5月中旬のタケウチ


5月10日(土)
 くろべーがやってきた。
 事情で飼えなくなった前の飼い主さんから僕が引き取ることになったのだ。その飼い主さんと共に、昨日から1日かけて車とフェリーに乗ってきたのである。
 元気盛りの2歳、まっ黒い毛がつやつやしてて、がっしりとした筋肉質の体つき。ちょっと気は小さいようだけど愛敬たっぷりでなかなか楽しい奴である。初対面の僕を警戒することもなく、すぐにじゃれてきて一緒に遊ぶことができた。
 雑種だというが、外見上はどう見ても黒のラブラドールレトリバーである。父親がラブラドールで母親がバーニーズ・マウンテン・ドッグなんだそうで、よーく見るとバーニーズの公家さん眉毛っぽい毛がまぶたの上に見受けられる。まあ顔も眉も真っ黒だから同化してるんだけど。
 黒ラブの中には胸に白い斑点があるのもいるというが、くろべーも胸元にちょこちょこと白い毛がある。これがラブ由来なのかバーニーズ由来なのかは不明だが、首回りがラブラドールよりも筋肉質なようなのはバーニーズの血だろうか。──それにしても、バーニーズだったらラブラドールよりでかいのに、くろべーはラブラドールよりちょっと小柄である。どういう遺伝なんだろう?


(こいつがくろべー。画像提供は前の飼い主さん)

 前の家からサークルやらトイレやらの生活道具一式を持参してきてもらったので、まずはそれをうちのリビングに運び込む。リビングのソファーベッド(犬にいいかなと思ってたが邪魔だった)とバトルダーツ(友人からの引っ越し祝い)とヒロ・ヤマガタの絵の額縁(特にファンではないけどでかくて見栄えがいいので飾ってあった)をどかし、そこにサークルを設置。サークルとはいえ、スチール製で150センチの高さ、2畳ほどの広さがあるのでほとんどオリだな。
 とりあえず留守番できる態勢を整え、ハウスを命じてくろべーをサークルの中に。人間二人は車に乗り込み、近くのホームセンターとショッピングモールで買い物。
 買い物のメインは庭を仕切るラティス×2枚。90×90センチの木製格子みたいなもんだが、これでもって庭を仕切ってくろべー開放スペースを作るのだ。一緒に杭と蝶番と針金も購入、昼食の後で帰宅して早速作業にとりかかる。
 通路の一角に杭を打ち、蝶番と針金で2枚のラティスを取り付ける。1枚は柵、1枚はドアとなり、奥の庭と通路を出入りできるようになる。行き当たりばったりで作業してった割には結構ちゃんと機能するようだ。くろべーも脱出はできないようで、開放ゾーンで好きなように遊んでいる。嬉しくなってくろべーとラティスドアの記念写真を撮ってしまった。

 庭に満足いったら今度は2階に移動、ベランダもくろべーの開放ゾーンにする予定なので試してみる。……んがしかし、くろべーも僕らと一緒になって調子よく階段を上って2階の探索を終えたまでは良かったのだが、いざ1階に下りようってとこで問題が生じた。
 くろべーは、階段を下りられないのだ。
 なにしろ目線が低いし、うちの階段は結構急である。リフトを間違って上級者ゲレンデに上っちゃったスキー初心者みたいなもんで、下に向かうのが恐くて仕方ないらしい。
 勇気を出して何歩か下りてみるのだが、やっぱり恐いらしくて途中で後ずさり、一番上に戻ってしまう。バックで階段を上る方がよほど難しそうな気がするのだが、何度も何度もそれを繰り返すのだ。
 先に下りた人間2人が下からくろべーを呼んでみても、やっぱり下りてこられない。2階の床に伏せて切なげにこっちを見下ろし、恐いよ恐いよと鳴くばかりである。
 最初はキュンキュンと情けない声だったのが、やがて焦れてきたのかワンワン吠えまくる。近所迷惑なので、結局僕が抱きかかえて1階まで下ろす。──抱えて下りてる間も恐いらしくてずっと悲鳴あげてやんの。
 そんだけ恐い思いをしたってのに、何かで僕らが2階に向かった時には率先して階段を駆け上っている。アホかと思って見てたら再び下りられなくなり、恐いよ恐いよの繰り返し。
 んがしかし、育ての親はそんなくろべーを放っておかなかった。根気よく下からくろべーを呼び続け、やがてくろべーは悲鳴を上げつつ一人で階段を下りたのだ。えらい!

