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日本にも「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」がほしい

2000年2月16日  鈴木康之

 最初にアメリカの書店に行って驚いたのは、「バーンズ・アンド・ノーブル」だった。書棚の間に机と椅子が用意されていて、そこで本が読めるようになっている。立ち(座り?)読み公認なのだ。子供の本のスペースには、遊べるような玩具まである。

 なるほど、これなら、じっくり本を読んで選ぶことができる。立ち読みといったって、そこで本を読み切る人はそうはいないだろうから、客に対して気持ちのいい空間を提供するのは、書店としてはいい選択かもしれない。

 この新しい試みは日本にも伝わって、我が福島県の岩瀬書店も、書店の中にソファを置いて、本をゆっくり読みたい客の便宜をはかっている。
 しかし、そうした試みにも関わらず、特に日本では書店経営は危機に瀕していると言ってもいいだろう。
 インターネットでは、「アマゾン・コム」のようなオンライン書店が大流行だ。日本でも、いくつかのオンライン書店が開店している。
 「イーショッピング」では、注文した本を近所のセブンイレブンで受け取れるサービスもある。
 インターネットのオンライン書店が流行ると、近所の雑誌と文庫本とマンガと新刊本しかないような書店は必要ないという気がしてくる。大都市の大書店だって、そこまでわざわざ行って本を探す手間を考えれば、オンライン書店のほうがずっと効率がよさそうだ。

 電子書籍をインターネットでダウンロードすれば、書店はいらなくなる。紙の本がなくならないとしても、オンデマンド出版といって、欲しい本をその場で一冊だけ印刷して製本するシステムも、実験的だがすでにスタートしている。現在でも、一冊印刷製本するのに五分程度しかかからないというから、これが普及すれば、絶版社品切れで本が手に入らないという不便はなくなることになる。

●毎日でも行きたい本屋

 遠くない将来、書店はなくなるか、残っても、オンデマンド出版の印刷機と製本機を備えた、今とは全く違うものになるかもしれない。
 本を探して買う楽しみもなくなるのかな、それより、雑誌に原稿を書いたり本を出して稼いでいる僕のような仕事はどうなるのだろうと、あれこれ考えていた。
 しかし、この冬、オレゴン州のポートランドに行く機会があり、世界でも最大規模という巨大な書店「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」に行って、その考えを改めた。こんな本屋なら、毎日でも行きたいと思ったのだ。

 「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」はとにかく大きい。この巨大さはどう表現したらいいだろう。「地球の歩き方」には、「街の一画がそっくり本屋さんの敷地となっていて、(中略)一つの本屋であるのだが、ジャンルの違う専門店が数店軒を連ねているように見える」と解説されているが、これも表現しきれているとは言えない。

 正面入り口から入ったところは普通の大型書店と同じだ。いくつもレジカウンターがあり、その近くには、新刊本の棚が並んでいる。しかし、その奥が深い。奥へ進むと、ジャンル別にいくつかの書店が組み合わされたようになっている。

 ただし、それぞれ仕切があるわけではない。買いたい本は、スーパーのかごに入れて、書店内をどこでも移動できる。そのジャンルの本はそこで精算しないといけないということはない。

●書店の概念を変える革新的な発想

 日本でも、八重洲ブックセンター紀伊國屋書店新宿店などは、巨大な書店で、今市場にある本はほとんど手に入ると言っていい。しかし、階ごとにジャンルが分かれてはいるが、階から階への移動が面倒だと思っている人は多いだろう。

 パウエルズは、それぞれのジャンルのブロックが、中二階などを使って、有機的にうまく組み合わされている。となりのジャンルへは、階段を一階分上がるのではなくて、数段から十数段あがるだけで、移動することができる。

 つまり、非常に気軽にあるジャンルのブロックから次のブロックへ移動していけるのだ。本を見ながら歩き回っているのが、こんなに楽しい書店は今までになかった。冒頭に書いたが、バーンズ&ノーブルは、書店内に喫茶コーナーを作ったり、座って読める席を作ったりして、書店のイメージを変えた。でも、それは小手先のことだ。パウエルズは、本を見せるという基本のところで、革新的なことをやりとげたように思える。

 小さくても気持ちのいい書店というのはある。渋谷にあった「童話屋」や原宿の「クレヨンハウス」など、子供の本に特化した書店だが、その中で過ごすのが気持ちのいいスペースだ。

 パウエルズ・ブックスは、そうした快適な書店がそのまま巨大化して、しかも快適さが損なわれていない。こんな書店、日本にもあったらと思うが、どこか実現してくれないだろうか。

 パウエルズが、日本の書店と違うのは、天井と棚が非常に高いことだ。図書館のように、棚はほとんどその高い天井まで届いている。高い棚の本をとるキャスターは各所に用意されているから、困ることはない。

 日本の書店でも、壁際には高い棚があって、キャスターで本を取るようになっているところはあるが、パウエルズでは、全部がその高い棚で、書店員の目が届かないスペースがいくらでもある。おそらく日本の書店は万引きを恐れて、全部を高い棚にはできないのだろう。

●古本と新刊本が一堂に集められている

 パウエルズは万引き対策をどうしてるのか訊ねる機会はなかったが、日本の書店に比べて高い棚で圧倒的な量の書籍を収納しているパウエルズは、僕にとっては居心地の良い空間だった。書店というよりも図書館的な空間が、心を和ませてくれる感じがした。

