映画 日記       池田 博明 


2006年6月以降に見た 外 国 映 画 (洋画)
見た日と媒体 作  品        感  想     (池田博明)
2006年10月29日

DVD
赤ちゃん教育

1938年

USA
102分
 監督ハワード・ホークス、原作ヘイジャー・ワイルド、脚本: ダドリー・二コルズとヘイジャー・ワイルド、撮影ラッセル・メティ、音楽: ロイ・ウェブ
 スクリューボール・コメディの傑作。ケイリー・グラントが演じるデイヴィッドは、サイレント時代の大スターハロルド・ロイドがモデル。RKOの幹部達はあまりにも常軌を逸した混乱ぶりを観客は受け入れないと考えて映画をお蔵入りにしようとする。映画は38年に無事に公開されるものの、二枚目のグラントが三枚目のドタバタ喜劇役者を演じ、コメディ映画初挑戦の上に、当時「ボックスオフィス・ポイズン」と呼ばれてお客を呼べない女優として興行的に価値の無かったヘプバーンも出演しているとあって、映画はさほどの興行成績をあげず、 36万5,000ドルもの赤字をだす興行的な失敗作となる。
 ホークス監督はグラントと組んで『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)という傑作も作っている。
 粟村彰義さんがホームページ「私の小さな文化村」でスクリュー・ボール・コメディについて解説しています。“Ira Konigsberg が "The Complete Film Dictionary"(第2版、1997) の中で screwball comedy をうまく説明しているので、それを要約してみます。

 1930年代に流行したコメディで、不況時代の産物。現実逃避の傾向が強く、陽気で魅力的な人物が裕福な世界で自由気ままに振舞う。同時に、金持ちへの風刺になっており、最後に金持ちのヒロインと中流階級のヒーローが結ばれることが多い。
 重要なのは、解放された女性像を描いている点であり、ヒロインは男性と同じように自主的かつ積極的に行動する。それほどではない場合でも、かなりのウイットと知性を持っている。社会のタブーを破り、性的な事柄に関して男性よりも積極的だったりするが、乱交に至ることはない。そのようなヒロインによって、社会的・性的に解放された雰囲気が作り出され、不況時代の深刻な問題に対する解毒剤となった。
 最初のスクリューボール・コメディはハワード・ホークスの「特急二十世紀」(1934)だが、同じ年に公開され、アカデミー賞の4部門で受賞したフランク・キャプラの「或る夜の出来事」がスクリューボール・コメディの原型を作った。しかし、最も純粋な形のスクリューボール・コメディで、最も正気でないのは、ハワード・ホークスの「赤ちゃん教育」(1938)である。
 1930年代が終りに近づくと、不況時代から戦争時代に移り、まるで国外から迫ってくる混乱から身を守るかのように、コメディにおける行動、状況、モラルは、より常識的なものとなっていく。

  「或る夜の出来事」のほうが「特急二十世紀」よりも早く公開されたと書いてある本もあります。また、「或る夜の出来事」はアカデミー賞の4部門ではなく、5部門で受賞しています。その5部門は、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞だったから、「或る夜の出来事」の影響力は相当なものだったのでしょう。ここからスクリューボール・コメディの流行が始まりますが、1938年に「赤ちゃん教育」が興行的に失敗し、スクリューボール・コメディは衰退していきます。”
 『赤ちゃん教育』のディヴィッド・ハクスレー(ケイリー・グラント)は博物館の動物研究主任で恐竜の復元に努力中。同僚のスワロー女史(ヴァージニア・ウォーカー)との結婚を明日に控えています。ところが、博物館への寄付を申し出たランダム女史の弁護士ピーボディ氏(ジョージ・アーヴィング)と会うはずのパーティで、元気のいい娘スーザン(キャサリン・ヘップバーン)と出会ってしまいます。この娘、途方も無いジャジャ馬ですが、ディヴィッドに惚れたようです。しかもランダム女史(メイ・ロブソン)は彼女の叔母。次々とディヴィッドに起こる災難。叔母のペットの豹ベイビーや犬のジョージもからんで大混乱。ディヴィッドの立場で見るとスーザンの行動はあまりにも自分勝手ですが、それを意識させる暇が無いほど素早く物語が展開します。
 警察の留置所で署長に真相を話すことを告白するヘップバーンの策を弄した“あばずれ言葉”が、ギャングの一味と思い込んでしまった署長を完全に油断させる場面が可笑しい。
 フレンチ兄弟の『カルト映画』の一篇。
2006年10月28日

DVD
高慢と偏見

1940年
MGM
118分
 オースティンの『高慢と偏見』の最初の映画化ですが、日本では劇場未公開作品でした。
 監督はロバート・Z・レオナード。エリザベス役にグリア・ガーソン、ダーシー役にローレンス・オリヴィエ。BBC作品のコリン・ファース以前はダーシーと言えばオリヴィエのと言われるほどの名演だったそうです。アカデミー賞5部門にノミネートされ、美術賞を獲得。衣装や時代考証に凝った作品。脚色にオルダス・ハクスリーとジェイン・マーフィン。
 娘の結婚が唯一の関心事のベネット夫人(メアリー・ボーランド)、気のいいベネット氏(エドマンド・グウェン)、街にやってきたビングリー(ブルース・レスター)に好かれる受身の性格の長女ジェイン(モーリン・オサリヴァン)、眼鏡をかけた本好きの三女メアリー(マーシャ・ハント)、快活な四女キティ(ヘザー・エンジェル)、将校ウィッカム(エドワード・アシュレイ)と駆け落ちしてしまう蓮っ葉な五女リディア(アン・ラザーフォード)。エリザベスに最初に求婚するコリンズ(メルヴィル・クーパー)、コリンズの妻となる女友達のシャルロット(カレン・モーリイ)。
 ビングリーの妹(フリーダ・インスコート)。
 ダーシーの叔母キャサリン夫人(エドナ・メイ・オリヴァー)は最後の場面で、ダーシーの依頼でエリザベスを試しに来ます。夫人の見かけはずいぶん高慢ですが、お世辞には飽きていて、本当はエリザベスのしっかりした性格を高く評価しているという描写になっています。
 ほんのちょっとしたエピソードによって、五人の娘たちの性格がうまく描き分けられています。
2006年10月21日

WOWOW
15:10〜17:00
冷たい月を抱く女

1993年
USA
107分
 冒頭を見損なったものの、推理劇の興味で最後まで見ました。USAのテレビの二時間ドラマだと思いましたが、公開された映画だったんですね。ニコール・キッドマン主演、彼女の母親役でアン・バンクロフト。登場人物が少ないので、展開は読めるところが多いのですが、状況の変化に応じて主人公たちの表情が変化していく様子が見どころです。学長補佐のアンディ(ビル・ブルマン)が、信じきっていた妻の真の姿を知る過程がドラマです。『ダイヤルM』の逆バージョンともいえましょう。アンディの妻トレイシーにキッドマン。他に鍵を握る友人の医師ジェッドにアレック・ボールドウィン、女性刑事ハリスにベベ・ニューワース。スタッフは撮影がゴードン・ウィリス、音楽がジェリー・ゴールドスミスと超一流。監督ハロルド・ベッカー。
2006年10月15日