 そんな時間が過ぎた後、とうとう別れの時。元の飼い主さんが出発するのである。一緒に外に行こうとするくろべーを家の中にとどめていると、なんだか僕までせつなくなってくる。元の飼い主を恋しがってクンクン鳴いてる声に胸が痛んだ。
 それでも一緒に遊んでやってるとだんだん元気になり、僕がベランダの洗濯物を取り込みに出た時には一緒に2階まで上がってきた。階段を下りる際も、相変わらず悲鳴を上げながらではあるが一緒に下りてくる。──どうやら、僕の足の後ろにぴったり着いて下りると下が見えずに恐くないと学習したらしい。なんだかカルガモの親鳥にでもなった気分だな。

 夕方には初めての散歩。
 家の中で暮らす躾はばっちりのくろべーだが、散歩でのしつけは全くなってない。リードをぐいぐい引っぱって先を急ぎ、気になる匂いの方にふらふらくんくん。何か拾い食いまでしてる困った奴である。
 なんとか力で抑えつけながら歩いていき、近所の公園で躾に挑戦。しかしなかなかうまくいかない。愛犬と穏やかに散歩してる近所の人達を見ると羨ましくなってくる。──ちょっと遠くに行くとたくさんの人達が犬の散歩コースにしてるきれいな公園があるのだけれど、もーちっと落ち着くまではそこに連れてくのは無理そうだな。
 散歩中の犬はともかく、近所の家につながれた犬達は新入りくろべーを警戒して吠えまくってる。近所を騒がせて申し訳ないなーと思ってたら、一軒の家の白い犬がすごく穏やかかつフレンドリーにくろべーに接してくれた。くろべーも尻尾を振りつつ挨拶してて、こういう友好的な出会いは僕まで嬉しい。──毛並みからして老犬のようだが、親切な長老って感じだな。
 このくらい老成したら散歩も楽そうだが、若く元気で好奇心に溢れた犬にストイックな散歩ぶりばかりを期待するのも酷かもしれない。家に帰ったらリードと首輪を外し、庭と家ん中を自由に駆け回らせてやった。

 夕方から夜にかけて、僕が仕事してる間に変化がおきた。
 くろべーは階段の上り下りを一人でできるようになったのだ。家の中を探索するのが楽しいらしく、元気にあちこち歩き回ってるうちに階段も克服できたらしい。よかったよかった。
 夕食は用意したドライフードを一瞬でぺろりと平らげた。食後はさらにテンションが上がって駆け回る感じである。庭に出してやったら暗いのも気にせず駆け回ってた。闇夜にくろべー、ほとんど同化しておるな。
 その様子を見ててふと気付いたのだが、くろべーは網戸を認識できない時がある。戸が開いてるもんだと思って通ろうとし、鼻面から網戸に突っ込んでんのだ。犬はあんまり視力がよくないなんて話を聞くが、くろべーも結構な近眼なんだろーか。

 家じゅうに興味を持って嗅ぎ回ってるくろべーも、何故か風呂場にはあまり興味がないらしい。探索中も中には入らなかったし、僕の入浴中に様子を見に来た時にドアを開けてやっても上半身だけ入って様子をうかがうだけだった。レトリバー犬の血が流れてるくせに水は苦手なのかな。
 風呂から上がると、僕の方に疲れがどっと出た。くろべーにはハウスを命じてサークルの寝床におちつかせ、僕も二階の寝室で早めに就寝。

