「イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。『はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。』」 (「マルコによる福音書」12:41〜44) |
ここ数年、日本で特に顕著なのが成果主義である。過程はともかく結果の多寡のみから全てが評価され、成果が少ない者は評価が低いという考え方である。物質万能主義が全てである世の中では金にならないものは評価されない、効率一辺倒の世界であると言えよう。こんな世界は弱肉強食、強い者が全てを得、弱い者は強い者に全てを奪われる、本当にドライな世の中なのである。言ってみれば自然状態、適者生存の原理が働くそんな世界である。そこには「憐れむ」とか「慈しむ」とかの人間が霊的な存在でもあることを特徴づける感情はなく、如何に他者より秀でるかを競う、そんな社会なのである。 |