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映画『メッセンジャー』は1999年の東京の風景を見事に切り取った

1999年12月3日  鈴木康之


 昨年3月東京都世田谷区から福島県福島市へ引っ越してきて、生活の中身がかなり変わった。いくつか大きな変化があるが、そのうちのひとつが、映画館に行って映画をよく見るようになったことだ。

 東京に住んでいた頃も、学生時代、独身時代には、新宿や渋谷に出かけて映画をよく見た。土曜日の夜など、徹夜で二、三本の映画をはしごしたものだ。あの頃は、日本映画に肩入れしていたから、ほとんどの日本映画を封切りで見ていたと思う。

 日活ロマンポルノから育った監督がディレクターズ・カンパニーという新しい組織を作ったり、日本映画界も新しい感覚の映画をつくっていたATG(アート・シアター・ギルド)以降、新たな活気が生まれていた時代だ。藤田敏八、長谷川和彦、相米慎二、今でも活躍している監督は多いが、あの頃はエネルギーをもてあましているような活気にあふれた時代だった。

 しかし、日本映画の熱気が少しずつ冷め、僕自身も11年前の結婚を境として、映画館へ出かけて映画を観る機会は少なくなった。二人のスケジュールを合わせるのは難しいし、独身時代のような感覚で、思いついたときに見に行っては、あとで妻からひんしゅくをかってしまう。

 その代償行為として、ビデオはよく見た。夫婦二人でビデオを見るのは、お金のかからない娯楽だ。一人で借りてきて観るビデオは何となくもの寂しさがつきまとうけど、二人以上ならそんなことはない。本数だけでいえば、独身時代かそれ以上の映画を観ていたはずだ。

●地方へ引っ越して、自然と映画館に足を運ぶ機会が増えた

 それが、東京から地方都市へ引っ越してきて映画の見方が変わった。近くにレンタルビデオショップはあるが、まだ借りたことはほとんどない。見逃したTVの連続ドラマのビデオくらいだ(『神様、もう少しだけ』。妻は、金城武のファンである)。

 そのかわりに映画館に行く。一番の理由は、映画館へのアクセスが飛躍的に良くなったことだ。東京に住んでいたときは、新宿にあるロードショー館まで、電車でもクルマでも一時間はかかった。ちょっと銀座まで足を延ばしてついでにショッピングや食事でもしてこようとすれば、一日仕事だ。

 それが今は、クルマなら20分で映画館に着く。東京に付き物の高い駐車料金もない。映画を見れば駐車料金は無料だ。それに、映画館が混んでいないのもありがたい。映画館側にとっては痛し痒しだろうが、今はシネマコンプレックス方式で、ひとつの映画館が複数のスクリーンを持って、いくつもの映画を同時にに上映するから、多少不入りの映画があってもかまわないのかもしれない。

 『ブルースブラザース2000』とか、客が僕一人でほんとに上映していいのかなという映画もあった(開映直前に二人入ってきて、ほっとした)。僕が高校大学生の頃には考えられなかった映画館のシステムだが、このほうが人件費や設備費の面ではずっと効率がいいことは誰でもわかる。

 しかし、シネマコンプレックスで観られるのは、ハリウッドの新作や日本映画が中心。東京で一館公開しているような、インディーズ系やヨーロッパ・アジアの映画は観ることができない。

 ただし、福島市には、大手系列のシネマコンプレックス以外に、「福島フォーラム」という昔ながらの名画館の香りを残した映画館がある。そこも6つのスクリーンを持っていて、昔懐かしい名画や、インディーズ系の新作や、ヨーロッパ、アジアなど、ハリウッド映画大資本系以外の映画も観ることができる。

 つまり、映画に関して福島市はかなり充実した状況にある。というわけで、福島に来て以来、自然と映画館に足を運ぶ機会が増えた。

●映画館は若者たちで満席状態

 ビデオで見て映画を批評してはいけないとはよく言われるが、久しぶりに映画館に行くようになって、それを実感している。やはり、スクリーンで観る映画は違う。それを一番印象づけられたのが『メッセンジャー』だった。

 『メッセンジャー』については、このMSNジャーナルでも、茂木宏子さんが「『メッセンジャー』公開:
馬場康夫監督が語るスポーツと映画」で取り上げている。『メッセンジャー』はホイチョイ・プロダクションの馬場康夫監督が、87年に原田知世主演で撮った『私をスキーに連れてって』、89年の同じく原田知世主演の『彼女が水着にきがえたら』91年の中山美穂主演の『波の数だけ抱きしめて』に続いて、8年ぶりに撮った作品。

 これまでの三作品はコンスタントに2年おきに撮っているが、『メッセンジャー』は8年ぶりの作品だ。どの映画も、スキー、スキューバダイビング、ミニFM局と若者受けのするスポーツや流行ものを先取りしている。そして、今回の『メッセンジャー』は、自転車便がテーマ。日本では、企業が急ぎの書類を届けるのにバイク便を使うが、ニューヨークなどでは、自転車便が主流だという。排気ガスも出さず、身体も鍛えられる健康的な仕事。映画では、それに飯島直子と草なぎ剛のほのかな恋愛を絡めて、軽いタッチの青春映画になっている。

