第33題「二重国籍」考

在日韓国人の国籍状況

 日本は1985年に国籍法を改正し、国籍取得をそれまでの父系主義から父母両系主義に変えた。従って父か母、どちらかが日本人であればその子は日本国籍を取得することとなった。

 一方の韓国でも国籍法が1998年に改正され、日本と同様にそれまでの父系主義から父母両系主義に変わった。これにより父か母、どちらかが韓国人であればその子は韓国国籍となる。

 ところで拙論「第19題 消える「在日韓国・朝鮮人」 にあるとおり、在日韓国人の結婚は、同胞どうしの割合が十数パーセンにすぎず、残りの8割以上が日本人を相手とするものとなっている。 とするとこの8割以上の在日は、その子が日本国籍と韓国国籍の両方を取得できる二重国籍者となる。別に言えば、その子供らは二重国籍となる権利を持つことになる。

 しかし実際はどうであるのか。

在日韓国人が日本人と結婚した場合、子供の出生届を日本の役所に届けると、その子は父または母の日本戸籍に登載されて日本国籍となり、外国人登録されることはない。次にこの両親が韓国大使館あるいは領事館で所定の手続きを行なうと、韓国の戸籍に登載されることになり、韓国国籍となる。このとき初めて法律上正式に二重国籍となるわけである。 将来韓国に帰国して生活する意思を持つ場合、あるいは子供に国籍の選択をさせたいと考える場合に、このような二重国籍となる。(下記註)

どのような場合においても、日本の法律でも韓国の法律でも、二重国籍の子供は22歳になるまでにどちらかの国籍を選択しなければならないとされている。従って二重国籍は22歳までの話である。

 ところで韓国大使館等で行なう手続きは、当然韓国語で行なう。漢字のないハングルである。韓国語を知らない在日韓国人がこれをしようとすると、通訳を雇わざるを得ない。在日韓国人が日本人と結婚しても、将来韓国に帰ることはないし言葉も分からないので、本国へこのような手続きをすることは現実にはほとんどない。つまりかれらは子供に二重国籍を取得させることができるのに、そういう行動をすることはないのである。すなわち二重国籍は可能であるが、そのような選択を当人たちはすることなく、子供には日本国籍のみを持たせているのが現状である。

 つまり在日韓国人は様々な選択があるなかで、大勢として二重国籍ではなく日本国籍を選択してきたし、これからもそうであろうということだ。

 

(註) 韓国の現国籍法では、「国外で出生して外国籍を取得した大韓民国国民は、出生後3月以内に大韓民国の国籍を留保する意志を表明しない場合には、その出生に遡って大韓民国の国籍を喪失する」とあります。つまり日本人と結婚した在日韓国人の子供は、3ケ月以内に在日公館に国籍留保の手続きをとると日韓の二重国籍となり、とらないと単一の日本国籍となります。

 

二重国籍の問題点

 二重国籍者は複数の国家に所属する国民であるから、国家の対人主権が重複することとなる。従って兵役や参政権等で矛盾が生じるし、身分行為(婚姻や養子など)や相続でどちらの国の民法に準拠するか混乱することにもなる。また所属する国家間で、いわゆる外交保護権が衝突する可能性もある。

 次に二重国籍者は二つの国からそれぞれ真正のパスポートを取得・行使できることになり、従って個人の同一性判断が困難となる。例えばA・B国の二重国籍者は、ある国にA国人として入国した際に犯罪を犯して国外追放されても、B国人としてすぐに再入国することが可能なのである。その国では二つのパスポートを持つ人が同一人物であることの確認が難しい。犯罪者にはまことに都合がいいことになる。

 また二重国籍者は自分の属する二つの国で別人と結婚(いわゆる重婚)することができる。世界には男性に限り重婚を認める国があるが、日本を含めほとんどは認めていない。しかし二重国籍者はそれぞれの国で婚姻届を出すことができる。そしてそれぞれの政府機関はそれぞれの民法に照らして合法であれば受理されることになる。一旦受理されると、一方の国の裁判で重婚だから無効と判決されても、もう一方の国での有効性を取り消せるものではない。二重国籍は重婚の防止が困難なものである。