DVD
ココナッツ

USA
1929
98分
 マルクス兄弟の映画第一作。
 ジンマーマン著『マルクス兄弟のおかしな世界』より、“彼らのヴォードヴィル・スタイルを伺わせるものとしてわれわれが接しうる最上の記録である。事実『ココナッツ』と『けだもの組合』は、彼らの映画のはじまりの記録というよりは、まぎれもなくマルクス兄弟の最高の舞台芸の見本である。そこには兄弟が約二十年間の巡業を通じて夜毎に育ててきた人物たちがいる。彼らはまだ十分に肉がついておらず、腹を空かせていて、若く、時に悪意にみちていて、徹底してアナキスティックであり、要するにハリウッドの安楽な生活でたるんでいない苦難の時代の産物である”
 “きわめて型にはまった演出と、ダンシンングチームの踊りと、センチメンタルなストーリーを特徴とする一九二○年代のミュージカル・コメディの、数少ない映画記録としてもはなはだ興味深い。現代のコーラス・ガールといえば、大半が六フィート近い長身である。四十年前の彼女たちは、映画で見ると分るように、ほとんどが五フィートそこそこしかなかった。しかし歴史的価値もさることながら、『ココナッツ』の最も注目すべき点は、それがとてつもなく面白いということである”
 ダンシングチームの踊りは、朝の体操のような踊りです。
 フロリダのホテル・ド・ココナッツの支配人がグルーチョ。一文無しの二人組がチコとハーポ。速射砲のよなグルーチョの言葉は画面に活気を与えます。前半では二つの部屋を人物が入れ替わりで出たり入ったりするギャグが秀逸。大富豪の女主人(マーガレット・デュモン)の財産を狙って、富豪の娘との結婚を目論む男とその恋人は、娘の恋人に首飾り泥棒の罪をきせて失脚させようと画策します。そこへマルクス兄弟がからんで・・・・。
 主題歌に「夢がかなった日 マイ・ドリームズ・カム・トルー」。
2006年10月14日

DVD
いんちき商売
USA
1931
78分
 ユニバーサル社・パラマウント映画のマルクス兄弟もの。2003年に『御冗談デショ』『けだもの組合』『我輩はカモである』の3枚がボックスセットで発売されたので購入。その後、2005年3月に『いんちき商売』『ココナッツ』を加えた5枚組がボックスで出ました。なんだ、それならば最初から5枚組で出してくれればよかったのにと思いました。それがつい最近10月、単品で発売され始めました。しかも廉価です。このシリーズは字幕が悪いということですが、他に選択肢はありません。内容の方は『マルクス兄弟のおかしな世界』のような本で補うしかないでしょう。
 いんちき商売の原題は「Monkey Business」(モンキー・ビジネス)なんですね。当時の大ヒット作品。監督はノーマン・マクロード。原案はこの後『御冗談でショ』でも共同で脚本を書くS・J・ベレルマンとウィル・B・ジョンストン。
 密航者として客船に乗り込んだ4名(グルーチョ、チコ、ハーポ、ゼッポ)が船長や、二人の大物詐欺師を煙に巻きながら、ひたすら「追っかけ」をくり返し、ニューヨークにつくまでが3分の2。グルーチョが口説く相手はブリッグスの妻で演ずるのはセルマ・トッド。ハーポが子供たちが見る人形芝居のグラン・ギニョール役を務める場面があります。チコはバーのピアノ演奏を披露します。上陸後、詐欺師ヘルトン(ロックフェラー・フェロー)のパーティ会場で娘を誘拐したブリッグス(ハリー・ウッズ)を追って納屋へ乗り込んだ4名。なんとか娘を救出するという物語です。
 特典としてトゥディに出演したハーポ(1961年)、グルーチョ(1963年)、ハーポの息子(1985年)の回が収録されています。とても短い番組です。 ハーポは自伝『ハーポ、おおいに語る』を記念しての出演ですが、一言もしゃべらず、入れ歯を十個近く並べたり、ハープの弦で矢を射たりする。グルーチョは『ラヴ・ハッピー』のためにモンローをオーディションしたときの模様を話す。「歩いてご覧」と3名の女性に依頼し、みんなが最後の子に決めたという。それがモンローでした。
2006年10月9日

WOWOW
21:00〜0:10
スティーヴン・キングのデスペレイション
USA
130分
 スティーヴン・キング原作・脚色のTVドラマ。「Desperation」とは「絶望」という意味で舞台となる町の名前。ネバダ州の砂漠のなかにあるという設定。
 砂漠を車で走っていた夫婦は急にパトカーに止められる。尋問だけと思っているとトランクからなぜか麻薬の袋が出てくる。警官は奇妙に暴力的で、町には死体が転がっている。夫は突然警官に撃ち殺され、妻は警察の檻に収監されてしまう。檻には先に町の獣医師と別の家族が入っていた。オートバイで大陸縦断を試みる作家マリンヴィルも警官に言いがかりをつけられ、殴られた挙句に収監される。作家には別働の音響スタッフ、ステーヴがいて、変事に気付く。スティーヴはヒッチハイカーの娘と一緒に絶望の町の謎解きに関わる。友人の事故以来、神を信じ、祈る少年デイビッドが殺された妹の霊の導きで謎解きの主役を務める。
 形無きもの「タック」はこの町の鉱山に眠っていた。しかし、昔いちど掘り出されて人々に取り憑いたことがあった。鉱山は落盤事故以来閉鎖されていたが、最近再会された。それをきっかけに悪霊は警官コニーに取り憑いたのだった。しかし、そろそろコニーの身体も痛み始めていた。新しい身体に乗りうつらなければ・・・・。
 理不尽な暴力に巻きこまれた普通の人々が、神の試練と認識して異次元の悪と闘う物語。形なき悪はベトナムではベトコンの爆弾テロリストとして出現し、鉱山では中国人に取り憑いて出現する。それにしても、邪悪なものがアジア人に取り憑く設定になっているのは人種的偏見ではないでしょうか。最近アメリカ映画では黒人が悪役に設定されることがほとんどなく、主人公を助ける重要な脇役を占めることが多いのですが、これも偏見の裏返しですね。それに、放置された死体にヘビやタランチュラが群がり、主人公の女性が蜘蛛を踏みつぶしたり、怖がってキャーキャー騒ぐのはちょっと興ざめでした。いくらなんでもクモとヘビで恐怖をあおろうとするのは、イメージがありきたりすぎるでしょう。
2006年7月30日

