ここにはシモン・ペトロたちのイエスとの出会いが書かれています。ペトロは漁師でしたから、自分たちが一晩苦労してもなにも獲れない所で網を降ろしても無駄と思ったのでしょう。人間は往々にして自分の経験に基づいて判断し、結論を出してしまうことがあります。信仰にも同じようなものがあるのかも知れません。でも、神との出会いは確実にその人の人生を変えてしまいます。自己中心の考えから、主が望んでおられる生活へと大きく転換されるのです。「聖書は神に対する人間の正しき思想ではなく、人間に対する神の正しき思想なのです」人間とは如何なる存在なのか、聖書を読むと人間は思想的に180度方向が変化するような革命的な衝撃を受けます。人間の幸せとは何なのか、その考え方が今までとは異なり、180度方向が変更されるように思います。自分自身の本質,所謂自己のアイデンティティを知ることが出来るようになると思うのです。そこにこそ心の平安があるのではないでしょうか。 バレンタイン・デ・スーザが「たとえつまらないと思われる仕事でも、感謝し、静かな心、愛の心で果たしたのであれば、それで十分です。何をしたかではなく、心を、魂を、力を尽くしたかどうかが大切です。」と述べていますが、 最近は成果主義とかで、手段を問わず何でも金銭に換算して結果のみを評価してしまっています。そんなところに心の平安はありません。あるのは軽薄な自己満足と、充足感の欠如だけではありませんか。 人間はその人生を希望をもって生き、喜びには単純に、そして悲しみにも神が目をかけて与えて下さった試練と思い、すべてに感謝をという心で接し得られればこれに勝る幸せはありません。
神と出会うこと、それは本当に大きな出来事だと思います。皆様のよい出会いを期待してなりません。 |