映画 日記   (2001年3月28日から)     池田 博明 


 
 これまでの日記(このページの下段に作品名)

2008年6月〜7月に見た 外 国 映 画 (洋画)
見た日と媒体 作  品        感  想     (池田博明)
2008年7月26日

GyaO
旅立ちの時

1988年

USA
1時間57分
 リバー・フェニックスがピアノでジュリアード音楽大学に進学する高校生を演じます。ただし、両親が1970年に兵器工場を爆破して、FBIに指名手配されているため、トレーラーハウスで転々、以前の氏名が偽名だったり、書類が無かったり。
 ナパーム弾を製造していた兵器工場を反戦活動家だった両親が爆破した際に、警備員が重傷を負っています。警備員の怪我は想定外の出来事だったものの、両親の心に暗い影を落としています。転校先の高校で音楽のフィリップス先生(エド・クロウリー)にピアノの才能を見出され、先生の娘ローナ(マーサ・プリンプトン)と愛し合うようになったマイケル(リバー・フェニックス)を、母アニー(クリスティーン・ラーティ)は実家の父に預けます。活動仲間だったガス(L.M.キット・カーソン)が銀行強盗を誘いに来ますが、父アーサー(ジャッド・ヒルシュ)は断ります。結局、ガスは強盗を決行、警官に撃たれて死亡。強盗がきっかけで捜査の目がきびしくなるのを警戒して、また他の地域へ移動する家族でしたが、両親はマイケル、本名ダニーを残していくことにします。
 70年代の活動家が逃亡生活で子供たちの人生を制限してしまう皮肉と、過去の活動が精一杯の生き方のひとつであったことを懐旧的に描いていて、活動家の親を断罪してはいない、不思議な作品です。アーサーがクラシック音楽は階級的でいけない、ロックンロールならいいと言い、息子のマイケルはそんな父の意見に心情を引き裂かれたかたちで、フィリップス先生のブラームスのピアノ曲を弾いてくれとの頼みを慇懃にしりぞけた後、ローナの部屋で、カンカン帽を斜めにかぶり、模型のエレキギターを抱えて弾くふりをしてみせたりします。ロニーは部屋にチャップリンのポスターを貼っています。他にロックかフォークのアーティストのポスターも貼っていますが誰だか知りませんでした。ただし、彼女はマイケルの父親が母親の誕生日に歌ったフォークソングを一緒に歌うことができるほど、カウンターカルチャーに理解を持っているという描き方をされています。脚本はナオミ・フォナー、監督はシドニー・ルメット。屈折した心情を描いてはいますが、登場人物それぞれに理解を示したため、構成の甘い八方美人的な、センチメンタルな作品になってしまいました。
 転校生のマイケルが音楽の授業の途中で教室に入ると、ちょうどフィリップス先生はマドンナの「ラッキー・スター」をかけます。生徒がノって踊りだします。次に先生はベートーベンの弦楽四重奏をかけます。そして、二曲はどうちがうかを答えさせます。生徒からは「最初のは悪い、次のは良い」といった優等生的な答えが出ますが、指名されたマイケルは「ベートーベンでは踊れない」と答えます。先生はベートーベンの曲だと分かったこの生徒に興味を持ちます。授業が終わったところで、マイケルに声をかけた先生はピアノで何か弾いてくれと頼みます。そこで、マイケルはベートーベンのピアノ・ソナタ《悲愴》を弾きます。実は母親のアニーがピアノの才能を持っていたのですが、ブルジョア的な音楽の世界に反発して帝国主義反対の活動に入ったのでした。それでも携帯用の電子ピアノはずっと持っており、息子もそれで練習していたのです。それがきっかけで先生はマイケルの才能を見抜くことになります。このエピソードも、出来過ぎの感があります。

 映画川柳「母と子は 不死鳥(フェニックス)を弾く 古典派で」飛蜘
2008年8月4日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル
鏡は横にひび割れて

BBC

英国1992年12月27日放映
 第12話 The Mirror Crack'd from Side to Side。天童市のレンタル店にはこの巻(第11巻)だけがありませんでしたので、神奈川県のレンタル店で借用。
 脚色T.R.ボーエン、演出ノーマン・ストーン。エリザベス・テイラーが女優マリナを演じ、ガイ・ハミルトン監督の邦題『クリスタル殺人事件』(1980)として映画化されたこともある作品。『クリスタル殺人事件』は見たことがありますが、エリザベス・ティラーが目立ち過ぎて、感興をそぐ作品でした。しかし、それはこの作品の構造上しかたのないことでした。
 セント・メアリー・ミード村のゴシントン・ホール(『書斎の死体』の屋敷)の持ち主だったバントリー大佐の妻ドリー(グエン・ワットフォード)が世界一周旅行から帰って来たところから始まります。大佐が亡くなった後、ゴシントン・ホールは有名女優マリナ・グレッグ(クレア・ブルーム)に売却されたのです。改装後、野戦病院の慈善パーティの依頼が来て、マリナは村人全員を集めるガーデン・パーティを企画。パーティの最中におせっかいで有名なヘザー・バッドコック夫人(ジュディ・コーンウエル)がバルビツールで毒殺されます。夫人が飲んだダイキリはマリナのものだったことから、狙われたのはマリナとみなされます。スラック警視はクラドック警部(ジョン・キャッスル)とレイク警部補に捜査を指示し、マープルの協力も得るように助言します。クラドックは積極的にマープルの助言をあおいで捜査を進めます。女流カメラマンのマーゴット(アマンダ・エルウェス)はマリナを隠し撮りしています。マリナに関する情報をマープルはドリーから得ますが、マリナは子供ができなかったときに養子を取りましたが、自分が妊娠したと分かったときに養子を縁切りしています。ところが、生まれた子供は障害児でした。そのことがマリナの深い心の傷になっています。
 マリナの5番目の夫ジェイソン(バリー・ニューマン)は映画監督、ジルクリスト医師(ノーマン・ロッドウェイ)はマリナのかかりつけの医師。ジェイソンの有能な秘書エラ(エリザベス・ガーヴィー)には喘息の発作があります。執事ジョゼッペ・ムラーノ(ジョン・キャサディ)はエラに愚図と罵られています。マープル家の住み込みのお手伝いナイト夫人(マーガレット・コートネィ)にマープルはやや閉口しています。マープル家の若いお手伝いのチェリー・ベイカー(アンナ・ニランド)、その友人でメイドのグラディス・ディクソン(ローズ・キーガン)。
 他のキャストはブローガン夫人(ローダ・ルイス)、クリストファー・ヘイウエス(クリストファー・グッド)、ハートネル(バーバラ・ヒックス)、ホプキンス夫人(セリア・ライダー)、インチ(ジョン・クロフト)、駅主任(ヴィンス・レイナー)、アードウィック(コンスタンティン・グレゴリー)、新進女優ローラ・ブルースター(グリニス・バーバー)、デランシー(マイケル・ストラウド)、バッドコック夫人の夫アーサー(クリストファー・ハンコック)、エクエリー(スチュアート・ハリソン)、クリス(レジー・オリヴァー)、マープルの甥レイモンド(T.R.ボーエン)

 映画川柳「みどり児も 養女も憎む 母の影」飛蜘
2008年7月20日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

魔術の殺人

BBC

110分
英国1991年12月29日放映

 第11話 They Do it with Mirrors。脚色T.R.ボーエン、演出ノーマン・ストーン
 マープルの女学校時代の友人ルース・ヴァン・ライドック夫人(フェイス・ブルーク)が古い記録フィルムを見て、16mmにしてくれるよう依頼しています。そして、次にルースはルイス・セラコールド(ジョス・エイクランド)に嫁いだ妹キャロライン、愛称キャリー・ルイーズ(ジーン・シモンズ)のことを心配、マープルに様子を見に行ってくれるように依頼します。ルイスは自分の屋敷の敷地内に少年犯罪者の更正施設を設立し、運営していました。駅にマープルを迎えに来たエドガー(ニート・スウェッテンハム)を差し置いて、ジーナ・ハッド(ホリー・エアド)は車に彼女を乗せて飛ばし、更正施設兼お屋敷のあるストーニイ・ゲイツへ。ジーナはキャロラインの娘ミルドレッド(ジリアン・バージ)の子供で、アメリカ人のウォルター(トッド・ボイス)と結婚していました。エドガーは孤児だったそうです。施設を卒業後、家の世話係りに雇われていますが、自分が正当に評価されていないと思い込み、ほんとうは偉い父親の息子なんだとマープルに打ち明けます。マープルが「その父親というのは誰」と訪ねると、エドガーは「首相のチャーチルです」とまじめに答えます。
 マープルがジーナに案内してもらったとき、生徒同士の喧嘩が起こり、ナイフを持っての争いになります。スティーヴン・レスタリック(ジェイ・ヴィリアーズ)は及び腰で喧嘩を止めようとしません。ウォルターが生徒を力づくで止めます。ウォルターの頼りがいのある強さが印象的です。
 キャリーの息子クリスチャン・ガルブランドセン(ジョン・ボット)が急に帰宅し、ルイスと話し合います。ルースが持参した16mmの映写会にクリスチャンは参加しません。映写会にエドガーが銃を持って乱入、ルイスが書斎でなだめている時でした。銃声がしてエドガーの発砲はルイスには当たらなかったのですが、クリスチャンが射殺されていました。ロンドン警視庁からスラック警部(ディヴィッド・ホロヴィッツ)やレイク警部補(イアン・ブリンブル)が来ます。
 ルイスはクリスチャンがタイプしていた手紙を警察へ提出します。そこにはキャリー・ルイーズは毒を盛られていると書かれていました。マープルは人を疑うことを知らないキャリーに知らせるべきかどうか、考えます。一方、キャロラインの2番目の夫との間の息子アレックス・レスタリック(クリストファー・ヴィリアーズ)やその弟スティーヴン(ジェイ・ヴィリアーズ)は活発なジーナに惚れています。エドガーの尋問には施設の専門医マゼリック(サウル・レイチリン)が同席します。どうもエドガーは誰かに操られているようです。
 施設の生徒アーニー(マシュー・コットル)が事件当夜何かを目撃したと、スティーブンに申し出て来ます。アレックスは警察官のふりをして、その証言を聞いてやろうと言います。その試みは危険だったのですが。
 今回の最大のゲスト・スターはキャリー・ルイーズ役のジーン・シモンズ。最後はルースとキャリー・ルイーズとマープルが、殺人事件で中断してしまっていたキャリーらの若い頃の16mm記録映画に見入る感傷的な場面です。
 他のキャストはロジャーズ夫人(ブレンダ・カウリング)、ネヴィル(ディヴィッド・ドイル)、バート(ジェイク・ウッド)、キーティー(トム・ケリッジ)、wpc(アン・アトキンス)、アレックスの劇のダンサー(スティー・ビリングスリー、レイチェル・ボンド、ブリン・ウォルターズ)。

 映画川柳「施療院 理想を賭けた 青少年」飛蜘
2008年7月19日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

カリブ海の秘密

BBC

106分
英国1989年12月25日放映
 第10話A Caribbean Mystery。脚色T.R.ボーエン、演出クリストファー・ペティット。オープニング・タイトルがカラーになっています。1988年にはヒクソンのマープルものは1本も制作されませんでした。1989年から毎年12月の年末に1本放映されることになりました。この作品と『魔術の殺人』、そして『鏡は横にひび割れて』です。どの作品も時の移ろい、時代の変化を主題にしています。
 マープルが年を取って病気がちになったと心配する甥のレイモンドが勧めた転地療養に応じて、この事件に関わることになります。
 バルバドス島で転地療養中のマープル(ジョーン・ヒクソン)。パルグレイブ少佐(フランク・ミドルマス)はマープルに2件の不審な奥さんの自殺に関わった殺人容疑者の写真を見せようとして、肩越しに誰かを発見、財布に写真をしまってしまいます。その晩、酔った少佐は翌朝死体で発見されます。部屋係のヴィクトリア(ヴァレリー・ブキャナン)は少佐の部屋を片付けて死亡前には無かった不審な錠剤を発見します。ホテルの経営者はティム・ケンドール(エイドリアン・ルーキス)。ヴィクトリアから報告を受けたティムの妻モリー(ソフィー・ウォード)はグレアム医師(T.P.マッケンナ)に相談、グレアム医師は血圧降下剤と判断しますが、同時にネピア総督(ショーガン・シーモア)に依頼してウェストン警部(ジョゼフ・マィデル)に埋葬した死体を再検査してもらいます。マープルはヴィクトリアの叔母(イサベラ・ルーカス)の村へ招待されます。叔母は少佐が見せようとした写真のことを調べますが、手がかりはつかめません。モリーに言い寄る滞在客グレッグ(ロバート・スワン)。ヴィクトリアが少佐のところにあった錠剤を本来の持ち主グレッグに返します。モリーは一時的に記憶を無くすことがあると、不安をイヴリン(シェイラ・ラスキン)に打ち明けます。夕食のとき、樹の傍でヴィクトリアが刺殺されており、モリーがそれを発見します。車椅子の大富豪ジェイソン・ラフィール(ドナルド・プレゼンス)はマープルと一緒に推理を始めます。グレッグに雇われている蝶の分類学者エドワード(マイケル・フィースト)は、グレッグの最初の妻メアリーの看護婦だったラッキー(スー・ロイド)と関係しながらも、妻イヴリンとは一緒です。ラフィールの秘書エスター(バーバラ・バーンズ)と下男ジャクソン(スティーヴン・ベント)も事件に関係がありそうです。次第にモリーの精神が錯乱していき・・・・
 別に『アリバイのA』のスー・グラフトンが脚色し、ヘレン・ヘイズがマープルを演じたアメリカのTV(1983)があります。

 映画川柳「洗面の 鏡に映る 薬かな」飛蜘
2008年7月19日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

ポケットにライ麦を

BBC

102分
英国1985年3月7-8日放映
 第4話A Pocketfull of Rye。脚色T.R.ボーエン、演出ガイ・スレイター。
 マザーグースが流れる。ワンマン経営の投資会社社長レックス・フォーテスキュー(ティモシー・ウェスト)が事務所で急死。ポケットにライ麦が入っていました。ニール警部(トム・ウィルキンソン)とヘイ巡査部長(ジョン・グローヴァー)は死因が数時間前に投与されたアルカロイド系の毒物と聞いて、社長の屋敷に赴きます。家政婦メリー・ダヴ(セリナ・カデル)がフォーテスキューの家族を説明します。フォーテスキューはみんなに嫌われていました。若き後妻アデル(スティシー・ドーニング)、義理の姉エフィー・ヘンダーソン(ファビア・ドレイク)、長男パーシヴァル(クライヴ・メリッソン)とその妻ジェニファー(レイチェル・ベル)。使用人としては、マープルがしつけを教えたちょっと愚鈍なグラディス・マーティン(アネッテ・バッドランド)、下男のクランプ(フランク・ミルズ)とその妻(メレリーナ・ケンドール)、メイドのエレン(ビュー・ダニエルズ)です。アデルの浮気相手ヴィヴィアン・デュボア(マーティン・スタンブリッジ)は殺人の話でもう逃げ腰です。
 アフリカから呼ばれた次男ランス(ピーター・ディヴィソン)が屋敷へ来た日の夜、アデルが飲み物で毒殺されます。貴族の未亡人でランスの妻パトリシア(フランセス・ロウ)はホテルに泊まっていました。グラディスから電話をもらったマープルはマザーグース「6ペンスの唄」の歌詞を思い出します。ここまで第1部。
 マープルはグラディスが危ないと、イチイ・ロッジにタクシーで駆けつけますが、殺人事件の現場に入らしてもらえません。警部にメモを渡しますが、警部は尋問中でそのメモを見ませんでした。その夜、グラディスが洗濯物の干し場で殺されているのが発見されます。マザー・グースの歌詞の通りに事件が起きているとしたら、“つぐみ”が事件の背景にあるはずだとマープルは助言します。ランスはアフリカの“つぐみ”鉱山のことだろうと言います。エフィーの話では、レックスは昔その鉱山で儲け損ない、相棒のマッケンジーを捨てて怨みをかっていた可能性が出てきました。マッケンジー家の子供がレックスを恨んで犯行に及んだのでしょうか。どうやら男性に縁の無いグラディスを利用した男がいるようです。
 他のキャストは、事務所のグロヴナー嬢(スーザン・ギルモア)とグリフィス嬢(ナンシー・ヘロッド)、マープルの隣人ブローガン夫人(ローダ・ルイス)、マープルの家のメイド・ディジー(スージー・チェリス)、警察の鑑識医フレンチ(ルイス・マホニー)。
 歌詞の通りに見立て殺人をすることは証拠を隠蔽するよりも、かえって手がかりをあちらこちらに残す結果になるのですが、あえてそうする犯人の意図が完全には得心できません。とはいえ、マザーグースには物語を牽引する力が十分にあります。

 映画川柳「無残やな 落ちる夕陽に 待つ女」飛蜘
2008年7月19日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

