超短編集(2軍)

kneo自作ショートショート集の2軍。日経MIXおよびNew MIXのsf会議に発表したものであり、一部は後から手を加えた。
2軍選手らも、なかなか優秀である。よりいっそうの努力を望みたい。すべて(c)吉川邦夫。無断掲載引用盗作を禁じる。

2000-01-21: 「夢放送」「ミニー・マウスのバラッド」「花の名前」「夢見るひと」「メカタン」「ジュラシックパーク2」「ノドに優しい時代」「テープ」「その人は」「接近遭遇時に記憶される5音の旋律の解釈について」「オーケストラリア」を2軍落ちにする.。
 

(→1軍を読む)



夢放送

夢を送信する装置を考案したB博士、広告会社の社長に援助を願い出た。
「実に効果的な広告メディアですよ。既存のコマーシャルフィルムを送信するだけでよろしい。覚醒時と違って睡眠中は意識のガードが堅くない。前例のない商品でも、少々高額でも、広告さえ良ければ欲しがらせることができます。これが試作機ですが、実験の結果は、通常のサブリミナル効果と比べて驚くべきものです。ぜひご協力を」
「確かに凄い発明だ。しかし、消費者が受け入れてくれるだろうか。夢に侵入するな、夢を奪うな、と反対運動でも起こされては困る。きちんと受信料の契約をして、CMなしで映画やドラマを送信するのがいいだろう。だが悪夢を放送したなどと訴えられないだろうか。どうも気がひけるな」
「どうしてそうネガティブに考えるのです。夢がないなぁ」
「けさの夢見が悪かったのでね。君、僕の夢に何か送らなかったか?」



ミニー・マウスのバラッド

ネズミのミニーは航路の脇で、洗濯ものを干していた
ある日シャトルの機関士が、可愛いミニーに声かけた
「もし、おじょうさん、この僕に お弁当作ってくださいな」

ミニーはなんだか恐かった。あいつはまるでクマゴロー
だけども声は優しくて、熊とはずいぶん違ってた
「お顔は熊でも、あの人は 心の優しい機関士ね」

翌朝ミニーは航路の脇で、お弁当作って待っていた
やっとシャトルがきたけれど、あの機関士はどこにいる
シャトルが月にかかる頃 ぽーっ と、間抜けな声がした



花の名前

夜中だか昼間だか、もうわからない。とにかく僕は何か食べたくなって「台所」へ行った。幸いなことに大蒜の球根も、乾燥した唐辛子の果実も、たっぷりと積んである。これらはほとんど支配的な調味料だからね。当然だよ。油脂も、オリーブから採った上等なものが、まだまだ十分に残っている。それから... Pasta di semola di grano duro と書かれた大袋がある。美しいブルーの地に白い字。黄金の小麦の束を2つ、軽々と持って微笑んでいる豊満な娘。シャツは白、長いスカートは青、前掛けが赤。マリア様の色だ。足元には何事かを象徴するように大きな赤い花が3つ。花の中心には黒い点々が書き込まれてる。花粉だ。この花、名前は何ていうのだっけ。いや、そんなことはどうだっていい。袋の中身はどこへ行ったんだ? あとまだ1ヶ月も、パスタなしでどうやって生きていけばいいんだろう。僕は思わず窓の覆いを開け、眼下のヨーロッパから祖国を探した。



夢見るひと (データ少佐に捧げる)

眠るひとの息はあたたかく湿っている。熱と炭酸ガスを排出しているからだ。
それに、ときどきいびきをかいたりもする。まるで自動運転中のエアコンだ。
閉じた目蓋は、放熱器の表面についた水滴のように、ときどき細かく震える。
このひとが見ている即興の寸劇は、大脳という暗い劇場の外からは見えない。
そして、いま揺り起こせば、夢見るひとは消えて、彼という人間が生き返る。
あぁ、もう朝かい。彼はそう言うだろう。いまは太陽よりもシリウスのほう
が近くにあるのだけれど、故郷の自転や潮汐の余韻が彼をまだ支配している。
海で泳ぐ夢を見たよ、と彼は言うだろう。君は夢を見たことがないんだよな。
アンドロイドが夢を見ることもある。ほんの数マイクロ秒の間だが回路が誤
動作をして、ランダムな情報がアクセスされるという。その夢は記憶されず、
出力されることもない。夢を見たアンドロイドは、自己診断回路によって即
座に停止状態へと遷移するのだ。それは死だろうか。それとも眠りだろうか。



