財界総理                                       

 予期しない悲劇によってあなたが明日死んでしまったら、あなたの墓碑銘はどのように書かれているでしょうか? 人々はあなたのどんなところを思い出すのでしょう?結局のところ、 あなたは、その生涯において稼いだ金額ではなく、やり遂げた立派な仕事によって思い出されるのです。
 財産を残しても相続争いの元になるだけですが、あなたの立派な行いはあなたがいなくなった後もずっと忘れられることはありません。 財産を築いたら、あなたのお金と時間の一部を、あなたよりも恵まれていない人たちのために捧げましょう。           (HILL’s Message より)


 これを読んでいると新約聖書の次の個所を連想します。人間は愚かであり、自分の命は単に今預けられているだけであり明日をも知れぬことを忘れがちです.。

 「それから、イエスはたとえを話された。ある金持ちの畑が豊作だった。金持ちは、どうしよう。作物をしまっておく場所がないと思い巡らしたが、やがて言った。こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに作物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。 さあ、これから先何年も生きてゆくだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめと。しかし神は、愚か者よ、今夜お前の命は取り上げられる。お前が用意したものは、いったいだれのものになるのかと言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ.。」     (「ルカによる福音書」12:16〜21)

 少し前、企業の買収が大きなニュースになりました。その渦中で若き企業家が脚光を浴びていましたが、何を目的にしての行動だったかがいまひとつ明確ではありませんでした。「お金で買えないものはない」と豪語していましたが、人間の心はお金では買えない場合があるのを忘れてはいけません。全てがお金でどうにかなるとの思いは彼の心が卑しいからなのでしょう。彼はある見方をすれば単なるマネーゲームをやって居るに過ぎません。(地裁で有罪判決を受け控訴中;やはり犯罪行為だったようだ。)

 財界総理とは経団連会長をこう呼ぶようになったのですが、その嚆矢となったのが石坂泰三さんでした。彼の座右は「満足シテイルモノハ、最モ富メル者デアル」だったそうです。「天下の石坂たるものが、あまりにも退嬰的ではないか」とも思えますが、毀誉褒貶に明け暮れする俗人とは違った純粋で美しい別天地を知った人だったのです。彼の才覚をもってすればマネービルなんぞ容易いことでしたが、金輪際自分のためにその才覚は振るわなかった人だったそうです。


    人皆知取之為取而不知与之為取
    (人ハ皆、之ヲ取ルヲ取ルト為スヲ知リテ、之ヲ与ヘルヲ取ルト為スヲ知ラズ)


 こういった揮毫をする経済人が今の時代何人いるのかと思えます。虎は死にて皮を残す。人間は死んで何を残すのでしょうか。マネーゲームのような虚業に明け暮れするような経済人が闊歩するような国は、この先、生き残っていけるのか疑問に思えます。