キラキラ








突然、詰め所内の空気が変わった。頬を染めた滝川と高鳴る胸を押さえる萌。
中々次の言葉が出てこないまま二人の間に沈黙が流れる。
「俺…さ…あの…。」
言葉を詰まらせる滝川に、ただひたすら萌は彼の言葉を待つだけだ。
もしこの空間にぴったりの背景を描くなら…薄紅色の花々が光を湛えて
いる…そんな情景になったに違いない。少女漫画にはよくある場面だが…。
それはさておき…妙な緊張感が漂うにこの空間に騒がしい乱入者が現れた。

「萌りーん居るー!?マッキーがさぁ、また金だらいで怪我しちゃってー!」
詰め所に現れたのは新井木と彼女に連れてこられた田辺だ。眼鏡の
レンズがひび割れている田辺だが、新井木に比べればその場の雰囲気を読む
事が出来る。滝川と萌の間に流れていた雰囲気に気付き、いつもの如く
慌てながら何度も頭を下げた。
「マッキー、何やってんの?それより萌りん早く、手当てしてあげてよ。
ああもう馬鹿ゴーグル、あんた邪魔!どっか行ってよ!」
「じゃ、邪魔ってお前なー!」
「ああ、すみません、すみません!私、いいですから…。勇美ちゃん行きましょう。
全然平気ですし…ね?すみません、し、失礼します!」
一触即発状態を回避すべく新井木の袖をひっぱりながら詰め所の外へと出ていく。
滝川の方もせっかくの言葉を飲み込んでしまい、きまりが悪そうだ。
それでも気を取り直し再び萌の方へ向き直ると心の中にしまってある言葉を
紡ぐべく口を開く。
「だから…俺、…。」
突如詰め所の外で大きな音が聞こえた。先程の新井木の乱入で少しは学習したのか
滝川が苛立ったように大きくため息をつくと詰め所を入口へと足を進めた。
そして滝川が見たのは…。

「…若宮さん、何やってんスか。」
そこに居たのは大きな荷物を抱えたまま詰め所の窓の下でひっくり返った
若宮だった。髪の毛をかき回しながら再び大きなため息をつく。若宮は
そんな様子に気付く事もなくいつものように豪快に笑うと起き上がった。
「いや、ちょっと転んでな…ハハハ。」
「普通そんなコケ方しないと思うんスけど?」
機嫌悪そうに、また疑わしそうに若宮を見上げる滝川。いつもと少し態度の違う
滝川に気付く事なく、荷物を抱え直した。
「ん?そうか?…さて、素子さんに早く持っていかねば。」
「そーして下さいよ。…はぁ。」
「ため息などお前らしくないぞ。ハハハ。」
妙に機嫌のいい若宮はスキップするようにハンガーへと向う。それを見送ると
萌を振り返って苦笑いをみせた。
「話、中々進まねーな…。今度こそちゃんと話すから、聞いてくれよ?」
滝川の言葉に萌が頷くと再び緊張した雰囲気が流れる。ごくっと息を飲むと滝川の
表情もまた真剣なものへと変わっていった。そして言葉を紡ごうとした瞬間。
妙な視線を感じる。それも複数だ。いい加減、堪忍袋の緒が切れかけた滝川が
大股で部屋の入口へ向う。萌も彼の後ろについていくと…。