5月11日(日)
 目覚めて1階に下りていくと、くろべーがサークルの中でお座りしてる。「早く開けて開けて」って感じだな。
 ドアを開いてやると、猛烈な勢いで洗面所の方にかっとんでった。どうしたんだろうと思ったら、昨夜放り出したままだったコング(お気に入りのおもちゃ)をくわえて戻ってきて、くわえたままくんかくんかと鳴いている。鳴きながら家じゅうを駆け回ってるのは、元の飼い主さんを探してるんだろーか。
 そういえば昨日から寝床の毛布を抱え込んでのマウンティングとかも激しかったし、分離不安ってやつなのかもしれない。僕としては何をしてやればいいのかなあ。
 庭に離してやってもすぐ室内に戻ってくるので、まずは朝食。僕が食べてる間は傍らでじっとお座り。結構低いテーブルなんでおすわりの時の首の高さに食べ物が並んでるのだが、行儀がいいので許可がないと食べないのだ。物欲しげな瞳を無視して食べ続けるのは心苦しいが、主従関係をはっきりさせるためにも僕が食べ終わってからくろべーの朝食。今朝も一瞬でぺろり。
 朝食後に庭に出て、くろべーが遊んだりマーキングしたりウンコしたりしてる間に僕はくろべーのトイレの掃除。室内ではサークル内に置いたトイレシーツでするように躾けられてるので、毎日それを交換してやんなきゃならない。昨日は動き回っちゃあ水をがぶ飲みしてたので、シーツもたっぷりと濡れていた。

5月12日(月)
 朝からちょこっと仕事した後、用事で外出。
 留守番の時はくろべーをサークルに入れると教わっていたのだが、僕が2階にいる時に1階で放っておいても悪さはしてないので、今回は試しに幽閉しないででかけてみることにした。ある程度片付けておいてサークルのドアは開け放し、牛皮ガムを与えて自転車で税務署にでかける。
 帰り道で雨に降られるってアクシデントもあったが、何時間かして帰宅。お利口くろべーのは特に問題を起こしておらず、よかったよかった。

 だけどやっぱり一人で留守番は寂しかったようで、僕が帰宅するとえらい興奮ぶりである。ひゃんひゃん鳴きながら家じゅうを駆け回り、雨に打たれた僕がシャワーを浴びてる間も終始落ち着きがなかった。
 浴室からリビングに戻ってみると、相変わらずはしゃぎながらおもちゃのボールをくわえてる。──単にくわえてるだけならいいのだが、前の家から持ってきた硬式テニスボールみたいな素材のボールを前足で抱え、歯でその毛をむしってくちゃくちゃ噛んでやんの。
 噛んでるだけならまだしも、そのまま飲み込んでるようなので驚いた。たぶん化繊素材だろうが、飲み込んで体にいいもんではないだろう。無理に口を広げさせて繊維を取り出し、ボールを取り出してはみたのだが、そしたらかごに入れてあった飼育グッズの中からもう1個のボールを出してきた。
 こっちも化繊素材で、くろべーはやっぱりむしゃむしゃやってる。──何でも食べちゃうけど毒じゃなければウンコで出るから大丈夫ってのが前の飼い主さんの見解だったのだが、やはりちょいと心配である。これも取り上げ、代わりにプラスチックのVHSビデオケースを出してきた。放り投げて持って来い遊びをした後、ある程度噛ませてやっては取り上げてまた投げる。
 んがしかし、これもしばらく噛んでたと思ったらぶっ壊した部分から口に入れて飲み込もうとしてる。本当に何でも食う気だなと思い、これも没収。石油製品だと心配なので、硬くて噛み応えのある天然素材ってことで竹の切れ端を与えてみた。
 これなら大丈夫かと思いきや、結局これも端っこからがしがし噛んで食ってる模様。こいつもゴミ箱行き決定。噛ませる遊び自体を諦め、放っておいて僕は仕事にかかる。