バートラム・ホテルにて

BBC

107分
英国1987年1月25日・2月2日放映
 第7話At Bertram's Hotel。脚本ジル・ヒエム、演出マリー・マックマレィ。2部構成。
 走る列車。着地する航空機。列車から降りたマープル(ジョーン・ヒクソン)と航空機から降りたベス・セジウィック(カロリン・ブラキスオン)は二人とも“古風な格式”を売りものにしたバートラム・ホテルへ宿泊。マープルは友達のセリナ(ジョーン・グリーンウッド)から、レディ・セジウィックが金持との結婚・離婚をくり返して奔放な暮らしをしていることを聞きます。ベスはホテルのゴージャスなドーナツを頬張ってげらげら笑い声を上げるなど品がありませんが、若いときからスリルを求める冒険好きな性格です。一方、ラスコーム大佐(ジェイムズ・コッシンズ)は姪と称するエルヴィラ・ブレイク(ヘレナ・ミッチェル)を伴って宿泊します。実はベスはエルヴィラの母親ですが、行動の邪魔になる娘を父親に押し付けて会おうともしなかったのでした。エルヴィラは母親の愛人でレーサーのラディスラウス(ロバート・レイノルズ)とも連絡しており、これまでも近親者を騙して生活していたようですが、今回も勉強している振りをして騙そうと色々と策を練っているようです。ホテルが大規模な強盗犯罪と関係があるとみて張り込みを続けているフレッド警部(ジョージ・ベイカー)はマープルに正体を見抜かれてしまいます。キャノン・ペニファーザー神父(プレストン・ロックウッド)は大事な会議の日を間違えてしまい、飛行機に乗れずにホテルへ戻ってきます。さらに、部屋を間違えてしまったところを殴られて気絶してしまいます。ここまでが第1部。
 エルヴィラは自分の相続や財産がどうなるのかを管財人エジャートンから聞き出します。マープルの電話でフレッド警部はキャンベル警部(フィリップ・ブレザートン)と神父の行方を探り始めます。ホテルの受付ゴーリンジ(イレーネ・サトクリフ)やボーイ長のヘンリー(ネヴィル・フィリップス)、支配人のロナルド・グレイヴス(ダグラス・ミルヴェイン)に聞きただしますが、手がかりは得られません。離れたところで交通事故にあったらしいと頭に怪我をした神父が見つかります。記憶をなくしている神父はどうやら部屋で自分のそっくりさんを見たようです。ベスのもと夫だったドアマンのマイケル・ゴーマン(ブライアン・マックグラス)が銃撃されたエルヴィラをかばったらしく、撃たれます。真犯人のめぼしがついたマープルはフレッド警部とともに最後のつめに入ります。

 映画川柳「冒険の 勇気と知恵は 親ゆずり」飛蜘
2008年7月18日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル
復讐の女神

BBC

106分
英国1987年2月8日・15日放映
 第8話Nemesis。T.R.ボーエン、演出ディヴィッド・タッカー。2部構成。
 年老いたラフィ−ル(フランク・ガットリフ)が息子マイケルのことを気にかけています。秘書(バーバラ・フランチェスキ)にマープル(ジョーン・ヒクソン)のことを“復讐の女神”だと話しています。一方、マープルは妻に追い出されたライオネル(ピーター・ティルベリー)を同居させています。ラフィール氏は亡くなり、新聞に大富豪死亡の記事が出ます。
 マープルはラフィールに関わる殺人事件を阻止したことがあったのを思い出しました。その富豪が遺言でマープルを館と庭園の史跡めぐりバス・ツアーに、“正義に関心があるならば”と招待していました。招待者は二人、マープルはライオネルと一緒に参加します。調査目的は不明ですが、礼金は2万ポンド。アビー・デューシスに着いたとき、マープルを旧領主ブラッドベリー・スコット邸に迎えるラヴィニア(ヴァレリー・ラッシュ)が来ます。彼女はこの招待もラフィールの手配だと言います。姉クロチルド(マーガレット・ティザック)と妹アンセア(アンナ・クロッパー)はマープルを歓迎しますが、それは口先だけのようです。姉妹は何年も前にラフィールの息子マイケル(ブルース・ペイン)と婚約後に殺されたヴェリティの親権者だったそうです。マイケルは証拠不十分で釈放されましたが、ライオネルが聞いた人はみな彼を悪く言います。マイケルは貧民の間で暮らしていました。もとヴェリティの教師だったエリザベス・テンプル(ヘレン・チェリー)が誰かに石像を落とされて意識不明の重態に。第1部はここまで。
 ツアーに参加していた犯罪心理学のワンステッド教授(ジョン・ホースリー)もラフィールの依頼だったことが分かります。テンプルは誰かに手紙を書いたはずですが、それが誰かが分かりません。病院で一時意識が戻ったテンプルはマープルに「あの人たちにヴェリティの真実を聞いて」と言葉を遺します。クック(ジェイン・ブッカー)とバロー(アリソン・スキルベック)はマープルを見張っています。ブラヴァゾン大執事(ピ−ター・コプリー)もラフィールに依頼された一人ですが、他の人と異なり、ヴェリティが不品行のマイケルを更正させる善意を持ち、二人は本当に愛し合っていたと証言します。ヴェリティは行方不明後、半年して水路で顔をつぶされた死体で発見されたと言います。教授は同じ頃に行方不明になった少女ノラ・ブレントの母(リズ・フレィサー)に会い、話を聞きます。アルコール依存症になってしまっている母は蒸発後まったく連絡が無いからノラは死んだと断言します。マープルは殺人の原因は、強い愛情だと喝破します。
 他のキャストはツアーガイドのマッジ(ジョアンナ・ホール)、ラフィールの遺言を管理する事務所の弁護士ブロードリッブ(ロジャー・ハモンド)、シャスター(パトリック・ゴッドフリー)、ウィンポール(アン・クイーンズベリー)。

 映画川柳「花の下 “眠りを殺す” 老婦人」飛蜘
2008年7月18日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

動く指

BBC

95分
英国1985年2月21-22日放映
 第2話 The Moving Finger。脚色ジュリア・ジョーンズ、演出ロイ・ボウルティング。2部構成。
 戦争中のテスト飛行の事故で負傷したジェリー・バートン(アンドリュー・ビックネル)とその妹ジョアナ(サビナ・フランクリン)はリムストック村に休養に来ました。一時滞在にファーズ荘を借ります。ほどなく妹を中傷する手紙が届きます。ジェリーは手紙を破り捨てますが、中傷の手紙は誰彼かまわず村人に送りつけられているようです。牧師ガイ(ジョン・アルマット)の妻モード(ディリス・ハムレット)は手紙の主を突きとめてもらうべく、マープル(ジョーン・ヒクソン)に相談します。そうこうするうちに、エドワード・シミントン(マイケル・カルヴァー)の妻アンジェラ(エリザベス・カウンセル)が青酸カリを飲んで死亡。「次男の父親は違う」という中傷の手紙と「もうダメ」というメモがありました。検死審問では自殺と判断されましたが、ジェーンは「殺人よ」と断定します。ここまで第1部。
 ファーズ荘の料理人パートリッジ(ペネロープ・リー)は、メイドのベアトリス(ジュリエット・ウェイリー)からシミントン家で事件の日に奇妙なことがあったので聞いて欲しいと会う約束します。ところが、そのベアトリスがシミントン家の衣装部屋で殺されていました。殺人事件で村は大騒ぎ。臆病者と自称しながらもゴシップ好きのパイ氏(リチャード・ピアソン)はわくわくする始末。村に勤めるオーエン・グリフィス医師(マーティン・フィスク)はジョアナに恋し、グリフィス医師の妹エリル(サンドラ・ペイネ)はシミントン氏に思いを寄せます。ジェリーはシミントン家の厄介ものの娘ミーガン(デボラ・アップルビー)の魅力に気がつき、検診のためのロンドン行きに同行させ、美しく変身させます。2通目の中傷の手紙を警察に持参したジョアナの留守中、ジェリーは屋敷の本棚の古い本の頁が切り取られているのに気がつきます。中傷の手紙の主はファーズ荘の持ち主エミリー・バートン(ヒラリー・メィソン)なのでしょうか。けれども、中傷文には彼女には似合わない語彙が使われています。マープルは宛名のBartonが、Burtonに直されてタイプされているのに気がつきます。さらに、シミントン家のガヴァネス(家庭教師)エルシー・ホランド(イモジェン・ビックフォード・スミス)宛てに中傷の手紙が来ます。手紙の指紋からエリルが逮捕されます。今度の手紙は貼り文字ではなく、全文タイプでした。グリフィス医師は妹が殺人犯のはずはないと信じます。クロフォード警視(ロジャー・オスティミー)に依頼して、マープルは真犯人を罠にかける賭けに出ます。
 マクイーワン作品はジェリーの自己回復の物語になっていましたが、ヒクソン作品はジェリーと同時にジョアナの恋愛や、シミントン家に関連する複数の恋愛が描かれています。

 映画川柳「わけありて 恋の瞳に ガヴァネスは」飛蜘
2008年7月18日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

スリーピング・マーダー

BBC

108分
英国1987年1月11日・18日放映
 第6話Sleeping Murder。脚色ケン・テイラー、演出ジョン・ディヴィーズ。2部構成。
 ニュージーランドから夫のジャイルズ(ジョン・モルダー・ブラウン)と一緒に来たグエンダ・リード(ジェラルディン・アレクサンダー)はヒルサイド荘を購入します。ヒルサイド荘の持ち主ヘングレイヴ夫人(ジョージン・アンダーソン)が案内するよりも先に寝室の場所が分かったり、庭師フォスター(ジャック・ワトソン)に頼んだ階段が既に木の下にあったり、建築家シムズ氏(エドワード・ジェウェズベリー)に頼んだ扉が壁の下にあったり、古い壁紙が赤いポピーと青い矢車菊だったりします。夫がロンドンで従弟の弁護士レイモンド・ウェスト(ディヴィッド・マカリスター)とその妻ジョーン(アマンダ・ボクサー)に会い、二人にグエンダを紹介します。レイモンドの叔母マープル(ジョーン・ヒクソン)も一緒にみんなで観劇し、『マルフィー公爵夫人』の絞殺の場でグエンダは恐怖に駆られて叫びだします。
 マープルはグエンダの幻覚が過去の記憶によるものだと推理し、「過去はほじくらないほうがよい」と助言します。調査してみると父親はインドから英国へ帰る途中の航海でヘレンと出会い、結婚したものの、新妻は駆け落ちしたことが分かります。ヘレンの情報を求むという広告でヘレンの兄ジェイムズ・ケネディ医師(フレデリック・トレヴェス)が訪ねて来ます。父親が死んだというサナトリウムで、ペンローズ医師(ジョン・リンガム)から、父親が睡眠薬で自殺したことを知らされます。自分がヘレンを絞殺したという妄想に駆られていたようです。さらに、つけていたという日記にはヘレンには誰か他の男がいたと書かれていました。第1部はここまで。
 ヘレンの恋人だった男を探そうとグエンダは、わずかな手がかりを元に、弁護士ウォルター・フェーン(テレンス・ハーディマン)とその母(ジーン・アンダーソン)、退役少佐リチャード・アースキン(ジョン・ベネット)と嫉妬深い妻ジャネット(ジェラルディン・ニューマン)、観光会社経営ジャッキー・アフリック(ケネス・コープ)などと会います。けれども決定的な証拠は得られません。元料理人イーディス・パジェット(ジーン・ヘイウッド)からは、事件当夜のことが聞けました。メイドのリリー(エリル・メイナード)が駆け落ちしたというヘレンの洋服がちぐはぐだったことで、駆け落ちは“やらせ”で、本当は旦那様に殺されたんだと言っていたこと、リリーが聞いた言い争いの声、「あなたは本当は恐ろしい人ね」の喧嘩相手はリリーが思い込んでいる旦那様ではないこと等。リリ−は情報を知らせる途中で絞殺されてしまいます。マープルは不自然に植えられた柳の下を警察に依頼して掘らせます。すると、そこにはヘレンの死体が埋まっていました。犯人の魔の手はグエンダに迫っています。
 他のキャストはもと不動産屋ガルブレイス(エスモンド・ナイト)、リリーの夫(ケン・キストン)、ラースト警部(ピーター・スプラッゴン)。
 ポーランドのスコリモフスキー監督の大傑作『早春』に主演していたジョン・モルダー・ブラウンがジャイルズ役で、いわば吉永小百合主演映画の浜田光夫のような笑顔と雰囲気で出演しています。

 映画川柳「消えし母 いまも昔も 愛されて」飛蜘
2008年7月17日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

パディントン発4時50分

BBC

109分
英国1987年12月25日放映
 第9話4.50 From Paddington。脚色T.R.ボーエン、演出マーティン・フレンド。
 教会のマリア像。祭壇を前に祈っている女性がいます。しかし、彼女の後をつける男がいます。女性と男は知り合いのようで、二人は一緒に列車に乗り込みます。一方、セント・メアリー・ミードへ行くためにパディントン発4時50分の急行列車に乗ったマクギリカティ夫人(モナ・ブルース)は平行して走る鈍行を追い越す瞬間に隣の列車の窓越しに女性が絞殺される瞬間を目撃します。マープル(ジョーン・ヒクソン)はマクギリカティ夫人の目撃談を信じ、スラック警部に捜査を依頼しますが、手がかりは発見できませんでした。マープルはフリーのハウスキーパーのルーシー(ジル・ミーガー)に調査を依頼します。前任の家政婦キダー(パメラ・ピッチフォード)は口には出しませんが、有能なルーシーを歓迎します。ラザフォード邸はクラッケンソープ家の管理になっていますが、先代の奇妙な遺言で屋敷や土地を勝手に処分することはできませんし、年一回相続権のある人間が集まって会食を開く決まりになっています。長女エマ(ジョアンナ・ディヴィッド)が父ルーサー(モーリス・デンハム)の世話をしています。集まって来たのは故・次女エディスの夫で子連れの保険業ブライアン(ディヴィッド・ビームズ)と息子のアレクサンダー(クリストファー・ハレイ)、寮友達のジェイムズ(ダニエル・スティール)。次男の画家セドリック(ジョン・ハラム)、四男のディーラー・アルフレッド(ロバート・イースト)、三男の銀行家ハロルド(バーナード・ブラウン)、そしてクインパー医師(アンドリュー・バート)。弁護士のアーサー・ウィンボーン(ウィル・ティシー)が見届け人です。
 ルーシーは古い納屋の石棺で死体を見つけます。お馴染みのスラック警部とレイク警部補の捜査にスコットランドヤードのダッカム警部(デイヴィッド・ウォラー)が協力します。事故に見せかけてハロルドが森で殺されます。
 死体はバレリーナのアンナ・ストラヴィンスカ(ジュリエッタ・モール)、マルティーヌ・ペローと名乗っていたときもあったようです。ただし、戦死した長男のエドマンズと結婚したマルティーヌは出てきません。
 解決の場面で目撃者マクギリカティ夫人は邸の一同が集まった部屋に呼ばれています。サンドイッチの魚の骨がのどにひっかかったと言ってマープルはクインパー医師に診てもらいます。
 ブライアンと画家のセドリックがルーシーに求愛します。戦争の英雄だったものの現在は生きる元気を喪失しているブライアンは次第にルーシーに感化されて前向きになっていきます。ルーシーのために家を売ってセスナ型の飛行機を買います。彼は拳銃を構えた犯人の前に立ちはだかり、逮捕に協力します。ルーシーはブライアンと結婚することになるでしょう。マックイーワン主演のマープルものと、ルーシーの相手が異なりますね。ヒクソン作品のルーシーはイギリス的な美人で、マクイーワン作品のルーシーはアメリカ的な小柄な美人です。

 映画川柳「持ち直す 父親の意気を 飛行機で」飛蜘
2008年7月17日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

書斎の死体

BBC

156分
英国1984年12月26-28日放映
 第1話 The Body in the LIbrary。T.R.ボーエン脚色、シルヴィオ・ナリッツァーノ演出。3部構成。マープルに対する人物評価が友人たち、つまりドリーやヘンリー卿、本部長などの証言でなされており、パイロット版の特徴がよく出ています。佳作。
 馬車が通る田舎道。朝七時、ゴシントン・ホールの書斎のカーテンを開けた家政婦メリー(キャリン・フォーレイ)は仰天、すぐにバントリー大佐(モーレイ・ワトソン)と妻ドリー(グェン・ワットフォード)に連絡、書斎に若い女の死体があったのです。予想外の珍事にあわてる夫妻や駐在所の警官パーク(ジョン・バードン)とその妻パーク夫人(アン・ラッター)。音楽は軽快で事件と皮肉な対照を見せています。大佐はドリーに相談相手を勧め、ドリーはマープル(ジョーン・ヒクソン)を車で迎えに行きます。大佐の友人メルチェット警察本部長(フレデリック・イェーガー)が捜査を担当し、スラック警部(ディヴィッド・ホロヴィッチ)やレイク警部補(イアン・ブリンブル)が手伝います。
 マジェスティック・ホテルから行方不明者の捜索願が出されており、死体はダンサーのルビー・キーン(サリー・ジェイン・ジャクソン)だという証言が得られます。ルビーは足首を痛めたジョージー(トルーディ・スタイラー)が代わりに雇った少女でした。捜索願を出した富豪コンウェイ・ジェファーソン(アンドリュー・クルイックシャンク)に話を聞くと、ルビーを養女にするつもりだったと言うのです。村の男マルコム(コリン・ヒギンズ)が採石場で燃えた車と焼死体を発見したところまでが第1部。
 コンウェイは車椅子生活、8年前の航空機事故で家族も失ったのですが、遺された義理の娘アデレード(キアラ・マッデン)と息子マーク・ギャスケル(キース・ドリンクル)が身の回りの世話をしていました。スラック警部はダンサーのレイモンド(ジェス・コンラッド)から事件の夜の経緯を聞きます。一方、黒こげの車はルビーと最後に踊ったバートレット(アーサー・ボストロム)のものでした。焼死体はリーヴ少佐(スティーブン・チャーチェット)の娘パメラ(アストラ・シェリダン)と思われます。ジェファーソンの友人ヘンリー・クリザリング卿(レイモンド・フランシス)はマープルを「イギリス1の犯罪学者。メアリー・ミード村の観察から世界を見ている」と評価しています。一方、バントリー大佐は村人から疑いの目で見られ始めます。映画制作のベィジル・ブレイク(アンソニー・スミー)は大佐に同情的な言葉をかけます。事件の夜11時頃、撮影所を出たベィジルも容疑者に入って来ます。ベィジルが庭で何かを燃やしています。マルコムが何を燃やしているかを聞くと、ベィジルは「うちのばあさんさ」と答えます。第2部はここまで。
 マープルはヘンリー卿にルビーを殺した人物はパメラを殺し、第三の殺人を計画していると話します。ヘンリー卿から本部長はマープル同席でパメラの友人の再尋問を依頼されます。本部長はスラック警部に指示、引退した警察幹部だけでなく、老婦人の意見も聞かされるスラック警部は面白くありません。パメラの友人フローリー(カレン・シーコーム)から映画のカメラ・テストを受けるためホテルへ行くと言っていたと証言が得られます。スラック警部はベィジルの車から死体に付着していた敷物の繊維を発見、ベィジルを逮捕します。警察がベィジルの家に来る直前、マープルはベィジルの女ダィナ・リー(デビー・アーノルド)にベィジルと結婚していることを明らかにして、夫の助けになるように忠告します。ダィナから「結婚証書を見たの?」と聞かれて、マープルは結婚証書の重要性に気がつきます。そして犯人と共犯者の結婚証書をロンドンに探しに出かけて犯人を確認した後、ジェファーソン氏にひと芝居をうってもらいます。トリックにかかった犯人が夜ジェファーソン暗殺のため、侵入してきました。
 最後にマープルが大佐の家で大佐やドリー、ヘンリー卿、本部長らに説明します。そして、ホテルで耳にして気になった曲がモーツァルトの『フィガロの結婚』のスザンナのアリアだったことを指摘します。スザンナは伯爵夫人と衣装を交換してこのアリアを歌うのでした。
 そのほかのキャストはホテルの支配人プレスコット(ヒュー・ウォルターズ)、受付嬢ブリジェット(キャスリーン・ブレック)、アデレードの相手ヒューゴ・マックリーン(マーティン・リード)、大佐の家の執事ロリマー(ヴァレンティン・ディアル)、ジェファーソンの執事エドワーズ(ジョン・モファット)、WPC(サラ・ヒットロック)。