二人の視界に映ったのは詰め所の窓の下から逃げようとしている小隊員の姿だった。
原、新井木、加藤を中心に若宮や彼女達を咎めようとしている森、田辺、ヨーコの
姿もそこにある。二人に見つかった事に気付くと愛想笑いをしながら立ち上がる。
膝についた砂ぼこりを払いながら、『だから言ったんですよ』という呆れた様子の
森たちの視線にも耐えていた。
「原さんまで…何の用っすか?」
原相手の所為か、辛うじて怒りを押さえた滝川が口をへの字口にする。腕を組み
新井木、加藤を睨みながらだ。
「もう、そんなに怒らないでよ。ちょっとね、色々と思うことがあってね。」
滝川の機嫌の悪さに驚きながらも曖昧に笑う原。加藤と新井木は滝川の視線に
堪え兼ねて、原の後ろから何やら文句を言っている。
「あーもーっ!」
髪の毛をがしがしとかき回すと一層滝川の表情が変わっていく。
「何やの、ウチらに八つ当たりせんといてや。」
「そうだよ。自分が不甲斐ないだけじゃない。全然ボクたちの所為じゃないしー。」
「うるせー!!いいから、どっか行けよ!」
口をとがらせる新井木や加藤に癇癪気味に声をあげる滝川。流石の原もこの場を
どうしようか思案顔だ。


「まったく…何をしておるかと思えば…。」
「野暮だねぇ…。」
詰め所前にたむろする集団の中へ舞と瀬戸口の呆れたような声が届いた。毛が
逆立ったような滝川の様子に瀬戸口と速水が苦笑し、茜も小さくため息をついた。
速水たちが現れたことでいくらか気が紛れたのか、それとも生来の忘れっぽさの
所為かどうかは定かではないが、ともかく滝川の激昂も収まり始める。

舞は一緒に居るののみとともに集団の真ん中の滝川の隣に来ると手に
何かを握らせた。
「…?…芝村、これ何だ?」
「あのね、『てれぽーとぱす』っていうのよ。きのう、まいちゃんがつくった
しさくひんの…えーっと、えーっと…。」
「思い描いた所へ移動する。テストは済んでいるから失敗はない。」
腕を組み自信あり気に応える舞に滝川は首を捻っている。
「滝川にそんな事言っても、『ネットワークセル』も持ってない奴だ。実行
出来ないさ。いいか今から少し説明してやるからきちんと聞くんだ、いいな。」
「…な、何?」
舞からから渡されたものを握りしめながら二人を交互に見る。ののみは滝川の
後ろにいる萌に向ってにこりと笑って見せていた。
「もえちゃん、がんばってね。」
「…東原…さん?」
速水が滝川の前で拳を作ってみると大きく頷いた。
「滝川、頑張ってね!」
「お…おう。」
速水の勢いに押されたように何度も瞬きをしながら滝川が頷いた。そんな様子に
少し眉を寄せるともう一度速水が笑ってみせた。
「もう、気合いが足りないなぁ。ほら、早く『テレポートパス』使っちゃいなよ。
それで頑張るんだよ?後のことは僕たちに任せてくれればいいから。」
「ああ、任せてくれ。」
茜もまた速水の隣で微笑む。瀬戸口はいつものように笑いながら頷くだけだ。
「行くといい。」
「ようちゃん、もえちゃん、あとはまかせてなのよ。」
それぞれの言葉に頷くと茜と舞から簡単にプログラム起動の説明を受けた。
そして萌の手をとるとプログラムを起動し、二人の姿が詰め所前から消える。


残された新井木・加藤たちが残念そうな声を上げた。速水と舞が彼女達を
振り返ると舞は高圧的に、速水はこれ以上ないくらいの笑顔を向ける。
「わかっておるだろうが、釘をさしておくぞ。私には『テレパスセル』がある。
そなた達があの者達を追いかければすぐに分かるという事覚えておくが良い。」
「今の会話、ちゃんと聞いてたよね?僕は滝川の味方だから。…邪魔したら
どうなるか…想像すれば容易だと思うんだけど。」
二人の背後から異様なオーラが立ち上がる。そしてののみ、茜がその二人の
隣に立った。
「じゃましたら、めーなの!これはふたりのもんだいなのよ。」
「芝村だけじゃないぞ。僕も『テレパスセル』を持っているから監視の目は
二倍だ。…当然いつでも起動可能だという事、覚えておいてくれ。速水同様、
僕も滝川の味方だ。」

