「熟年留学」のすすめ III

アメリカの大学:サバイバルマニュアル@

古野 操

塾年者としての視点

アメリカの大学の学部教育に関して、若い留学生の立場からの報告記はいろいろとあるが、塾年者の留学記録は殆どない。短期的なものはあるが、4年間のフル授業というのは読んだことがない。日本の大学で取得した単位を認定してもらい、短期間でアメリカンディグリーをとる人はいるが、50歳を超えて、しかも全過程を修了した人は殆どいないだろう。

あなたは貴重な存在であると周りからも言われて、なるほど年なりのやり方で、若者が苦労しているところを乗り越えてきた経験や、GPA3.60で卒業できた実績を証拠にして、アメリカの大学学部(アンダーグラデュエイト)の説得力あるサバイバルマニュアルを書くことも出来るかなと思い、とりかかることにする。

留学中は日本の学生に限らず、諸外国の若者から勉強に関する相談を常時うけていたのだから、上手く行くだろう。これから留学する、あるいは留学中の若者のためになるようにと努めてみよう。

私は州立大学(Southern Connecticut State University)で学んだので、全米の平均的な大学像をお伝えすることが出来ると思う。アメリカの私立大学では、各校独自のカリキュラムを組んでいるので、その体験が特殊なケースになりがちだが、州立大学はおおむね同じようなカリキュラムを組んでいる。州立大学間の移籍が比較的しやすいのもそれが理由と聞いた。


ポイント1:新入生歓迎会には出席する方が良い。

新入生歓迎会が9月の新学期前に行われた。2日間の泊り込みのイベントだった。私の場合は、自宅から通えるし、年齢差、費用を考慮に入れて、寄宿舎への宿泊は遠慮した。目的は大学フレッシュマンとしての心得、注意事項、勉強方法のアドバイスなど、大変具体的で新しい生活のイメージが自分なりに築けるようにと配慮されていた。新しい大学生のためのオリエンテーションである。

この催しへの参加は大変有益である。アメリカの若者たちもナーバスになっていることが分かり、何とかやっていけそうな自信がつくだろう。フルタイムの高校卒業したてのほやほやの若者たちが主で、塾年者はいなかったが、外国人で高年齢者ということで関心の的になった。


ポイント2:入学直前の夏期講習で英語準備クラスをとるとよい。

英語に自信を持つことも合わせて重要である。そのために、入学前に現地入りして、入学予定校かその近辺地区の大学で行われる夏期講習で英語の準備クラスをとるとよい。単位としてトランスファー出来るのでお勧めである。各大学ともそのようなクラスを通常の学期のなかに用意しているので、サマーでとれない人は後でもよい。何れにしろ英語のプレイスメントテストの結果次第だが、英語に自信を早く持つためには、英語準備クラスをとることがよい。

私はエール大学のコースをとり、諸外国からの若者に混じって自分の英語能力のレベル判断、弱点の発見など大学入学前の総点検になった。入学予定校とは違う大学の場合は、単位のトランスファーが出来るかどうかは、入学校へも確かめること。



大学教育システム

州立大学といえども、各校とも独自のシステムを持っている。私立大学ならなおさらだ。その情報は必ず、入試案内、コースカタログなどに記載されている。よく読めばよいのだが、辞書にもない言葉が多いので、内容が分からないことが多い。そこでポイントをいくつか指摘してみよう。


ポイント3:Add/Dropシステムについて知ること。

Add/Dropシステムがどこの大学でもある。このシステムはクラス登録の変更を一定期間ならば許すというもの。私の学校では学期開始より1週間後までだった。このシステムをフルに使うことがサバイバルの要領の一つ。初日のクラスで自分と教師の相性を見ることがそのポイント。同時に、原則として初日に配布されるシラバス(講義内容の説明と計画)を丹念に読むこと。

フレッシュマンのときは特にペーパーの有無、試験のやり方、回数、リーディングアサイメントの様子(読書量)などに注意すべきである。

最初の学期はこのやり方が分からずに、利用しなかったが、アメリカ人の学生から教わって、次のセメスターから卒業まで、大いに使わせてもらった。シラバスを解読することが何といっても肝要。


ポイント4: 聴講への登録切替えも大切なテクニック。

聴講への登録切替えは、これもサバイバルの要領の一つである。教師との相性がどうしても悪い、予想外の難しさだったというとき、この方法をつかうことである。私の学校では、最終日は学期開始後3週間目であった。