メカタン

目方葉子さんは大手製薬会社に勤務する若白髪の研究員。彼女がアマゾン北西部から持ち帰った307株の植物のなかに新属のナス科植物がありました。CPATU(湿潤熱帯研究センター)の所長が敬意をこめてSomnus mekataiと命名することになるこの矮小な植物にはネムリナスビという和名が付けられましたが、属名の由縁である眠りの神の名に恥じない薬効は全世界が知っています。不眠症はもう遅刻の言い訳にはなりません。濃紺色の果実から抽出される催眠性アルカロイドの名前は、その画期的な商品にも使われています。メカタンを知らない受験生はもう日本には一人もいません。服用した哺乳類はネズミであろうがライオンであろうが、即座に深い眠りの底に突き落とされ、心地好い目覚めの瞬間に味わう至福感こそがメカタンの醍醐味なのです。お申し込みは今すぐご覧の電話番号へ。半年分のメカタンに今なら圧迫感のないドーナツ枕がついて、なんと19800円。19800円です。



ジュラシックパーク 2

もちろん琥珀の中の昆虫も再生しましたよ。ジュラ紀や白亜紀の蚊ですね。
恐竜より蚊のほうが再生が簡単だったから、恐竜に着手する前は、盛んに蚊をやってました。
はい。こいつらとんでもなくごつい奴でね、そりゃステゴサウルスあらためディラコドンだのトリケラトプスだのの皮膚を食い破ろうという奴等ですから現世の蚊とは比べものにならないくらいタフです。
で、見境なく襲いますね、炭酸ガスめがけて一直線に飛んできて、そこにあるものをなんでも食い破る。網戸なんて一撃で破りますからね。最終的にはバリスティックナイロンですか、防弾チョッキなんかに使うやつ、あれで防護服を作りましたけど、長くは保ちませんでしたねぇ。
それで、この蚊に食われるとえらいことになります。蚊って奴は血液が凝固しないように薬を注入して、それでかゆいんですが、連中のはかゆいどころじゃなく大量出血が止まらないから。まあ見つけたら逃げてくださいね。食われたら死にますから。



ノドに優しい時代

次の方。どうなさいました? ああ、声を出せないのね。はいはい、無理しなくていいんですよ。ええと。おたくキーボードは使えるかな。あそう。じゃ、ちょっとこっちに椅子を寄せて。ローマ字打ち? あらま、そりゃ好都合だったね。では、どうぞ。

> ものが言えなくなりました.

ということは、前は喋れたわけね。ふん。喋れなくなったのはいつから?

> 10年山に籠ってプログラム書いてたんですが, 下界に降りたら喋れないことに気がつきました.

あらそう。じゃ、ちょっとお口開けて。ん?、別に腫れてるわけでもないわね。熱は? そっか、なるほどね。わかりました。おたくのは要するに喋り方を忘れてるだけよ。それじゃね、ちょっと悪いけどゲロ吐く真似してみてくれる?

「うげぇ」

うまいわよ。じゃ、次にね、出かかったゲロをノドのとこで止めるマネして。

「んむっ」

ほおら喋れた。後はなんとかなるわよ。ただしあんまり熱心に練習するとノド傷めますからね。まぁ、今の世の中、怪我や病気でもしない限り、人と話すなんてこと、ほとんど必要ないから、おたくみたいな患者さんも増えてるのよ。おかげで喉の病気も減って、商売にならんけどね。はははははは。お大事にね。ところで、10年も山に籠って、いったいどんなソフト作ってたの?

「うげぇっ」



テープ

運動会の思い出ね。いま思えば、不思議な話なんだけど、こんなことがあったな。小学校に入ってから、ずっと篤子と一緒のクラスだったの。国体選手になった篤子だから、いっつも一番なわけ。で、わたしはいっつも二番だったの。別に口惜しくはなかったけどね。もう全然レベルが違うんだもん。話にもなんにもならんぞ、みたいな。
それがね、6年のときの運動会だったけど、最後にクラス対抗リレーってあったじゃない。いつもみたいに篤子がアンカーだったけど、前の競技で足を痛めたとかいって、わたしと順番を入れ替えたの。最初と最後が逆になったわけ。
で、スタートしたら、けっこうあいつ速いの。「あれ」なんて思ってさ。「もしかしてわたしにアンカー譲ったのかな」なんて考えたら、どきどきしちゃった。篤子と中学は別になるって、わかってたし。最後の運動会ってやつ?
3人めにバトンが渡ったときもわたしたちがトップだったけど、すぐ後に、5組だったかな、迫ってて、わたしに渡るときには、ほとんど同時だった。こりゃ頑張らなくちゃって脇目もふらずに走りましたよ。それで、まあなんとか抜かれないで行けそうだと思ったら、テープが見えたの。
テープって、それまでわたし、切ったことなかったのよね。あれ、胸に当たったら痛いのかな、なんて馬鹿なこと考えはじめちゃってさ。そしたら「この根性なしっ」っていう声が頭の中で聞こえたの。たっぷりエコーつきで。
「え」とか思って、きっとそのせいだと思うんだけど、最後の最後で抜かれて、結局テープは切れなかったんだ。そしたら篤子が駆け寄ってきてさ、「この根性なし」って大声あげて、げんこでわたしの胸、思いっきりどついたのよ。ありゃ痛かったなぁ、本当に。



