バーバラとアル

バーバラ・イエリッチとエフゲーニャ・アルタモノワ。現在世界最高のエースアタッカーといわれるこの二人が、それぞれチームの中心選手としておそらく初めて対戦したのが、95年ワールドカップ予選だった。ロシア対クロアチア、どう考えても九分九厘ロシアが勝つに決まっている。
ところがロシアは敗れた。
クロアチアは(ここでは世界最終予選のときの印象に基づいて述べるが)高さはありブロックはあるけれども、守備はザル同然、そして打ってくるのはバーバラ一人というチームである。そのようなチームにロシアが敗れたのである。ショックは大きかったに違いない。そして、エフゲーニャ・アルタモノワ(以降アルと略す。これは彼女の東洋紡チーム内での通称でもある。)がバーバラの存在を強烈に意識したのも、このときだろう。

この二人の直接対決が再び実現するのは、デンソーが実業団リーグに降格したり(これは東洋紡と入れ替わりだったのだ)、クロアチアがオリンピック出場を逃したりということがあり、1年以上後になる。第3回Vリーグのことだった。

世界的には、おそらくアルのほうが世界一のエースアタッカーということで通っているだろう。知名度では、国際大会での実績も少なく大きなタイトルは皆無のバーバラは、アルにはおそらく劣る。しかし、この二人の直接対決を見る限り、第3回Vリーグまではそれは全く逆だった。バーバラはアルに一度も負けなかった。

第3回Vリーグ、デンソー対東洋紡戦レギュラーシーズン3試合のデータを見ると、アルの当たりはいまいちである。40%台なのだから常識的に考えればそれほど悪い数値ではないが、彼女のこのシーズン全体の決定率が50%に達したことを考えればあまりよい出来ではなかった。それに対するバーバラは、3試合とも決定率が55%以上と、まさに爆発的である。「アルタモノワとの直接対決になると燃える」、彼女はたびたび語っている。そしてその言葉を証明するかのような成績である。まともに当たったときのバーバラがどれほどすさまじいものか、ここからも十分にうかがい知るこができよう。
ただ一人のエースがここまで当たれば、試合は楽なものである。試合自体も3試合ともデンソーが勝った。

プレーオフ第2戦、この「エースアタッカー頂上決戦」は再び実現した。この試合についてはVリーグ第3回のページでも述べた。
試合そのものはセットカウント3-1で東洋紡の勝ちである。しかし、この二人の対決ということで見た場合は、この試合は「互角」と判断する。現在はそれほどでもないが、このシーズンの東洋紡には、大林選手、中野選手といった強力な日本人のアタッカーがいた。デンソーにはこのシーズンも日本人の決定力のある選手はいなかった。それまではバーバラが大爆発したからデンソーが勝てたのであって、もし両エースが互角の出来なら東洋紡が勝つ可能性の高い対戦だったのである。

ただし、第3回Vリーグのシーズン全体を見た場合、二人のアタッカーとしての成績はやはり「ほぼ互角」であった(表1)。決定本数、決定率のかっこ内の数字は、その部門での順位を表す。
表1.イエリッチとアルタモノワの第3回Vリーグの成績
出場試合数 出場セット数 打数 決定本数 決定率
アルタモノワ 21 74 1265 636(2) 50.28%(2)
イエリッチ 21 77 1632 779(1) 47.72%(5)
決定率は、上の表の通り、アルのほうが2.5%ほど高い。しかし、決定率については、

と、バーバラのほうがかなりのハンデ付きである。これらを考慮すれば、この差はほとんどなくなるか逆転すると考えられるだろう。

第4回Vリーグに入り、今度は逆にアルが意地を見せた。このシーズンの直接対決の結果は、アルの2勝1敗である。第1レグの対決では、スパイク決定率は(チームとしてのデータしか入手していない)東洋紡64%に対しデンソーはわずか36%、これまでの借りを一気に返すかのような一方的な試合だった。結果はもちろん東洋紡のストレート勝ちである。第3レグでも、フルセットにもつれ込んだけれども東洋紡が勝った。この試合、デンソーの日本人選手はなんと約50%の決定率である。これで試合に勝てなかったのはどう考えてもバーバラの責任である(52/112、決定率46%)。

ところが、他の試合も含めた成績では、決定的な差がついた。両選手の第4回Vリーグの成績は下の表2の通りである。
表2.イエリッチとアルタモノワの第4回Vリーグの成績
出場試合数 出場セット数 打数 決定本数 決定率
アルタモノワ 21 76 1712 726(2) 42.41%(10)
イエリッチ 19 70 1988 931(1) 46.83%(3)
しかも、決定本数・決定率の両部門とも、バーバラのほうが条件は不利なのである。バーバラは世界選手権予選のため2試合欠場がある。両チームのエース以外の決定率は、東洋紡36.8%に対しデンソーは35.0%(バーバラが欠場した試合を除く)である。

今シーズン、この二人の成績になぜここまで差がついたか。これは、単にアルの調子が悪いとかいったレベルの問題ではなく、(他のページでも述べたが)選手としての設計思想の違い、アーキテクチャの違いであると考える。アルはあくまでも1試合に60本打つためのエースだと考える。ロシアナショナルチームには、他にも優れたアタッカーがたくさんいるのだから、1試合に80本も100本も打つ必要がない。そのアルに、1試合平均で80本以上打たせた。想定されていない使い方をするのだから、当然パフォーマンスは下がる。それに対し、バーバラは、世界でも希有な「1試合で100本打つためのエース」だと考える。バーバラは、このような使い方をするために育てられた選手である。だから、このような使い方をしても、彼女のパフォーマンスが大きく下がることはない。

