4勝7敗の意味するもの(Special/Croatia)

スタッフと協会の無計画・無責任・無能
21世紀、チームの生き残る唯一の方法
全ては体制の一新から始まる
失敗の責任さえとれない(2000/3追記)
災い転じて福となせ(2000/4追記)


スタッフと協会の無計画・無責任・無能

大会3日目のペルー戦で、あまりの内容に愕然として、これではこの後全部負けるぞ、と思ったのだが、終わってみればそれに近い結果になった。結局のところ、あれがクロアチアの実力なのだ。

クロアチアは今大会、中国、韓国、日本、イタリアと、大陸予選あるいは最終予選で勝たなくてはならない相手に、ことごとくストレートか1セットしかとれずに敗れた。おそらくオランダにも勝てないだろう。このチームのままでは、シドニー五輪出場はあり得ない。大陸予選までの短い期間で、このチームを五輪出場レベルまで引き上げるのは不可能だ。それに、このようなでたらめなチーム(というより、チームに全くなっていない)に五輪に出てほしいとも思わない。五輪に出るのが当然という、きちんとした試合のできるチームが、出場すればいい。
もちろん、相手がバーバラに完全に絞っているのにバーバラに集中しすぎのトス回しも問題である。そこを改善すれば、見た目にはもう少しまともな試合ができるかもしれない。しかし、このチームはそれ以前の段階に決定的な問題がある。まず技術面では、相手の攻撃を拾えない、つなげないことである。組織での守備にもなっていないけれども、組織で守るにしても、そのためには各選手にある程度の守備力が必要である。現在のクロアチア選手の能力は、その水準にはほど遠い。守備が悪ければ、いくら優れたスパイカーがいても宝の持ち腐れである。今大会の成績が、その何よりの証拠だ。そのようなバレーの基礎のできていないチームは、見る側にとっても非常にストレスがたまる。

そして今大会で明らかになった最も重要なことは、クロアチアのチーム作りが決定的に失敗している、というか全く無策・無計画ということである。

シドニー五輪予選に向けては、旧ソ連から帰化したベテランを復帰させるしか手はないだろう。しかし、1年間ベテラン抜きでやってやはり失敗したから元に戻すというのは、非常に無責任な話である。どうしてそんなことをしたのか。それでうまくいくはずがない、ということくらい簡単に判断できるはずだ。その見当もつかないのなら、指導者としては本当に全く無能だ。
また、1年間チームから外されて次の年に戻ってこいと言われても、選手が簡単に応じるはずもない。そのあたりのトラブルでチームがばらばらになることも、大いにあり得る。そもそも、前回五輪に出場できなかったのも、監督と選手との対立で最終予選にバーバラとキリロワ以外の主力が全員来日しなかったことが要因である。その同じ失敗をまた繰り返すつもりなのか。

もとをただせば、大陸選手権直前、五輪大陸予選まで1年を切った時点で、若い選手に一気に切り替えること自体が間違っている。前回五輪出場を逃した直後から、シドニー五輪を目標として若い選手を育成し、組織力で戦えるチームを作っていかなくてはならない。そのための時間は、いくらでもあったはずなのだ。しかし、前年までは旧ソ連から帰化したベテランに頼りきり、その努力をした形跡は全くうかがえない。
私としても、前年の世界選手権6位という成績をおおむね良しとしてしまったけれども、考えてみれば、その時点ですでにこの事態に至る兆しはあった。それを追及しなかったことは、大きな反省材料である。準決勝ラウンド、ブルガリア戦でさえ内容は非常に危ういもので、イタリア戦に至ってはどうして勝てたのかわからないくらいの試合だった。そして、95年ワールドカップと比べて、何一つ目新しいものはなかった。セッターリヒテンシュタインで勝った試合は、決勝ラウンドの日本戦のみ。タイ相手ですら、リヒテンシュタインで勝てず、途中からキリロワが出ずっぱりだった。それでも非難の声をあげなかったのは、シドニー五輪までは当然このチームのままで戦うのだろう、と思っていたからだ。五輪大陸予選が間近に迫った大切な時期に、まさかこれほど無謀なことをするとは、夢にも思わなかった。
前年の世界選手権に比べれば、むしろこの大会のほうが、成績は悪くても、見るべきものは多い。前年はほとんど打数自体なかったレトが、地味でも頼れるエースに成長している。若い選手も、打つだけなら使えるめどが立った。しかしこの大会は、成績は悪くても先につながればいい、などと悠長なことをいっている時期ではない。このチームで当然にオリンピックに出場できる、このチームでオリンピックを戦う、それだけのチームができあがっていなければならないのだ。いったいどういうチームでシドニー五輪予選を戦うつもりだったのか。全く理解できない。