そして4人の後ろに立っていた瀬戸口が頷きながら笑う。
「…だそうだ。余計なことはしない方が身の為だと思うけどな。」
「フン。我らは友のためならば手段を選ばぬ。」
瀬戸口の発言の後の舞の言葉に新井木・加藤の表情が変わっていく。二人を見ていた
速水がふと集団からそれた。そしてまたあの完璧な笑顔を見せると声をあげる。
「ああ、そうそう。例えそれが上官だろうが、関係ありませんからー。」
速水の声に小隊長室から出てきた善行が肩を揺らした。後ろ手に何かを隠すと
首を左右に振る。
「いやだなー。僕、怒っちゃいますよ?とりあえず、明日までそれは
預かっておきますから。」
善行の方に走り寄ると、後ろ手に隠されていたデジタルカメラを手にする。そして
またにっこり笑うとこの場の皆に聞こえるように声を張り上げた。
「それじゃ、仕事頑張ろうね!」
速水のこの声に頷く茜、ののみ、舞。いつもように仕方ないと言った様子で
瀬戸口も頷いた。そして…速水の笑顔の奥に潜むものに堪え兼ねて
新井木たちも頷き返す…。




「すっげー…マジで瞬間移動だぜ!?すげーな、芝村の奴。」
熊本城の天守閣から街を見下ろしながら滝川がはしゃぐ。萌はまだ繋がれたままの
手を見つめている。何も言わない萌に滝川が振り返ると慌てて手を放した。
「悪ぃ…。で、でも凄いよな。こんな風に一瞬で移動出来ちまうなんてさ!」
未だ興奮が冷めやらぬ滝川に萌は頬を赤らめたまま頷き返す。そして散々街を
見下ろして呟いた後、萌を振り返った。
「俺、喋ってばっかでうるさいか?…ひょっとして。」
髪の毛をかき混ぜながら照れたように下を向く。萌もまた下を向いたまま、首を
左右に振る。髪の毛が揺れ、下を向いていた滝川にも意志は伝わったらしい。
ほっとしたように安堵の息をつくと笑った。
「何か凄い事になったな。ちょっとお前に話を聞いてもらうだけのつもり
だったんだけどさ。」
風が二人の間を通り過ぎていく。互いに頬を赤らめると空を見上げた。何処までも
広がる青空と白い雲。街の喧騒が届かないここにはただ二人だけが居る。