その人は

本当です、本当です、あなたがたに申し上げます。私は重要なメッセージを伝えるために、遠い未来からやってきたのです。そのメッセージとは、「死後の世界」などというものは、ない、ということです。地獄、などというものは存在しません。天国、極楽などというものも、ないのです。それらは嘘なのです。こう言うと「では死んだらどこへ行くのか」と反問なさる方がいらっしゃいますが、死んだら墓場に行くのです。「それは死んだ肉体の話であって精神は永遠に不滅だ」と、おっしゃいますか。「神がおっしゃったことと違う」と。いや、だから神様なんてものは存在しないのですよ。あなた本当に信じてるんですか。まあついでに教えてあげますが、あなたがたの住んでいる地球というのは、太陽の周りを回っている星ですよ。それから、あなたがた人類はネズミのような動物から進化してきた動物なのですよ。人種や宗教や国が違うからといって憎しみ合うのは馬鹿げたことです。信じられませんか。では2000年ほど後に証拠を見せて差し上げましょう。いま私があなたがたに語っていることは、なるほど分かりやすい比喩に満ちていますが、その頃ようやく完成される電子計算機というもので翻訳すると、私の言葉の本当の意味がわかるようになるのです。さて、私はもう未来に帰らなければなりません。あなたがたはお互いを愛していますか。愛こそはすべてです。私の母はリバプールという町に住んでいました。父はどこかに行方をくらましました。私は3人の仲間たちと一緒に世界を救おうとした。しかし私たちは浅墓でした。世間も浅墓でした。うまくいかなかった。最後は変な奴に撃たれて死にました。だからこの時代に来たのです。もう帰らなければなりません。私は殺されなければなりません。何度も殺されなければなりません。私は神の子ではありません。救世主でもありません。これは本当です。本当です。



接近遭遇時に記憶される5音の旋律の解釈について

 移動ドの階名を使うならば「レミドどそ」と表現されるあの旋律に何かの意味が隠されているのではないかという問題を私は長年研究してまいりましたが先日ついにその答えを得たのであります。彼らはアメリカ合衆国に大いなる関心を示しているによって問題の旋律は米国流に解釈されなければならないことは明白である。ドレミ階名が欧米でも一般に使われていることは「ドレミの歌」の普及度を見ても明らか(「ド」を「Ut」と読む国もあり「シ」は「死」に通じると日系移民の指摘もあって米国では「ティ」と読まれている。)ですがハニホヘトイロに対応する米国の音名はCDEFGABであります。 「レミドどそ」を音名とみなすならば米国では「ニホハはと」ではなく“decCG”と読まれなければなりません。この結論には研究開始から僅か数年のうちに到達した。しかるに“decCG”とは何か。数多の資料を渉猟し各界の知恵者を煩わせしも要領を得ず隔靴掻痒の日々を過ごしてきたのでありますが先日タケルと申します大学院生の愚息がパソコンをば行使しておったので“decCG”とは何かと戯れに尋ねてみたところ即時に解答を得たのであります。decとは米国に実在する大手コンピューター会社Digital Equipment Corp.の略称でありCGとはComputer Graphicsの略語なる由!
 念のためUFOとコンピューターに詳しい富田勲氏にも尋ねたところ「他に解釈のしようがない」との答えを得ている。しかしその意味を解明するのは私の能力を超えた仕事でありコンピュータ専門家諸兄にぜひとも専門的判断を仰ぎたいと思いまして拙文を公開する次第であります。



オーケストラリア

高田馬場から山手線に乗ったら、フルートを奏でている高校生らしい女性がいた。
「今朝、私の家の庭に咲いた花は何でしょう」と彼女の楽器は歌った。
「アマリリスではありませんか」と、和装の若い男性が渋いチェロで応える。
「いいえ、いいえ」フルートは控えめなグリッサンドで、もどかしさを表現する。
「きっとそれはライラックね」と、魔法使いのような高齢の女性がアマティと思われる枯れたヴィオラで甘すぎるヴィブラートを奏でる。
なんとなく高揚した気分で俺もヴァイオリンを構え「スミレでしょう」と、やってみる。
フルートは「その通りでした」などと、ふざけたような、嬉しそうでもあるような、音階を奏でてくれた。
ざまみろっ。
「えー、次はシンフォニア。シンフォニア。お出口は右側でございます」
いつもながらタイミングを心得た初老の車掌が、年期の入ったファゴットで告げた。
それを待っていた若いサラリーマンのコルネットが「それって新大久保じゃねーの」とつぶやく。
車内に笑いの合奏が巻き起こる。
オーケストラリアの首都、東京の賑やかな一日は、こうして始まる。


-------- もくじ --------