 映画川柳「顔を伏せ 映画女優の 死化粧」飛蜘
2008年7月16日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

予告殺人

BBC

159分
英国1985年2月28日・3月1日・3月2日放映
 アラン・プラター脚色、ディヴィッド・ギルズ演出。第3話 A Murder is Announced。3部構成。傑作。
 新聞ガゼットに「リトル・パドックスで今晩七時に殺人があります」という広告が村の話題になり,パーティに物見高い村人が集まって来ます。七時ちょうど、明かりが消えて銃声がします。見知らぬ男が倒れていました。銃弾はレティシア・ブラックロック夫人(ウルスラ・ハウェルズ)の耳をかすめたようです。夫人の友達ドーラ・バンニー(レニー・アシャーソン)は大騒ぎ。外国人メイドで難民のハナ(エレーン・アイヴス・キャメロン)は殺されるのは自分だと言っていました。この屋敷には遠い親戚だというジュリア(サマンサ・ボンド)やパトリック(サイモン・シェファード)が同居していました。夫を戦争で亡くしたという未亡人フィリッパ(ニコラ・キング)は無口で、訳アリのようです。強盗に入って来た男はホテルの使用人ルディ(ティム・チャリングトン)でした。
 捜査主任はクラドック警部(ジョン・キャッスル)とフレッチャー巡査部長(モース主任警部もののルイス部長刑事役ケヴィン・ウェイトリー)。その場に集まって来た村人たち;イースターブルック大佐(ラルフ・マイケル)とその夫人(シルヴィア・シムズ)、殺人好きのスウエッテナム夫人(メリー・ケリッジ)とその息子エドマンド(マシュー・ソロン)、豚の世話をするヒンチクリフ(パオラ・ディオニソッティ)と気はいいものの頭の弱い友人マーガトロイド(ジョーン・シムズ)、ハーモン牧師(ディヴィッド・コリングズ)とハーモン婦人(ヴィヴィエンヌ・ムーア)の証言を集めますが、真相はまったく分かりません。
 半分を過ぎたところで署長の推薦でマープル(ジョーン・ヒクソン)が登場。マープルはルディに強盗をやらせた誰かが犯人だと示唆します。ルディの友達だった女給のマーナ(リズ・クロウサー)に重ねて聞くように助言します。彼女は犯人におびえているようだというマープルの助言は確かで、以後警部はマープルと協力して捜査に当たります。
 第2部。マーナはルディが強盗の真似をして礼を貰う約束だったと話します。大富豪のゲドラーの遺産がからんでいるようです。ゲドラーは妻が死んだ場合は、秘書だったレティシアに遺産が行くようにしていました。誕生日パーティの後のバンニーの毒殺死までが第2部です。
 第3部。事件の夜、部屋にいなかった人物を思い出したマーガトロイドが絞殺され、謎解きが行われます。マープルは犯人に対して大胆なトリックを仕掛けます。

 映画川柳「首飾り 切られて真珠の 片曇り」飛蜘
2008年7月16日

DVD ハピネット・ピクチャーズ
ミス・マープル

牧師館の殺人

BBC

95分
英国1987年12月25日
 ジョーン・ヒクソン主演のマープルもの。マクイーワン主演のマープルものを先に見てしまったので、ちょっと歩が悪いのですが。 ヒクソンは1998年の10月17日に亡くなっています。享年92歳。ヒクソンの「マープル」シリーズはBBCの“遺産 heritage”TV制作の好例で、過去の田舎を舞台に衣装・装飾・車型・髪型・化粧など英国文化を再現しています。
 新井潤美『へそ曲がりの大英帝国』によりますと、英国文化といっても、階級意識の強い英国では、クリスティーのマープルものが主に描くのはカントリー・ハウスと村の住人ということになります。カントリー・ハウスとは、アルトマン監督が『ゴスフォード・パーク』で舞台としたような広大な敷地をもった大邸宅で、アッパー・クラスや、アッパー・ミドル・クラスの人々の社交の場になる場所です。使用人を一人でも置くことがミドル・クラスの必須条件でした。ちなみに、アッパークラスの使用人は少なくとも五、六人。クリスティの描く社交界は第一次世界大戦が終了して、第二次世界大戦が始まる前の「大戦間」のものです。
 第二次大戦後、相続税が引き上げられて、カントリー・ハウスの持ち主は家屋敷の所有が困難になりました。さらに、使用人の数も激減して大邸宅や庭を維持できなくなってしまったのです。その窮地を救ったのはナショナル・トラストでした。この団体は貴族の所有だった庭園や屋敷をイギリスの「遺産」として、保護の対象にしたのです。買い上げた資産を一部を公開するなどの条件付きで、貴族が続けて住めるようにしたのでした。こうしてカントリー・ハウスは観光客に門戸を開き、時代物の映画やテレビのロケに使われ、イギリスの「遺産産業 heritage industry」の主要な部分を占めるようになり、ますます「古き良きイギリス」のイメージを作り上げていきます。

 さて、第5話『牧師館の殺人The Murder at the Vicarage』。T.R.ボーウェン脚色、ジュリアン・エイムズ演出。牧師クレメント(ポール・エディントン)の若き妻グリセルダ(チェリル・キャンベル)は料理が苦手でメイドを雇っていますが、メイドのマリー(レィチェル・ウィーヴァー)は密猟で刑務所を出たばかりのアーチャー(ジャック・ギャロウェイ)と恋仲で、仕事がおざなり。牧師館の離れを借りている画家レディングはプロセロー大佐(ロバート・ラング)の妻アン(ポリー・アダムズ)と恋愛中で、前妻の娘レティス(タラ・マックゴーラン)の水着姿も描いています。
 副牧師ホゥズ(クリストファー・グッド)は募金をごまかしたようです。数日前から村に滞在している“よそもの”レストレンジ夫人(ノルマ・ウェスト)は実はレティスの実の母親。医師ヘィドック(マイケル・ブラウニング)は彼女を親身になって診察しています。地元の警察署のスラック警部(ディヴィッド・ホロヴィッチ)は、レイク警部補(イアン・ブリンブル)と組んで捜査に当たります。噂話の好きなリドリー夫人(ロザリー・クラッチェリー)とハートネル嬢(バーバラ・ヒックス)、ウェーザービー嬢(キャスリーン・ビドミード)、サルズベリー夫人(デディー・ディヴィーズ)が色を添えます。
 牧師が気を回して心配する様子が中心になります。牧師を愛し、ひとの噂を気にしないように進言する夫人グリゼルダの闊達さが魅力的です。

 映画川柳「耳が利く 村の噂が 謎解きに」飛蜘

[参考書]
 新井潤美『へそ曲がりの大英帝国』(2008年、平凡社新書)
2008年7月8日
録画

BS2で6月25日に放送
ミス・マープル2

シタフォードの謎

英国グラナダ

93分
英国2006年4月30日放映
 脚色スティーヴン・チャーチェット、演出ポール・アンウィン。1931年の初期の作品で、原作はマープルものではありません。IMDbのレィティング(評価)は6.5。
 エジプトの発掘現場で二人の男が王の墓を爆破しょうとしていました。それから25年後・・・
 首相チャーチルの後継者として注目されるトレヴェリアン海軍大佐(ティモシー・ダルトン、写真参照。声は小川真司)は、「シタフォード山荘」で暮らし、元使用人の息子で両親を亡くしたジムの後見人を務めていました。最近、素行が悪いジム(ローレンス・フォックス。声は桐本琢也)は「遺産相続人から外す」という手紙を受け取って文句を言います。トレヴェリアンは自分が書いたものではないと否定。ジムの婚約者エミリー(ゾーイ・テルフォード。声は斉藤恵理)はやけ酒で酔いつぶれたジムを、偶然知り合った新聞記者チャールズ(ジェームズ・マリー。声は咲野俊介)の助けで家に連れて帰ります。翌日ジムは、「シタフォード山荘に行く」というメモを残して姿を消していました。ミス・マープルは甥を訪ねにいきますが、大雪に見舞われ、レイモンドも帰れなくなって、近くのシタフォード山荘に泊めてもらうことになります。
 ミス・マープルの到着と入れ違いに、トレヴェリアンが出て行きます。彼は親友で管理人のエンダービイ(メル・スミス。声は内海賢二)にさえ行き先を告げていませんでしたが、マープルは彼がホテル「スリー・クラウン館」に偽名で予約を入れるのを聞いていました。エンダービイは毒入りチョコでハトが死んだのを見て、トレヴェリアンの身を心配し、大雪のなかスリー・クラウン館に歩いて向います。チャールズもエンダービイの後を追います。
 スリー・クラウン館では、客のエヴァードン夫人(パトリシア・ホッジ。声は谷育子)とその娘ヴァイオレット(キャリー・ミリガン。声は弓場沙織)、エリザベス(リタ・トゥシンハム。トニー・リチャードソン監督の傑作『蜜の味』の主演者。声は沢田敏子)、ジムらで心霊占いが行われ、「今夜トレヴェリアンが死ぬ」という言葉が現れます。
 エンダービイが到着し、トレヴェリアンの部屋に駆けつけると、時すでに遅くトレヴェリアンは“笑い顔”の死体となっていました。雪のため一種の密室化したホテルで起こった殺人事件を、マープルはシタフォード荘で推理することになります。
 登場人物が多くて整理しきれておらず、ゴタゴタした感じが残ります。ラスト、犯人を射殺してしまったエミリーがヴァイオレットと二人でブエノス・アイレスに高飛びしてしまうのもなんだか納得がいきません。

 映画川柳「雪道を 凍える友と 急ぎ足」飛蜘
2008年7月8日
録画
BS2で6月24日に放送
ミス・マープル2

動く指

英国グラナダ

93分
英国2006年2月12日放映
 脚色ケビン・エリオット、演出トム・シャンクランド。クリスティー自身が1972年に選んだお気に入りの作品10作のなかに含まれています。その理由は「最近読み返してみたら面白かったから」というものだったそうです。IMDbのレィティング(評価)は6.9.
 若き軍人ジェリー・バートン(ジェイムズ・ダーシー。声は真殿光昭)は、女におぼれる無気力な日々にケリをつけようと、バイクで自滅事故を起こします。
 一命をとりとめたジェリーが田舎嫌いで派手好きな妹ジョアナ(エミリア・フォックス、写真参照。声は石津彩)と一緒に静養のため、リムストック村に来ます。村では村人を中傷する匿名の手紙が出回っていて、アップルトン大佐(脚本家のスティーヴン・チャーチェット。演技は無い)が拳銃自殺を遂げたばかりでした。足の悪いジェリーはシミントン弁護士(ハリー・エンフィールド、写真参照。声は後藤哲夫)の家で働く家庭教師エルシー・ホランド(ケリー・ブルック。声は木下沙華)に心を奪われます。
 シミントン家には二人の息子のほかに、夫人の連れ子の娘ミーガン(タルラ・ライリー。声は小島幸子)がいました。ジェリーとジョアナが招かれたお茶会は村人たちの噂話だらけ。シミントン夫妻のディナーには、ジェリーの主治医グリフィス(ジョーン・パートウィー。声は土師孝也)と妹のエメ(ジェシカ・スティーヴンソン、声は玉川紗己子)、独身貴族のオルガン奏者パイ(ジョン・セッションズ、声は岩崎ひろし)、大佐の葬儀のために村に来ていたミス・マープルが集まっていました。
 やがて、中傷の手紙を受け取った毒舌家のシミントン夫人(イモジェン・スタッブス。声は一城みゆ希)が、「もうダメ I can't go on」というメモを遺して青酸カリで自殺します。検死審問では大佐の死も夫人の死も中傷の手紙による自殺と判断されます。ジェリーは夫人の娘ミーガンを自分の家に寄宿させるのでした。不安におびえていたミーガンは生気を取り戻します。しかし、エメがした意見をきっかけに自宅に戻ったミーガンは階段下で召使アグネス(エレン・カプロン)の死体を発見、平和な村で起きた殺人に村人たちは興奮します。ジェリーはエルシーではなく、ミーガンに魅かれている自分に気がつきます。
 マープルは犯人に大胆な罠を仕掛けます。ヒッチコック監督の『汚名』を連想させる薬入りのミルクを持ち運ぶ場面があります。 
 ジェリーの青春映画になっています。

 映画川柳「動く指 悪意をつむぐ 新機械」飛蜘
2008年7月8日

録画
BS2で6月23日に放送
ミス・マープル2 

親指のうずき

英国グラナダ

93分
英国2006年2月19日放映
 脚色ステュアート・ハーコート、演出ピーター・メダック。原題はシェイクスピアの『マクベス』の一節。原作はトミーとタペンスものの一作で、マープルは出てきません。時代設定を第二次世界大戦後にして、仕事から引退した中年のタペンスがトミーの叔母エイダの急死に不審な点を発見し、捜査を進める羽目になり、偶然出あったマープルが彼女を助けるという設定にしています。原作と人物設定の一部や犠牲者を改変しています。タペンスは叔母から評価されておらず、夫にも注目されていないと思い込み、誕生日に夫から貰ったという車の運転も下手なままで、捜査も推理もやや早とちりの傾向にあり、酒を飲むことで孤独をまぎらわしている状態なのですが、マープルはそんな彼女を支え、最後には「あなたひとりで事件を解決したのよ」と評価します。傑作。IMDbのレィティング(評価)は6.7。最高点10をつけた人は15.3%。
 ある村で、行方不明の少女を探す人々。少女は誘拐されたのでしょうか。
 それから22年後、トミー(アンソニー・アンドルーズ。声は佐々木勝彦)とその妻タペンス(グレタ・スカッキ。声は駒塚由衣)は、トミーの叔母エイダ(クレア・ブルーム。声は片山富枝)に会いに行きます。養護ホーム「サニー・リッジ」には、タペンスのブローチを誉める老婦人ランカスター(ジェーン・ウィットフィールド)や時間にうるさいマージョリー(ミリアム・カーリー。声は望木祐子)がいました。エイダはタペンスを馬鹿にしていてせっかくの手作りケーキも食べようとしません。タペンスはランカスター夫人の突然の質問、「暖炉の奥の子供はあなたのお子さん?」に驚きます。管理人パッカードに名脇役クレア・ホルマン(声は宮寺智子)。
 6週間後、エイダが心臓病で急死。タペンスはエイダの荷物に見覚えのない絵と手紙を発見、手紙には「ランカスター夫人は安全ではない。なにかあったらこの絵を見てください」と記されていました。 タペンスは、エイダの死んだ日にランカスター夫人が身内に引き取られたと知らされます。たまたまマージョリーに面会に来たミス・マープルから、ランカスター夫人は無理やり連れ去られたらしいと聞かされます。絵は魔女の家を描いた作品で、さらにローズとロープとWalterlilyという屋敷名が描き足されていました。タペンスとマープルは夫人を引き取ったという親戚の名前、ジョンソンを手がかりに、夫人と家を探しに村に出かけます。村では酒場の女主人ハンナ(ジョシー・ローレンス。声は一柳みる)や司祭(チャールズ・ダンス。声は有川博)とその妻ネリー(リア・ウィリアムズ)、ジョンソン夫妻とわがまま娘ノラ、フィリップ卿(レスリー・フィリップス)などに会います。アメリカ兵士クリス(O.-T.ファグベンル。声は坂詰貴之)はローズ(ミシェル・ライアン)に求婚していますが、ローズは急に警官イーサン(マイケル・ベグリー。声は堀内賢雄)と一緒になると言い出します。
 時代考証のミスとして英国で指摘されている点がひとつ。マープルがタクシー運転手に「駅へ the train station」と言っていますが、この言い方は最近のもので、40年代後期か50年代前期には「railway station」と言ったのだそうです。ランカスター夫人がタペンスに薦めるミント錠は1948年に発売されたものだそうです。ファンは細かいところまでチェックしているものですね。
 2005年にパスカル・トマ監督『アガサ・クリスティーの奥様は名探偵』というフランス映画としても公開されています。わりと凡庸な映画だという評価が多いようですが、フランスでは大ヒットした作品らしく、映画に求めるものの国民性の違いかもしれません。