 また二重国籍者は第三国で遭難した場合、どちらの国が保護に乗り出すのか。あるいは第三国で罪を犯した場合、どちらの国に強制送還となるのか。これは外交的摩擦となるだろう。

 あるいはまたオリンピックなどの国際競技において、二重国籍者は出場することができない。陸上百メートル障害日本記録保持者の金沢イボンヌさんは、当初二重国籍を疑われたが日本の単一国籍と判明し、晴れてオリンピックに出場できた、という記事がスポーツ新聞にあった。

 

二重国籍は解消すべき

 戦前の国際連盟でも、戦後の国際連合でも、国際法委員会で無国籍と二重国籍を解消させる旨が決議されていたと記憶している。

 国家が自国民の範囲を決める国籍は、それぞれの国で事情が異なるので、国際交流が盛んになると、二重国籍の発生は避けられない。しかし、国家が国家たる以上は、二重国籍を解消し、単一国籍にしようとすることは当然のことであろう。

 日本や韓国の国籍法が、二重国籍を持つ者に対して、成人(20歳)になってから2年経過するまでにどちらかの国籍を選択して単一国籍にせよ、となっているのは、現状においては優れた制度である。

 このような国籍選択制度は、世界的にかなり新しいもので、他にイタリア、メキシコ、シンガポールなどにあるが、これから広がっていく制度だろうと考える。

 

(追記)

 日韓の二重国籍を持つ在日韓国人の場合、パスポートは日本政府が発行することになります。一方の在日韓国公館では、在日の自国民にパスポートを発行する際には日本の役所の「外国人登録済証」の提出が必要とされています。二重国籍の在日韓国人は日本国民として住民登録されますが、外国人登録されていませんので、韓国のパスポートを取得できません。つまり二重国籍ですが、両方の国から同時にパスポートを持つことができない仕組みになっています。

 在日韓国人が日本ではなく第三国の国との二重国籍の場合は、日本国民ではないので外国人登録されますが、在日韓国公館がパスポートを発行するかどうかは把握していません。

 

韓国国籍法の改正を1997年としていましたが、これは国会通過した年で、施行は翌98年6月です。よって1998年に訂正します。(2004年5月16日記)

 

 一部訂正改変。(2004年12月23日)

 

(追記)

フジモリ氏の二重国籍

 元ペルー大統領のフジモリ氏は、ペルーだけでなく日本の国籍をも有する。だからこそ日本に亡命し、日本は自国民保護の理念から彼を受け入れた。
 二重国籍について拙論では第33題で論じた。ここでは二重国籍に否定的な見解を呈示した。その理由の一つに

所属する国家間で、いわゆる外交保護権が衝突する可能性もある。

としたのだが、今回のフジモリ氏の件はまさにその通りの事態となっている。
http://www.sankei.co.jp/news/051113/kok028.htm
 しばらくは推移を見守るしかないが、二重国籍が国際摩擦を引き起こした例として記憶に留めるべきものだろう。
 二重国籍を認めよと主張する人がおり、そういった活動も盛んなようだ。だがやはり二重国籍は問題が多く、解消する方向にいくべきであろう。

2005年11月13日記

 

(追記)

フジモリ氏が二重国籍を維持している理由

フジモリ氏が二重国籍をなぜ維持しているのかについて、疑問を持たれる方がいました.
その方はK国に帰化したところ、1年半ほどして日本政府より日本国籍離脱の手続きとパスポートの返還を求められました。その時、日本では二重国籍が認められないことを改めて知ったそうです。
 ところがフジモリ氏は二重国籍であり続けている、これは何故か?という疑問です。
 これは国籍法附則第3条の「国籍選択に関する経過措置」に基づくものです。
 この国籍法では、二重国籍者は20歳になると2年以内にどちらかの国籍を選択しなさい、となっています。しかし、この法施行時(1985年)に二重国籍である20歳以上の人はどうなるかについて、附則第3条で経過措置を設けました。
 これは日本を選択したものと見なして、日本国籍は喪失しないこととし、もう一つの国籍は不問とする、というものです。分かりやすく言えば、二重国籍のままでよい、ということです。
 フジモリ氏はこれに該当しますので、二重国籍を維持しているのです。