チーム作りはでたらめというか無計画、方向性も全く間違っている。のみならず、現在のスタッフはベンチワークの能力も皆無である。ワールドカップ時のルールでは、テクニカルタイムアウト以外に1セット各チーム2回のタイムアウトが要求できた。早い話が、タイムアウトは早くかけろというルール、素人でもどこでとるべきか見当はつく。ところがこのチームは、そのタイムアウトが遅い。それも一度や二度のことではなく、何度となく同じ失敗を繰り返している。この先は、試合の状況を見ながら選手を交代することも当然必要になるだろう。しかしこれまで全くと言っていいほどそれをしたことはない。タイムアウトさえ正しいタイミングでかけられないスタッフに、それほど高度な戦術ができるとも思えない。
協会はどうして何の行動もとらないのか?現在のスタッフでいいと思っているのだろうか?もっと言えば、ワールドカップの試合をきちんと見たのか?

このチームにはすばらしい選手がいるのに、スタッフは信じがたいほど無能で、協会は信じられないほど無策だ。バーバラ、レト、あるいは若い世代の素質のある選手が、このような体制の下で潰されることは我慢ならない。また、ベテランの選手にしても、選手としてはこの先もはや長くはないが、このようなところで終わらせたくはない。
旧ソ連からクロアチアに帰化した選手は、クロアチアチームの現状をどう思っているのだろうか。こんなはずではない、こんなチームを作るために国を移ったのではない、そう思っているのではないか。というより、その疑問がどこかになければ、そのほうがおかしいと思う。
こんな監督、こんな協会のもとではバレーはできないと、選手もきっぱり言うべきだ。選手から声をあげなければ、環境は変わらない。特にバーバラが一言言えば、必然的に変わる、変わらざるを得ないはずだ。その意味ではバーバラにも責任はある。

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21世紀、チームの生き残る唯一の方法

バレーボールというのは、自分のコートにボールを落とせば負け、落とさなければ必ず勝てるのである。もちろん、実際問題としては、世界レベルの攻撃を全て拾うことは不可能だ。だから攻撃と守備のバランスをどこにとるかという問題も出てくる。しかし、優先順位としては、守備がまず先にある。サーブレシーブ側のときは、まず相手のサーブをきちんと受けなければ攻撃ができない。サーブ側なら、相手の攻撃を受けなければ自チームの攻撃のチャンスはない(サービスエースなどの例外はあるけれども、レベルの高い試合になればなるほどサーブで崩す場面は少なくなるはずである。)。いずれにせよ、守備ができて初めて攻撃のチャンスがある。
バレーは1チーム6人で戦う競技である。だから、組織で戦わなければどうしようもない。組織で戦うことが徹底していて、初めて個人の能力も生きてくる。すなわち、守備と組織力がバレーの基礎である。それが今大会、およびそれに続く第6回のVリーグで学んだことである。その原理原則に最もかなったバレーをしたのがNECレッドロケッツである。だからあのチームが勝つのは当たり前だ。
すでに男子のバレーは、守備(特にサーブレシーブ)ができるのは当たり前、組織で戦うのも当たり前になっている。その上に、どれだけ個人能力を上積みできるかという段階に入っている。女子はまだ、その基本がきちんとできれば必ず世界の上位に入れるというレベルである。しかし近い将来女子も、守備と組織力ができていなければ話にならないという時代に入るだろう。