 とりあえず一つの締切に対する目処がたったので、夕方からは長い散歩に出発。相変わらずぐいぐい引っぱるが、昨日編み出した引き綱を僕の腰に回して可動部分を短くする戦法でどうにか制御しつつ進む。力づくで抑えつけてるとゆーか、散歩も格闘技みたいなもんである。
 近所の人が愛犬を散歩させてるのと何度か遭遇したが、大抵の飼い主さんはくろべーの姿を見ると自分ちの犬を遠ざける。黒くてでかくてハアハアいってて散歩の躾がなってないから、どっからどう見ても危なっかしいんだろう。犬連れじゃなく散歩してる老夫婦まで恐れて飛び退いていた。……くろべーは人なつっこくて遊んでもらいたいだけなんだけど、犬慣れしてない人にとっては襲いかかられるみたいなもんなんだろーなあ。
 あんまりゼエハア言ってんので途中で何度か水分補給などしつつ、明日行く予定の動物病院まで歩く。20分くらいで着くと思ってたが、結局40分もかかってしまった。往復で1時間20分、僕と引っぱりっこをしながら進んでるようなもんなので結構な運動である。
 帰宅後もがぶがぶ水を飲んでたくろべーは、夕食前後こそ元気だったものの、お腹が落ち着いてウンコもしたら疲れがどっと出たらしい。フローリングの床にべたっと横になり、僕の右足を枕にして死んだよーに眠っている。
 その眠りを妨げるのも悪い気がして、僕はこーしてパソコンに向かって日記をつけている。──何かの拍子に足枕ははずれたが、くろべーが寝てるのは相変わらずで、今度はイビキかいたり寝言いったりしてやんの。

5月13日(火)
 今日もくろべーは朝から興奮。コングをくわえて家じゅううろうろ。──どーやら10分かそこらこの状態を抜けないと落ち着かないんだな。
 朝食後も興奮状態で、水皿を置いてやろうとした僕にがつんとぶつかってきた。水がどばっとこぼれてしまい、僕が思わず大きな声を上げた。
 と、それにびびって一気にテンション低下。僕が床にモップがけしている間にもびびって離れ、こっちの様子をうかがっている。反省するのはいいのだが、びびりついでにちょっとチビってしまい、そっちにもモップをかけることに。
 くろべーが来て以来、モップがけの回数がやけに増えてるなーと思いつつモップを洗う。恐縮中のくろべーを庭に出してやり、びびんなくていいよと撫でてやる。──くろべーはコングをくわえて甘え鳴き。どーやらこの行為ってのは寂しかったり恐かったりの不安の後にくるもののようだ。

 ワープロに向かって仕事した後、午前中から散歩に出発。目指すは動物病院。
 片道30〜40分の道すがら、引っぱりぐせの抜けないくろべーにリーダーウォークの躾。んがしかし、家の中では一通りのコマンドに対応するくろべーも、外では全然反応が違う。周りに好奇心を刺激するものが多く、僕の言うことなんかろくに聞いちゃいないのだ。格闘みたいな引っぱりっこの末、病院に着く頃には僕もくろべーもハアハアいってる有様であった。
 病院では8種ワクチンとか狂犬病予防とかの注射をうってもらい、ノミダニ防止薬やフィラリア予防や耳にあった怪我の消毒薬をもらって犬の登録……とかなんとかやってたら、結構な治療費がかかってびっくり。どーにか所持金で足りたが、もうちっとで危ないとこだった。軽くなった財布を眺め、まあ病院の受付嬢がかわいかったからいいかと何とか自分を納得させる。
 先生の診断によると、くろべーはこの種類にしては痩せ気味だそうだ。前の飼い主さんから言われてた体重は25キロだったが計ってみたら23キロなかったし、環境変わって痩せたんだろーか。まあ他に悪いとこはないようなので何よりなんだけど。
 んがしかし、帰宅して背中にノミダニ防止薬をたらし、耳に消毒薬をたらすってえと、くろべーは途端にぶるぶると身を震わせる。あたりに赤黒い消毒薬が飛び散り、えらいことになってしまった。まったくもう。
 ワクチン注射後は元気がなくなったり食欲がなくなったりする犬もいるというが、帰宅後も特に体調の悪くなる様子はなく、相変わらず元気に家じゅうをうろついている。
 僕も仕事部屋に戻って執筆を再開したのだが、くろべーは1階と2階を行き来して落ち着きがない。夕方になって仕事を終えて1階に戻ると、朝とか帰宅時のよーな興奮状態になってしまった。
 コングを加えて家の中をぐるぐる、口が塞がってるもんだから甘え鳴きもアウーアウーとなるばかり。この状態を今後、コングルもしくはアウアウ状態と呼ぶことにしよう。
 ちょいと早めに夕食をあげた後、僕は外出。買い物ついでに外で飯食って、ついでに酒飲んで帰宅。帰宅すると、予想通りのコングルアウアウ状態。買い物でホームセンターに行った時に犬用ジャーキーを買ってきてやったのだが、それをあげてもコングをくわえたまま食べようとしてうまくいかねーでやんの。