2005年11月15日記

 

(追記)

拙論第33題について、下記のような批判がされています。

http://hatena.ne.jp/1083616675
5. 回答者:Calera (59) 2004/05/04 07:48:09 この回答で満足! 15ポイント
└ 質問者のコメントhal44 (2) 2004/05/04 08:25:33
欧州各国、それにアメリカ、オーストラリア、カナダのような出生地主義をとる国はどこも二重三重国籍の永続保持を認めています。’二重国籍論’ザッとですが、拝見しました。まるで、犯罪のような扱いで、吃驚しました。国民は保護するものというより、管理するものという姿勢が、全面にでていて、恐ろしいものだと思いました。

 米、豪、加の国籍法には「二重三重国籍の永続保持を認める」という規定はありませんので、この点は間違いです。
 拙論では二重国籍者を犯罪扱いしていません。その問題点を指摘しただけなのですが、二重国籍推進論者には犯罪扱いのように見えるようです。困ったものです。
 国家は自国民を保護するものですが、逆に自国民でない者を保護する必要がありません。自国民か否かを判定するのに、管理をきちんとしなければならないのは当たり前です。これを「恐ろしいもの」とする感覚はいかがなものでしょうか。管理されるのは嫌だ、しかし保護してくれ、という主張はわがままそのものでしょう。

2005年12月31日記

 

(参考資料)

アメリカは自国民の二重国籍について次のように解説しています。

http://japan.usembassy.gov/j/acs/tacsj-dual.html

二重国籍は認めるが支持しない、というのがアメリカの立場です。二重国籍推進論者はこの「支持しない」ことやその理由について言及しません。おそらく故意なのでしょう。

2006年1月7日記

 

(追記)

拙論で二重国籍の問題点の一つとして、兵役の矛盾を挙げました。今、米韓でこの矛盾が現実となっている事例が発生しています。

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2006021884428

FEBRUARY 18, 2006 02:59

米国の市民権と永住権をそれぞれ取得した2人の韓国軍の兵役対象者が米軍に入隊し、論争となっている。

17日、国防部と兵務庁によると、彼らが兵役法上の兵役義務を果たさずに米軍に志願入隊し、身柄処理をめぐって政府が頭を悩ませているという。

2人はいずれも04年に韓国軍に入隊する対象者だったが、A(22)氏は駐ドイツ米軍に、B(21)氏は駐韓米軍にそれぞれ入隊し、現在一等兵として服務中だ。

米国の市民権者であるA氏は、入隊身体検査を控え、海外旅行の許可届出を行った後、出国した。以後、米軍に入隊し、昨年6月に自分の勤務地であるドイツで休暇を兼ねて韓国を訪れた後、再出国しようとしたところを、空港で兵役法違反の容疑で逮捕・起訴された。徴兵検査を受けなければならない期間が過ぎても徴兵検査延期申請を行っておらず、兵務庁がA氏に対して出国禁止措置をとったわけだ。

A氏は、米軍の身分であることが考慮され、起訴猶予になったが、ドイツに行けず、駐韓米軍兵営の内部で8ヵ月間、韓国政府の処分を待っているという。

国内で外国人高校を出たB氏は、出国許可届も行わないまま、米国に渡った後、米軍に入隊して駐韓米軍に配置されたという。米国の永住権を取得したB氏も、徴兵検査を受けていない。

兵務庁はB氏の所在把握のため、家族に連絡した結果、B氏が駐韓米軍に入隊したという話を聞かされた。兵務庁は、二人が現行法に明らかに違反しただけに、法的処理は避けられないという方針だ。しかし、彼らが米軍の身分であり、前例のないことであるため、国防部に「有権解釈」を依頼している。

2006年2月18日記

 

(参考)

在日、二重国籍、パスポート http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/18/410931

二重国籍の在日が両国のパスポートを持つ場合http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/23/417465

 

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