 人気アイドルの出演する映画の常で、『メッセンジャー』も、TVのバラエティー番組やワイドショーで、制作発表が行なわれたりした。実は、そのときには、それほど見たいとは思わなかった。今回、ロードショー公開に足を運んだのも、うちの奥さんが『メッセンジャー』に行こうと言い出したからだ。彼女がなぜ、そう言ったか詳しい理由は確認していない。SMAPの大ファンだから、草なぎ君の演技が見たかったからかもしれないし、誰かに、『メッセンジャー』ってけっこういいよと聞いていたのかもしれない。

 そんな希薄な理由で出かけた『メッセンジャー』だったが、驚いたのは、ほぼ満席状態だったことだ。しかも、公開後すぐではなく、2週間ほどたってからである。観客は若い人が多かったが、みんな飯島直子ファンとか、草なぎ剛ファンとか、99の矢部浩之ファンとかなんだろうか、それとも、口コミで『メッセンジャー』ってけっこういいよ、と聞きつけてきたのだろうか。

●自転車であるがゆえの映像の面白さ

 疑問はさておき、『メッセンジャー』は、テンポもよく、台詞もちょっとしたくすぐりが効いていて、なかなかおもしろい映画だった。何にもまして、自転車という素材を選んだのが成功している。映画は脚本や俳優の演技で見せるだけでなく、映像そのもので、観客を釘づけにするものでなくてはならない。

 そのために、どの監督も、撮影する場所のロケハンに心を配り、例えば、坂の多い場所を使って、左右だけでなく、上下の動きを使って画面に変化を与えたり、カメラの位置を、地面にもぐるほど下にしたり、クレーンを使って、カメラの視点を自在に動かしたりする。野外のシーンで必ずと言っていいほど、後ろを電車が通過するのも、画面に動きがほしいからだ。

 しかし、『メッセンジャー』は、自転車であるがゆえに、映像の面白さをいとも簡単に獲得していた。自転車は、メッセージを届けるために、東京都内を走り回る。カメラもそれについて走り回るから、自然と都内の景色が見事に切り取られる。

 東京を舞台にした映画は多いが、普通は歩いている人の視線だから、そのカバーする範囲は限られるし、風景を切り取る動きにもスピード感はない。カーアクションなら、都内は規制が多いから、撮影が行なわれるのは、人の少ない港湾の埠頭とか、山奥の工事現場などだ。見慣れた都内の風景でカーチェイスなど、東京ではありえない。

 それが、自転車なら、都内を自在に回ることができる。実際に、『メッセンジャー』の中でも、原宿、浜松町、品川、渋谷、新宿、青山など、おなじみの場所がたくさん出てきた。僕は、出版社で編集の仕事をしていた頃、原稿の受け取りや印刷所への届け物などで、都内をクルマで走り回っていたから、見覚えのある懐かしい風景がそれこそ山のように出てきた。

 自転車のスピードで風景が流れるのを見るのは、かなり気持ちがいい。クルマや電車ではこうはいかない。こういう映画は、やっぱり映画館の大スクリーンで見ないと良さはわからないなと思った。『メッセンジャー』の公開はすでに終わっているが、ビデオが発売されたら、その一端でも感じとってほしい。もし映画館で再上映の機会があったら、見逃さないようにしてほしい。

●シネマコンプレックスで日本映画の復活も

 ホイチョイ・プロダクションと馬場康夫監督は、思わぬ金鉱を掘り当てたと、僕はいま真剣に思っている。『メッセンジャー』の設定を、横浜、名古屋、大阪、福岡、札幌と移していけば、いくらでも続編を作っていくことができる。大都市じゃなくてもいい。地方の田舎町だって、設定次第では取り込めるはずだ(休暇をとって自転車で田舎へ行ったら、事件に巻き込まれたとかね)。第2作は、日本国内なんて小さいことは言わずに、本場ニューヨークで地元のメッセンジャーと対決なんていいかもしれない。

 映画はひとつひとつの作品の善し悪しももちろん重要だけれど、シリーズもので力を持つという面も持っている。『男はつらいよ』はいくらマンネリと言われようと、個々の作品の良さ以上に、48作全部そろった圧倒的な量の力を持っていると思う。継続は力なり、である。『男はつらいよ』が終わって、今は、『釣りバカ日誌』くらいしかシリーズものの秀作は思い浮かばないが、『メッセンジャー』は、次の『男はつらいよ』となりうつ可能性を50%くらい持っている。

 ホイチョイ・プロダクションズと馬場康夫監督の姿勢として、次々と新しいものを手がけていくというのがあるから、続編についてはあまり考えていないだろうけど、別のスタッフ・キャストチームでもいいから(脚本にはタッチしてほしいが)、ぜひ、続編を実現してほしいものだ。

 地方都市での映画館の業績悪化から、映画館の閉鎖が相次ぎ、レンタルビデオの普及で、スクリーンで見る映画は終焉を迎えるかと思ったが、シネマコンプレックスの導入で、息を吹き返しつつあるようにも思える。ここで、若い人にもうける面白いシリーズものの映画が登場すれば、日本映画は八分通り復活するんじゃないだろうか。

●関連ページ

映画『メッセンジャー』ホームページ

『メッセンジャー』公開:馬場康夫監督が語るスポーツと映画
(MSNジャーナル 1999年8月27日 茂木宏子)

映画『メッセンジャー』が公開となった。『私をスキーに連れてって』以来、スキー、スキューバ、そして今回は自転車(MTB)とスポーツを題材にした作品でヒットを生み出すホイチョイ・プロダクションズ。ホイチョイ代表でもある馬場康夫監督は、自らもスポーツ・エンターテイメントの大ファンである。監督にスポーツの魅力と映画との関わりを聞いてみた。

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