DVD
プライドと偏見

イギリス
2005年
127分
 オースティンの傑作『自負と偏見』の映画化としてはBBCテレビの傑作があります。『高慢と偏見』と訳されることも多いのですが、私は中野好夫訳の素晴らしさに敬意を表して「自負と偏見」と言うことにしています。BBC作品のコリン・ファースのダーシー卿は既にカルト化しているようです。いったいそれ以上の作品ができるでしょうか。そんな心配をよそに映画化してしまった製作者はよほど自信があったのでしょう。いったい何に?
 エリザベス役のキーラ・ナイトレイでしょうか。それともダーシー役のマシュー・マクファディンでしょうか。BBC作品は302分もあったのですが、その四割程度の時間で話がうまく展開できるのでしょうか。
 ブログ上でDVDの字幕に難点があるという感想があったので、日本語吹替えで鑑賞してみました。その結果は・・・違和感なく見ることができました。製作者は、オースティンの作品のボーイ・ミーツ・ガールの主題が現代にも通用するという自信から、次女エリザベスを中心に据えて真っ向勝負で映画化しています。ダーシーに対する偏見が修正されていく過程がやや性急ですが、たいへん上手に脚色されていました。メイキング映像ではベネット家の役者たちが本当の家族のように仲良く助け合ったと言っていましたが、それはリップ・サービスでしょう。
 しかし、脇役までよく考慮され、演出された英国映画で、オースティンの傑作の映画化を喜びたいと思います。
2006年7月29日

WOWOW

0:20〜2:30
バタフライ・エフェクト

USA
2004
 偶然、冒頭を見たところ、狂気の父親ジェイソンの息子エヴァンの物語という異様な設定が気になり、最後まで見てしまいました。
 「もしもあの時」という思いは誰にでもあるものですが、個人の意識が世界を変えてしまう恐さはル=グィンの『天のろくろ』(サンリオSF文庫の傑作!)やディックの『宇宙の眼』などの諸作品に描かれていました。
 物語のカギは日記にあります。激しいストレスがかかると記憶喪失になってしまう息子エヴァン(製作もしているアシュトン・カッチャー)に、母親(メローラ・ウォルターズ)は記憶を繋げるために日記を書かせます。それが習慣となって日記を書かずにはいられなくなったエヴァンでしたが、やがて日記を読み返すたびにタイム・トリップし、過去の事件の経緯を改変し、その後のお互いの運命も改変してしまうことに気がつきます。その改変は思い通りにならない方向に行ってしまうこともあり、新しくつらい状況の中でエヴァンは事件を起こすことになります。恋人もどん底の娼婦になったり、大学のクラスメートになったりと大きく変化します。そのたびに日記を手がかりに過去に戻ってやり直すエヴァンでしたが、とうとう自分の両腕を爆風でなくして、恋人ケイリー(エイミー・スマート)を友人の太っちょの幼馴染みレニーに取られる展開になってしまいます。この劇場版の衝撃的な結末と異なる今回放映のディレクターズカット版では、母親から借りた出産のホームフィルムをきっかけにエヴァンは誕生前に飛ぶのでした。
 “バタフライ・エフェクト”とは、「ある場所で蝶が羽ばたくと、地球の反対側で竜巻が起こる」=初期条件のわずかな違いが、将来の結果に大きな差を生み出す、という意味のカオス理論の一つ。監督は新鋭エリック・ブレスとJ・マッキー・グルーバー。
 主人公の名前「エヴァン・トレボーン Evan Treborn」は「Event reborn(事件で生まれ変わる)」という意味です。終わりのないタイム・トリップのくり返しで、エヴァンは何度も人生をやり直してしまうので、次第にトリップの衝撃が減退してしまうのが難です。都合の悪い人生ならやり直せるという期待を抱かせてしまいます。先行する作品では、実際には思い通りにはならないところがせつない話なのですが、この作品では同じ過去の事件に繰り返し「飛んで」しまうので、せつなさが減退してしまうのです。それと状況を変化させるための動機があまりにも個人的なところも気になります。恋人のためとはいいながらも、結局は自分勝手に世界を改変しているだけですから。
2006年7月15日

BS2
1:00〜3:00
シャル・ウィー・ダンス?

2005年
USA
 周防政行脚本・監督の『Shall We ダンス?』のリメイク版。監督はピーター・チェルソム。主人公のジョン・クラーク役にリチャード・ギア、ダンス教室のマドンナ・ポリーナ役にジェニファー・ロペス。難しい役どころのジョンの中年の妻にスーザン・サランドン。アルコール依存症気味のダンス教室のおばあちゃん先生にアニタ・ジレット。
 ダンス教室の生徒の方は竹中直人役にスタンリー・トゥッチ、渡辺えり子役にリサ・アン・ウォルター。もとの「濃い」キャラクターを踏襲しています。原作がしっかりしているため、リメイク版もなかなか面白いものでした。

2006年6月以降に見た 日 本 映 画 (邦画)
見た日と媒体 作 品        感  想     (池田博明)
2006年12月1日

21:03〜23:30
テレビ
ALWAYS
三丁目の夕日


日本テレビ
2005年
 東京タワーが完成間近な東京の下町を舞台に描かれる昭和33年のエピソード集。
 集団就職で小さな自動車修理工場「鈴木オート」に青森県から来た六子(掘北真希)、鈴木オートの怒りっぽい主人(堤真一)、その妻(薬師丸ひろ子)、息子・一平。もと踊り子で飲み屋を営むヒロミ(小雪)、少年誌に冒険小説を書く茶川(吉岡秀隆)、親に捨てられた小学生・淳之介、空襲で妻子を亡くした医師(三浦友和)。
 昭和33年の懐かしい品物が登場します。建設中の東京タワー、氷冷蔵庫から電気冷蔵庫への変化、洗濯機、テレビ、フラフープなど。
 なんといってもいちばん懐かしいのは、小学生の男の子がツギをあてた服を着せられていることで、もちろん少年はそんなボロ服をいやがっている。けれども、そのツギの下にはお守りが縫い込まれている。困ったときに少年がそのお守りを開くとお金が入っているという母の気配りであろう。
2006年11月18日(土)
21:00〜23:29
テレビ
東京タワー