5月14日(水)
 終日出かけず、仕事と家事の一日。
 なんだか早起きになってしまい、7時前からワープロに向かってんだから変なもんだ。まあ締切近いからってのもあるんだけど。
 朝食後に掃除と洗濯。モーター音の恐いくろべーは掃除機から逃げ回ってる。サイクロン型の掃除機でダストケースが透明なので、あっという間にくろべーの抜毛がたまって竜巻状に渦巻いてる。
 日中に少々不快なハプニングなどありつつも仕事は順調に進み、夕方には一段落。犬の声に仕事部屋から見下ろすと、近所の奥さんが犬の散歩から帰ってきたとこで、チコとハッピーが吠えている。一軒向こうのチワワのマッシュもやってきたので、うちのくろべーも挨拶がてら外に出す。
 3匹の犬にそれぞれ挨拶させたが、それぞれ反応が違う。チコ(日本系中型犬去勢メス)はガルルと唸ってくろべーを威嚇(気の小さいくろべーびびって逃げる)、ハッピー(シーズー系小型犬オス)は面倒な奴が来おったと避け(くろべーハッピー家の前にマーキング)、マッシュ(チワワだから超小型犬オス)は怯えて飼い主の腕から肩へ避難(くろべー股からお尻をくんくん)と、この辺の犬社会もなかなか複雑だ。

5月15日(木)
 一日じゅう家で仕事。締切近いし雨だしワクチン後のくろべーは安静にしてなきゃいかんらしいし。
 雨なので、庭にくろべーを出すと足が結構汚れる。これまでは土足で家に上げてたがさすがにまずいなと思い、足を拭いてから入室させることに。
 外に出した後で縁台に載せ、ブラッシングと足拭きが終わったらおやつをあげて家に入れるってことにした。何度かやってたらおとなしく従うようになり、初めて僕の躾が成功って感じ。──しかし、家だとちゃんと言うこときくのに散歩の時はどーしてああも聞き分けがねえんだろうなー。
 締切迫る仕事の方はなかなか順調で、今日だけでかなりの量を一気書き。『お笑い巡礼』を仕上げ、『自転車少年記』では急展開。当初の予定とは若干違ってきてるとこもあるが、主人公達が幸せになるのが一番だ。
 一日の労働を終えて入浴。お湯につかりながら、気紛れにくろべーを呼んでみる。何故か風呂場が恐いくろべーは入り口から顔だけのぞかせるが、すぐにびびって飛びすさる。僕が浴槽から伸ばした手にもびびって後方へ猛ダッシュ。
 しつこく呼んで観察していると、どーも様子がおかしい。僕に向かって体勢を低くして唸ってるし、いつもぶんぶん振られてるしっぽもぴんと上を向いてる。明らかに警戒モードだ。それどころか、僕を見知らぬ相手として警戒してるよーなのである。
 声には反応して寄ってくるくせに、風呂に入ってる僕を見ると警戒するのだ。裸で濡れてるせいかもしれんが、浴槽から中腰になって呼ぶ僕にワンワン吠えついてくるのは明らかに変である。普段から網戸に突っ込んでたり放ってやったおもちゃのボールを見失ってたりってこともあるし、もしやこいつは凄く目が悪いんじゃなかろーか。
 湯上がり後、欲室内で体を拭いてる僕を見てまだ警戒、洗面所でもまだ不審げ、バスローブを着てスリッパはいたとこでよーやく匂いをかいできて、廊下に出たとこでよーやくしっぽを振ってすり寄ってくる。リビングではすっかり平常モードに戻ってるとこを見ると、やはり風呂と入浴に警戒理由があるらしい。
 しかし風呂場自体を怖がってると後でシャワーを浴びる時に面倒なので、おやつでつって風呂場に誘い込む。エサはほしいくせに風呂場の恐いくろべーは、浴室内においた牛皮スティックが欲しいくせに入室できない。しばらく怯えて匂いをかいでは後退を繰り返している。
 だけど小さいジャーキーを放ってやったら、それを追っかける勢いで入室。結局は食欲に負けるアホな奴である。試しにドアを閉めて幽閉してみたが、ただガシガシと牛皮スティックを噛んでるだけである。食欲を満たした後ではくんくんと周りの匂いをかいでいるが、何なんだろうなあ。。
 そもそも水好きのレトリバーのくせに風呂場を恐れる原因は何なんだろう。僕の知らない習性なのか、それとも彼の中に何かトラウマでもあるのだろーか。
 そんなわけで、どなたか推理できる方はご一報ください。