クロアチアチームは、それと全く正反対というか、最も間違ったバレーをしている。ロシアくらい高さがあって素質のある選手がたくさんいれば、それでも形にはなるだろう(誤解のないように断っておくが、現在のロシアが、クロアチアのような個人技に頼ったレベルの低いバレーをしているという意味では、間違ってもない。)。しかし、このチームはそうではない。バーバラ以外飛び抜けた存在は誰一人いないというチームに、もうすぐなる(この大会のチームはすでにそうだったわけだが。)。そのチームが、どうやって世界を相手に戦っていくのか。そのためには、競技の本質に基いた正しいバレーを実践するしかない。

それ以外の解はあり得ないはずなのだ。そのあるべき形に向けて、このチームは何の努力をしてきたのか。

それが何も見えてこない。全くない。

現在のチームの責任者は、守備を全く軽視し、旧態依然の個人技のバレーに頼ってきた人物である。クロアチア国内から選手を発掘して育て上げて、それをしてきたのなら、まだ相応の評価はできる。ところが彼らはそれさえしていない。この年は別にして、クロアチアチームのレギュラーの半分以上は、旧ソ連から帰化した選手である。いってみれば、すでにできあがった選手を輸入しただけである。この指導者が、21世紀に世界で戦えるチームを作れるはずはないのだ。

2000年の3月に、野球のメジャーリーグの開幕戦が初めて日本で開催された。メジャーとなると見る側はとかく打ち合いを期待しがちだが、解説者の指摘したことは、基本に忠実なプレー、ということである。捕球の際には最後までボールから目を離さないこととか、ベースカバーのフォーメーションとか。基本に忠実なプレーを積み重ねた上に、観客を感動させるプレー、劇的な場面も生まれる、というのである。
バレーについても全く同じことだと思う。クロアチアチームは、その基本が全くできていない。だから見ている側にとっても、気分の悪いものしか残らない。

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全ては体制の一新から始まる

とにかく、チームを崩壊させた責任を断固として追及し、正しいバレーを教えられる人物を指導者として選ぶ。それがクロアチアチームの再建の第一歩だ。それがなければ何も始まらない。今後も同じ失敗を繰り返すだけである。このチームがイエリッチ一家のチームである限り、進歩はない。バーバラのファン、そしてこれまでクロアチアチームを応援してきた一人として、今後はそれを徹底的に要求していく。

クロアチア国内ではほかに適任もいないだろうから、当然外国人のスタッフということになる。責任者を一新した上で、徹底的に守備を鍛える。それこそ、アタックNo.1か小島孝治氏よろしく、体中から血が出て倒れるまでやってほしい。それくらいしないと、あの連中はまともに守備ができるようにならない。徹底的に拾ってつなぐ意識を植え付ける。その上で、組織で戦うことを徹底させる。これは理屈ではなく、体で覚えなくてはならないことである。そのためには、とにかく量をこなすしかないはずだ。これはバレーの基礎の基礎、イロハのレベルの問題のはずである。それを声を大にして言わなければならないほど、クロアチアのバレーは破滅的な状況にある。バーバラという存在に頼るだけで、バレーの基礎を全くおろそかにした、当然の結果である。関係者全てが、そのことをまず認識すべきだ。
ゼロからの出発ではない。マイナスからの出発である。チャンスは今しかない。今すぐに取りかからなければ手遅れになる。チームの再建には、少なくとも4〜5年の時間はかかるはずだ。バーバラの選手生命を考えたら、今がタイムリミットだ。これ以上無為に時間を過ごせば、チームの改革が達成されないうちに、バーバラは完全にピークを過ぎてしまうことになる。チームの形はできても、肝心のエースがいないのでは、どうしようもない。2001年の後半か02年の年頭にあるはずの世界選手権予選までに、何としてもゼロの地点にたどり着く。それからが本当のスタートだ。(Copyright by Nobuchika Kuzuwa)
そのためにシドニー五輪を捨てるというのであれば、それはかまわない。このままのチームではどのみち出場できないのだから。もしベテラン復帰というその場しのぎでシドニー五輪出場できて、それで監督・スタッフの責任がうやむやにされて生き残ることがあれば、長い目で見れば間違いなくマイナスである。21世紀のクロアチアチームのためには、むしろシドニー五輪に出場できないほうがよいのではないか。