 映画川柳「狂女らを 風景にして 荒野(あれの)かな」飛蜘
2008年7月7日

録画
BS2で6月22日に放送

21:00〜22:35
ミス・マープル2

スリーピング・マーダー

英国グラナダ

93分

英国2006年2月5日放映
 脚色ステイーヴン・チャーチェット、演出エドワード・ホール。シーズン2は「スリーピング・マーダー」「親指のうずき」「動く指」「シタフォードの謎」の4本。主演のマクイーワンの吹替えは岸田今日子が亡くなったので、草笛光子が務めます。『スリーピング・マーダー』のIMDbのレィティング(評価)は6.6。
 1933年、インドのデリーの総督公邸、インドの音楽や踊りが披露されているパーティの途中、外交官(三等書記官)のケルヴィン(ジュリアン・ウォダム、声は谷口節)は地元の警察官から妻クレアの交通事故死の知らせを聞きます。幸い同伴しておらず無事だった娘を抱きしめるケルヴィン。それから18年後・・・
 インド育ちのグエンダ(ソフィア・マイルズ、写真参照。声は小林さやか)は、婚約者の会社の部下ホーンビーム(エイダン・マックアードル、写真参照。声は高木渉)とイギリスで新居探し。行く町を選ぶにも「本能に従うことにしているの」と活発なお嬢さんです。ディルマスの海を見下ろす小高い丘にあるヒルサイド荘に一目ぼれして、さっそくリフォームに取りかかります。不思議なことにグエンダには既視感があります。子供部屋の壁紙を「ひなげしと矢車菊にしたい」と言うと、壁の下からその壁紙が出現したり、「ここにドアをつけたい」と言うと実は以前そこにはドアがあったり。さらにグエンダはホールで絞殺される女性の幻影を見ます。婚約者に電話で相談すると、婚約者はホーンビウムに「彼女の話を聞くか、聞くふりをする調査員を頼め」と指示、仕事に忙しく婚約者へおざなりの対応をする男だと分かります。ホーンビームは知り合いのマープルに電話し、グエンダを喜劇の観劇に連れ出します。公演中の演劇は喜劇ではなく、ウェブスター原作『マルフィ公爵夫人』に変わっていました。復讐劇の絞殺シーンに女性の幻影が重なったグエンダは、思わず「ヘレン!」と叫びます。ところで、ホーンビームが寝床で読んでいる小説は、チャンドラーの『かわいい女 The Little Sister』。1949年発行のマーロウもので、ヒロインの女優ドロレスは色情狂で殺人犯です。マーロウは女嫌いのヒーローです。
 マープルは、グエンダが幼いころ殺人事件を目撃したと考えます。家を手配した弁護士ウォルター・フェーン(ピーター・セラフィノウィッツ。声は牛山茂)の事務所でヒルサイド荘の1934年の持主はグエンダの父親ケルヴィンだったことが判明。フェーンはその事に触れたがらない様子です。マープルが町で探し出したヒルサイド荘のもと召使のパジェットさん(ウーナ・スタッブス。声は定岡小百合)からケルヴィンや当時桟橋で夏になると来ていた旅回りの一座ファニーボンズのことを聞きます。クレアの兄でクレアの兄で精神分析医のジェイムズ(フィル・ディヴィス、声は田原アルノ)から、父ケルヴィンは幼いグエンダを連れてイギリスに戻りヒルサイド荘に住んでいたことが分かります。父は一座の看板歌手、ヘレン(アンナ・ルイゼ・プロウマン。声は田中教子)と婚約しますが、結婚式前日にヘレンは姿を消しました。看板歌手が抜けることになって、ファニーボンズが解散した夜のことを次第に関係者は想い出します。
 一座の中心はピアノとトークのジャッキー・アフリック(マーティン・ケンプ、写真参照。声は仲野裕)。手品師のライオネル(ニコラス・グレイス)、ディッキー・アースキン(ポール・マックギャン。声は有本欽隆)とジャネット(ドーン・フレンチ。声は小宮和枝)は、その後結婚していました。当時は未熟もの扱いされ、せっかくの愛情も受け止めてもらえなかったシロホンと歌のイーヴィ(サラ・パリッシュ。声は渡辺美佐)は一座の解散後に独立し、いまや大スターになっていました。フェーンの母(ジェラルディン・チャップリン。声は久保田民絵)はヘレン失踪事件に息子が関係していたのではないかと疑っています。アースキン夫妻の息子ジョージ(ハリー・トリーダウェイ)がフェーンの事務所に就職できたのにはなにか訳がありそうです。定年直前の地元警察のプライマー警部(ラス・アボット。声は青野武)がマープルに協力します。
 尋ね人欄を見てジェイムズ診察室に向うヒルサイド荘のもとメイド、リリー(ヘレン・コッカー)が殺されました。リリーの夫からヘレンの失踪について、彼女は「北極へ行ったんじゃなきゃ」殺されたんだろうと言っていたと聞いて、グエンダはリリーはヘレンの衣装ケースから冬物が無くなっていたことに気付いていたと推理します。絞殺犯が衣類をあわててスーツケースに詰め込んだ結果、そんな風になってしまったのでしょう。警部の手配で関係者一同がヒルサイド荘に集められます。そこで驚きの真相が明らかになります。
 ケルヴィンがヘレンに膝まづいて求婚した話を聞いてヒュー・ホーンビウムは自分だったら膝まづいたりはしないなと感想をもらします。グエンダはそんなことは無いとヒューの求愛姿を見届ける約束をします。すべてが明らかになったとき、マープルの助言に従ってグエンダに求婚するヒューは膝まづいていました。
 グエンダの魅力ときびきびした展開で佳作。なお、ヘレンとクレアは小説では別人です。

 映画川柳「歌ひとつ 思い出のなか 旅芸人」飛蜘

[参考書]
石上三登志「女嫌いの系譜、又は禁欲的ヒーロー論」『ベスト・ミステリ論18』(宝島社新書)
 
2008年6月10日

BShiで5月11日に放映
録画
コーラス

フランス
2004年
97分
 クリストフ・バラティエ監督、ジャック・ペラン製作・出演、合唱が不良少年たちの心を開くという物語。指揮者のモランジュ(ジャック・ペラン)のもとへ幼馴染のペピノが会いに来て、一冊の日記を手渡します。彼らは「池の底」と呼ばれる、見捨てられた子供たちを集めた小学校の出身でした。日記は、生徒とともに写真に写っている舎監マチュー(ジェラール・ジュニョー)のものでした。
 いわば“都落ち”して来て、場末の小学校に赴任することになったハゲ頭のマチュー先生を戸惑わせる事件が次々と起こります。校長ラシン(フランソワ・ベルムナン)は、“目には目を”がモットーで、生徒の悪業にはきびしい罰で教室を取り仕切っていました。辞職した前舎監が特に素行の悪い生徒を教えてくれた。ル・クレイとモランジュ(ジャン・バティスト・モニエ)です。
 マチュー先生は生徒にコーラスを教えはじめ、モランジュに歌の才能があることを見抜きます。他の施設から粗暴で手がつけられないという生徒が転校してきます。彼は一切の指導を受け付けず、コーラスにも加わりません。保管してあった大金の盗難事件が起こり、校長は彼を折檻しますが、なかなか盗みを白状しませんでした。激しい暴力の果てに、彼は盗みを認めたというのですが、お金のありかは分かりません。心を開かないまま、他の施設に移されていきます。後で盗難は別の生徒の仕業だったことが判明します。
 モランジュはコーラスのソロ部門を受け持ちます、彼の母親にほのかな恋心を抱きながら、先生はコーラスの指導を続け、校長がやめろと命令したにも関わらず、深夜の練習を怠りませんでした。舎監の恋を心よく思えなかったモランジュは先生に反抗し、ソロを外されてしまいます。女性の大臣が見学に来ることになり、急遽コーラスが紹介される事態になります。モランジュの母親は先生の恋心にはまったく気付いておらず、技師と再婚することになったと告白して、先生の夢は終わります。視察の日、コーラス隊から離れて不貞腐れていたモランジュに、ソロのパートを歌うように先生は指示を出し、彼は立派に歌ってみせるのでした。不良少年を更正させた校長の功績は高く評価され、勲章を受けそうになりますが、パリに出張した校長のもとへ学校が火災で焼け落ちたという知らせがもたらされます。出火当時、先生と生徒は校長の外出禁止令を無視し、野外へ遊びに出かけていました。火事の原因は退学させた不良の放火でした。校長は先生を解雇します。学校を去るマチューの傍に外出禁止の生徒からの紙飛行機がたくさん飛んできます。
 その後、生徒の告発により校長は解雇され、学校は廃校になります。モランジュは音楽学校へ進学。マチュー先生は、その後どうなったのでしょうか。
 毎週土曜日に来る筈の無い両親を待っていたペピノが学校を去る先生を追いかけていました。一緒に連れてって欲しいというペピノの頼みを、いったんは断った先生。動き始めたバスを停めて彼を迎えいれたのです。先生はペピノを育ててくれたのでした。

 映画川柳「隣人の 声聞けるときに ハーモニー」飛蜘
2008年6月5日

BS2で5月10日に放送
録画
ミス・マープル2


パディントン発4時50分

英国
グラナダ

95分

英国2004年12月26日放映
 DVDでは第3巻 『パディントン発4時50分』(脚本スティーブン・チャーチェット、演出アンディ・ウィルソン)。IMDbのレィティング(評価)は6.8。
 事件設定の衝撃度、ゴシック・ロマン風の大邸宅や腐敗しかかった大家族のかもし出す雰囲気、頭脳明晰な若い女性の行動力、毒入りカレー事件とその後のアルフレッドの急死、ノエル・カワードの劇のチケットを得て列車に乗り込む関係者による事件の再現と解決篇。傑作でした。
 ある大邸宅でひとりの老婦人が危篤状態でした。クラッケンソープの妻アグネス(ジェニー・アガター)です。最期に彼女が残した言葉は「一番大切なものは、愛よ。お金ではなく」。母親の死の床には夫はもとより、息子や娘たちが集まっていました。
 それから七年後、ミス・マープルの友人エルスペス(パム・フェリス。声は玉井碧)は、セント・メアリー・ミードのマープルのところに向うパディントン駅発4時50分の汽車の窓越しに、殺人事件を目撃します。ちょうど併走する別の汽車で、女性が首を絞められていたのです。驚いたエルスペスはすぐに客室係(ティム・スターン)に通報します。次の駅で停車させて該当の汽車が調べられますが、死体は見つかりませんでした。捜査の指揮を取ったオードリー警部(ロブ・ブライドン)は半信半疑でした。
 話を聞いたマープルは、犯人が車外に死体を放り出したと確信。汽車が速度を緩めるカーブ地点に目星をつけます。そこにあるのはクラッケンソープ家の大邸宅、ラザフォード・ホールでした。
 事件のあった12月4日はアグネスの命日で、クラッケンソープ家の家族がホールに集まっていました。ミス・マープルは死体を探させるため、利発な姪のルーシー・アイルズバロウを家政婦(ハウスキーパー)としてラザフォード・ホールに送り込みます。ルーシーは、敷地内を探索し、とうとう霊廟で女性の死体を発見します。事情を聞くため、家族が集められます。主治医クインパー(グリフ・リース・ジョーンズ、写真参照。声は西村知道) は長女エマと恋人どうし。父ルーサー(デビッド・ワーナー。声は勝部演之)は先祖に反抗した職業を選んだため、遺産相続人から除かれています。長女エマ(ニーヴ・キューザック。声は一柳みる)はしっかりものですが、神経質。次男アルフレッド(ベン・ダニエルス。声は土師孝也)は酒飲みで、女と組んで金持ちを恐喝するような危ない仕事に手を染めています。三男は事業家のハロルド(チャーリー・クリード・ミルズ。声は村治学)、四男は画家のセドリック(キアンラン・マクメナミン。声は内田夕夜。原作ではハロルドの兄)。これら家族の誰もが死体の女を知らないと言います。戦死した長男エドマンドの妻で行方不明のマルティーヌから、12月4日にラザフォード・ホールを訪れるという手紙が来ていました。死体がマルティーヌなら家族の面々は知っているはずですが・・・。なお、次女イーディスは亡くなっています。
 マープルは子供の頃から知己の隣町のトム警部(ジョン・ハンナ、写真参照)の家に行き、トムと共に捜査に参加します。趣味の毛糸玉と編み棒を持って。
 マープルの姪で家政婦役のルーシーが聡明で行動力もあり、非常に魅力的です。料理も上手で気働きもきき、みんなが彼女のファンになります。けれども、なんとトム警部とともに日本の配役表には役者名が出ていません!。英語圏のキャスト表で調査すると、二人づつのキャスト・クレジットの4番目に出てくるアマンダ・ホールデンとジョン・ハンナーでした。
 クリスティーの冒険ミステリには“元気の良い冒険心に溢れた若い娘が活躍”しますが、この作品には冒険ミステリの要素もあります。

 映画川柳 「大家族 勝気な家政婦 活気づく」飛蜘

[参考図書]
 早川書房編集部『アガサ・クリスティー99の謎』(早川文庫,2004年)
2008年6月5日

BS2で5月9日に放送
録画
ミス・マープル2

書斎の死体

英国
グラナダ

95分

英国2004年12月12日放映
 DVDでは第1巻 『書斎の死体』(脚本ケビン・エリオット、演出アンディ・ウィルソン)。IMDbのレィティング(評価)は6.5。
 戦争中にもかかわらず、ジェファーソン家には家族が集まっていた。長男の誕生日のパーティなのです。大きなケーキが準備され、テーブルに置かれようとしたそのとき、爆発が起こりました。ドイツ軍のロケット弾が近くに落ちたのです。
 それから十年後、バントリー大佐(ジェームズ・フォックス。声は小山武宏)の屋敷で、ブロンドの若い女性の死体が見されました。ホテルでダンス・ホステスをしていたルビー(エマ・ウィリアムス。声は魏涼子) だと言います。ダンス・ホステスの先輩ジョージー(メアリー・ストックリー)が足を挫いたので、代役として連れて来た少女でした。夫が身に覚えのない女性の死体ですっかり意気消沈しているのを見たバントリー夫人ドリー(ジョアンナ・ラムレイ、写真参照。声は藤田淑子)に捜査を依頼されたミス・マープルは、ドリーと共にダンス・ホールのある高級なマジェスティック・ホテルに滞在することになります。捜査を担当したのは、バントリー大佐の友人メルチェット本部長(サイモン・カロウ)と、彼の応援に駆けつけたハーパー警視(ジャック・ダヴェンポート)。最初は二人に迷惑がられるマープルでしたが、次第に二人はマープルの推理に頼るようになります。
 調べてみると、ルビーは戦争中に爆発で息子や娘を亡くしてしまった富豪のジェファーソン(イアン・リチャードソン。声は内田稔)に気に入られており、多額の信託財産を受け取ることになっていました。養女にする話まで進んでいたと言います。ルビーの死で得をするのは、ジェファーソン家の嫁アデレード(タラ・フィッツジェラルド。声は藤生聖子)と娘婿のマーク(ジェイミー・シークストン)。しかし、二人には事件当夜、ホテルでブリッジを続けていたというアリバイがありました。事件当夜ルビーと踊ったダンサーのレイモンド(アダム・ガルシア)や映画製作者バジル(ベン・ミラー)も容疑者に挙げられます。
 捜査が難航する中、燃えた盗難車の中で若い女性の黒焦げの死体が発見されます。ちょうど行方不明になっていた少女がいました。
 マープルは綿密な計画的犯罪が思わぬ方向に行ってしまった結果、見かけが複雑になってしまったと推理します。殺人の動機はお金のように見えました。しかし、実は愛でした。意外な人物が恋人どうしだったのです。原作と犯人を変えています。

 映画川柳 「亡き子らを 踊る娘に 見てとれば」飛蜘
2008年6月4日

BS2で5月8日に放送
録画
ミス・マープル2

予告殺人

英国
グラナダ

95分

英国2005年1月2日放映
 DVDでは第4巻 『予告殺人』(脚本スチュワート・ハーコート、演出ジョン・ストリックランド)。IMDbのレィティング(評価)は6.9.
 新聞に本日の夜7時30分に殺人が起こるという広告が出ます。レティティア家でパーティが開かれ、人々が不安がる中、予告の時間に突然、電灯が消え、強盗が押し入り、銃声が響きます。いったい誰が被害者なのか。レティティアの耳から出血、しかし、死体は強盗に入った意外な人物でした。10年前に亡くなった富豪の莫大な遺産がからんでいるようです。女主人レティティア(ゾー・ワナメイカー、写真参照。声は谷育子)、同居するその友人ドーラ(エレーヌ・ペイジ。声は火野カチコ)、アルコール依存症の退役軍人アーチー(ロバート・ピュー、声は佐々木梅治) 、アーチーに親切な婦人セイディ(シェリー・ルンギ。声は小宮和枝)、母親セィディに親切な飲酒癖のアーチーを嫌っている息子エドマンド(クリスチャン・コウルソン。声は大西健晴)、レティシア家に居候する女フィリッパ(キーリー・ホーズ。声は田中敦子)、マープルの友人の娘エイミー(クレア・スキナー。声は小林さやか) 、エイミーと同性の恋人関係にある女友達ヒンチ(フランシス・バーバー。声は塩田朋子)。懐中電灯で強盗が室内を照らしたとき、実際に拳銃を撃った人物は強盗の後ろに回っていました。だとすると、偶然、光の後ろにいたエイミーには部屋の中にいた人物が見えたはずです。そのとき部屋の中に“いなかった”人物こそ、強盗の後ろに回った人物に他なりません。いったい誰が? エイミーには思い出せませんでした。けれども、突然エイミーが思い出したとき、殺人者は彼女の背後に迫っていました。
 1972年に数藤康雄氏の質問に答えてクリスティー自身があげた自作ベスト10にマープルものは『予告殺人』、『火曜クラブ』(短篇集)、『動く指』の3作がある。

