「これだけは言っておきたいんだがね、トリケラの奥さん」忽然と姿を現した雷竜太は、老いた喉から洞窟声を絞り出す。「あんたのタマゴを盗んだのは私ではない。私はここを離れることができないからな。私は、もうこの島の一部になってしまっている。コモド島の守り神というわけだ。四百年も生きていると、そういうことになってしまうのだ。私は、もうそのことを受け入れて、ただただ永遠に生きていくのだ。だが私とて食わなければ死んでしまう。卵は好きで、よく食べる。だから奥さんが卵泥棒と喧嘩したいというのなら私と喧嘩すればいい。だが、殺さないでほしいものだ。私が死ぬと子供たちが悲しむだろうからな」
「私の子供たちはどこなの?」と、奥さんが無感動な声で言った。「あなたは卵を食べたと言ったわね。私の子供たちは、そのだぶついたおなかの中にいるの?」「誰が卵を盗んだにせよ、あんたの子供はもう生きてはいないだろうな」「じゃあ、殺すわ、あなたを」奥さんは戦闘態勢に入った。「何を言っても無駄なようだな。しかたない。私たちのどちらが死んでも誰も喜ばないと思うのだが」
トリケラの奥さんが時速50キロで突進してきた。雷竜太は口を大きく開けて威嚇した。だが、彼の10倍の体重を持ち小鳥ほどの警戒心も持たないトリケラトプスは、躊躇なくコモドオオトカゲの脇腹に鋭い角を突き立てた。巨大なダンプカーに突撃されたようなものだ。コモドオオトカゲは大量の血をばらまきながら宙を飛び、ごろごろと横転した。そして、腹を見せてあがき、尾を振ってもがいた。まだ生きてはいるが、ほどなく死ぬことは明らかだった。トリケラの奥さんは、3メートルほど跳躍して弾みをつけ、老いたコモドオオトカゲの首筋の上に全体重が乗ったドロップキックを浴びせた。頚椎が粉砕される音が聞こえ、そして静かになった。
「口ほどにもない奴ぢゃ」と言いながら目玉親父が立ち上がった。トリケラの奥さんが戦闘の直後で興奮しているときに、そんなことをしてはいけなかったのだ。「た、タマゴ」奥さんは目玉親父に飛びかかり、ぱっくりと食べてしまった。
* * *
48時間後「どうでもいいけど臭かったぞ」と、目玉親父が言った。
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©Kunio Yoshikawa 1996,2004