4. 私とLinux
第1章 First Contact
私が初めて Linux に触れたのは、1994年の夏頃です。当時、値崩れしたIBMのThinkPad220
(99800円)を購入し、すぐにデフォルトの80MBのHDDを340MBに換装しました。そのHDDはDOS/WindowsとLinuxにほぼ半分ずつパーティションを分けたあとLinuxをインストールしました。
そのころは、外付けCD-ROMドライブもPCMCIAのNetworkカードも非常に高価で手元にありませんでした。そこで、会社にあったSUNのWorkstaionにSlackware+JE3のCD-ROMをmountし、TCP/IP
接続されているIBM-PC/ATマシン(Windows3.1)に必要なファイルをFTPで転送しフロッピーディスク
にコピーしました。必要なフロッピーディスクの枚数はJEも含めて50枚くらいになったと思います。
そこからThinkPad220にインストールしたわけですが、すべてのフロッピーディスクを抜き差ししな
がらインストールするのは大仕事でした。もとのCD-ROMからコピーしてから約1週間ほどかかりました。しかし、その結果KONのおかげで漢字も表示できましたし、32bitのCコンパイラを使用し
てアプリケーションのプロトタイプの開発もできました。 なによりも、こんなノートパソコンでNative
なUNIXのプログラムが走ることはちょっと前までは思いもよらぬことでした。
ThinkPad220:日本IBM社製の名機。CPUはIntel
80386 16Mhz。メモリは最大6MB。ディスプレイはモノクロ16階調。乾電池6本で最大8時間動くというのが売りでしたが実際には乾電池では30分くらいしか動作しませんでした。
第2章 First X
IBMのThinkPad220は名機ではありましたが、CPUはi386SXの16Mhz、メモリは最大6MBで モノクロ16階調と当時としても非力なマシンでした。そこで1995年新春、安くなったThinkPad230Cs を購入し、すぐにHDDを720MBに換装しました。例によって半分をDOS/Windows領域に、残りの 半分をLinux領域としてパーティションを分けてSlackware+JE4のパッケージをインストールしました。
このころは、パラレルポート接続の倍速CD-ROM(IMES社製)を持っていたので、いったんDOSのFAT領域 にコピーしたあとLinuxのBOOTフロッピーディスクでブートし、DOS領域をマウントすることでLinuxをインストールしました。HDDの空き容量が少なかったので、この方法を2,3回繰り返さなければな りませんでしたが、それでもインストールは前回の時よりかなり短く比較的簡単に終了しました。
最初の頃はコンソールモードでのみ使用していましたが、1995年の秋にやっとのことでXを インストールしました。ThinkPad230Csは特殊なX86SVGAでないとXは使えませんが、当時かなり人気があったマシンなので国内の主要なLinuxのサイトでXF86Configとともに入手することができまし た。
UNIXと言えばやはりXですが、自分だけのXの環境を持てることはいいことです。このマシン も持ち運べるX環境ということで使い倒しました。
このころからWWWで世界中のWebページを見ることが流行りだしましたが、さすがUNIX Native ということで同じマシンなのにWindows3.1環境よりはるかに安定して、しかもFTPなどでファイルをダウンロートしてもはるかに短時間で終了しました。
また、このころよりLinuxが国内でもかなり市民権を得たようでInternetのnewsgroupだけでなく
商用パソコン通信ネットワークや国内のWebページでもLinuxのインストールに関する情報を得ることが容易になってきました。
第3章 First Pentium Linux
はじめてのX環境として楽しんだThinkPad230Csではありましたが、CPUはi486SXの33Mhz、 メモリは最大20MBしかなくすぐにパワー不足を感じていました。なんといってもXは数値演算をがんがんやるので数値演算プロセッサを持っていないとNetscapeの起動にも数分かかってしま うくらいでした。ちなみにカーネルの再makeなどはpcmciaのパッケージの再makeなども含めて3時間弱ほどかかっていました。
そこで次に購入したのは、1996年の6月に発売したばかりのPanasonicのサブノートであるLet's Note AL-N1でした。このマシンは1996年の7月から1997年の3月まで使用しましたが素直な良いマシンでした。ポインティングデバイスがフラットパッドなのが気に入りませんでしたが・・。型落ちでないマシンを買ったのはこれが初めてでした。
このPentiumサブノートは、Pentium120Mhz、Memory16MB(のちに増設して48MB)で800x 600のTFT液晶を持つもので、現在のWindows95の肥大化したアプリケーションを走らせるには ちょっときついですが、Linux環境では全然問題なく使えました。ディスクはデフォルトの800MBから1.4GB、2.1GB、4GBへと進化していきました。
第4章 MMX PentiumでのLinux
太平洋横断を10回ほどやったLet's Noteでしたが1998年3月についに液晶が壊れてしまいました。そこで次に購入したのがIBM ThinkPad535Eです。これも後継機の535Xが出た後だったのでかなり安くなっていました。CPUはMMX Pentiumの150Mhz、メモリは最大72MBです。ディスクもデフォルトは1.6GBからLet's Noteで使用していた4GBに換装し、今では5GBになっています。
この535のシリーズも大変人気のあるシリーズですが、PC-UNIXユーザとしてはMwaveが使えないということが気になります。MwaveはDOSで設定しloadlinでbootすればSound Blaster互換モードとしての機能を引き継ぐことができます。残念ながら、現在のところMwaveのモデムとしての機能を使うことはできないようです。ただし、無印535、535Eの後継機535XはMwaveを搭載しておらず普通のサウンドブラスター互換ボードを搭載しています。またビデオチップもTrident社のものではなくNeoMagic社のものを搭載しておりまったく別系統のマシンといえます。