聴講は楽しい。もともと興味のあるクラスなのだから、英語のヒアリングのつもりで聞いていればよい。次のセメスターで取直してもよいわけだ。試験もスキップできるし、熱心にクラス参加していれば、得る所は大変多い。関連科目を次セメスターにとる時も有効である。必修の英文学、コンピュータ、情報学などのクラスでこの方法を使ったし、スペイン語のクラスでも、やってみた。


ポイント5: Course Withdrawalの期限を間違えないように。

Mid Termが終わって、その結果を見た上で、そのコースを続けるかどうかをきめる。最終グレードを良くするには、この段階での判断が重要になる。B以上の成績をとりたい学生は真剣な先読みをする。

他に、Make-up(追試験)は教授の方針次第。普通はシラバスに記載してあるか、試験前にも通告されるはず。

Incomplete Course(最終ペーパーの期限延期)、Pass-Fail Option(最終グレードが不成績の場合、積算成績表に加算しない。オプションのことを教師にも伝えない)といったことも知らないと損をする。特殊な事例なので、学生ハンドブック、カタログなどを読んで、教授のあるいは自校のやり方を知っておくことが何かの役に立つかもしれない。


ポイント6:プレイスメントテストは早く受けるべし。

どこの大学でも、入学後、英語、外国語(英語以外の言語)、数学のプレイスメントテストがある。いずれもどのレベルのクラスから始めるかのテストだからなるべく早く受けた方がよい。クラス選択の方針がたてられないとこまる。11月から始まる来学期のクラス登録に間に合うようにである。結果次第では、早めに対策に入った方が良いことがある。代数の因数分解を忘れていただけで、準備クラスの初等代数をとらなくてはならなくなり、クラスが始まって、退屈でたまらないとこぼす友人がいた。



英語は準備クラスをとらなくて済んだ。このクラスに入った友人の話では、アメリカ人のなかでのクラスなので、クラス参加評価の点で、外国人はやはり見劣りがして不利だったそうだ。事実、学校当局は後に外国人のためのクラスを別途につくることになった。この外国人のための前準備クラスは単位なしのことが多いから、やはり入学前にこのレベルの準備クラスは済ませておいた方が良いだろう。どこの大学でも、英語はIとIIのクラスがあり、英語Iをウエイブできるのは外国人では殆どいないようだ。

日本人は殆どの大学で外国語がウエイブ(履修しないでよい)できるが、私はフランス語で挑戦してみた。20代の若いころやった語学だが、その当時かなり十分にやったせいか、ウエイブすることができた。ちがう言い方をすれば、フランス語のクラスをとれば良い成績がとれることを意味していた。


フランス語のクラス

数学についても同じ事が言える。忘れていた代数の復習、数学のセンスを取り戻すために、認定されたレベルの一つ下のクラスから始めるとよい。良い成績をとって、自信をつけられるし、英語の勉強にもなる。


ポイント7:教科書、参考書の入手を急ぐべし。

クラスが決まったら、教科書は出来る限り早く入手して読みはじめるなり、関連の日本語図書の手当てをした方が良い。日本語に限らず、市販している英語のスタディガイドとか、少年少女向けの図書を借りるとか予習を始めた方が良い。ただし、あまり細かくやっては駄目、事前勉強としては、おおまかにその科目のアウトラインが分かればよい。授業初日のシラバスを読む時に役に立つ。


ポイント8:速やかに、アドバイザーを訪ねること。

アカデミックアドバイザーは、原則として、専攻学部の教授が割当てられ、各学期のクラス登録の際には必ずその署名を求められる。その外、専門科目の単位履修計画、卒業のための必要単位の修得計画など、学生個人の成績管理をしている。さらに、聴講科目数の増加、専攻の変更など学生のための幅広いサポートをしてくれる。

日本人は外国人学生なのだから、一般のアカデミックアドバイザーのほかに、国際学生アドバイザーにいろいろと面倒を見てもらえる。パスポート、ビザなどのアメリカ移民局に関することは、このアドバイザーがすべて統括している。日本への一時帰国後あるいは外国旅行後の、再入国のためのサインはこのアドバイザーに頼むことになる。F-Iビザのもとでの就労許可も同様である。

従って、学期が始まったら、速やかにこれらのアドバイザーを訪ねることを薦める。カウンセラーはこれとは別で、学生の成績の悩みとか、交友関係の問題だとか、アドバイザーとは異なる役割を持っている。


