潮様に頂いた小説

「囚絆」



「子桓さま?」

 一時、席を外して。戻った室内に、主の姿はなかった。

 微かに笑うと、すぐさま司馬懿は踵を返した。どこにいるのか、見当はついていたので。

 この時期。館の主人の部屋に面した中庭の白梅は、一斉に見事な花をつける。曹丕はその風情をとても気に入っていて、よく庭先に下りては眼を楽しませていた。

 いつだったか。

 部屋を出たままいつまでも戻って来ないと思えば、咲き乱れる花木のもとで眠り込んでいたことすらあった。そのあどけないような寝顔を思い出し、司馬懿は口元が緩むのを自覚する。彼にしてみれば、曹丕の完璧な容貌や挙措の裏側の、いっそ稚気に満ちた素顔こそが、この上なく愛しい。

 むしろ質素とも言うべき、しかし充分に手入れの行き届いた上品な造りの館の回廊を抜けると、梅の良い香りが漂ってきた。中庭に下りて、求めてやまない人の姿を探す。

 ――見つけた。

 思った通り。満開の並木の間に、司馬懿は華奢な人影を認める。

 遠目からでもそれとわかる、端整な顔立ち。周りの花の色に溶けてしまいそうな程に白い肌。万人を引き付けずにおけない、雰囲気を持つ人。聡明な美貌を少しでも長く鑑賞していたいと、司馬懿の歩調は自然と緩やかになる。

 彼の人の、姿は。その生き様もあいまって、見る者全てに透明な玉石を連想させる。もしくは、宝剣。鋭利で怜悧で、美しい。そう――ちょうど、手にした短剣のように・・・・・・・・・・。




 ―――え?




梅に絡まった子桓様と慌てている仲達 「――ちょ、子桓さま…っ!」

 優美な手元で煌く白刃に、司馬懿は思わず大声をあげた。慌てて駆け寄る臣下の姿に、曹丕はふと顔を上げる。

「な、何をなさってるんです一体!?」

「何って」

 見れば判るだろう、と言いたげに。細い指が示した枝の先、艶やかな髪が一筋絡みついていた。そこにあてがわれた刃。取り乱した司馬懿とは対照的に、主は淡々と言葉を続ける。