フジテレビ
2006年
 副題は原作と同じ「オカンとボクと、時々、オトン」。原作リリー・フランキー、脚色土田英生、演出西谷弘。
 リリー・フランキーの自伝的小説。リリー・フランキーは先日、NHK教育テレビで松田優作特集をやったときに優作を語る進行役として出演していました(ETV特集“知るを楽しむ こだわり人物伝”の総集篇)。TV『探偵物語』や『野獣死すべし』を熱く語るその語り口が興味深かったので、このドラマもついつい見てしまいました。
 九州は小倉で育った雅也(神木隆之介)は母親の栄子(田中裕子)が大好きでした。夫・弘治(蟹江敬三)は暴力的なダメ男。オカンは貧しいにもかかわらず、飲み屋を切り盛りし、叔母たち(松金よね子・大塚寧々)と笑顔を絶やさず、息子にも仕送りをしてくれています。30歳になった雅也(大泉洋)は絵描きになるために上京したものの、ホームレス同然の生活。憧れだった「東京タワー」の案内係・真沙美(広末涼子)に出会ってから真面目に働き始めます。
 久しぶりに故郷に連絡してみると、母親はガンで入院していました。あわてて帰郷した雅也を退院したオカンが迎えてくれます。そして雅也はオカンを東京に呼ぶのでした。
 東京で暮らし始めたオカンは雅也の友人知人に手料理をふるまいます。みんなの善意がうれしいというオカンでした。けれども次第にスキルス性の胃ガンが体をむしばんでいきます。
 抗がん剤治療の副作用に耐えられず、治療を止めて余命一ヶ月、叔母達と温泉旅館に出かけたオカンは花札の最中に倒れます。個室に入ったオカンのもとには毎日見舞い客が絶えません。そしてオトンも見舞いに来た日の夜、大好きなナスビ(の漬け物)があると言い遺して亡くなります。
 私自身の母親の死と重ねて見てしまいました。
 樹木希林のオカン、オダギリジョーのボクで映画化もされた。 
2006年10月22日

DVD
くたばれ悪党ども

日活
1963年

89分
 宍戸錠主演で「探偵事務所23」の第1篇。原案・大藪春彦、脚本・山ア巌、監督・鈴木清順。冒頭から武器を積んだトラックの爆走。そして、暴力団どうしの銃撃戦。
 現場で逮捕された容疑者に川地民夫。探偵事務所の所長・宍戸は暴力団の組織を突き止めるために証拠不十分で釈放された川地に接近し、仲間と思わせて身分を偽って組織に潜入する。何度か発覚しそうになるものの、なんとか切り抜け、暴力団を壊滅させ、ボス・信欣三の情婦・笹森令子の救出もするというもの。宍戸錠自身の気障なセリフも含めて、嫉妬深い川地や宍戸の恋人・星ナオミや、捜査課長・金子信雄、週間スキャンダルの編集者・初井言栄など、キャラクターの色づけが特異な作品で、その後の傑作群『野獣の青春』『東京流れ者』『殺しの烙印』の先駆的作品。
2006年10月21日

DVD
峠を渡る若い風

日活
1961年

85分
 清順監督自身が「楽しんで作った」とお気に入りの1本だそうです。公開当時の小川徹の評価は“『伊豆の踊子』仕立てのアクションである。・・・喜劇性・・・・人情ものの可能性・・・ねらいがチグハグ”(1961年8月ディリースポーツより)。意図のはっきりしない娯楽作ですが、小川徹は清順作品の活劇性に注目しているといったところ。和田浩治を売り出すためのプログラム・ピクチャー。
 和田浩治はキスリングを背負い、日本中を旅して回る大学生。彼が奇術一座と一緒になり、興業を助ける羽目になります。座長役に森川信、その妻に初井言栄、娘に清水ゆかり、ピエロに杉狂児。流れもののやくざに金子信雄。大学生が地元の暴力団と張り合って興業に成功するという非現実的な設定で、まるでお伽話です。
2006年10月20日

DVD
春婦傳

日活
1965年

96分
 鈴木清順監督の傑作がとうとうDVD化されました。鈴木清順・野川由美子コンビでは既に『肉体の門』『河内カルメン』が発売されていましたが、白黒作品のせいでしょうか『春婦傳』は発売が控えられていました。VHSビデオでは発売されたことがあったようですが既に絶版。
 その作品が自選作品としてDVDボックスで発売されることになりました。日活から訳のわからん作品ばかり作ると解雇された過去があるのに、自選作品をボックス発売とは不思議な話です、と清順監督は阿川佐和子さんとの対談で言っていましたが、清順監督のファンとしては素直に喜びたいと思います。《日活から大目玉をくらった作品》は『港の乾杯 勝利をわが手に』(1956)・『8時間の恐怖』(1957)・『素っ裸の年令』(1959)・『関東無宿』(1963)・『東京流れ者』(1966)・『殺しの烙印』(1967)の6作品、《惚れた女優と気心知れた大正生まれたち》は『悪太郎』(1963)・『河内カルメン』(1966)・『花と怒涛』(1964)・『春婦傳』(1965)・『散弾銃の男』(1961)『峠を渡る若い風』(1961)の6作品を収録。幸いこの中で私が既に所有しているDVDは『河内カルメン』だけでした。
 『春婦傳』は昔、一度テレビで見た記憶があるだけですが、印象は鮮烈でした。原作は田村泰次郎で、前作『肉体の門』(1964)も田村の原作。前作でデビューした野川由美子主演の第二弾作品で、1944年生れの野川は20歳、脚本は高岩肇。今年6月に収録された監督インタビューによれば、谷口千吉監督の同じ原作で評判となった『暁の脱走』の再映画化だが、『暁の脱走』が善悪の人間がはっきりしたメロドラマになっていたのに対して、もっと原作に忠実にしようとした、脚本は『暁の脱走』調だったので困った、原作では春美(野川)や従軍慰安婦はみな朝鮮人である、副官(玉川伊佐夫)と三上上等兵(川地民夫)は善人・悪人というよりも日本の軍人を表している、大陸に見える撮影場所はほとんど日活のオープンセット(インタビューアーは石上三登志)。ところで、石上さんは清順さんに「ご自分でいちばん好きな作品は」と聞いており、清順さんは「よく考えないと」と言葉を濁していますが、『峠を渡る若い風』なんかはかなり好きだねと答えています。
 『春婦傳』の春美(野川)は権威に反抗し、副官に復讐しようと副官の当番兵である三上を誘惑する。しかし、三上の真摯さに魅かれてゆく。映画は大陸の風景を背景にして、自分の体で男を《変えようとする》春美と、上官の命令に絶対服従という《変わらない》軍人精神の三上の間の運動で、物語は進んでいく。そういう意味では立派なアクション(ACTION)映画である。三上が《変わる》機会は何度かあったにもかかわらず、結局、三上は「生きて囚虜の辱めを受けず」という軍人精神から出ることができず、立派に手榴弾で死ぬことを選択してしまう。最後の最後まで三上に「死んじゃいけない!」と訴えていた春美も、三上の自爆の死に際に「あたしも死ぬ」と同調してしまう。初井言栄が演ずる慰安婦が朝鮮人という設定で、ラストシーンで「日本人はすぐ死にたがる、踏まれてもけられても生きなければいけない。生き抜く方がもっとつらいよ。死ぬなんて卑怯だ」と日本人の精神を批判する。
 付録のデータによれば『春婦傳』の併映作は今村昌平監督の『赤い殺意』だったんですね。この日活の女性映画2本立ては史上最強だったと言ってよいと思います。
 野川由美子出演作では、『悪太郎伝 悪い星の下でも』も傑作なのでぜひ発売して欲しいものです。
2006年10月16日・10月23日・11月14日・11月21日・11月28日
フジテレビ
21:00〜22:00
のだめカンタービレ