ポイント9:キャンパスライティングセンターを大いに利用せよ。

キャンパスライティングセンターは学生のライティングの様々な問題についてサポートしてくれる。学生とともに課題を解決してくれるチュータは外国人学生にとっては救いの神である。私も2年生まで助けてもらったが、アメリカ人学生もおおいに利用していた。

そのほか、学校のクラブが用意した無料のチュータリングサービスがある。例えば、フレンチクラブでは、フランス語の家庭教師的なサポートを提供していた。

日本人学生にとって、やはりライティングが問題であるから、このようなサービスは遠慮せずに受けた方が良い。何度も受けるうちにチュータとも親しくなり、ずばりの表現をさがしてくれるし、会話の中でライターの考えもよりまとまって来る。


ポイント10: チュートリアルシステムでは予習型の勉強をするとよい。

教室ではチュートリアルシステムと呼ばれる学生主導型学習システムがある。従来の講義型の授業ではなく、課題が教師より提供されて、それについて小グループに分かれてのディスカッションを中心に、授業が進められてゆくものである。

このやり方はいまのアメリカの大学教育では主流となっているので、早く慣れねばならない。英語のコンポシション、哲学、美術、コミュニケーションなど、私がとったクラスの半数以上でこのやり方を使っていた。

幸いなことに、エール大学での英語準備クラスのやり方はこの方法だったので、入学後は戸惑うことがなかった。まだまだ昔からの講義形式の教授もいるが、若い教師は何らかの形でこのやり方を取り入れているので、クラス参加評価の点からも、はやく馴染んでおくとよい。

コツの一つに、最初のうちは相性のよさそうな学生とグループを組むことである。同時に、このスタイルのクラスでは、予習型の勉強にしておかないと外国人学生には発言する機会が殆どなくなる。


ポイント11: マルチメディアを使った勉強が良い。

自然科学系の必修科目として「気象・天文学」をとった時は、少年少女向けの図書にすっかりお世話になった。なにしろ絵が多いので、説明が分かり易い。専門用語の解説も苦にならない。今では、コンピュータによるマルチメディアの教材を使うとよい。子ども向きのCD-ROMなど量質ともに豊富にある。 内容は大学の入門クラスの授業には十分である。

図書は購入するのではなく、地域の図書館で読めばよい。図書館のインターネットも大いに利用するとよい。子ども向きの良いプログラムが豊富にある。勿論、学校のコンピュータルームも利用すべきである。日本語が使えるコンピュータを持っているのなら、インターネットで日本のサイトにつなぐこともよい。

マルチメディアを大いに利用して楽すべし。文字を主体とした分厚いテキストブックを読むよりはるかに勉強が面白くなるし、短時間で予習が出来る。


ポイント12:日本人にとって、「アメリカ史」と「公衆衛生」は基礎の基礎科目。

私が最初の学期にとったクラスはアメリカ史、東アジア史、公衆衛生、地理、化学の5科目だったが、「アメリカ史」と「公衆衛生」は、フレッシュマンのセメスターにとることを薦める。なぜなら、アメリカ史のなかの出来事は、アメリカ人の常識としてクラスではいちいち教師も話さないから、この常識がないと何かと他の授業に差し支える。日本の高校・大学でアメリカ史を学んだことのない人は、特に注意した方が良い。

「公衆衛生」は文字どうりアメリカでの生活に大切な知識の獲得に役立つ。もし病気になっても大事に至る前に判断できるようになる。エイズのことひとつとっても、いたずらに不安がることが無くなる。健康管理上、必ず早めにとってほしい。




ポイント13: コンピュータの入門クラスを早くとること。

ペーパー提出の前にはスペルチェックは必ず行うこと。そのためにコンピュータが使えなくてはならない。そして、そのためにはコンピュータサイエンスの入門クラスを、フレッシュマンの最初の学期にとることがよい。渡米前に手ほどきを受けておくのが正解だが、どんなに遅くとも、フレッシュマンのうちにとるべきだ。言い換えれば、英語のコンポジションをとる前に済ませるとよい。

スペルチェックだけではなく、編集作業が日本人の作文には多発する。発想法の違いが文章構造、構成の差異にあらわれてしまう。ライティングセンターではよく文章構成を直されたものだった。因果関係の捉え方の違いがよくある。その時、コンピュータでなければ時間ばかり掛かる。

グラマーチェック、文字カウント、センテンス評価など有効なソフトがそろっているので、使わないと大損する。

数学にも有効である。表計算ソフトは学習ツールのひとつになっている。

インターネットによる情報収集は決め手のひとつ。日本にいる間に、体験しておくとよい。


試験が終わった後のおしゃべり


つづく