 映画川柳 「救われし 手術の傷が 心にも」飛蜘
2008年6月4日


BS2で5月7日0:00〜 放送
録画
ミス・マープル2

牧師館の殺人

英国
グラナダ

95分

英国2004年12月19日放映
 英国グラナダが新たにTVドラマ化したミス・マープルのシリーズ第1話から第4話。
  『牧師館の殺人』『予告殺人』 『書斎の死体』『パディントン発4時50分』の順に放映。
 スタッフは製作マシュー・リード、 『牧師館の殺人』はDVDの第2巻(脚本スティーブン・チャーチェット、演出チャールズ・パーマー)。DVDは 『書斎の死体』 『牧師館の殺人』 『パディントン発4時50分』 『予告殺人』の順。
 マープルのテレビ映画化といえば、BBCのジョーン・ヒックソン主演の作品がよく出来ていましたが、今回のジェラルディン・マクイーワン(写真参照。吹替えの声は故・岸田今日子)主演で新たに製作された新シリーズ。時代は1950年代に設定されています。『牧師館の殺人』ではマープルの机上のカレンダーが1951年8月を示していました(なお、映画のカレンダーは実際の日と比べると曜日がズレているそうです)。こまかいカット割りで事件の手がかりを映し出します。展開はスピーディ。『牧師館の殺人』のIMDbのレィティング(評価)は6.8。

 『牧師館の殺人』 では、回想シーンで、若きマープル(ジュリー・コックス)の恋人、妻子ある兵士が登場します。1915年、「君のために生きて戻って来る」と約束して戦場に向った恋人でしたが、戦死してしまい、マープルのもとには戻って来ませんでした。原作にはこのような兵士の恋人の設定はありません。けれども、“第一次世界大戦中のマープルの生活は一切不明、ベルギーのブリュッセルで「ある出来事」が発生、両親の相次ぐ他界から、・・・田舎に引きこもり、一生独身で通そうと決心した”(数藤,1978年)そうで、この「ある出来事」が何なのかは記されていませんから、スタッフが大胆に推理することは許されます。「牧師館の殺人」事件の背景に戦争があり、マープルの経験が登場人物の運命に重なるところがあります。このマープルの恋人の写真は、『書斎の死体』でも、登場人物が退役軍人だったり、戦争での勲功が話題になったりするときに、マープルが目をやるものとして使われています。
 また、マープルは『牧師館の殺人』では、チャンドラーの短編集『簡単な殺人の方法 The Simple Art of Murder 』を読んでおり、クレメント牧師(ティム・マキナリー)に「面白いですか」と聞かれて、「チャンドラーは最高よ」と賞賛の言葉も言っています。実際のチャンドラーはクリスティーの『オリエント急行殺人事件』を“馬鹿だけが理解できる解決”と酷評していたそうです(早川,2004年)。今回のスタッフは、放映4番目の『パデイントン発4時50分』では、マープルにダシール・ハメット著『闇の中の女』を読ませていました。
 ところで、『牧師館の殺人』の被害者は、地元の判事で教区委員、何事にも口うるさく、人々にきびしい目を向けているプロズロウ大佐(デレク・ジャコビ、写真参照。声は稲垣隆史)。容疑者は、その妻アン(ジャネット・マクティア。声は唐沢潤)と画家ロレンス(ジェイソン・フレミング。声は井上倫宏)。二人は不倫関係にありました。他に牧師の美人妻グリゼルダ(レイチェル・スターリング。声は山崎美貴)は、画家ロレンスに肖像を描いてもらっていました。プロズロウの娘レティス(クリスティーナ・コール)も水着姿で絵のモデルになっていました。副牧師ロナルド(マーク・ガティス)は大佐から教会への寄付金を横領していた疑いをかけられていました。大佐の周辺を調べている謎の老人デュフォス(ハーバート・ロム)と彼の秘書役のヘレネ(エミリー・ブルニ)も怪しい行動をしていました。次第に人々に戦争時の体験が影響していることが明らかになってきます。正体不明の最近村に来たミセス・レスター(ジェーン・アッシャー、声は一城みゆ希)は、大佐のもと妻でした。
 自身も事件の証人となったマープルは、スラック警部(ステフェン・トンプキンソン)から捜査の経過を聞くうちに、自分がアリバイ作りに利用されたことに気が付きます。
 マープルものの長編第1作。

 映画川柳 「若い妻 好事魔多し 牧師館」飛蜘

[参考図書]
 数藤康雄「セント・メアリ・ミード村のやさしき老嬢」『名探偵読本3ポアロとミス・マープル』(パシフィカ、1978年)
 数藤康雄(編)『アガサ・クリスティー百科事典』(早川文庫,2004年)
 早川書房編集部『アガサ・クリスティー99の謎』(早川文庫,2004年)


2008年6月〜7月に見た 日 本 映 画 (邦画)
見た日と媒体 作 品        感  想       (池田博明)
2008年7月28日

DVD

change the World
128分
2008年
日本テレビ
WB

 『DEATH NOTE』のスピン・オフ作品。脚本・小林弘利、監督・中田秀夫。L(松山ケンイチ)がアメリカを発ってから120日後、タイでは、新しい感染症で村民が倒れています。軍は村全体を原子爆弾で爆破。脱出を図った1台のトラックも途中で爆破します。けれども、FBIのF(波岡一喜)は、不思議に感染しないままのひとりの少年(福田響)を村から脱出させ、トラックから下ろしていました。そして彼にワタリに電話するように教えていました。
 デス・ノートに自分の名前を書き込んだLの生命はあと23日。ワタリは死んでしまったため、Lがワタリの代わりを務めます。
 アジア感染症センターでは、二階堂教授(鶴見辰吾)と九条医師(工藤夕貴)が新型ウィルス兵器について話しています。環境保護団体ブルーシップの所長(石橋蓮司)は所員の的場(高嶋政伸)が勝手にウィルスの取引をしたことを怒っています。解雇された的場は所長を殺害、他の所員、小西(正名蔵)・西沢(金井勇太)・三沢(佐藤めぐみ)も的場に付きます。佐藤めぐみが冷酷にナイフをふるう殺人鬼を演じています。ウィルスによって不必要な人類を滅ぼそうという地球浄化計画が進行中のようです。抗ウィルス薬がなければ散布側もやられてしまいますから使えません。二階堂教授はその抗ウィルス薬を開発したようです。九条医師はブルーシップに手引きをして新薬を入手しようとします。けれども、正体を知った教授は抗ウィルス薬を燃やし、自分自身にウィルスを注射して自分と一緒にデータを葬り去ってしまいました。ただし、教授は娘の真希(福田麻由子)に手がかりを残していたのです。父親の最期を物陰から目撃した真希はタクシーで脱出、父親の残したデータを許に、ワタリを探します。
 やっとのことで、Lを探し当てた真希はタイの少年とともに抗ウィルス薬の手がかりを探していきます。九条たちの追跡をかわしながら・・・。真希は自分にウィルスをうったため、自分自身がウィルス容器です。不思議にすぐに発症しないのは低血糖だからかもしれません。父親がときどき打っていたという注射も関係があるのかもしれません(低血糖対策の注射だったろうと説明されていますが)。教授の遺した暗号が解けると、教授の共同研究者の松戸講師(平泉成)がなんとか抗ウィルス薬開発に成功します。FBI(南原清隆)の支援を受けながら、Lはアメリカへウィルスを運ぼうとする組織と最後の戦いに挑みます。

 映画川柳「限りあり いのち短し 感染症」飛蜘
2008年7月28日

DVD
立喰師列伝

LG

106分
2006年

 原作・脚本・監督は押井守、演出は西久保利彦のスーパーライヴメーション。この技術はペープサートを基本にアニメートします。
 “孤高の空に舞う猛禽のように”戦後の歴史を彩った立喰師たちの伝説。1945年、焼け跡の混乱のなかから立喰師の伝説が立ち上がる(普通でしたら「始まる」と言うところを気取ってこう言う。この修辞感覚で物語が語られます)。「妄想ブギ」(川井憲次作曲、児島由美作詞、ヴォーカルはa-mi)を背景に、テキヤの蕎麦屋に月見の銀二(吉祥寺怪人)がやって来て、月見ソバを注文する。犬飼喜一氏の著書『不連続線の系譜』が立喰師を取り上げています。語りが大げさな修辞を使って銀二の立喰いを描く。
 テレビ放送が始まり、東京タワーが完成、フラフープ流行、昭和35年(1960年)安保と時代が進みます。1960年、ケツネコロッケのお銀(兵藤まこ)が、キツネソバを注文し、追加でコロッケを頼みます。この立喰師は6月15日に姿を消したとか。
 昭和36年、目黒区役所は野良犬を処分するために毒入りダンゴを置きます。1964年、東京オリンピックの年は、野犬の受難の年でもあります。立喰師は哭きの犬丸(石川光久)や冷やしタヌキの政(鈴木敏夫)を経て、昭和48年に予知野屋が牛丼を展開すると、牛丼の牛五郎(樋口真嗣)やハンバーガーの哲(川井憲次)が出現します、哲の注文はなんとハンバーガー百個。昼食どきに重なってロッテリア(店長は神山健治)のシステムはパンクしてしまいます。クレープのマミやタコヤキのミキの名前だけが紹介され、フランクフルトの辰(寺田克也)やカレー屋に焦点をしぼった中辛のサブ(河森正治)の仕業(ゴト)が描かれます。
 過剰な解説が特徴ですが独善に陥っており、アニメーションの魅力ではなく、紙芝居の雰囲気があります。予告編が示したような切れ目ないノン・ストップ・アクションならもっと楽しめたと思いますが・・・。

 映画川柳「焼け跡や 戦無世代に 紙芝居」飛蜘
2008年7月27日

DVD
真・女立喰師列伝

製作ジェネオン
制作配給デイズ

123分
2007年
 原作・総監修は押井守。無銭飲食のプロ、様々な女立喰師を描きます。
 オープニング(監督・押井守)はケツネコロッケのお銀(兵藤まこ)のイメージショット。第一話『金魚姫』(脚本監督・押井守)、金魚飴を求めたという鼈甲飴の有理(ひし美ゆり子)を探し当て、彼女が背中と乳房にしていた金魚の刺青を写真に撮るカメラマン(吉祥寺怪人)。第二話『荒野の弐挺拳銃』(脚本監督・辻本喜則)、西部の酒場で撃ち合いになるバーボンのミキ(水野美紀)。第三話『Dandelion』(脚本・神山健治・檜垣亮、監督・神山健治)、刑務所から出所した元ファミリーレストランBigBoyの店長(神山健治)の思い出でひとつの事件が語られます。大学時代に男におごらせていた学食のマブ(安藤麻吹)がお店にやってきました。薬物取引が行われていることを目撃した店長は女のバッグ内の拳銃を取り上げます。その結果はとんでもないことに。第四話『草間のささやき』(脚本監督撮影・湯浅弘章)、氷苺の玖美(藤田陽子)は、トウキビ畑で菓子屋の男から菓子を盗む祖母でした。彼女が関係する殺人事件の記憶。第五話『歌謡の天使』(脚本監督・神谷誠)、原宿のクレープ屋(池内万作)に、アイドルのたまご、マミ(小倉優子)がクレープの宣伝をしてあげるといってやって来る。アメリカ軍は日本人を無知化するためにテレビを送りこんだという歴史をマミが語ります。テレビに「スター誕生」や歌手のフェイクが映写されます。第六話『ASAAULT GIRL』(脚本監督・押井守)、世界戦争で文明が滅亡した荒野でケンタッキーの日菜子(佐伯日菜子)が「もう一度食べたかった」とつぶやきます。
 実写作品には映画に情熱をかける青年たちの作ったような味がありますが、未完成作品のような中途半端さがあります。

 映画川柳「クレープと ギミックを仕掛けて 広告塔」飛蜘
2008年7月21日

NHK総合テレビ

19:30〜20:00
魚が消える?

NHK

2008年
30分
 海の日特集の教養番組。制作・高間大介、ディレクター・原弘三郎。
 大分県のマサバは20年前の10分の1に減り、三崎港のマグロは3分の1に減っている。マサバは伝統的な1本釣りから網で大量に捕獲する漁法によって、3歳前の子供のマサバを一網打尽に取るようになってしまった。これでは子供が生まれないから減るのは当然です。マグロははえ縄漁で取れなくなった分を外国の蓄養で賄っています。けれども、蓄養はある程度育った魚をまとめて捕獲して生簀に放逐してそこで餌を与えるやり方なので、既に激減した小魚を囲い込むことになってしまう危険があります。
 富山湾の寒ブリは南で生まれて北海道沖で育ったブリが冬に南下したところで取れるもの。この越中ブリという寒ブリに昨年大異変が起こったそうです。ほとんど取れなかったのです。代わりに取れたのはサワラでした。サワラはブリよりも温かい方にいる魚です。京都大学の増田准教授によりますと、海水温を分析すると福井県沖の海水温は30年前より0.4℃上昇、分布中心緯度でブリとサワラを比較すると300kmも離れています。あまり食べないサワラをおしいく食べてブリを守ることも考えないといけない時代かもしれません。

 映画川柳「海産魚 未来が見える 生命表」飛蜘
2008年7月20日

DVD(VAPビデオ)
熱中時代

日本テレビ

1979年2月2日(第18回)

1979年3月2日(第22回)
 水谷豊が新米小学校教師・北野広大を演ずる連続ドラマ。1978年10月6日から1979年3月30日に金曜21時から放送。30年前のドラマとは思えないほど現代的です。主題歌「ぼくの先生はフィーバー」は同じ日本テレビ系列の『世界一受けたい授業』のテーマソングとして使われています。制作は『傷だらけの天使』の清水欣也と、ユニオン映画の永野保徳。企画は梅谷茂。主な脚本は布勢博一ですが、第18回「三年四組学級閉鎖」は脚本・森崎東でした。この回の演出は矢野義幸。
 風邪が流行し出してクラスの5分の1、8人が欠席すれば学級閉鎖に。北野先生(水谷)のクラスは欠席者が6人。刃物での鉛筆削りを宿題にしたところ、安達君は母親に刃物の使用を止められてやってきませんでした。眼の病気と言って眼帯をしています。宿題をしないことをクラスのみんなに咎められた安達は早退してしまいます。心配になった北野は家庭訪問、美容室の母親から刃物を探したついでにいたずらで眉毛をそり落としてしまったことを聞きます。ゲームセンターで安達を見つけた北野は自分も眉毛をそり落として、翌日の登校を約束します。
 翌朝、点呼に行った北野は朝いたはずの安達が欠席、別の谷田も欠席して欠席者が8人になったことを知ります。学級閉鎖にしたものの、割り切れない北野は夕方、安達の家へ。クラスのガキ大将に指図されて先生との約束を破って学級閉鎖にするために早退したことが分かります。子供たちに裏切られた北野はショック。クラスの子供たちの家を回ったと花井先生(音無美紀子)に話します。子供たちはまるで犯罪者を捕まえに来た刑事を見るような目で自分を見た、自分は子供たちの敵だったんじゃないかと北野は悩みます。塾の教師にお前たちが子供を落ちこぼしているんだと非難された中学教師の八代(山口崇)は自分たち教師もゴミだし、子供たちの9割もゴミだ、酒でも飲もうと誘いますが、そんな八代を花井先生がビンタ!
 翌日、誰もいない教室で教壇に立ち尽くす北野。様子を見にガキ大将たちがときどきやって来て、いよいよ給食の時間、急に全員が教室に来て給食の準備を始めます。今日も元気にしっかり食べようと子供たちに声をかける北野でした。子供たちは決して善意の存在ではない、先生を裏切ったり、悪知恵も働かしたりする。そんな現実に向き合って、教師はつらい思いをすることがある。けれども、山あり谷ありで信頼を失ったり、取り戻したりしながら成長していくのが人間の社会なんだというメッセージがこめられていました。
 若葉台小学校の校長・天城家(船越英二・草笛光子)は教師を下宿させています。天城家の高校生の息子は太川陽介。同居の小糸先生(志穂美悦子)・魚津先生(島村佳江)・花井先生(音無美紀子)。学校の同僚の小嶋田先生(小倉一郎)、前田先生(執行佐智子)、教頭(小松方正)、派出所の警官・小宮(谷隼人)。北野先生の妹・北野青空(池上季実子)。