「引っかかった。とれそうもないし、面倒だから切ってしまおうかと……――それが?」

「…………それが、って…………」

 がっくり、と。司馬懿は思わず脱力した。

 ――こういう方なのだ。この人は。

 確かに、細い枝はかなりしっかりと、淡い色調の髪を絡み取っていた。長く細く柔かいその質感が、この際は仇となったらしい。

 加えて。その優雅な身のこなしとは裏腹に、曹丕には割と大雑把な一面がある。

 細かい小手先の作業が嫌いというか苦手というか―――不器用、というか。おそらく今回も、外そうとあれこれ試みているうちに、事態は更に悪化していったのだろう。

 ――それに、しても。

「……わかりました」

 細い指から、短剣を半ばもぎ取るように受け取りつつ。

「私に、お任せ下さい」

 司馬懿は内心、溜息を吐いた。



∽∽∽



「一声、掛けて下さればよろしいのに……」

「何で」

 長い睫毛が落とす翳すら、確認出来る程に。何とか解こうと枝と格闘する私の隣、形の良い眉が怪訝そうに顰められる。

「これくらいで。髪なんて、またすぐ伸びる」

「駄目です!!」

 思わず叫んでしまった私に、彼の人は一瞬、きょとんとした表情を見せた。何というか――可愛らしい。

「…あ、いえ。それは勿論、子桓さまがお決めになることですが」

 ……いやいや見惚れている場合ではなくて。咳払いの後、僅か赤面しつつ、苦笑せざるを得ない。

「――本当に。御自分に、無頓着すぎますよ、貴方は」

 自分に。無頓着で無関心で、無自覚で。

「勿体無いでしょう?こんなにも、綺麗なのに」

 見ている方が、心配になる。切なくなる。




「……こうして触れられる事が、まるで奇蹟にも思えるのに――」




 その瞳。何気ない貴方の言葉に、仕草に。

 その存在に焦がれる者がいる。気が、ふれそうな程に。




 ――それを、わかっておられないから。




「……馬鹿馬鹿しい」

 花の香りを含んだ風が、幾筋か通りすぎた後。

 ふい、と視線を逸らして、そっけない声が放たれる。

「髪。無理なら、さっさと切るぞ」

 やはり容赦のない最後通告に。愛しい囚われ人を救うべく、私は慌てて手元に視線を戻した。



∽∽∽



 ――変な、奴。




 得体の知れない気恥ずかしさに、外した目線をゆっくりと戻す。

 真剣な眼差し。指先に全神経を集中しているらしい横顔は、俺の視線にも気付かない。

 たかが髪のことくらいで、むきになって。

 ……いや、今回だけじゃない。




 何故。

 どうしてこいつは、俺をこんな風に扱うんだろう。




 大事に、されている、と、思う。

 その点、兄上や伯益と似ている。けれど――違う。何かが。決定的に。

 ……理解らない。

 理解らなくて、慣れなくて。

 くすぐったいような――――恐い、ような。




 教えて欲しい。






 オ前ハ……俺ノ、何?






「――ほら。取れましたよ、子桓さま」

「……ん」

 浮遊感を伴う思考の樹海から、低い声が俺を呼び戻す。或いは自分の声の次に、聞き慣れた。

「少々手間取りましたが。ほら、切らなくて良かったでしょう?」

「…まぁ、な」

 まるで自分の事のように、嬉しそうに。

 普段の仏頂面からは想像も出来ない程、相好を崩す相手に、思わず笑ってしまう。




 その言葉や、眼差し。声や腕や、長い指。

 全てに込められた、感情。優しく……激しく、熱い。




 理解できなくても、慣れなくても。




 ―――悪くは、ない。




「なら。お前が引っかかった時は、俺を呼べ。切るなよ、解いてやる」

 何となくふわふわとした気分に、笑みが収まらないのを自覚しながら。その髪を一筋絡め取り、戯れ事めいた口調で言った。礼の代わり。――若しくは、照れ隠しだったかもしれない。




「この、手触り。割と――気に入っているからな」

「――――――………っ…」




 瞬間。

 強烈な酒を呷ったかのように、顔全体を一気に朱に染めて。絶句したまま固まってしまった相手に、驚くというよりいっそ呆れてしまう。

冗談のつもりが、こっちまで恥ずかしくなる。――自分は、もっと恥ずかしい台詞を平気で吐く癖に。





 本当に―――変な奴。




―了―




<後書き>


 ……すみません。


 何よりまず謝らせて頂かないと。これって、ウチのページでカウントゲットしてもらってのリク小説だった筈なんですけど……いつだよ、4000って、俺?(万死)

 あああごめんなさいトロい奴で私、ってことで、よーやっとお届けできましたv ふうやれやれ。(じゃねぇだろ…)



 えと、内容ですが。

 「仲達×子桓さま」ってトコはまあクリアしてると思うんですが、短い&ややこしい書き方でゴメンナサイです(汗)。子桓さま一人称って初めてだわ、そういえば。

 ただただ「絡まっちゃう&不器用子桓さま」が書きたくって作ったので、あんまり練れてないかもです…。(遠い目)しかし子桓さまって、「見かけによらない」トコロが多そうで可愛いですよねv(え?誤解??)

 作中年代的には、比較的出会ってすぐの頃、ですかね。でもやっぱりらぶらぶな二人……勝手にやっててクダサイ。(爆)



 とまあ、こんなへっぽこ小説ですが、何卒押し付けられてやって下さいませv

 またのリクエストお待ちしております〜。ではでは。




潮 拝

 



潮様のコメント


 「仲達×子桓さま」ってトコはまあクリアしてると思うんですが、短い&ややこしい書き方でゴメンナサイです(汗)。子桓さま一人称って初めてだわ、そういえば。

 ただただ「絡まっちゃう&不器用子桓さま」が書きたくって作ったので、あんまり練れてないかもです…。(遠い目)しかし子桓さまって、「見かけによらない」トコロが多そうで可愛いですよねv(え?誤解??)

 作中年代的には、比較的出会ってすぐの頃、ですかね。でもやっぱりらぶらぶな二人……勝手にやっててクダサイ。(爆)


桐沢のコメント

もうもう潮様の書かれる小説は本当に私の理想通りの子桓様と仲達で、なんて全く素敵なんでしょう!!!!! この素晴らしく完璧なくせに不器用な子桓様の何という可愛らしさ!!! 子桓様の自分に興味のない様子とか、そんな子桓様に振り回されまくっちゃってる仲達とか、もうもう私好みで私好みで、あぁもう潮様のこんな素晴らしい小説を頂けるなんて、なんて全く幸せなんでしょう!!!!!

本当に本当にありがとうございました!!! 挿し絵は時間が出来次第、すぐに本物に描き替えますので、今はこれで……。


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