しかし、バーバラにはまだアルに勝てない部分がある。それは守りである。
アルのほうは、第4回Vリーグ(サーブレシーブ3位*1)、そして98年のワールドグランプリ(reception2位)で、守りもできることを実証している。ワールドグランプリのdig(レシーブ)では、受けた数がそれほど多くないので上位には来ていないけれども、成功率41%(= Excellent / 受数)は大会平均(34%)よりもかなり高い。
*1 それにしても、チーム唯一といえるポイントゲッターにサーブレシーブもやらせるとは、すごいチームである。
一方、バーバラの守備に関する資料はほとんどないので断言はできないけれども、95年ワールドカップの記録によると、「バーバラがボールを受けたらどこに飛んでいくかわからない」状態である。この大会のバーバラのdigの成功率は47%(大会平均65%)、まともな数を受けた選手の中ではおそらく断然の最下位である。この大会のバーバラは、得点は断然多いが失点(アタックあるいはレシーブなどのミスによる失点)も断然多い。
そしてこれもまた、おそらく選手としての設計思想の差である。それは当然チームの必要の違いに原因があるものである。ロシアのナショナルチームなら、アルタモノワが後ろに下がったときも、ゴディナもいればソコロワもいる(これは厳密にローテーションを考慮した議論ではない。)。特に、98年に入ってからは、ゴディナのほうが打つ回数が多い傾向がある。もちろん重要な戦術としてバックアタックはあるわけだが、無理してアルが打つ必要はない。むしろ、後ろに下がったときには守備をきっちりこなすことが求められる。それに対し、クロアチアチームにバーバラの代わりになるアタッカーなどいない。後ろに下がっていようが、点を取りにいくにはバーバラしかいない。後ろに下がったときバーバラに必要なのは、セッターにボールを上げることよりも、バックアタックをひたすらたたき込むことである。

バーバラはどうしてアルとの直接対決になると燃えるのだろうか。

ロシアナショナルチームのエースとなれば、自然とファンの注目も集まる。ロシア以外にもファンは少なくない。
ロシアナショナルチームのメンバーは、日本のVリーグにも多く来ている。アルタモノワ、モロゾワは東洋紡へ、ティーシェンコ、バトフチナはNECへ。(今の東洋紡はそうでもないけれども)どちらも日本人のスター選手の多いチームだった。当然ファンの注目も集まる。それに対しバーバラはデンソー。生え抜きはおろか移籍の日本人スター選手もいない。目立つのはバーバラだけ。これでファンが増えることは望み薄である。私がこのページを立ち上げた時点で、公式ページもファンのサポートページもなかった*2-4のは、Vリーグ女子ではデンソーだけだろう。
*2 このページはあくまでバーバラ・イエリッチのサポートページであり、デンソーエアリービーズのページではありません。と表向きは言い張っているのだが、この議論では、daisuke氏のページを東芝サポートページとして扱っている。しかし彼のページは総合的な情報ページであり、東芝色はかなり薄い。それに比べたら、ここのページのほうがはるかにエアリービーズ色が濃く見えるだろう。また、この議論には、現時点では残念ながら休止となってしまったページも含まれている。
*3 98年10月、ついに公式ページが発足。頑張ってください。
http://www.denso.co.jp/AIRYBEES
*4 しかし、だからこそこのページを堂々開設できたという面はある。先に同じようなページを開設している人がいたら、私はこのページの公開をためらっただろう。

しかも、エアリービーズのファンのうち、もともとこのチームを応援していたという人は、それこそデンソーの関係者以外ではさらに少ないだろう。このチームのファンの過半は「バーバラのファンだからエアリービーズを応援している」のであって、「エアリービーズのファンだからバーバラを応援している」のではないと思う。クロアチアナショナルチームについても同じことである。クロアチア国民以外でクロアチアのチームを応援しているというのは、おそらく十中八九バーバラのファン*5だからである。
*5 これ以外に、キリロワ、チェブキナ、シドレンコという、旧ソ連チームで活躍し後にクロアチアに移った選手にも根強いファンがいる。特に、キリロワは世界有数のセッターとして評価が高い。しかし、これらの選手はいずれも30歳を大幅に過ぎており、この後選手として長く活躍することは期待できない。彼女らが引退したら、クロアチアはそれこそバーバラ以外何もないすっからかんになりそうな気がする。

日本でこそ、バーバラはバレーボールのファンなら誰でも知っている*6。世界一のエースアタッカーという評価もほぼ確立しつつある。
*6 しかし日本でも、知名度という点ではまだまだである。あるバレーボールの番組で、司会者が世界からベストプレイヤーを選出しドリームチームを編成するという部分があったが、案の定エースアタッカーとして選ばれたのはアルとルイス。見事にバーバラを抜かした。それに対し、元日本代表のゲストが口をはさみ、ルイスを少し引っ込めてバーバラを入れた。私としては予想通りの展開(笑)だったが。

しかし、日本(とクロアチア)以外では、世界一のエースアタッカーといえばまずはアルタモノワかルイスのどちらかになるだろう。バーバラについては、名前すら知っている人は少ないだろう。

しかし、本当の世界一は自分なのだ、そしていつか自分が主役の座についてみせる、バーバラの心のどこかに、そのような気持ちがあるに違いない。だから、いつもスポットライトを浴びているアルに対し、闘争心をむき出しにするのだ。

Barbara Jelic FanClubのホームページに戻る
制作者のホームページに戻る