 漫画原作の月曜連続テレビドラマ第1回。脚色・衛藤凛、演出・武内英樹。
 クラシックを中心にすえてベストセラーの原作を実写化したフジテレビの話題作品。
 のだめこと野田恵を演ずる上野樹里が天然ボケ・キャラクターで可笑しい。『スウィングガールズ』に次いで音楽ものに挑戦しています。真面目な千秋(玉木宏)と好対照をなしています。
 第1回めは子供時代の千秋と指揮者ヴィエラの思い出と、ピアノ科でハリセンの指導を拒否して追い出された千秋とマンションの隣室ののだめとの出会い、モーツアルトの「二台のピアノのためのソナタ」を通して、のだめの才能に気付く千秋が描かれます。音楽大学に天才指揮者シュトレーゼマン(竹中直人)が出現するところで次回へ。なんとシュトレーゼマンはのだめをナンパしようとした変態じいさんだった?
 桃ケ丘音楽大学の理事長役が秋吉久美子!。演出は逆光照明やカメラアングルに凝ったテレビ的なものでした。「悲愴」ソナタや「ラブソディー・イン・ブルー」など名曲が聞けます。
 演出で疑問だったのは音大の教授が楽譜を放り投げたり、音大生が楽譜で人をぶったりすること。楽譜は大切なものではないか、その扱いが乱暴な音大生というのはいないのではないか、料理人が包丁を投げるようなものでしょうが。
 第2回(50分)は打楽器のますみとのだめの千秋をめぐる攻防と(Sオケの練習曲目はベートーベンの交響曲第9番の第一楽章)、進級試験の峰のバイオリンの伴奏を千秋がすることになるエピソードで、曲はベートーベンの「春」ソナタ。千秋の指揮科への転科を認める条件としてシュトレーゼマンが出したのは“マスコットガール”のだめのキスだった?!
 第5回の曲は学園祭でSオケが演奏する「ラプソディー・イン・ブルー」。クラリネットの代わりにピアニカをフィーチャーするという編曲で楽しく聞かせた。もう一曲は千秋のピアノ、シュトレーゼマンの指揮、Aオケという共演でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。実写版では実際の曲が聞けるのが強み。上野樹里の天然ボケ・キャラが絶好調。
 第6回、のだめと千秋が2台のピアノでラフマニノフの協奏曲を演奏。Sオケは解散し、千秋は新しい学生オーケストラを組織する。
 第7回、のだめのラフマニノフを聞いて突然指導を申し出たハリセンを拒否してのだめは逃げ回る。一方、千秋は新しいオーケストラでモーツアルトのオーボエ協奏曲を練習。他にブラームスの交響曲第一番を選択する。Rising Starと名づけられたこのオーケストラはソリスト級の実力者が集まったものの、それゆえの危うさも持っていた。

[参考文献]
 青柳いづみこ『ボクたちクラシックつながり』(文春新書、2008年)
2006年9月30日・10月7日

NHK総合TV
21:00〜22:15
クライマーズ・ハイ 前篇;後篇

2005年12月初放送
 横山秀夫原作,大森寿美男脚本,清水和彦演出(前篇)・井上剛演出(後篇)の土曜ドラマ。
 日航ジャンボ機墜落事件を取材する北関東新聞の記者・悠木和雄(佐藤浩市)を主人公に,新聞社を舞台にした人間模様。冒頭、被害者の写真を商品価値を高めるために取って来いと悠木に命じられた新人記者・望月が葛藤でバイク事故死します。悠木はその死に責任を感じますが、社内の見解は事故は被害者の家とは無関係な方向で起こっており、責任を感じる必要はないというものでした。しかし、この事件はドラマの伏線となります。
 個性的な役者たちがぶつかり合うドラマでした。悠木と同じ社会部の佐山・大森南朋、新井浩文。悠木に好意的な政治部デスク・松重豊、ライバル的な同期の社会部デスク・光石研。 整理部長・石井愃一、文芸部・岡本信人。編集局次長・塩見三省、社会部長・岸部一徳、編集局長・大和田伸也、社長・杉浦直樹。安西の息子・高橋一生、石原さとみ、悠木の妻・美保純、息子・大川翔太、娘・木村茜、販売局員安西・赤井英和、安西の妻・岸本加世子。北関東新聞は、前篇では墜落地点の確定で特ダネを逃し、後篇では圧力隔壁の破壊が事故原因らしいとのネタをつかむものの、最終確認ができず、配達部局とのトラブルも重なって全権の悠木は判断を誤ります。
 バイク事故死した望月の従姉妹(石原さとみ)が悠木を訪ねて来ます。彼女はみんながその死を大騒ぎする大きな命と誰にも注目されない小さな命があり、この事故による死者もときがたてば忘れ去られていくという手紙を投稿欄に掲載するように迫ります。投稿欄の責任者に無理を言って掲載させた悠木は読者の批判を受け、社長の怒りを買い、山間部に飛ばされます。
 日航事故の日に山行を計画、脳出血で突然倒れた安西の遺児と谷川岳の衝立を登攀する20年後の悠木の姿で幕。
2006年9月12日

日本TV
21:00〜22:54
世界一の愛妻物語:乙羽信子と新藤兼人

 火曜DRAMA COMPLEXにて脚本・深沢正樹、演出・長沼誠。
 宝塚の娘役から大映入りした乙羽信子は、新藤兼人監督の『愛妻物語』で演技開眼し、新藤監督に絶対の信頼を寄せる映画作りにのめりこんでいきました。
 私自身は小学生の頃、NHK・TVで放送が始まった『ママ、チョッと来て』でママ役だった乙羽信子を見たのが最初です。テレビの連続ドラマに出演した彼女を見た母が「あら、乙羽信子だわ」と驚いていたのを覚えています。既に近代映協の役者だった乙羽がホームドラマに出演するというのは母にとって驚きだったのかもしれません。それに私の母は乙羽信子に少し似ていましたから、気になる女優さんだったのかもしれません。NHKの『ママ、チョッと来て』はカラー放送になり、ライトで目を痛めた彼女は後半は、サングラスをかけて登場するようになりました。
 新藤監督、乙羽主演の映画の方は見ていません。新藤脚本作品は結構見ています。
 このテレビ・ドラマは脚本と演出が凡庸で、キレが悪かったと思います。せっかく片平なぎさが乙羽信子役を熱演しているのですが・・・・
2006年9月10日