 しかも、パウエルズがユニークなのは、新刊本も古本も一緒くたに並んでいるところだ。こんな書店は日本では考えられないが、利用者の側からすると、これほど便利なことはない。

 例えば、A.A.ミルンの名作『クマのプーさん』の場合、ハードカバー、ソフトカバーなどいろんな時期に発売されているものが、古本、新刊本含めて、一緒に並べられている。読者にとっては非常に選びやすい環境だ。価格の安いの古本を選ぶ人もいるだろうし、きれいな新刊本がいい人もいるだろう。あるいは、高くても初版本という選択もある。

 日本の書店なら、古本と新刊本が一堂に集められている絶対にありえない。こうした古本と新刊本の呉越同舟は、日本では無理なのだろうか。例えば、新刊書店が古物鑑札を取って、同時に古本屋を開業するのは無理なのだろうか。

 日本でも、BOOK OFFのように従来の古書店とは違う、まだ新刊書店で平積みされているような本や文庫の古本を中心に、安い価格で提供する書店が増えている。一種のブームになっていると言ってもいい。多少汚くても、人の手が触れていても、安いほうがいいという顧客が増えているのだ。

 はからずも、『本の雑誌』1999年11月号22ページの、「書店員匿名座談会〜21世紀の書店は古本屋との複合化だ」という記事で、“新刊書店は、BOOK OFFのフランチャイズもやって、コンビニも一緒にやるような複合化をしないとダメじゃないか”という趣旨の発言が出ていた。

 こんなふうに、日本の書店でも、新刊書店と古本屋の融合を考えている人はいるのだが、記事を読んで推測すると、取次や出版社の手前、新刊本と古本を並べて売ることは難しそうだ。

●公立図書館で不用になった本を売る

 ポートランドでは、、もうひとつユニークな書店に行く機会があった。
 「The Title Wave Used Book」という古本屋だが、ここが面白いのは、書棚が図書館の分類と同じになっているところ。なぜかというと、ここの本はすべて公立図書館で不用になったものなのだ。

 レジや整理をしているのはほとんどお年寄りで、みなボランティアだという。そのため、この書店は4時半には閉まってしまう。「儲かるのか?」ときいてみたら、「とんとんくらいだが、図書館の本が無駄に捨てられるよりはいいから、こうした書店が運営されている」という答えが返ってきた。

 日本の図書館でも、不用になった本を並べて、「自由にお持ち帰りください」としているところがあるが、実際は、廃棄される本のごく一部だろう。今の公立図書館では、ベストセラーは何冊も購入して、利用者の要求に応えている。当然、人気が下火になれば、それらの本は不用となって捨てられることになる。

 日本でも、こうした図書館の古本を専門に扱う古本屋ができれば、本を無駄に捨てることがなくなるはずだ(地方によってはすでに実行しているところがあるかもしれない)。

 「The Title Wave Used Book」で、何冊か本を購入した。確かに何十人もの人の手を経て汚れてはいるが、新刊書店や普通の古書店では見つからないような珍しい本もあった。
 例えば、アーシュラ・K・ル=グィンの『Searoad』。これは、『闇の左手』『ゲド戦記』などのSF作家として知られるル=グィンが書いた普通の小説。舞台が、ポートランドのあるオレゴン州のある漁村、しかも、ル=グィンが今ポートランドに住んでいるということで、図書館からThe Title Wave Used Bookに収まったのだろう。
 ハードカバーで20ドルの本、新刊書店では見かけたことのない本を、わずか1ドル50セントで手に入れることができたのは幸運だった。

●インターネット時代における書店の楽しさ

 『本の雑誌』2000年3月号60ページの記事では、1999年のフランクフルト・ブックフェアにおける出版の未来に関するシンポジウムで、2020年までには紙の本はなくなるという発言があったと紹介されている。筆者の下野誠一郎氏は、CDがパッケージよる販売からインターネットでの配信に急速に置き換わっていることをあげ、これが書籍にも及ぶとしている。

 下野氏が指摘するのは、その場で自分の好きな本を一冊だけでも印刷できるオンデマンド出版の可能性で、(すべてディスプレイで読むような)完全なデジタル化ではない。

 これは僕も同じ意見だ。紙の書籍の一覧性、携帯性はまだまだデジタルメディアに劣ることはないから、紙の本が完全になくなってしまうことはないだろう。
 しかし、今の紙の書籍の販売方法には問題点も多い。書店の店頭にない本は、注文してから手に入れるのに二週間から三週間かかると言われる。今では、インターネットで注文して取り寄せたほうが書店よりずっと早く手に入る。それなら、本を並べて販売する書店の存在価値はなくなってしまうのだろうか。

 棚に並んだ本を一覧して手にとって見られる書店の楽しさは、今でも失われていないと思う。「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」に行って、僕はそれを強く感じた。ここなら、一日いても飽きないだろうし、週に一日は遊びに来たい。

 今の書店経営に絶望せず、そんな素敵な書店を日本にもいくつも作ってほしい。日本の書店関係者は、パウエルズのことを知っているのだろうか。

 (筆者追記)
 パウエルズのインターネット・サイト(http://www.powells.com/)ではオンラインの通販も行なっている。もちろん日本からも購入できる。新刊本と古本が一緒に検索できるので、「パウエルズ・シティ・オブ・ブックス」と同様に便利だ。50ドル以上まとめて買うと、海外でも送料が無料になる。

●関連ページ

パウエルズ・シティ・オブ・ブックス

The Title Wave Used Book

MSNジャーナルに掲載)

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