 第22回「お雛さまとさびしい宇宙人」(脚本・森崎東、演出・吉野洋)
 「UFOを見た」という少年・森君は自宅のお店・金時屋で、宇宙人と自称する男(伊東四朗)に出会います。普段から「みなし子」だのなにかとウソをついている森君の言うことを信じる生徒はいません。男は縁日で昼でも星が見えるという宇宙ミラーを売っていました。学校でその宇宙ミラーが評判になります。北野が子供たちに見えたような気がしただけということを確認すると、森はみんなから責められ、宇宙人を連れてくるといって学校を出ました。心配した北野は森少年を探します。渋谷のドヤ街、日の出荘に仮住まいしているテキヤの小林長二郎、それが宇宙人の正体でした。北野が部屋を尋ねていくと、フグのはらわた入りの焼酎を勧められます。負けたら人間であることを認めるという条件で腕相撲をすると、必死になる小林へわきあがってくる感情で、北野は負けてしまいます。「もう帰りな。みなし子は俺ひとりでたくさんだ」と言って、森を帰す小林。少年は「あのおじさんは宇宙人じゃなかったね。だって、泣いてたもの」と言います。警官の小宮も少年を探してくれていました。少年を肩車した北野は「もう屋探ししても誰もいないよ。消えちゃったもの。宇宙人だから」と言います。「日の出荘」は『喜劇・女売り出します』にも出てくる木賃宿。その前には労務者用の「小袖」という一杯飲み屋があります。伊東四朗が落ちぶれたテキヤを演じます。この人物像や住まい、飲み屋などが森崎ワールドでした。
 この回は『熱中時代』をノベライズした本には収録されておらず、いかに他と比べて“突出した”、別の言葉で言えば“困った”作品であったかが想像できます。それだけ、森崎節が強烈な、“お茶の間向きでない”回でした。

 映画川柳「裏長屋 居酒屋に居る 宇宙人」飛蜘

[参考書]
熱中時代脚本家グループ『熱中時代A』(日本テレビ,1979年)
2008年7月10日

DVD
忍者秘帖・梟の城

東映
1963年
91分
 工藤栄一監督、池田一朗脚本、撮影わし尾元也の東映の異色時代劇。伊賀忍者の里を殲滅した秀吉の軍により、両親を殺され、陵辱された妹は自害、そのときから秀吉を仇と狙う伊賀の葛(つづら)重蔵(大友柳太郎)が主人公。忍者稼業に嫌気がさし、武士になろうとする風間五平(大木実、予告篇によると東映初出演)と戦うだけではありません。今井宗久(三島雅夫)の養女・小萩(高千穂ひづる)も甲賀忍者として重蔵に勝負を挑んできます。重蔵と一緒に甲賀忍者と戦う黒阿弥(河野秋武)が、抜け忍(花沢徳衛)と甲賀の洞玄に敗れてしまったため、重蔵は仇を取ろうとします。非情になりきれないところに重蔵の忍者としての弱みがあります。重蔵の師匠・次郎佐衛門の娘・木ざる(本間千代子)は幼児のときから五平の婚約者でしたが、漁師上がりの雲太郎(河原崎長一郎)と一緒になります。重蔵は小萩の誘いもあって、暗殺や謀殺に明け暮れる日々が次第に疎んじられてくるのでした。
 物語の中心に秀吉暗殺が据えられておらず、わき道にそれてばかりいるような印象が残ります。

 映画川柳「裏切りの 女に惚れて 生き直す」飛蜘

【参考文献】掛札昌裕“特に大友と体重が90キロほどの大男・戸上城太郎がワイヤー・アクションを使い、空中戦を行なうところは見もの。河野秋武が大量の蝋燭に惑う幻想的なシーンもいい。私は本作の助監督だった。ラストの大友と大木の対決は彦根城を使い、真冬に大雨を降らせ、しかも徹夜の撮影だったのを記憶している。いま観直すと、ここからラストまで苦労に見合う重厚な出来になっていた”(『本当に面白い4時代劇』2015より)
2008年7月4日

NHK総合TV
20:00〜20:42
ここに技あり・鶴岡

42分
NHK
 制作・NHK東北、ディレクター中澤秀昭、『ワンダフル東北』の一篇「ここに技あり・鶴岡」として山形県鶴岡市に住む職人の技術を紹介します。レポーターの天童市出身の俳優・佐藤政宏さんが訪れたのは駄菓子職人の梅津さん、表具師の杉山さん、クリーニング師の本間さん。13歳から始めてこの道50年の梅津さんが焼く“からからせんべい”の中には玩具が入っています。焼きあがった直後のせんべい生地を巻いて、中に玩具を詰め、ふちを折る。30秒もすれば固くなってしまいます。熱い生地を素手で巻き上げる技術が見事。そしてそのせんべいを乾燥するのに七輪を使っています。妻や母親が仕上げを手伝います。
 表具師の技術は高校卒業後、京都の職人のもとで12年間鍛えられて得たもの。寺の涅槃図の補修は裏から行います。古い補修紙をはがす、新しい補修紙をのりづけする、和紙をつなぐ、弱い接着のりで裏紙を貼る、ひとつひとつの工程に技術があります。強いのりを使うと100年後の補修のときに困るという伝統の思想が重要だと思えました。
 シミ抜きや染色補修は化学と物理の世界ですが、単に薬品を付ければいいというものではありません。繊維を作る生地や汚れの性質に応じた技術があります。汚れを漂白して消した上に柄を再現するのが究極の技術で、クリーニングの範疇を超えていました。

 映画川柳「涅槃図に 再び裏貼る 百年後」飛蜘 
2008年7月2日

NHK総合TV
21:00〜22:12
ニッポンの食卓大研究

72分
NHK
 NHK特集「フードマイレージを減らす ニッポンの食卓大研究」の司会進行役は恵俊昭と江崎千恵アナ。ゲスト回答者は伊藤洋一(経済ジャーナリスト)、安倍麻美(タレント)、マーティ・フリードマン(ギタリスト)、松本明子(タレント)。演出は林憲司・安原歩。
 フード・マイレージとは「食材の重量×輸送距離」で算出される数値で、日本はアメリカの3倍、9002億t・kmで世界一。お寿司のネタを素材にフード・マイレージをクイズ形式で考察していきます。輸送距離が長いのがサバ(ノルウェー産)、短いもの(国産)がホタテ、マダイ、イワシですが、マダイは養殖のため餌がすべて輸入品なので隠れフード・マイレージと言えます。
 1960年代の日本の魚介類の自給率は100%でしたが、2005年には57%。卵の餌や納豆の原料はほとんど輸入品。
 全体として日本の自給率は39%で、イギリス70%、フランス128%、アメリカ122%に比べて、かなり低い値です。
 日本が輸出している魚は?と言いますと、サバです。タイに輸出され、工場で缶詰にされて日本にまた戻ってくるのです。タイの工場労働者の人件費は日本の8分の1か10分の1なので、採算が取れるのです。
 フード・マイレージを減らすには、(1)深海魚など新しい魚種を食べる(駿河湾のアブラボウズ、ゲホウ、シロウナギ、ギンザメ、ゴソ、メギスなど)、(2)地産地消を進める取り組みがあります。若狭湾沿いのある小学校では給食栄養士の努力もあって、地元の食材を子供たちに給食を通して食べさせる試みが成功しています。給食にへしこの押し寿司や水菜のサラダ、アジのつみれや焼き物などが並びます。丸ごと一匹のアジが出たりしたときには、70名の生徒どうしで魚の食べ方コンテストが行われます。
 地元の食材の給食を食べる子供たちのいきいきした顔や魚をきれいに食べる習慣が印象的です。周囲の大人たちが協力して教えれば子供たちは変わるのだということが感じられます。

   映画川柳「食べつくす アジの骨まで 美しい」飛蜘
2008年7月1日

DVD
子供の四季

春夏の巻
70分

秋冬の巻
72分
1939年
松竹映画
 坪田譲治原作を清水宏が脚色・監督。キャストは『風の中の子供』と同じ。
 「春」。馬に乗って来る軍服の老人(坂本武)が子供たちにお面をあげました。三平(横山準)は残ったお亀のお面をかぶるのを嫌がります。老人の頼みもあり、お亀の面をかぶる代わりに馬に乗せてもらう約束をします。翌日、三平が待っていた老人は別の子供を乗せてきて、三平に待っていろと言います。馬に乗せてもらうんだと他の子供に自慢していた手前、三平はバツが悪くなり、自分で牛のほうがいいやと牛に乗ります。しかし、振り落とされてしまい、親を呼ぶ羽目に。駆けつけた母親・久子(吉川満子)は馬の老人を見て、「お父さんじゃ・・・」と言います。老人は娘・久子の結婚に反対して勘当したのでした。祖父が自分だけで密かに孫に会っていると知った祖母(岡村文子)が、善太や三平に会いに来ます。祖母が三平とかくれんぼをしているのを見て、涙ぐむ母親でした。牧場を経営する父親・青山(河村黎吉)は病気で倒れます。子供の四季
 「夏」。善太(葉山正雄)と三平は留守を預かっています。祖父母に宛てて手紙を書いたものの、祖父は手紙は一家の主を差し置いて開封した手紙など読まぬと主張、子供をだしにした青山の策略だと断じます。表向きは意地を張っている祖父ですが、金太(古谷輝夫)を伴って様子を見に来たりします。祖母も夜中に三平の家を尋ねてきていました。
 子牛を連れて牛乳の集金の手伝いをした二人でしたが、川で泳ぎに誘われて、泳いでいるうちに、子牛が綱を離れて牧場に戻ってしまいます。家のため牛乳配りに精を出す二人でした。善太の父親が会社を興すために祖父の会社から借りた金は利子が膨らんで大変な額になっています。老会(西村青児)の計算では元金3千円が13年間で3割の複利で借金はいまや12万円だといいます。祖父は借金の名義を自分に換えさせます。父は急に容態が悪化し、病気の枕元へ子供たちを呼び寄せます。父は「人より得をしとうと思ってはいけない。人が五銭で買うものは十銭で買いなさい」と言葉を遺します。この父親の遺言はあまりにも観念的で非現実的に響きます。(この後の最終巻、「軍歌を歌って帰るんだ」という父親の願いに沿って、子供たちが軍歌を歌い、それを聞いた父親が目を閉じる場面が占領軍による検閲か、自粛により失われています)。
 「秋」。祖父母の小野の家へ引き取られた二人。父親は亡くなったのです。老会の息子・金太は母親(若水絹子)の示唆もあり、二人を遊び仲間から遠ざけようとします。けれども、三平はくじけず、少しずつ子供たちも打ち解けてきて、金太さえも大事な友達となります。老会は小野製鉄所の経営の不合理を訴え、身内の借金を肩代わりするような経理は不正だと訴えます。祖父が子供たち用に作ってくれたブランコや木馬も差し押さえられ、使用禁止になってしまいます。金太は父母にブランコや木馬の使用を頼みますが、父は取り合いません。一緒に遊んでいるとき、木の実を落とすのに必死になった金太の登った木が折れて、金太は腕と足首を骨折してしまいます。
 「冬」。中学校への進学を問われて善太は中学へも商業へも行かないと答え、答えた後で机に伏して泣きます。善太は学校を早退、帰途の途中で待っていた三平と二人で牧場へ出向きます。それで、帰りが遅くなった兄弟二人に母親が心配したり、探し回った祖父が中学ぐらい心配するなと言う場面が、ずっと後の方に編集されており、場面の挿入箇所が間違っていると思われます。老会は山岡製織所という別の会社の重役に就任していました。社長と専務(日守新一)は老会に協業禁止規定がある以上、権利及び訴訟の放棄か、除名決議かを迫ります。老会は「除名していただきます」と言い捨てて出て行きます。訴訟は自然消滅と喜ぶ二人・・・突然、終わってしまいます。(最終巻の内容は遺された台本から推測されるため付録のブックレットにあります。老会の妻・光子が真相を知って小野家に謝罪、子供たちが木馬やブランコの返還を老会に依頼する、善太と三平が父の墓参りをしている、子供たちが軍歌を歌って帰る。軍歌を歌う場面があるため、削除されたと思われます)。

 ロングショットの風景のなか、子供たちが全力で駆けます。三平から金太のところへ、金太のところから三平のところへ、遊び場所を移るとき、子供たちは全力で走ります。

 映画川柳「全力で 駆ける子供の 勢いが」飛蜘

【参考文献】
山田宏一『エジソン的回帰』(青土社,1997)
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “「風の中の子供」と人物設定も出演者もほぼ同じ姉妹篇ともいえる作品。前後篇の大作だが、残念ながら完全版は存在せず、ビデオは未発売で回顧上映でも見られなかった貴重な作品。三平少年(爆弾小僧)が照葉樹らしい巨木の森(大トトロの5殻匹も昼寝していそうだ)を抜けて山中の池に至る幻想的なシーンなど、類まれなるメルヘン作家としての清水の一面を垣間見せてくれる。”
2008年6月30日

DVD
みかへりの塔

1941年
松竹映画
111分
 清水宏脚本・監督作品。大阪の非行児童の救護施設・修徳学院の院長、熊野隆治の手記を豊島與志雄がまとめた小説が原作。特殊教育施設での教育を描いています。豊島與志雄(与志雄)は『レ・ミゼラブル』『ジャン・クリストフ』などの翻訳で有名。
 冒頭、盗癖・浮浪癖・虚言癖など問題のある生徒二百名を集めた学院の生活を草間先生(笠智衆)が30名くらいの母親に説明しています。映像はその絵解きになっています。学院は四万坪の規模の施設で、生徒は16の家庭に分かれて生活、家庭の監督保母をお母さんと呼びます。起床は朝の5時。寝床の片付け、炊事、冷水摩擦、体操、清掃、朝の礼拝(先祖を祀っている)、講堂での礼拝の後、午前中4時間は学課、それが終わると昼食で、午後は生徒の能力に応じた実地の農作業や木工作業、ミシンによる裁縫業。施設の周囲に塀は無い。
 ひとりの女子生徒が機械で検査を受けている。多美子(野村有為子)が父親(坂本武)に伴われて来ていた。二人の話からすると、父子家庭で娘の夜遊びや盗み等に手を焼いて施設に預けることになったものらしい。
 多美子は夏村保母(三宅邦子)に預けられる。早速、案内された家庭では女の子同士が洋服を着たの着ないので喧嘩をしていた。
 多美子は小学生と一緒の教室での勉強を拒否、布団も上げないし、掃除もしない。食事もしない。学校をサボった善ちゃん(横山準)と知り合う。
 夕食の後、各家庭では先生と保母と一緒に座敷で反省会が開かれる。それぞれが自分の長所や短所を話し、反省の言葉を口にする。
 多美子は靴を盗られて裸足、コガネグモを採集した正雄(大塚紀男)と知り合う。ちょうど正雄の母が会いに来る。母は正雄に髪の毛を自分の代わりにと渡し、いつも肌身離さず付けているようにと話す。
 農作業で、善雄は正雄に母に貰った物を教えろと言うが、正雄は拒否、仲裁に入った浩二と善雄は喧嘩になる。
 善雄や多美子は脱走を試みるが、教師たちに見つかる。
 多美子が出した手紙に応じて、父親が迎えに来るが、学院長(奈良真養)のわがまま娘の手紙を信じて迎えに来るようでは甘いと説諭する。父親は納得して帰る。怒った多美子は保母に憎まれ口を聞いて怒りをぶつける。その言葉に激した夏村保母は多美子を平手で打つ。双方にショックが残る。
 保母としての資格が無くなったと気落ちする夏村を草間はときには感情的になることがあるのは当然だと話す。一方、多美子は再度、逃げようという善雄の誘いを断るのだった。
 信一(ノブイチ。大藤亮)の母親(吉川満子)が尋ねて来ると、信一は逃げる。山の池のところで鐘の音が聞こえて、戻ってくる。
 直子が家庭を変えてくれ、おかあさんが多美子ばかりを可愛いがって自分を邪魔にすると学院長に直訴する。学院長はそんな筈は無いがと答えるが、一応話を聞く。直子は多美子の靴を履いているところをサボっていた善雄に目撃され、保母にも見つかってしまう。靴は多美子に返される。多美子は靴が返ってきたことを喜ぶが、靴はもうきつくなっている。直子を責めることはしなかった。学院長は靴のことで気がとがめて家庭を変えてくれといった事情を斟酌し、悪いことに自分で気づけばそれでよいと話す。
 学院の卒業生、岡本が訪ねて来る。休暇を取ってきたというが、草間先生はそのウソに気が付く。学院卒だと分かると世間の目が冷たいのだと言う。世間の目に負けない強さが必要だと草間は答える。
 天秤棒に桶をかついで井戸の周りに生徒たちが次々に集まる。水を汲みに来たのだ。最近、水が枯れ始めた。生徒たちが毎日河から水を運ぶ作業は並大抵ではない。運ぶ途中で水桶の穴から水が漏れ、他の水桶を横どりする事件も起きる。教員たちは相談して集団訓練の意義もあると、困難な裏山から学院までの水路建設作業に着手する。
 ツルハシとスコップをふるっての水路作り。ソ連の労働者の社会主義宣伝映画のような映像である。つらい作業に逃げ出す生徒も出るが、やがて水路が完成し、水が流れ始めると全員が大喜び。
 みかへりの塔の前での卒業式。卒業する生徒たちが自分なりに反省し、謝辞を述べ、自己修養訓を述べる。別れを惜しんでみなが涙ぐむ。「蛍の光」が歌われる中、直子や多美子、信一や善雄が巣立っていくのだった。
 子供の姿がほとんどフルショットやロングショットで捉えられます。クローズアップは多美子と夏村保母の感情がぶつかり合い、保母が殴る場面とそれに近い場面にのみ使われています。
 生活をともにしている教職員の説教を聞くとき、ほとんどの子供がきちんと正対しているのが印象的です。先生が立っているときは生徒も起立していますし、先生が座敷に座っているときは生徒も正座しています。このような「型」が失われてしまったこと、先生に対するノーブレス・オブリージュの伝統が途絶えてしまったことが、現代の教育を困難にしていると感じます。