バーバラもキャプテンから外すべきである。この大会でも、チームが崩れかけたときに立て直す役割を全く果たしていないどころか、自らチームが崩れるきっかけを作っている。もともと、バーバラは精神的な波の大きい選手であり、チームのキャプテンには適さない(もちろん、年齢的にもそろそろ上級生になりつつあり、精神面も成熟して常に最高の力を出せるようにならないと、世界のエースと言えないのだが。)。バーバラがキャプテンになるのではなく、ほかの安定した選手がチームのまとめ役を引き受けたほうが、場面に応じてバーバラの力を引き出すことができる。大エースがキャプテンというチームは、女子ではほかに中国(孫月)がある。男子では、スペイン(パスカル)・アルゼンチン(ミリンコビック)が代表的である。中国女子、スペイン男子は7勝4敗。クロアチア女子、アルゼンチン男子は4勝7敗に終わった。この星3つの差は、エースのキャプテンシーの差でもある。
そもそもまともな国なら、アトランタ五輪出場を逃した時点でスタッフは全員更迭のはずである。当時のクロアチアは、メンバーさえそろえば五輪出場は当然、というくらいの力はあった。その五輪の出場権を選手との対立から逃し、これまで3年間選手育成という観点では全く無為に過ごしてきた、その責任者がなぜ安穏としていられるのか。4勝7敗、それもまともな内容で勝った試合は一つとしてないという今回の結果は、その責任追及を怠った当然の帰結と言える。
バレーが盛んな南米あるいは東アジア、欧州の一部の国であれば、おそらく責任論が沸騰しているところだろう。しかし、クロアチアでは残念ながらバレーはまだマイナースポーツだ。だから、毅然とした対応は望むべくもないのかもしれない。しかし、クロアチア協会に、女子バレーで世界の一等国を目指すという意志が少しでもあるのなら、21世紀を見据えて一刻も早く英断を下すべきだ。
世界最強といわれるエースが、その絶頂期をこれほどレベルの低いチームで過ごすことが、その選手にとって、そしてバレー界全体にとって、どれほど大きなマイナスになるだろうか。当然、ナショナルチームをその選手にふさわしいレベルに引き上げていかなければならないのだ。クロアチアのバレー関係者全員が、その点を真剣に考えなければならない。チームの強化のために最善を尽くすことができないのなら、その意志がないのなら、バーバラを使う資格などない。

もし責任者に辞任の意志がなく責任追及の動きもないのなら(最も救いようのない話だが最も可能性が大きい)、最終手段に訴えるしかない。選手のほうから出ていってほしい。当然の責任追及が全くない風通しの悪い体制の下で、チームの根本が腐り果てている。根が腐っているのだから、選手も当然腐ってしまう。もちろん、クロアチアというチームでプレーしていること―まともなセッターもまともに守備のできる選手もいない―が、バーバラの魅力の大きな部分であることは、重々承知の上である。そもそも私のページでも、そのことは繰り返し書いてきた。しかし、このままオリンピックにもそれ以外の世界大会にも出場できずにダメになってしまうのなら、ロシアでもイタリアでもいいから移って、心機一転してやり直したほうがはるかにましだ。別の観点から言えば、選手を育てられないから輸入品で間に合わせてクロアチアというチームを作るくらいなら(それはもはやできないわけだが。後述)、バーバラをしかるべき国に輸出したほうがよほどいい。
バーバラにとっては、非常につらい決断をしなければならないかもしれない。しかし、選手生命の終わりが近づき、クロアチアが世界大会から姿を消して久しくなって、いわば追いつめられてから、国を変えての再スタートを考えるくらいなら、絶頂期にありアタッカーとして並ぶ選手もいない今のうちに、自分の進む道を考えるべきだと思う。もちろん、たとえ五輪にも世界大会にも出られなくてもクロアチアのチームと運命をともにする、というのが彼女の意志であれば、我々がそれに口を挟む余地はない。しかし、バーバラの能力をさらに高めるためにも、彼女を見たいというファンの観点からも、それがベストの方法とは思えない。

バーバラのファンという立場から、最も短く結論をいえば、この連中にだけは、バーバラをまかせるわけにいかないのだ。
指導者と協会が十分な形で責任をとらない限り、私はクロアチアのチームそのものを決して許さない。