NHK総合TV
21:00〜21:50
マグロが食卓から消える  NHKスペシャルの一篇。ディレクターは星野。天然マグロの買い付け量も養殖マグロの量も減少の一途をたどっているのは、世界の国々がBSEや鳥インフルエンザの影響もあって、水産食品へシフトしている潮流と、中国や韓国での消費の拡大による影響であるという。特に中国の富裕層の消費の伸びは今後も続く予想で、現状の消費量を確保することさえ困難だという。かつて日本の遠洋漁業を支えた宮城県気仙沼などのマグロ漁船も次々に廃業、優秀なマグロ船は外国に買われていくという実態がある。水産業商社・双日の営業を通してマグロに象徴される漁業の実態を描いたドキュメンタリー。
 十年前に山北高校一年生の真鶴の漁師の息子は、農業と違って中国から物が輸入されてこないだけ、日本の漁業はなんとかやっていけると言っていましたが、中国の脅威が別のかたちで迫って来たのだなあと思いました。
2006年8月27日
BS2
午前1:10〜3:30
ある映画監督の生涯

 溝口健二監督の生涯を関係者へのインタビューで構成した新藤兼人監督作品。インタビューされる人だけではなく、インタビューする新藤氏も必ず画面に写し込まれています。また、新藤氏自身の相槌や質問の向け方もかなり意識的・作為的であって、普通のドキュメンタリーとは異なり、新藤版溝口人生といった感じです。関係者に無理に話させるという趣きの質問ですし、答えが途中なのに新藤氏が次の話をしてしまったり、編集でカットして別人のインタビューを挿入したりすることも多く、かなり嫌味な作品ですね。しかし、それだからこそ聞き出せた証言もあり、ただの偉人話になっていないところがこの作品の価値でしょう。
 溝口監督の共同者・脚本の依田義賢の証言は貴重です。また、助監督としてついた増村保造の、溝口は自分の知っている世界を描くときは落ち着いていたが、知らない世界(『元禄忠臣蔵』『楊貴妃』『新平家物語』)を描くときはおたおたしてしまい、どうしていいいか分らなかったので、支離滅裂な演出になり、奇怪な作品になってしまったという証言などはかなり当っているのではないでしょうか。また、溝口は田中絹代に惚れていたという仮説を田中絹代に直接ぶつけて、田中絹代がそれに対して役柄に惚れていたのだと思うと答えたのにもかかわらず、絹代本人に惚れていたはずだと迫ることで、田中絹代のいろいろな証言を引き出すあたりは相当なしつこさでした。完全主義者とみなして溝口の演出をほめちぎる証言よりも、山田五十鈴や京マチ子、若尾文子などのわけがわからず閉口したという本音が見え隠れする証言の方が溝口の演出の特徴をよく表していたと言えましょう。役者に長いセリフを覚えさせておきながら、その場で撮影する直前に脚本家と相談しながら全部変えてしまうというやり方は、決して感心できる方法ではありません。創造的な仕事を試みるなら別の方法があったはずです。
2010年4月28日


ビデオ
父と暮せば



83分
1995年
柏書房
 こまつ座ビデオ劇場1、1995年8月12日隅田川左岸劇場ベニサン・ピットにて収録。演出は鵜山仁。竹造をすまけい、美津江を梅沢昌代が演じています。
 音楽は宇野誠一郎、美術は石井強司、照明は服部基、音響は深川定次、演出助手は佐藤浩幸、舞台監督は星野正弘。1994年9月3日の紀伊国屋ホールを皮切りに、こまつ座第34回公演として初演。第2回読売演劇大賞優秀作品賞・優秀演出家賞・優秀女優賞を受賞した。好評につき翌年、第38回公演としてベニサン・ピットで8月11日から15日まで公演されたときの舞台の収録です。第39回公演として同年11月5日から12月2日にも三演されています。
 すまけいと梅沢昌代ともにセリフが自家薬籠中のものとなっており、よどみがありません。
 1997年にも第45回公演、8月15-16日。1998年からは役者を変えて2008年まで上演されます。

【参考文献】鴻上尚史『名セリフ!』(ちくま文庫)より、井上ひさしの傑作群のなかから『父と暮せば』を選んだのは、次のようなエピソードからである。事なかれ主義の公演や舞台作りの劇場スタッフとの戦いに疲れている鴻上氏がある地域でひどく協力的な劇場関係者に会った。好意的で演劇を尊敬してくれている劇場スタッフに尋ねると、この小屋で感動的な芝居を見たのがきっかけだという。「なんというお芝居だったんですか?」と聞くと、答えが『父と暮せば』というお芝居です、と。
2006年8月24日

BS2
20:00〜21:40
父と暮せば



99分
2004年
衛星劇場
バンダイビジュアル
日本スカイウェイ
テレビ東京メデァイネット葵プロモーション
パル企画
 先日亡くなった黒木和雄脚色・監督作品『父と暮せば』。井上ひさしの戯曲が原作。ほとんど娘・宮沢りえと父・原田芳雄の二人芝居です。宮沢りえが楚々した美しさで被爆者を演じていて目が離せませんでした。広島弁がとても心地よい作品です。娘の恋の応援団としてあの世から駆けつける原爆で亡くなった(亡霊の)父という設定の妙が生きています。
 冒頭は突然の夕立ちと雷雨で家へ逃げ込む娘を、押し入れの上の階で父が待っているという奇妙な設定。陸上部でお転婆だった娘が雷を怖がるようになったのは“あの日”以降ではないかと父が推測し始める。“あの日”とは8月6日、広島原爆の日である。
 原爆下では「生き残るんが不自然なことやったんじゃ」という言葉が、この作品の本質。
 黒木和雄監督はテレビの新・座頭市でも原田芳雄客演で傑作「幽霊が市を呼んだ」を演出していました(1977年3月)。黒木監督は『父と暮せば』完成後のインタビューで、素晴らしいキャスティングが実現したと喜び、「僕は演技指導できないですからね。キャスティングがすべてです」と答えたそうですが、このセリフは、はんぶん本当でしょう。
 黒木監督は勝新のテレビ作品にもよく起用されていて、天才的な即興演出家・勝新に信頼されていたようです。ややセピア調を思わせる美しい映像を撮影したのは鈴木達夫、美術が木村威夫。短いが印象的なピアノのモチーフの音楽は松村禎三。
 原爆が投下された広島で、生き残ってはいけなかったんだ、自分だけが幸せになってはいけないんだと思いつめる主人公を、宮沢りえが清楚に演じています。
 宮沢りえはキネマ旬報主演女優賞を受賞のほか芸術選奨文部科学大臣賞も受賞。ちなみに、この年は森崎東監督も『ニワトリはハダシだ』で受賞しています。

【追記】プレミアム・エディションDVDに黒木監督のオーディオ・コメンタリーと特典ディスクがある(2010年5月18日)。(1)メイキング,(2)黒木監督の話,(3)鈴木達夫の話,(4)木村威夫の話,(5)受賞の軌跡,(6)予告編集。
 黒木和雄は,ほぼ順撮りしたと言う。宮沢りえは方言大好きで,広島弁をすぐに習得,彼女がそれまでに出演した映画やドラマのセリフを合わせたよりも,この映画のセリフが多かった,原田芳雄の妻は岡山出身なので広島弁は話しやすかった。民話用のウチワの絵は宮沢りえ自身が描いた,彼女は演技の合間に原爆の写真集を常に見て被爆者の心情に同化しようとしていた,スタッフは役者が気持ちを入れて演じられるように気を配っていた,彼女が原爆の被害者たちを語るクラマックスはほとんどリハーサルなし,カットを割らずに感情の持続を大事にした,ラストにヒロインの姿からアップするとそこは原爆ドームの真下だった。
 和風だが洋式の設備のある旅館をデザインした木村威夫。鈴木達夫撮影監督は,演技が一回だけしか出来ないという場合(エプロン劇場、ちゃんぽんげ)が結構あったと証言。日常生活のなかで戦争を描く方法を見出した監督。
2006年8月19日

DVD
オケピ!