 映画川柳「時計塔 おかあさんと呼ぶ おとうさんと呼ぶ」飛蜘

【参考文献】
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “非行児童や問題児を善導するための実在の救護学院をモデルに、子供たちと教師たち(笠智衆、三宅邦子ら)の大家族のような共同生活を描く。ラストに学院を去る少年(横山準
たちは、学院のシンボル「みかへりの塔」の鐘を鳴らす。公開当時は三笠宮夫妻の非公式の見合いの場で上映されるほど、よく知られた名作だった。全員で山上の池から水を引くために水路を掘るシーンはキング・ビダー監督「麦秋」(1934)の影響といわれるが、ソ連映画「人生案内」(1931)の非行少年たちによる鉄道建設にもよく似ている。世に容れられない子供たちの共同生活の場を描くという点で、戦後の「蜂の巣」連作や「しいのみ学園」にもつながる。「蜂の巣の子供たち」(1948)の復員兵と浮浪児たちが旅の終わりにたどりつくのが、みかへりの塔の学院だった。劇中、学院に舞い戻る非行少年を演じた大杉恒雄(加藤恒雄)は清水宏の弟子となり、師の生涯を見届けた。山田洋次の映画にも脇役で多数出演。”
2008年6月29日

NHK総合テレビ
21:00〜21:50
沸騰都市
イスタンブール


50分
NHK特集
 NHK特集ドキュメンタリー、『沸騰都市』第4回“激突!アジアvsヨーロッパ”、ディレクターは高橋徹。
 トルコの首都イスタンブールはボスポラス海峡でアジア側とヨーロッパ側に二分されています。トルコ経団連の会長は42歳の女性で、アジア側の自宅から、ヨーロッパ側の本部へ専用ボートで毎日通っています。海峡では大成建設が中心となって、海底トンネルを作る作業が進行中です。完成は来年の5月。トルコの建国者アタチュルクは「政教分離」を憲法にしてイスラム色を薄め、ヨーロッパ型の国作りを推進してきました。しかし、近年「イスラム派」の勢力が拡大し、首相もイスラム派になりました。大学での女子のスカーフ着用を認めよという主張でイスラム権利派と政教分離派の対立が国を二分する事態も起こっています。トルコはEUへの加盟を申請してきたのに、EU側はこれを認めません。加盟には経済の安定や国民の権利の保障、闇経済の払拭など克服すべき課題があると指摘されています。イスラム派はEU加盟に反対、政教分離派は賛成という立場でしたが、イスラム化したトルコがEUに加盟を果たせば他のイスラム諸国のEU加盟も容易になるという見込みもあって、イスラム派がEU加盟を後押しするように変化してきました。ヨーロッパ風の文明国へ脱皮途中のトルコですが、国内的には地方から都市への低所得層の流入と不法住宅の建設、住居の撤去による難民化など、難しい問題も抱えています。

 映画川柳「東洋に 変化のきざし 西洋流」飛蜘
2008年6月28日

DVD
信子

1940年

松竹大船映画

90分
 獅子文六の原作を、長瀬喜伴が脚色、清水宏が監督した。撮影は原田雄治、美術はいつものスタッフの江坂実、音楽は伊藤宣二。NHKの1969年の朝の連続テレビドラマ第9作『信子とおばあちゃん』も同じ原作です。このときの信子役は大谷直子、映画版・信子役の高峰三枝子もゲスト出演しました。信子
 新橋の芸者の置屋にいくつものケースを抱えた洋装の女性(高峰三枝子)、私立の女学校へ赴任することになった信子です。叔母(飯田蝶子)を頼って、九州の田舎から出てきたのでした。
 国語のはずが校長(岡村文子)から、体操の担当を命ぜられます。生徒は信子の田舎訛りに爆笑、いったんは落ち込む信子でした。悪戯の中心になっている生徒が細川頴子(えいこ。三浦光子)でした。学校経営者の娘であるため、教師たちは彼女を特別扱いしています。信子にはそれが納得できません。芸者の置屋からの通勤は不都合だと判断され、信子は寄宿舎の舎監に就任して、学校内に住み、生徒の生活を律する仕事も担当します。
 夜中に悪戯する頴子を捕らえたと思ったら、昼間から忍び込んでいた泥棒だったため、信子先生は一躍寄宿生たちのヒロインとなります。信子の味方になってくれる女学生・児玉初枝(春日英子)も現れますが、頴子の嫌がらせは相変わらずです。
 日曜日の特別ハイキングの日、一行から遅れた頴子はバスに乗車して生徒の前へ行ってしまいます。そうとは知らない生徒たちは行方不明になった頴子を必死で探すのでした。途方に暮れた一行の真ん中をトラックの荷台に乗った頴子が戻って来て、みんなの怒りは爆発します。団体行動を乱した頴子を処罰しようと決意して、信子は翌日を迎えます。食事前の部屋の片付けを命ぜられた頴子は部屋に戻らず、みんなが学校中を探すことになります。家庭科の部屋でガスを出して彼女は倒れていました。
 幸い軽症だったものの、信子は責任を痛感します。付き添う信子に頴子は後妻となじめず寂しかったこと、寄宿舎に入ったのは友達が欲しかったこと、特別扱いして欲しくなかったこと、自分を怒ってくれる先生の注目を浴びたいために悪戯をしたこと等を告白します。
 校長や教頭が心配するなか、頴子の父親は小宮山信子先生に御礼を言いたいと話します。信子の辞職を心配していた寄宿生たちもひと安心。体育の授業で、バスケットボールの明るい声が響きます。信子に電話が来ます。叔母からで、置屋の女中、チャー公(三谷幸子)を半玉としてお座敷へ出すのではなく、叔母の養女として女学校へ通わせることにしたという話でした。信子は元気いっぱいでした。
 新任の教師役を高峰三枝子が凛々しく演じます。最初の方、フィルムの保存状態が悪く、音が雑音で聞き取れなくなってしまっているところがありますし、スクリーンに疵の雨が降っているところも多いですが、“健康的な女学生”の印象を損なわない作品です。

 映画川柳「新進の 女子教員の 一本気」飛蜘

【参考文献】
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “原作は「悦っちゃん」(今、ハリウッドで映画化されても少しの違和感もないだろうモダンなホームドラマ小説の傑作)などで人気のあった獅子文六。方言まるだし、女学生気分が残る新任教師・信子(高峰三枝子)が女学校に赴任。親戚(飯田蝶子)の芸者屋に下宿しているのがバレて問題になり、寄宿舎の舎監となる。金持ちのわがまま娘(三浦光子)に振り回されたり、泥棒をつかまえたりしながら、生徒や同僚達の信頼を得るまでを、おおらかに描く。東北出身の生徒のあだ名「ズーさん」は、小津と清水の助監督をしていたズーズー弁のズーさんこと佐々木康にちなむものだろう。小津の「麦秋」(1951)にも原節子の同窓生「ズーさん」の思い出話が出てくる。清水の短篇記録映画「京城」(1940)には「信子」を上映中の京城(ソウル)の映画館が映し出される。のちに大映が南田洋子主演「お嬢さん先生」(1955)の題でリメイクしたが、こちらは「青い山脈」風の戦後民主主義映画になってしまった。”
2008年6月28日

DVD
風の中の子供

1937年
松竹映画

86分
 清水宏監督作品第二集DVDボックス『子供の四季』として『風の中の子供』『みかへりの塔』『信子』『子供の四季』の四本を収録。
 坪田譲治の原作を、清水宏と斎藤良輔が脚色、清水宏が監督した佳作。撮影は『按摩と女』の斎藤正夫、音楽は同じく伊藤宣二。
 小学5年の善太(葉山正雄)と1年の三平(爆弾小僧、後に横山準)。遊び仲間の金太(アメリカ小僧、後に古谷輝夫)が三平の父親(河村黎吉)が会社をクビになって、警察に連れていかれると言い出します。怒った三平は金太を殴りますが、心配になって、いつもは兄が持っていく父の弁当を会社に届けに行きます。すると、父親は会社で何か詰問されているところでした。放心している父を伴って三平は一緒に帰宅します。ほどなく、私服の警官がやってきて、父親は連行されていってしまいます。訳もわからず、遊び仲間の子供たちも二人と遊ばなくなります。三平はご飯炊きに挑戦しますが、焦がしてしまい、たくさんのご飯の焦げを「これが好きだ」と食べるのでした。風の中の子供
 家財が差し押さえられて、三平は峠を越えた医師の叔父(坂本武)の家に預けられることになります。叔父の話では、三平の父親は会社の合併に絡んで、私文書偽造で検挙されたことが分かります。三平は松の木のてっぺんから家の方角を見たり、川で遊んでたらいに乗って流されたり、池で河童に会うと言って行方不明になったり・・・とうとう叔母さん(岡村文子)は音を上げてしまい、母親(吉川満子)の許へ帰されます。久しぶりに会った善太は大喜びで、三平と転げ回るのでした。住み込みで働くつもりだった母親は、三平を連れて医者のもとへ行きますが、子供が小さすぎて役に立たないと断られてしまいます。帰り道、橋のたもとで母親は、三平に「お母さんが死んだらどうする」と問いかけます。三平はまた叔父の家に行って、今度はおとなしくすると約束するのでした。家で待っていた善太は、退屈しのぎに父親の日記を読んでいたと言います。父親の日記こそ、探していた書類がはさんであったものでした。日記の途中から書類が出てきて、母親は弁護士のもとへそれを届けます。ほどなく父親の罪が晴れて帰宅、車を出迎える兄弟の顔に明るさが戻りました。遊び仲間たちとの遊びも復活。村に曲馬団がやってきます。三平はきまりが悪そうな金太を誘って、団の行進の後を追うのでした。
 子供たちが集まったり、駆けたりする場面に勢いがあり、意地ッぱりの三平の姿に共感を覚える作品。1938年ヴェネチア国際映画祭に田坂具隆監督『五人の斥候兵』と共に出品されました。

 映画川柳「木に登る 遠きわが家は かすみ立ち」飛蜘

【参考文献】
山田宏一『エジソン的回帰』(青土社,1997)
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “原作は坪田譲治。清水監督での映画化を望む声が読者から寄せられて企画されたというだけに、文部省主導の「教化映画」とは一線を画し、リクツ抜きで楽しめる傑作。ターザンごっこやオリンピックごっこに没頭する善太と三平兄弟の視点を貫き、父や母のフクザツな事情は子供たちには分らないものとして描かれているところが好ましい。リメイク版には「善太と三平}(1955)など3作がある。三平が国語の教科書を朗読するふりをしながら家を抜け出すギャグは小津の「お早よう」(1959)でも使われた。おもなロケ地は伊豆。姉妹篇「子供の四季」では伊豆大仁の狩野川のほとりに屹立する城山(じょうやま)が何度も画面に映る。この映画を見た人は、ぜひ城山に登ってみてほしい。山頂に立てば清水組の定宿だった大仁ホテル、「有りがたうさん」で越えた天城の山並み、「しいのみ学園」(1955)のロケ地の伊豆長岡などが一望できる。”
2008年6月24日

DVD
田舎医者

2007年
松竹
21分
 山村浩二が製作・脚本・監督をしたアニメーション、原作はカフカの短編。
 深い雪で、しかも吹雪の日に馬車を仕立てて、往診に行かねばならない田舎医者。女中で娘のローザ(原作では女中)をレイプしそうな見ず知らずの馬子が馬車を用意してくれますが、その馬子を一緒に連れて行こうとするのに、馬が急に走り出してしまい、医者はアッという間に16キロも離れた患者の家に着いてしまいます。患者の家では家族が心配するなか、寝ている少年は「僕を死なせて」と医者に依頼します。見たところ少年は健康そうです。処方を書いて無駄足を運ばされた挙句の診察を終わらそうとします。しかし、家族は納得していない様子、妹は血の付いたハンカチを持っています。そこで再度見直すと少年のわき腹には薔薇色(ローザ)の傷があり、蛆虫がわいています。診察が変わり、少年は死にかけていることになります。子供たちが無伴奏で合唱します。「裸にしちゃえ、そうすれば、きちんと直すだろう。もし直さなかったなら、殺しちゃえ」。村の他の人々も手を貸し、医者自身が裸にされて少年の脇に寝かされます。少年には傷は手斧で二度切られた結果でそれほどたいしたものではないと話します。少年は半信半疑ですが、医者は治療を放棄し、窓から脱出します。医者は裸のまま馬車に乗り、家路を急ぎます。子供たちが「喜べ患者たち、お医者さんは一緒にベッドで寝てくれた」と合唱します。顔の一部、目や耳や鼻がバラバラになって散らばっている雪原を医者は戻ります(この奇怪な雪原のイメージは原作には無く、山村の創造した世界です)。馬車が引きずっている毛皮のコートがまるでボロボロになった医者の体のように見えます。馬車から降りた医者は「騙された騙された、一度でも真夜中のでまかせの呼び出しに応じてみろ。もう取り返しのつかないことになるのだ」と総括します。原作はここで終わりで、田舎医者は家に帰り着けずに放浪する可能性も示唆されたまま唐突に終わってしまいますが、山村版では医者はもとの家に帰りつくことができます。
 家の中のはずなのに外のように雪が積もり、雪の上に一列の足跡が残っています。扉が開く音がして光が入ってきます。シルエットが雪の上に映るのですが、二人になっています。ひとつは田舎医者の影ですが、もうひとつはいったい誰なのか、謎が残ります。医者に寄り添う作者の影でしょうか。
 山村浩二は「時間が伸び縮みする」点が面白かったと話していますし、カフカの翻訳者である池内紀は「夢のなかの時間が平然と起こる」と解説しています。また山村は、狂言のおかしみがカフカに合うと感じたと話しており、映像には寓話的なおかしさが満ちています。
 馬は荒い息を吐き、雪の寒さが体温のもたらす湯気をわきたたせます。馬は生気や精気の象徴です。アニメーションという言葉のもとになっているアニマ(精霊)が画面に満ちています。
 医者は怪我を治療し、病気を治すことが期待されています。ところが、田舎医者には期待されるほどの能力がありません。そもそも技術がそれほど進んでいないのです。医者は仕事から達成感を得ることができずに、実際の傷を前になす術も無く、徒労感を感じます。この徒労感は解消することもなく、田舎医者はそもそも呼び鈴に応じたことが間違いだったと行為の出発点に立ち戻って後悔しますが、いまさら後悔してもなんにもなりません。絶えざる不条理の世界を生きる医者の嘆きが浮き彫りになりますが、能無しのスペシャリストに共感を覚えたり、同情したりする人はいないでしょう。スペシャリストの名に値しない“能無し”、それが私たち現代人の顔なのかもしれません。なんと残酷な自己認識でしょうか。

 映画川柳「能無しの 医者は務めを 果たしけり」飛蜘

[参考図書]
カフカ(池内紀編訳),『カフカ短編集』(1987年,岩波文庫)
2008年6月17日

DVD
港の日本娘

1933年
蒲田映画

71分
 清水宏監督の白黒サイレント映画。原作・北林透馬、脚色・陶山密。撮影・佐々木太郎。
 横浜(ハマ)の港の見える丘、ミッションスクールに通う二人の女子高校生は行きも帰りも一緒の仲良しでした。砂子(及川道子、写真左)はオートバイに乗って迎えに来るヘンリー(江川宇礼雄)と恋愛中。ドラ(井上雪子、写真右)は二人の様子に嫉妬しますが、言葉では二人の幸福を願っていると言っています。けれども、恋愛とは移ろいやすいもの、ヘンリーはシェリダン耀子(沢蘭子)に心を移し、与太者とも付き合い始めて、砂子を疎んじるようになります。夜会のとき、教会で言い争うヘンリーと耀子、そこへ砂子がやってきて、拳銃を取り出し、耀子を撃ちます。拳銃はヘンリーからドラが取り上げ、砂子の手に渡っていたものでした。
 砂子は逃亡したようで長崎、神戸と放浪した挙句に、ハマへ酌婦として戻って来ます。一方、ハマのある家庭が映し出されます。なんと、ドラとヘンリーは結婚していました。砂子の噂を聞いて、ハマの娼婦館をヘンリーが訪ねます。ドラのことを心配した砂子は二人の家庭のことを聞き、幸福を祈るとは言うものの、内心穏やかではありません。
 翌日、ドラが砂子のもとを訪ねます。砂子はドラを追い返した後で泣き崩れます。砂子を長崎から追っかけている画家(斎藤達雄)が隣室にいます。彼は砂子の肖像ばかり描いています。
 日曜日、酒場の女マスミ(逢初夢子)と散歩に出た砂子は、マスミが友人宅を訪ねるというので、自分も思い切ってドラの家を訪ねてみます。意外な訪問客に喜ぶ二人。けれども、食事の準備をしているドラの足元に毛糸玉が転がってきます。隣室でヘンリーと砂子の二人が社交ダンスをしていて、糸玉が足元に巻きついていたのでした。ドラはショックを受けます。砂子も軽率な行動だったと認めて、家を去ります。けれども、ヘンリーは砂子の後を追いかけ、二人は言葉を交わすものの、ぎこちなさは否めないのでした。
 ヘンリーが砂子のいる酒場に通うようになったり、ヘンリーと会った画家がドラに思わせぶりな話を伝えたりしたため、ドラは砂子に直談判に来て、妊娠中であることを告げます。砂子は自分に甘えがあったと反省して二人の幸福を祈るのでした。一方、娼婦館の隣室の女性は病気で死にそうです。彼女はシェリダン耀子でした。すっかり人間らしくなった耀子は、私たちはヘンリーとドラ、二人の邪魔をしてはいけないと諭します。
港の日本娘DVD描 横浜港から気持ちを新たに出発する砂子と画家、画家は肖像画を海に捨てます。船が出るのを突堤で見送っていたドラとヘンリー、酒場の主人。出航祝いの紙テープの破片が港のあちらこちらに巻きつき、風に飛んでいます。肖像画は海に漂っています。決して明るい未来を象徴した最終場面ではなく、今後の不安定さを映し出す幕切れとなっています。
 「夫」に「ハズ」と仮名が振られます。ハマの“セーラー服の”女子学生が、恋愛事件で“和服の”娼婦に転落する物語で、転落する女性名が砂子と和風なのに対し、バンプ役がシェリダン耀子、幸福な家庭を築くのがヘンリーだのドラだのと洋風の(バタ臭い)名前になっているのは、アメリカ映画に対するコンプレックスのような気がします。解説書には「松竹蒲田が得意としたモダニズムも見どころ」とあります。実際にヘンリー役の江川は横浜生まれのドイツ系、ドラ役の井上は神戸生まれのオランダ系とか。砂子役の及川はクリスチャンだそうです。
 洒落たパッケージ・デザインとイラストの担当は椚田(くぬぎだ)透。

