただけるなんて、それこそ昔話に出てきそうな展開である。一瞬、くろべーと分け合って3個とも食っちまおうかって考えも頭をよぎったが、両手にもって1個くわえてなんてことになったら自分がパン食い大魔王になりそーだ。ここは冬の間にお世話になったお宅にお裾分けしよーと思い、帰りがけに絵本カフェに寄っていくことにした。

 焼きたてのうちに、そしてご一家が昼食済ませて満腹になる前に、と思って帰路は速足で歩いたのだが、いつもより長い距離を歩いたせいか、くろべーはちょっとお疲れ気味。こういうところではもうじき11歳の老犬ぶりが分かるね。
 ついてみるとカフェのご一家のランチタイムはもう終わってたが、それでもデザートにどうぞってことで、コーヒー飲みつつ食べようってことに。焼き立てちょい焦げクリームパンを、人間たちと犬たちで分け合っていただきましたとさ。
 めでたしめでたし。

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