「静かすぎて緊張してきた…あー、えっと…。」
空から視線を落とした滝川が頬を染めたまま、言葉を濁らせた。そして何を
思ったのか自分の頬を両手でうつ。気持ちの良い音が響き、萌が驚いたように
瞳を瞬かせた。
「うじうじしてて自分でも嫌になるな。でもさ、これを言ったらお前との関係が
変わっちまいそうで…。怖いよ、正直。だけど…このままじゃ嫌なんだ、俺。」
萌を見る滝川の表情が変わる。いつものような笑顔でもなく、先程新井木達に見せた
怒った顔でもない。頬を染めたまま見せた笑顔はいつもと違うように思えた。
「俺、石津の事好きなんだ。」
滝川の言葉に萌は再び瞳を瞬かせる。まるでその言葉が信じられないと
言わんばかりに。
「…俺、お前に好かれてるなんて思ってない。だけど、言っておきたかったんだ。
ずっとお前の事見てた。お前の声が聞いてみたくって毎日詰め所に通ったり、
制服を汚したりしたよ。若宮さんと話す時だってわざと席に着いたまま、
後ろ向いてた。…全部、お前が居たから。お前が俺の後ろの席だったからなんだ。
帰りのHRでお前に言った事、嘘じゃない。お前さえ良いって言ってくれたら、
俺はお前の側に居るよ。…いや、隣に居させてくれよ。俺…お前の笑った所
見たいんだ。」
「…。」
「えっと…やっぱ駄目か?」
何も言わない萌に心配そうに滝川が声をかける。すると慌てたように首を
左右に振った。
そして胸の前で手を組むと萌が口を開く。
「…滝川…くん…誤解…だわ。」
「誤解?」
「私、…貴方が好き…。私こそ…貴方の事…毎日見てたの。…毎日詰め所に来る
貴方が…気になって…。気が付いたら…いつも目で…追ってたわ。…あの時の言葉
…嬉しくて……。でも…まさか…貴方が…。」
萌の瞳から涙がこぼれ落ちた。何度もその先の言葉を紡ごうとするが、どうしても
声にならない。
「それ、本当か?…俺、夢見てるんじゃないよな?」
萌の言葉を聞いていた滝川もまた涙目になっていた。
「…夢…じゃないの…。」
「よっしゃーーーーーー!!」
急に大声で叫ぶ滝川に驚く萌。そしてそんな事もお構いなしに滝川は萌を
抱き寄せていた。
「俺、お前の隣に居てもいいよな?な?」
突然の出来事にまた瞳を瞬かせていた萌だったが、顔を覗き込むその嬉しそうな
表情に頬を染めながら頷き返す。
「やったーー!!」
嬉しそうな全開の笑顔に萌も控えめに微笑んだ。その笑顔に頷くと紅潮させた
頬のままいつもより更に饒舌になる滝川。
「俺さ、よく喋るしお前に嫌われてるかもって思ってたんだ。…だから、すっげー
嬉しい。どうしよう、やべーくらいにお前の事好きだ。あはは、駄目だー。
嬉しすぎてじっとしてられないぜ。」
萌を解放したかと思うと今度は両手を取って何度も上下に振る。嬉しくて体を
動かしたくてたまらないという彼の気持ちを理解できるのだろう。萌は驚きつつも
笑顔でされるがままになっていた。
そしてそのまま数分が過ぎ、ようやく滝川の興奮も収まったらしい。今度は自分が
無意識に大胆な事をしていた事に気付いたようだ。顔を真っ赤にしながら髪の毛を
混ぜ返すその仕草は照れている時に彼がするものだと萌は知っている。
「…滝川くん…。」
「あ、うん。…その俺、調子に乗ってたから…ごめんな。」
その言葉に首を左右に振ると滝川がほっと安堵の息をもらした。
「…気に…しないで…。」
「サンキュ。」
今度は静かに笑うと萌の右手をとる。手を繋いだまま二人は眼下に広がる
街を見下ろした…。


こうして一つのハッピエンドを迎えた訳だが…。
明日、二人が大変な目にあうのはまだ知らない。
それでも、二人はこれからも互いの笑顔を支えに毎日を過ごすだろう。

誰よりも大切な人の笑顔はきっと毎日を過ごす大きな原動力となるだろうから。


Happy End!!



<あとがき>
終わりましたよ〜♪最終話はかなりノリノリで書いていました。
お陰で文章が無駄に長い(笑)
滝萌部分も楽しかったのですが…実は乱入者達の部分が一番楽しかったです。
一番最初の新井木&田辺は偶然。二度目の若宮さんも通りかかったのは
偶然ですが中を覗こうとして失敗したんです(苦笑)…だから変な格好で
ひっくり返っていたんですね。
三度目は若宮さんが奥様戦隊の隊員である原さんに報告した事に
よって色んな人が来たんです。あの場に居ない人は多分仕事をしてると
思いますよ。

今回、速水が何やら怖いこと言ってましたけど別に黒速水ではありませんよ。
一応白速水ですが、滝川の事になるとああなるだけです(苦笑)
なにせToy Box仕様のあっちゃんですから、管理人とのシンクロ率
ナンバーワンです(笑)

舞姫は萌ちゃんを友達と認識しているのであれくらいの事は平気です。
茜も当然滝川の友達なので味方になるでしょう。ののみちゃんは
二人の味方です。師匠は…面白いことならなんでも(笑)

何だか長い後書きになってしまいましたが…
軽いノリの滝萌、楽しんで頂けましたでしょうか?
連載にお付合い頂きましてありがとうございましたー。