2003年
112分+86分
 三谷幸喜脚本・演出。音楽は服部隆之。パルコ・プロデュースのミュージカルの収録。2003年4月5日青山劇場での公演を収録したDVD。
 第45回岸田国士戯曲賞受賞作品として白水社より戯曲が刊行されています。戯曲を読んだときから舞台を見て見たいなあと思っていた作品でした。三谷幸喜の映画『The有頂天ホテル』のDVDが刊行されたついでにDVDが1個だけ並んでいたので、この機会を見逃したら今後は入手不能になるかもしれないと思い、購入してしまいました。
 第一幕を見たのですが、曲に魅力がないので退屈。このまま最後まで見られるかどうか自信がありません。
2006年8月8日

WOWOW
0:30〜2:00
吸血鬼ゴケミドロ

松竹
1968年
84分
 ホラー映画というよりSF映画でした。奇想天外な作品として知られています。佐藤肇監督。高久進・小林久三脚本。中古ビデオを持っていたのですが見ていなくて、本日WOWOWでデジタル・リマスター版を見ることになりました。色彩は思ったよりも鮮やかでした。
 羽田空港を飛び立った伊丹行きの航空機は時限爆弾を仕掛けられたとの通報で羽田に戻ろうとします。しかし、突然の謎の発光物体と衝突して不時着。場所も分らず救助も来ないという極限状態で生存者たちに葛藤が起こります。
 謎の発光物体は空飛ぶ円盤でした。円盤からはスライムのような生命体が出てきて、パックリ割れた額の傷口からひとの体内に入り込みます。生命体に侵入されたひとは吸血鬼となってしまいます。吸血された人は吸血鬼にはならずに死んでしまいます。宇宙からの生命体の目的は人類皆殺し。ライフル使いのテロリスト(高英男)をまず吸血鬼にした後は、死の武器商人・徳安(金子信雄)の妻(楠侑子)をメッセンジャーにという具合に、航空機の生存者たちを次々に殺していきます。副操縦士(吉田輝雄)とステュワーデス(佐藤友美)は助け合って最後まで生き残るのですが、彼らが脱出した先の近くの街は既に死体の山でした。
 極限状態とはいえ、役者同士の絶叫調の対話には疲れました。ベトナムで戦死した夫の死体を確認するために飛行機に乗ったという米国女性が登場したり、総裁候補にこだわる好色な議員が登場したりと、時代状況を感じさせるところがあります。
2006年8月7日〜10日

NHK
19:30〜20:30
プラネットアース

60分
 BBCとの共同制作のNHKスペシャル。5月に放送された番組の再放送です。
 第1集「生きている地球」。地球の軸は少しだけ傾いている。そのため季節ができる。南極から北極、ツンドラ、タイガ、広葉樹林、熱帯雨林と地球を舞台にした様々な生き物のドラマがある。ヘリコプターに装備されたステディカムが捉えたスピード溢れる俯瞰映像、地上の望遠カメラが撮った瞬間、水中カメラが撮った光景など決定的瞬間を贅沢にならべて、地球に生きる生き物の感動を伝える番組。
 8月8日に第2集「淡水に命あふれる」、8月9日に第3集「洞窟 未踏の地下世界」;コウモリの糞を食べている小さなゴキブリの大群、8月10日に第4集「渇きの大地を生き抜く」;砂嵐のすさまじさと砂漠に生きる生物の水を得る工夫。 
2006年8月6日

NHK
21:00〜21:49
調査報告・劣化ウラン弾
(米軍関係者の告発)

NHK総合
 NHKスペシャル。制作・千葉聡史、ディレクター・小山大祐。アメリカ軍が開発し、コソボ紛争以来、湾岸戦争、イラク戦争と使用してきた劣化ウラン弾がもたらす放射能被害についての報告。米軍は公式には劣化ウラン弾の放射能被害は無いはずであると明言している。破片は50mしか飛散しないという。しかし、これはオオウソ、400mあるいは風によっては750mも飛散する実験結果を米軍は無視しているという。
 劣化ウラン弾は放射性廃棄物を再利用して効力のある爆弾を作るという効率の良いプログラムだったため、危険性を無視して開発が進められた。
 湾岸戦争では、自国の戦車を誤射してしまい、兵士が被爆したという例が少なくないという。驚いた。広島でも原爆投下後に市内に入った人々が放射性廃棄物を吸い込んだりする第三の被爆によって発ガンになったりするという研究が進んでいるというのに、科学的な研究結果を無視して自国の兵士でさえ見殺しにしてしまうアメリカという国の恐ろしさが身にしみます。
 劣化ウラン弾の破片が放射線を出すという主張をアカよばわりする人もあるようです。
2006年8月5日

テレビ朝日
22:00〜24:00
スウィングガールズ

東宝
2004年
 矢口史晴監督・脚本作品。山河高校で夏休み数学の赤点補習を受講している女生徒たち。野球部の応援に吹奏楽部がバスで出発する光景が窓から見える。ところが弁当が遅れて到着。弁当を球場に届ける役目を補習組が引き受ける。途中で電車を降り損ない、真夏の暑い太陽の下、歩いて運んだ弁当は吹奏楽部員に中毒をひき起こす。
 弁当を食べ損なった打楽器担当の男子・中村(平岡裕太)がリーダーとなってにわか仕立てのバンドができるが・・・。うまくいきそうだったり、失敗したりとぎくしゃくしながら物語がユーモラスに綴られていきます。
 何ごとにもあきっぽい主人公・友子を上野樹里がそれらしく演じています。映画の田舎は山形県でロケ地は米沢市や南陽市内、電車は長井線。女生徒たちの言葉は置賜弁ですが、方言は不自然です。
 トロンボーン担当のネクラの関口役は本仮屋ユイカで、キャラクターの中ではアクセントがついています。4人のバンドがうまくいったことで、いったん去った仲間たちが戻ってきてビッグバンドになる場面が話をはしょり過ぎでしたね。短期間にうまくなり過ぎの感じがします。
 しかし、特訓による実際に出演者たちの生演奏というのが凄い。モデルは兵庫県立高砂高等学校ビッグバンド部、校舎は山形県立高畠高等学校。(2006年11月22日、女子生徒が渡り廊下から飛び降り自殺という事件が起きた。総合学科を立ち上げ、スーパーイングリッシュラングエッジハイスクールにも指定され、四学期制の試みにも挑んでいる)  
2006年7月28日