5月16日(金)
 雨が続くよなあ。今日も一日仕事だったけど、さすがに家ごもりは嫌なのでやんでる間にくろべーの散歩&一人でサイクリング。
 相変わらず引っぱり癖の抜けないアホくろべーに、今日は厳しく叱ったり餌やったりしながらリーダーウォークの練習。ちょっと好転したようなのはアメとムチの効用ってやつかな。
 買い物してきた後、午後にもくろべーを近所に出してやったが、くろべーはやっぱり近所の犬と遊べない。チコには吠えられハッピーには逃げられ、結局ハッピー家のお婆ちゃんに飛びついて甘えている。
 夕方、「文芸ポスト」の担当氏より電話。昨晩メールで送っといた『お笑い巡礼』、初の1発OK。この仕事の直しはいろいろ勉強できて納得いくので割と好きなのだが、やっぱり問題ないに越したことないね。
 今回は志村けんインタビューってことで中身の濃い取材&気合いの入った執筆ができ、書いてて手応えあったんでなかなか嬉しい。あとは志村さんサイドに確認してもらえば問題なし。
 つうわけで皆さん、6月13日発売の「文芸ポスト」をお楽しみに。志村ファンやドリフファンはもちろん、ぜひ若手お笑い芸人の人達に読んでほしいインタビューとなりました。
 てなわけで金曜日も終わり、くろべーが来て1週間を過ごしたことになる。──この7日ほどまめにくろべー日記をつけてたのは前の飼い主さんに様子を報告するって約束したからなのだが、何だかんだと結構書くネタがあるもんだなあ。
 僕はこのサイトや身辺雑記を日頃の文章フットワークみたいに捉えてて、『粗忽拳銃』の準備中には落語関連のこと、『カレーライフ』の前にはカレー関連『自転車少年記』の前には自転車関連と、これから書くべき作品に関する文章の幅を広げようとしてる部分がある。──犬の小説『オアシス』はもう連載が終了したけれど、くろべー関連の記述がどんな形で仕事に活きていくようになるか楽しみである。

