2000年夏
山陰海岸〜鳥取の旅

国宝三徳山三仏寺投入堂

 1日目 8月14日(Qラリー2000年9月号より続く)
 最終CPヒメハナ公園を出て国道312号を北に向かう。和田山で県道104号に入り円山川の右岸を走る。
 八鹿で再び国道312号に合流し、江原で国道482号に入り神鍋高原に向かう。
 神鍋高原で国道を外れ北に向かい、県道712号、県道1号を通って竹野海岸を目指す。この道は以前、海水浴に行くのによく通った道だが、今回久しぶりに走ると整備されていて以前と大分感じが変わっていた。
 竹野海岸に着いて、海水浴場付近を少し散歩する。
 天気が曇っていてあまり良くないせいか、海水浴の人は少なかった。

 その後県道11号で海岸線沿いを西に向かう。道路沿いには海水浴場やキャンプ場が点在している。横目で美しい海岸を眺めながら走る。
 香住で国道178号に合流し、しばらく走ると余部鉄橋が見えてきた。
 この鉄橋は高さが41m、長さが309mもあって、何度見ても怖い鉄橋だ。実際に列車が通っているのを下から見ると、いつ落ちても不思議ではないように見えて、僕自身、たとえ山陰線に乗ることがあっても、この区間だけは絶対に乗りたくないと思う。
 その後国道を外れ、県道260号に入り海岸線を進むが、工事のため通行止めになっていて、仕方なく引き返し、再び国道178号を進む。
 もう6時前で遅くなったので、2年前に一度キャンプしたことのある浜坂県民サンビーチキャンプ場に向かう。
 このキャンプ場は、海水浴場のすぐそばの松林にあって、隣にはあまりきれいではないが温泉もあり、夏場は少し混雑しているが、お勧めのキャンプ場で、料金が1800円位だが、裏から入るとただでテントを張ることができる。
 テントを張ってから、隣の温泉に行って汗を流した後、ぶらぶら歩いて浜坂駅前まで行って、食料を買い込んでテントに帰って食べる。しばらく地図を見て明日のコースを考えたから寝た。
 2日目 8月15日
 朝6時ごろに起床、テントを片付けて7時過ぎに出発する。今日は天気も良くて暑い一日になりそうだ。
 国道178号を西に向かう。右手には山陰の松島と呼ばれる浦富海岸の美しい景色が続いている。
 国道9号に合流して、バイパスをハイペースで飛ばす。鳥取市内を通りぬけて、しばらくすると道は再び海岸線を走る。
 因幡の白兎の舞台となった白兎海岸や、海女で有名な夏泊を過ぎて、日本のハワイ?と呼ばれる羽合町で国道179号に入り倉吉を目指す。
 倉吉というと高校野球や横綱琴桜の出身地として有名な町だが、室町時代には山名氏の城下町として栄え、江戸時代には商工業の町として、脱穀機の倉吉千刃や倉吉絣で有名な町だったらしい。
 今でも町の中心部には今でも白壁と黒い板塀の土蔵の町並みが残っていて、往時を偲ぶことができる。
 その後、県道21号を通り、三徳山三仏寺に向かう。
 三徳山三仏寺には2年前の夏のQラリーで一度行ったことがあるが、そのときは大雨で投入堂には登れず残念だったので、今回行ってみることにした。
 途中にラジウム含有量日本一の有名な三朝温泉があり、河原の露天風呂や共同浴場も何箇所かあって、湯治の観光客で賑わっていた。
 三朝温泉から三徳川を遡る。道はやがて険しくなってくる。しばらく走った山中に三徳山三仏寺があった。
 三徳山三仏寺は役の行者が飛鳥時代の末期慶雲3年(706年)に修験道の行場として開かれたという。特に国宝の投入堂が有名で、断崖絶壁に引っ掛けるように建てられていて、役の行者が法力で投げ入れたと伝えられている。
 石段をしばらく登ると本堂があって、その裏手に投入堂に達する登山道がある。
 登山道入り口で手続きをする。
 手渡されたたすきをかけて奥山に入る。
 奥山に入るとすぐにロッククライミングのような急坂が続いている。木の根っ子や鎖につかまりながら登っていく。
 途中の文殊堂や地蔵堂で一息つきながら、1時間ばかり急坂を登ったところに投入堂があった。
 実際にそばで見ると写真で見た以上の迫力で、ほぼ直角の断崖上に浮かぶように建っている。誰がどうやってこんなところにこのお堂を建てたのか想像すらできない。言い伝えのように法力で建てたに違いないとマジでそう思った。
 その後倉吉市内に戻り国道313号に出て、帰路に着く。関金温泉を過ぎると国道は新道になっていて、犬挟峠の下をトンネルで抜けるようになっていた。
 湯原ICで米子道に入り、落合JCTで中国道に入って、そのまま西宮北ICまで突っ走り、家に帰った。

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