この大会が終わってからもずっと迷いがあったけれども、いくつかのWebページあるいは雑誌などの議論を見て、決意を固めることができた。だめなものはだめだ。見る側としても、それを行動で示さなければならない。
この大会を最後に、クロアチアチームの応援は二度としない。
ただし、それには条件があって、現在のチームの体制が変わらない限り、である。これまでの失敗の責任が徹底的に追及され、人事を一新してチームの再建に取り組むならば、もう一度惜しみない声援を送りたいと思う。

これをクロアチアチームに贈る最後の言葉にしたい。
一度でいいから、この不届き者を見返す試合をしてみろ。

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失敗の責任さえとれない(欧州予選後追記)

このチームは大陸予選3位に終わり、世界最終予選に回ることになった。大陸予選ではキリロワ・チェブキナ・シドレンコのベテラン選手が復帰したが、それでも結果にはつながらなかった。ワールドカップで示されたことは、バレーボールの基礎が全くできていない、チームの体を成していないということであった。それは、ベテラン選手が復帰したから何とかなるというレベルの問題ではない。当然の結果が出たに過ぎないと言えよう。この状況から考えて、世界最終予選でも出場権を獲得できる可能性は極めて低い。

一度の間違いは許されても、二度の間違いは決して許されない。必ず責任が追及される。それが世界の常識である。このチームの責任者は、いったい何度の間違いを繰り返したのか。
世界最終予選の結果にかかわらず、私は責任追及の手をゆるめるつもりは決してない。
もちろん、試合をするのは第一に選手である。しかし、五輪に出られるかどうか、万一出られたとすればどれだけの順位になるかは、その選手の評価に、もっと言えば収入に当然直結する。生活がかかっているわけだから、与えられた環境、指導者のもとで、死に物狂いでやるはずである。問題は、チームの成績がどれだけ悪くても、指導者やクロアチア協会は何も変わらないということである。そこが腐敗するのは当然のことである。本来なら、クロアチアの一般の人々がもっとバレーに関心を持てば理想的である。そうなれば、責任追及の動きも自ずから起こるはずである。しかし、残念ながらそうではない。外部から監視し結果に応じた責任をとらせる仕組みを、そこにどうやって作るか。それは、選手のゼロからの再教育とあわせて、チーム再建のための車の両輪である。

私は、ただ単に、大陸予選に負けたという結果に怒っているのではない。ワールドカップで、結果以上にチームの破滅的な状態が露呈され、それでも何一つ行動を起こすことができないこと。ワールドカップ以来私が繰り返し主張していることを、ドイツに先を越され、そのドイツに敗れたこと。やるべきことを全部やって、それで敗れるのなら、まだ許す余地はある。五輪出場のために必要な努力を何一つしていないで負けているから許せないのだ。

本来、このチームが五輪出場権獲得に四苦八苦するはずはなかったと思う。ワールドカップ3位以内は不可能にしても、欧州予選は難なく勝ち抜くことができるくらいのレベルには十分到達できたはずである。そのための努力を積み重ねれば。
そのチームをこれだけ破滅的な状況に陥れて、その責任をとることさえできないのか。
とにかく情けない。あきれ果てるしかない。
恥を知れ。

とにかく現在のチームの指導者とスタッフは即刻追放、二度とチームに戻れないようにすべきだ。言うまでもなく、ここまで事態を放置した協会の幹部も、責任を断固追及されるべきである。五輪最終予選の直前だろうが問題ではない。これまでの数々の失態の責任が問われないまま、21世紀のチームのあり方を示さないまま、五輪に出場できたとしても、それはチームの将来にとってマイナスにこそなれプラスになることは何一つない。それに、もっときちんとしたバレーをしてきたチーム、目標に向けて相応の努力をしてきた国に、五輪出場の名誉は与えられるべきだ。それよりも、このチームの選手にとっては、今の体制の下で無駄に費やす時間などないのだ。

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災い転じて福となせ(2000/4追記)