5月17日(土)
 夕方、くろべーの散歩と夕食を早めに済ませる。──くろべーにはハウスを命じ、いそいそとお出かけ。
 今夜は渡辺美里のコンサートなのである。バックバンドで出演してるさぶろうさんが招待してくれるというので、大喜びでやってきたのだ。
 僕は10代の頃からファンだったし、彼が出演すると聞いて自腹でチケット取って行こうかと思ってたくらいだった。そこに電話がかかってきて、チケット用意してくれると言ってもらった時にはスキップして喜んだもんである。その夜は懐かしの「フラワーベッド」というアルバムのテープを聞き直し、執筆中の原稿が微妙に影響を受けたくらいだ。
 で、もちろんコンサートも素晴しかった。大好きな「ムーンライトダンス」も聞けたし、弦楽クインテットとピアノとアコーディオンとパーカッションっていうアコースティックな編成も心地いい。ホールに響く渡辺美里の生声とか、アコーディオンとの掛け合いとか、すげーなーと感動することしきり。
 「ムーンライトダンス」もそうだけど、「フラワーベッド」に収録されてる曲が結構かかったのが嬉しかった。僕は18の頃にこのアルバムを聞きながら東京を放浪したことがあって、思い入れが深いのだ。「グッドバイ」って曲をモチーフの一つにして短編を書いたこともあったし、今夜のコンサート中も「自転車少年記」のイメージ構想が次々に浮かんできた。
 終演後、さぶろうさんと合流。この後はうちで飲もうってことになってて、総勢4人で移動することに。車移動なんだが、運転してるのはさぶろうさん。招待してもらった上、出演ミュージシャンの運転で家まで送ってもらえるなんて、どこまでありがたいんだろうって話である。
 なのにうちの馬鹿くろべーは、来客に対する礼儀が全くなってなかった。お客さんの来訪に喜んで大興奮、リビングでおしっこをちびりながら大騒ぎした上、何故かさぶろうさんに惚れて何度も何度も抱きついてはマウンティング。さぶろうさんも困惑してるし、ステージを終えてお疲れのとこだってのに、なんて困った奴なんだ。
 僕も首輪を掴んでひっぺがしたのだが、こっちに顔を向けさせても丸い目はぐるっと動いてさぶろうさんの方を向く。マウンティングは性衝動じゃなくて遊びや順位づけの行動だというが、キューンキューンと恋しがる声は雌犬に寄りたがってる時の声と一緒。何なんだ一体。
 さぶろうさんが犬を飼ってるわけではないのだが、彼のイージーパンツや黄色いパーカーがくろべーの恋心を刺激したんだろうか。何かフェロモンっぽい香りとかあるのかな。
 困ったくろべーはサークルに幽閉、急遽飲み会会場をリビングから座敷に変更し、深夜まで楽しく歓談。すっかり酔っ払って雑魚寝。

5月18日(日)
 二日酔い。昨夜の宴会場には酒の匂いが漂っている。
 日中にくろべーと長い散歩に出たら頭痛も直ってきたが、睡眠不足も手伝って帰宅後はばたりと昼寝。明日が締切なのじゃと気合いを入れ直し、夕方からよーやく仕事に入る。
 散歩中の引っぱりがひどく、手を焼かせて僕を疲れさせたくろべーはとゆーと、仕事部屋の床でイビキかいて寝てやがる。時折切なげな声で寝言をいうのは、前の飼い主さんを恋しがってるのか昨夜のさぶろーさんを思い出してるのか……

5月19日(月)
 朝起きて寝室の戸を空けたら、階段を上がったとこの床でくろべーが待っていた。
 これまではサークルの中の寝床で眠らせてたのだが、昨日はハウスを命じずに寝たのだ。特に夜中に悪さするわけじゃないからと思って開放したままにしたら、夜中の間に2階の寝室のとこまで上がって来てたらしい。しかし寝室は立ち入り禁止ゾーンってことで戸を閉めてあるので、その前で待っててくれたとゆーわけだ。
 よしよし健気な奴じゃと褒めてやったのも束の間、午前中に仕事してる間にベランダを開放しといてやったら、ベランダでウンコしてやがった!
 おそらく彼の中では、室内では禁止だけど外ならOKでベランダは外だからOKゾーンってことなんだろう。その気持ちは分からんでもないが、うちのルールではベランダでもダメなのだ。怒り&しつけのため、こっぴどく叱りつけてやった。
 言葉と態度で示しただけで叩いたりしたわけじゃないのだが、くろべーはすっかり意気消沈。いじけて丸まってる姿を見ると、なんだか心配になってきてしまった。──昨日散歩に行って自由運動させてる時に気付いたのだが、くろべーは獣医さんにみてもらった時よりさらに痩せたようなのだ。
 痩せてると言われて以来、食事やおやつの量も増やしてきたし、フィラリア予防のついでに寄生虫の薬も飲んでいる。それなのに痩せたってことは精神的なもんだろうし、やっぱり環境が変わったストレスのせいだろう。こないださぶろうさんを異常に恋しがったってのも、元の飼い主さんが恋しいことの投影なのかもしれない。
 9泊10日たってもまだうちに慣れてない状況でいじけてるとなると、どうしてやったもんだろうなあ。

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