DVD
みんなのうた

NHK
 1961年からNHKで放送された『みんなのうた』がDVD12巻となって発売されていました(2004年)。1961年から2002年までの曲のうち168曲が収録されています。
 第1集・第2集の曲は私が小学校・中学校時代の曲なのでよく覚えていました。中学2年でJRCのリーダーシップ・トレーニング・センターの帰り道、同じ班だった後輩と「みんなのうた」を次々に歌い比べた記憶があります。あれもこれも知っていることを競った頃でした。あの頃は記憶力が良くて、2、3回聴くと覚えられたのものでした。日本のアニメーション史を語るときに外せない作家・作品がたくさんあります。画面もクリアでないモノクロ作品はなつかしい限りです。この選集に収録されていない名曲もたくさんありますが、ビデオテープが貴重品だった時代の作品を発掘してくれたNHKに感謝したいと思います。第3集以降、大学生の頃の曲はほとんど見ていなくて、子育てに夢中だった頃の曲で子供と一緒に見た歌の思い出があるくらいですが、新鮮な気持で味わいたいと思います。
 みんなのうたデータベースにはコメントと放送データが掲載されています。 
2006年7月23日

NHK総合テレビ
21:00〜22:15
ワーキングプア:働く貧困層

75分
 映画ではありません。NHKスペシャルとして放送されたドキュメンタリー。衝撃的な内容でしたし、人生の断面を描いたオムニバス形式の映画のようでした。ワーキングプアとは労働しているのに生活保護水準以下の賃金で暮らす人々のことだそうです。
 (1)Aさん:30歳を過ぎると特に技能もない若者には都会で「仕事」が無い。求職しても住所不定では仕事につけない。やっとつけた仕事は単純な労働で月収10万円がそこそこ。(2)Bさん:過疎地では仕立て屋の仕事が成り立たない。アルツハイマー病で老齢の妻の入院費に年金が消えていく一人暮らしの老人。生活保護を受ける一歩手前で介護保険料や税金が支払えない。(3)Cさん:代々続けてきた農業も米の価格崩壊で窮地に追い込まれている。建設業界も仕事が減って秋田県の十人家族の年収が542万円。(4)Dさん:会社が倒産して二人の息子を抱えた父親(大学卒)は三つのアルバイトをかけもちして月収10万円そこそこ。子供たちを大学に進学させてあげたいと思うが現在の仕事では難しい。貯金も取り崩して生活費に当てている。(5)Eさん:小学校時に父親が死亡、母親は月に500円の生活費を子供に渡すだけで、そのうちに出奔、高校卒業後もアルバイトを続ける生活で、30歳から仕事も無くなり、ゴミ箱から雑誌を拾って暮らす生活、一冊50円で8冊、一日400円で暮らす若者。
 誰にも機会は均等に与えられていなければ希望のない社会になってしまうとコメンテーターは言っていました。既に山田昌弘が『希望格差社会』(筑摩書房)で、現代日本の社会は(A)学歴が職業につながらないリスクの増大、(B)職業が永続的なものでないリスクの増大、(C)夫婦関係や家族が破綻するリスクの増大といった状況を背景に、(D)自己責任の強調がされ、成功か失敗かは自分の能力によるという考えが浸透しつつあるが、この状況は、社会に二極化を産むことになり、(E) 「負け組」の絶望感が日本を引き裂くという指摘をしていました。
 公立高校という教育システムの抱える問題、そしてその果たす役割も以前にもまして大きいものがあると考えざるをえませんでした。
 門倉貴史『ワーキングプア』(宝島社新書,2006年11月)では、年収が200万円未満の人をワーキングプアと便宜的に定義していた。いまや労働者の4人に一人がワーキングプアに当たるという。
2006年7月21日

日本テレビ

21:00〜23:25
ハウルの動く城

2004年
スタジオ・ジブリ
 宮崎駿脚色・監督作品のアニメーション。公開当時見ていなかったので期待しましたが・・・正直なところガッカリしました。
 先を読めない展開で、それはそれでいいのですが、荒地の魔女やハウルの目的が明瞭でないまま進行していくので、途中で疲れてしまいました。90歳の老婆にされてしまったソフィーが18歳にもどる機会も理解できませんし、超自然現象が物語の展開とどうつながっているかも見えません。荒地の魔女が要介護の老婆になってしまい、ソフィーと共同生活をするのも解せないし。「動く城」のアクションやダイナミックなイメージはじゅうぶんに想像力を喚起するものでしたが、物語がいろいろな方向へ拡大しすぎているようです。理解できない失敗作という評価に同感です。
 来週は『となりのトトロ』放映だそうです。この作品では子供にしかトトロは見えないことになっています。『ハリー・ポッター』からのファンタジー・ブームで、魔法が誰にでも見えるものになってしまった、つまりスクリーン上ではなにがおきても不思議のない世界が日常化してしまいました。その結果、急速に魔法の魅力は無くなってしまいました。いくら迫力あるアニメ、つまり動画としてたくさんの魔法を見せられても、「ちがう」と思えてなりません。
 見当ちがいの見方をしてしまったような気がして、DVDで見直しました(2012年2月)。合理的に解釈できないということは変わらないのですが、ハウルの動く城の迫力は楽しめましたし、テレビ放映時ではたぶんカットされていたハウルの魔法の教師マリオンの役割があきらかになり、荒地の魔女はマリオンによって本来の年齢に戻されただけだということが理解できました。完全版ではかなり見通しがよくなりました。
2006年7月15日

NHK総合テレビ
21:00
人生はフルコース

2006年
 原作・佐藤優、脚色・瀧本有起、演出・赤羽博。帝国ホテルの総料理長・村上信夫氏の人生を綴る土曜ドラマ全3回の第2回目。フランスに留学を命ぜられ、帰国してバイキングを始める経緯と、NHKの「きょうの料理」を始める経緯が描かれます。
 レシピは個々の料理人が工夫した結果であるから秘匿すべきものと考えられていたこと、したがってレシピをテレビで公開することなど御法度だったことなどが描かれて驚かされました。
 あらためて、料理がひとびとを喜ばせるものであることを確認させられます。
 特に家庭で作ることのできる本格的な味を工夫して紹介する姿勢がテレビの前の視聴者に喜ばれたことが感動的に描かれています。おいしいものを出すという原点は料理に限らず、授業も同じだなという感想を持ち、少し勇気をもらいました。
 料理長を演ずるのは高嶋政伸。その妻に牧瀬里穂。

シェイクスピア作品の映画化やその関連の映画は除く。
それらは別ファイルになっている。→ 『シェイクスピアの劇と映画


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