シドニー五輪世界最終予選が近づいた2000年4月になって、帰化選手の出場を1人に制限するという決定が下された。制限の対象となる「帰化選手」を、もう少し厳密に言うと、「ナショナルチーム代表として国際大会に参加し、その後国籍を変更した選手」である。

この決定の時期については、疑問が残る。しかし、私は今回の決定に異議を唱えるつもりはない。正当なものだと思っている。当たり前のことをやれ、と言っているに過ぎないからだ。
国内から選手(の素材)を集めて育てて、チームを組織として作り上げる。それがナショナルチームの当然の姿である。その当たり前の努力を全くしてこなかったのがクロアチアのチームだ。要するに、今までのやり方が間違っていたということに過ぎない。

もちろん、クロアチアのような小さな国から、バーバラが2人も3人も出てくるはずはない。これまで繰り返してきたように、世界的には平々凡々の選手を、まず守備から徹底的に鍛える。選手個々の守備能力を十分にした上で、組織的な守備を組み立て、その上に速くて正確なバレーを完成させる。95年ワールドカップから数えてもすでに5年。そのための時間はいくらでもあったはずだ。その当たり前のことを当たり前にやっていれば、今回のような決定が出ても何ら問題になることなどないはずだ。また、将来的にはそれ以外の道はあり得ないことは、とっくの昔にわかっていたはずだ。それとも、世代交代のたびに選手を輸入するつもりだったのか?

今回の最終予選、バーバラに結果は求めない。
私たちは変わるのだ、来世紀に世界で戦うために必要なことをゼロからやり直すのだ
という意志を見せてほしい。
指導者と協会の責任については繰り返し触れてきたが、当然のことながら実際にプレーをするのは選手である。このチームが世界で将来戦えるようになるためには、結局のところ選手一人一人が変わる必要がある。特に、誰よりも率先して変わらなければならないのはバーバラである。バーバラが変われば、ほかの選手も変わらざるを得ない。必然的に何もかも変わるはずである。まずは、守備への意識改革である。バーバラには今後、世界一のアタッカーであると同時に世界一のレシーバーになる、というくらいの意欲で守備の向上に取り組んでほしい。それを今回の最終予選で見せてほしい。

帰化選手制限により、この先世界でどう戦うのかというビジョンを何一つ持たず、選手の育成もできなかった、指導者と協会の責任が必然的に浮き彫りになる。現在の体制のままでは戦いようがないことは、今や火を見るよりも明らかになった。今度の最終予選は、来世紀に向けて責任ある体制、正しいバレーを目指すチームのスタートとしなければならない。それが、災い転じて福となす、ということに必ずやなるはずだ。逆に、それができないのなら、このチームが世界の表舞台で活躍することは二度とないであろう。
ワールドカップで惨敗、勝った試合も相手のミスに助けられたものばかりで、胸を張って立派に勝ったと言える試合は一つもない。五輪大陸予選では、今ではもはや出場できない旧ソ連出身選手もチームに戻し、それでも勝てなかった。それでもなお、変わろう、変えようという動きは、何一つ起こらない。それなら、この決定が理不尽なものとしても、とにかく変わるきっかけになればいい。というか、こんなきっかけでもなければ変われないだろう。
絶望にも近い気分だ。

もう一つ、あえて望むものがあるとすれば・・・
この制限が決定された以上、出場できなくなった選手の無念を晴らす方法はただ一つしかない。
クロアチアチームとして出場する選手が、出場できなくなった選手の分までプレーすることだ。
もしこの決定に抗議するなら、それをコートの上で示すことだ。

その闘志を見せてほしい。それが見られないのなら、本当にバーバラの応援も最後だ。


娘のためにできる最大の贈り物、それは、五輪の大舞台のはずだ。そのためには、今すぐにナショナルチームから一切手を引くこと。そして、正しいバレーを教えることのできる指導者に完全に道をゆずるしかない。今なら、手遅れだとは言わない。しかし、今しなければ、本当に手遅れになる。

指導者は選手を選ぶことができる。しかし、選手は指導者を選べないのだ。選手の力を高めるためにベストの指導者を選ぶこと、それは指導者の上に立つ協会の義務のはずだ。それができない協会なら、ない方がましだ。

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