 映画川柳「親友の 不良男と 結ばれて」飛蜘
2008年6月16日

DVD


1941年
松竹映画
大船撮影所

70分
 清水宏監督作品。原作は井伏鱒二の『四つの湯槽』、脚色は長瀬喜伴。撮影・猪飼助太郎。
簪 下部の温泉宿の宿泊客のひとり、納村(ナムラ。笠智衆)は浴場の中に落ちていた簪で足を怪我してしまいます。謝罪する旅館の主(坂本武)に対して、学者先生(斎藤達雄)は客の奇禍を利用して謝罪する旅館の自己宣伝というのはけしからんと難癖をつけます。納村は「(簪が落ちていたのは)情緒的である、情緒が足に刺さったのです」と言います。簪を落としたという手紙が太田恵美という女性から来ます。客の怪我の件を知らせると、お詫びに東京から来るという電報。そこで、客たちは“情緒”が美人かどうかを話題にします。現れた恵美(田中絹代)に客たちは大満足。納村の歩く練習に子どもたち(横山準、大塚正義)が一緒に付き添ってくれますし、女はラジオ体操を覚えたり、客の衣類の洗濯までしてくれます。けれども、電話の様子からすると、大店の旦那の囲われ者で、旦那から逃げてきた女のようです。
 友人のお菊(川崎弘子)が恵美を迎えに来ます。なに不自由はないものの、じめじめした暮らしがイヤになったと、この暮らしを続けてみたいと、恵美は告白します。旦那との話をつけるために、お菊は東京へ帰り、宿泊客も少しづつ帰っていきます。納村は歩く練習を続け、木の橋を渡りきり、神社の石段を登りきると、子どもたちと東京へ帰ります。石段を一段づつ登る納村を応援しつつも、登りきったときに別れが来る悲しみとの二律背反に苦しむ田中絹代がクライマックスです。東京に帰った納村から東京での再会を心待ちにしている旨の手紙が届きます。傘を背に神社の石段を一歩づつ登る恵美の哀しい姿に「終」のエンド・タイトル。唐突な終わり方をします。
 木の橋をもう少しで渡りきれなかった納村を恵美=田中絹代がおぶって運ぶ場面が印象的です。下駄をはいている恵美の足元は木の橋が終わって石ころの上を歩くといっそう不安定になります。日常生活の背後に潜む不安定さというものに思い至る場面です。やっとのことで渡り終えた木橋を二人の按摩が安々と渡っていくのも印象的です。
 上の写真は風呂で足に刺さった簪を確認している場面ですが、本編にはこのようなショットはありません。宣材用のスチル写真です。左から簪を見る納村(笠)、偉ぶる学者先生(斎藤)、次郎(大塚)、何事も妻の意見を持ち出す癖のある広安(日守新一)、碁を打つ老人(河原侃二)、太郎(横山)。

 映画川柳「湯治客 簪で終わり 夏休み」飛蜘

【参考文献】
山田宏一『エジソン的回帰』(青土社,1997)
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “身延詣でにやって来たワケありの女(田中絹代)と友人。湯治にやってきた傷痍軍人(笠智衆)。祖父と夏休みを過ごす少年(横山準=爆弾小僧)と弟。口うるさい学者先生、按摩、ハイカー。これもグランド温泉旅館スタイルの群像スケッチ映画だ。原作は井伏鱒二の小説集なので、井伏の影響を受けた、つげ義春の温泉紀行漫画にも似た味わい。井伏の同じ小説集から成瀬巳喜男は「秀子の車掌さん」を撮ったが、これも、つげ風の愛すべき小品だ。舞台は身延山に近い下部温泉だが、川本三郎『日本映画を歩く』ではロケ地が下部かどうか確認できなかったという。笠智衆の記憶ではロケ地は那須塩原温泉。主演の田中絹代は城戸社長公認で清水宏と「試験結婚」したが、のちにケンカ別れ。「簪」は離婚して和解後の作品。五所平之助監督、田中絹代主演「新道」(1936)には「こういうのを試験結婚というのかな」という上原謙のセリフがある。撮影所でもジョークのネタにされていたようだ。”
2008年6月13日

DVD
按摩と女

1938年
大船映画
66分
 清水宏脚本・監督白黒作品、撮影・斎藤正夫。音楽は伊藤宣二で、サティのような雰囲気の音楽がつけられています。
 山道を歩く按摩の二人連れ、徳市(徳大寺伸)と福市(日守新一)。目明きを追い抜くことを楽しみにしています。南の温泉場から湯治場へ来た二人。馬車で来た、東京の匂いがする“東京の女”(高峰三枝子)は、なんとなくいわくありげ。彼女から指名された徳市はうれしくなりますが、湯治客の財布からお金が盗まれる事件が発生、徳市には、そのとき同じ階にいたという“東京の女”のことが気にかかり始めます。やはり東京から来ていた子供(爆弾小僧)とその叔父(佐分利信)は二、三日滞在したものの、結局は帰省します。“東京の女”はさびしげな風情となりました。鯨屋の番傘をさす女の美しいショットがあります。やがて、鯨屋だけでなく、観音屋や他の旅館でも盗難事件が発生し、警察が泊り客をしらみつぶしに捜査し始めたという噂を聞いて、徳市は“東京の女”を逃がそうとします。徳市の“見えない目はじっと女を見つめていて”、女が何かにおびえているのを見逃さなかったのでした。ところが・・・・
 『有りがたうさん』ではアフレコ技術が稚拙で、台詞が不自然なほどたどたどしかったのですが、この作品では自然な録音になっています。
 徳市を草なぎ剛、福市を加瀬亮、東京の女をマイコで、石井克彦監督が画面構成までそっくりにカラー作品『山のあなた 徳市の恋』としてカヴァーしました。今年の5月24日から公開。

 映画川柳「目明きより 見えるはずだと うぬぼれて」飛蜘

【参考文献】
山田宏一『エジソン的回帰』(青土社,1997)
キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “東京から逃げて来たワケありの女(高峰三枝子)。相棒と山中の湯治場へやってきて、女にピントはずれの恋をする若い按摩・徳市(徳大寺伸)。両親を亡くした少年(爆弾小僧)を引き取って東京から旅行に来て、女にひかれていく独身のおじさん(佐分利信)。さらにハイキングの学生、女学生、泥棒。「グランドホテル」スタイルならぬ」グランド温泉旅館」スタイルの群像劇だ。といっても「劇」ではなくスケッチにとどめ、うらぶれた叙情とユーモアを漂わせるところが清水調。冒頭の移動撮影も清水ならでは。3階立ての立派な木造旅館が軒を並べるロケ地の風情も映画のスタイルも井伏鱒二原作の「簪」に似ているが、こちらは清水のオリジナル脚本。劇中の温泉旅館・鯨屋の名は清水のペンネームのひとつ、鯨屋當兵衛にちなむ。大きいものが好きな清水は鯨も好きだった。ちなみに小津のペンネームのひとつは燻屋鯨兵衛だった。リメイク版「山のあなた 徳市の恋」は近日公開”
2008年6月13日

say TV

19:57-21:35
古畑仁三郎
レジェンドスペシャル


フェアな殺人者

フジテレビ
2006年
80分
 三谷幸喜脚本・河野圭太演出。2006年に放映されたレジェンドスペシャルの第二話の再放送で、第一話は見逃しました。
 メジャーリーガー、イチローが帰国したとき、宿泊したホテルの警備員、もと警察官の向島(小林隆)は腹違いの兄だった。その兄が悪徳ジャーナリストから恐喝されていた。兄のため、イチローはフェアな方法で恐喝者を殺します。残された小さな手がかりから古畑(田村正和)は犯人の心理を推理し、真相に迫っていきます。イチロー本人がイチローを演じるという遊びの一篇。「ウソをつきたくない」という信条で行動するイチローは尋問に対して答えないことはありますが、ウソを言うことはありません。条件のきつい脚本設定となっています。
 ただし、証拠品の残し方が無造作なので、完全犯罪を計画したにしてはあまりにも考えが無いという印象は否めません。特にサイン入りボールの隠し方や隠し場所、発見されたときの証拠品としての重要さには、犯人としてはもっと配慮すべきだったという感じがします。
 「あり得ない設定を作って、フィクションであることを強調」したという三谷、そのあり得ない設定とは、レギュラー出演者だった向島巡査がイチローの異母兄弟だったというもの。「実は・・・」とそのことを明かす場面では、視聴者がテレビの前で、「ウソ! あり得ない」と声をそろえる様子が想像できました。 

 映画川柳「あり得ない 野球選手と 兄弟に」飛蜘 
2008年6月12日

DVD
有りがたうさん

1936年
大船映画
78分
 清水宏脚色・監督、原作は川端康成の短編小説集『掌の小説』の『有難う』。音楽指揮は堀内敬三、編曲・篠田謹治、音響効果・斎藤六三郎。撮影・青木勇。白黒作品。
 清水宏は森崎東監督が松竹でもっとも高く評価していた監督です。京橋のフィルムセンターでときどき上映されるものの、なかなか見る機会がありませんでした。けれども、今回代表作8作品が松竹からDVDでリリースされることになりました。第一集『山あいの風景』は4作品。今後の松竹映画のDVDの企画のためにも是非購入して見なければなりません。森崎さんの“女生きてます”シリーズや『生まれ変わった為五郎』、幻の『高校さすらい派』などを発売して欲しいものです。

 伊豆半島の南東・下田から三島まで、山あいを走るバスの運転手(上原謙)は、バスを避けてくれる沿道の人々に「有りがたう」と言葉をかけるので、みんなから「有りがたうさん」と呼ばれていました。窓の外には伊豆の風景が広がります。1936年は昭和11年、バス道は舗装されてはいませんが、平らに整地されています。バスに乗り合わせたのは東京に身売りする娘(築地まゆみ)とその母(二葉かほる)。運転手は沿道の人々の依頼、芸者衆への言付けや買い物などを引き受けます。父を亡くしたチョゴリを着た女(久原良子)は、墓参りを頼んだりもします。ヒゲの紳士(石山隆嗣)は汽車に遅れる心配をします。黒襟の美人(桑野通子。桑野みゆきの母、当時21歳、1945年に31歳で急逝)は「東京へ身売りした女は帰って来ない」と事情通のようですが、彼女自身の履歴は出てきません。けれども、同乗者に対して、弱い者には優しく、強い者には辛らつな言葉を言いますから、かなりの苦労人のようです。彼女の言葉がアクセントになってドラマは進んでいきます。
 身売りする娘と同行する母親が乗客たちに羊羹を分けた後で、黒襟の女は持参していた洋酒を客たちに薦めます。最初は「甘党ですから」と酒を断った乗客たちでしたが、女は「なんだい、恥をかかせるじゃないか。こんなものでも友達が出し合って餞別の印にくれたんだからね。甘党だなんて、しおらしいことを言って、いただいた羊羹のやり場に困っているじゃないか」。みんなは「姐さん、図星をさされました、じゃあ一杯」と飲み、良い気分になったところで歌を歌って車内は盛り上がります。ヒゲの紳士は尊大さから、みんなに遠ざけられていますが、こんなときでも運転手に「車内で酒と歌は規則違反じゃないのか」と水を指すような発言をします。そのくせ、女に「そうひがまないで一杯どう」と酒を薦められると、盃を受けるのでした。女もしたたかなもので、酒を注ぐと見せて、「酒と歌は規則違反だったわね」と紳士の言葉を使って、ふるまいを止めてしまいます。そんなエピソードの連なりで映画は出来上がっています。
 オールロケで撮影した作品で公開当時話題を呼んだそうです。「実写精神」という言葉も作られたほどだったとか(Wikipediaより)。

 DVDボックスで、映画評論家の佐藤忠男は、ヌーベルバーグ以前に作られたヌーベルバーグ的な作品として、ベルリン映画祭に推薦して喜ばれたことがあると書いています。清水宏監督は、オールロケ、即興演出、自然な流れの演技の重視といった方法で斬新な映画を創造し、“スターのように自己主張をせず、監督の言うとおりに自然に風景にとけ込めるのはなんといっても子どもである。・・・子どもたちを主人公にした作品を・・・よく見れば分かるように、そこに描かれているのは単なる自然さとも違う。見事に整理された子供たちの動きひとつをとってみても、それはときに舞踊の振りつけに近い美しさや楽しさやリズム感に達している。小津安二郎の言うとおり清水宏は天才だった。”(佐藤忠男「清水宏は天才だった」より)。

 『有りがたうさん』では土橋式松竹フォーンというアフレコ技術がまだ稚拙で(土橋は録音技術者の名前)、セリフがゆっくりはっきりと発音されて収録されており、素人芝居のような不自然な発音になっています。試しに音を消してみると道を歩く人の後ろからバスが接近し、バスが追い抜くと歩く人の姿を前から離れていきながら撮る。前からバスに向かって来る人々、そして後姿とともに去っていく人々。クレーンの代わりにバスの動きがもたらす移動感覚が新鮮です。バスを追い抜いては先でエンストして追い抜かれる外車もコメディリリーフ的に繰り返し登場します。なお、本作にはクローズアップがほとんどありません。

 原作は4頁ちょっとの短篇ですが、運転手と身売りする少女と母親以外はほとんど登場しません。また、木賃宿で母親は娘が運転手を好きになったと言って、「どうせ明日から見も知らない人様の慰み物になるんじゃもの」、一晩抱いてくれと頼みます。翌朝、母親は身売りをやめて娘を連れて帰ることになり、「私の思いやりがしくじりさ」と嘆いています。男に抱かれた娘は母親の言うことを聞かなくなったのでした。駅で他の客を下ろしたものの、娘と母親はバスに乗ったままです。運転手の「ありがとう」の挨拶は変わりません。この川端の短篇は決して温かい人情ものなどではありません。明示されてはいませんが、運転手は母親に懇われるままに娘を抱いています。男を知った娘は「唇を擦り合わせながら運転手台の黒い革を撫でて」います。それでも彼のにこやかさは変わらないのです。かなり冷笑的な(シニカルな)認識で書かれた皮肉な作品です。
 映画では上原謙が運転手ですから、原作の毒はまったく無くなっています。

 映画川柳「女あり 男ありして バスの中」飛蜘

[参考書]
川端康成『掌の小説』(新潮文庫,1971年)
山田宏一『エジソン的回帰』(青土社,1997)

キネマ旬報2008年5月上旬号より藤田真男の解説
 “バス運転手とバスに乗って身売りしていく娘とその母を除いた登場人物は、すべて清水のオリジナル。ワケありの酌婦(桑野通子)や「伊豆の踊子」を拝借した旅芸人との出会いも「劇」へと発展しないスケッチにとどめ、撮影中にバスが崖から転落しかけたアクシデントも即興で取り入れた。警笛の音を模した音楽も楽しく、このバスに乗ってどこまでも旅を続けたくなる。小津安二郎がときおり見せた車窓風景は、清水の自由奔放な移動撮影を、うらやましく思ったからかも。劇中のバス路線は伊豆下田から大仁か三島までだろう。ちなみに伊豆の安い宿なら2円以下で泊まれた時代に、下田〜大仁のバス運賃は6円以上もした。歩いて次の工事現場へ移動していく朝鮮人工夫一行の女が「自分たちが作った道を、ありがとうさんのバスで走りたかった」と残念がるのも無理はない”
 藤田真男氏の私信より、本作の撮影と録音について、「不自然な発音」に触れて“主演の上原健がインタビューのなかで回想しているけれども、この映画は手回しのサイレント用小型カメラで撮影された。当時のトーキー用カメラは、ロケ撮影ではカメラの首を振ることもできないほどのシロモノだからね。狭いバスの車内での撮影は不可能。できたとしても、周囲の騒音がひどいから、セリフの同時録音は不可能。そこで、手回ししかないわけだ。サイレントは1秒16コマぐらいで撮影していたけれど、トーキーは24コマ。それを手回しで維持するのも大変。それで、あんなふうに間延びしたテンポになってしまったんだと思う。それでも、セリフはアフレコで画面に合わせなきゃならないから、あんなセリフ回しになったんだね。
 つまり、清水宏は、セリフよりもオール・ロケの画面、「実写」を優先するためにセリフを犠牲にしてもかまわないと考えたのだろう。当時の松竹映画でも、こんな「不自然な」な作品は僕の見た限りでは皆無。「実験」なんだから、不自然さは初めから承知のうえだったと思う。カツシンが『警視-K』でも雑音だらけのワイヤレス・マイクでの同時録音をあえて試みたのと同じ。もし当時、ワイヤレス・マイクがあれば、清水宏も真っ先に使ったんじゃないかな。”

シェイクスピア作品の映画化やその関連の映画は除く。
それらは別ファイルになっている。→ 『シェイクスピアの劇と映画


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