第19題消える「在日韓国・朝鮮人」
『現代コリア』1995年12月号に、法務省入国管理局入国在留課長の坂中英徳さんの論文(『「坂中論文」から二〇年』)が掲載されている。在日韓国・朝鮮人を直接担当する中央政府官僚による在日の現状と将来の分析であり、私には非常に興味深いものである。そのなかで私が最も注目したのは在日の婚姻状況で、1990年以降在日のカップルの80%以上が日本国籍を有する者を相手とするものであるという事実である。80年代に50%を越したと聞いて「へー!」と思ったものだが、今や80%であり、しかもその数字は毎年維持されているものである。
日本では15年前の1985年に国籍法改正が実施され、それまでの父系の国籍は否定されて、父母両系の国籍となった。つまり父か母かどちらかが日本国籍であれば子も日本国籍となり、子の国籍が韓国・朝鮮籍となるのは同胞どうしの婚姻のみになった。従って今の在日の婚姻状況というのは、生まれてくる子供の二割は韓国・朝鮮籍で、八割は日本国籍を持つことになる。もしこの数字が維持されるのなら、三〇年ほどたった将来、その子が適齢期になったとき、同胞どうしのカップルの割合も二割であり、従って生まれる子供のうち韓国・朝鮮籍の割合は〇・二×〇・二=〇・〇四、すなわち四%しかない。残りの九六%は日本国籍ということになる。
また坂中さんの論文では一九九〇〜一九九四年の在日どうしのカップルの割合は二割どころではなく、一五〜一八%である。人数で言えば、在日の三分の一が同胞を結婚相手として選んできたことになる。三分の一という数字を冷静に考えてみると、三人ぐらいの子供を産んでそのなかの一人がやっと同胞と結婚する程度で、残りはすべて日本人と結婚するということだ。在日は今それぐらいに日本人との結婚に違和感を持たなくなってきているのである。
「日本人なんかと結婚してはダメだ」「朝鮮人は朝鮮人と結婚するのが一番」と我が子の結婚相手を必死になって捜し歩いていた一世の親たちはかなり高齢化し、いまや大きな力を持たなくなってきている。せめて長男だけは同胞の女性と結婚させたい、娘が日本人になるのはしのびないと頑張っても努力むなしく、子供から「この人と結婚します」と日本人を紹介されても勘当することなく、「仕方ない」と認める時代に変化してきているのだ。六〇万の在日は一億二千万の日本人のなかの〇・五%の存在でしかなく、従って同胞との結婚の割合を二割よりさらに減少させ、日本人との結婚の割合をますます増加させていくことになるだろう。
また坂中さんによると、在日の帰化者は年間約八千人である。一〇年ほど前までは五千人だったはずであり、これもまた急増している。これは我が親族の状況からしても実感できるものだ。民族性においては頑固な一世が亡くなるにつれ、その子や孫たちは帰化を真剣に考えはじめるのである。在日の帰化に対する拒否感は世代の交代とともに消えていく。
大学で部落問題を講義する灘本昌久さんは、ミニコミ誌『同和はこわい考通信』.51(一九九一年一〇月発行)で
「朝鮮人のアイデンティティーの危機は、その深刻さにおいて部落民の比ではありません。そもそも、朝鮮人と日本人との通婚率は、一〇年以上も前に五〇%を突破しました。すると、その間に生まれてくる子はハーフ、そして次に日本人と結婚して生まれた子はクォーター。日本での朝鮮人差別が緩和してくるにしたがって境界が曖昧になっていく朝鮮人のアイデンティティー。政治的・経済的に独立した源泉がある集団のアイデンティティーは、常に新しい命が吹き込まれつつ再生産されるでしょう。しかし、在日朝鮮人のアイデンティティーの源泉は実際には消滅しつつあるのではないかというのが、私の考えです。」
と書いておられたが、彼の指摘する事態は実際にはもっと急速に進行している。
一九九五年一二月二一日付けの毎日新聞によると『世界民族問題事典』(平凡社)の<在日朝鮮人>という項目で文京洙さんが「かりに永住権をもつ韓国・朝鮮籍の朝鮮人に限れば、その数は、最近一〇年間におよそ五万人もの減少となっている。こうした事態は、在日朝鮮人の意味を韓国籍、朝鮮籍、日本籍という三つの国籍をもつ集団として、あらためて認定しなおすことを求めている」と記述し、それに対し奥という記者は「文氏の指摘は新鮮だ」と述べている。しかし在日はその婚姻状況から圧倒的多数が日本人と親族関係となっていき、そしてこれから日本国籍を加速度的に取得していくのである。冠婚葬祭という民族にとって重要な場面においても大多数の日本国籍とほんのわずかの韓国・朝鮮籍の人々の集まりとなるのは、もはや時間の問題である。「三つの国籍をもつ集団」というのは現在はその通りであるが、将来的にはあり得ない。そしてこの間違いなく起こる将来の事態の確認は「新鮮」ではなく「衝撃的」である。
この衝撃的な事態は、在日が日本人とは異なる民族としての積極的な生き方を拒否しようとしていることを示すものであり、また彼らが「在日朝鮮人文化」を有する集団としての存在を否定する方向にあることを示すものでもあり、従って日本人と朝鮮人との「民族共生」というスローガンをむなしくさせつつあるものでもある。
韓国・朝鮮籍という外国籍をもつ存在としての在日は、まもなく消滅しようとしている。
「在日にも参政権を!」「公務員就任権を!」という運動は今でこそ元気なように見えるが、近々にその基盤を失うものだ。在日の活動家が民族受難を語り「さあ我々をどうしてくれるというのだ」と日本社会に詰め寄る姿は、民族の言葉・習慣・感性を持たない自分を忘れ、現在あるいは将来に関係を結ぶであろう日本人親族を論難することにほかならず、従って孤立していくしかなかろう。民族差別と闘う運動は近い将来に終息することになるだろう。
在日は日本国籍を有しながらも自らのルーツをどう大事にしていくのか、そしてまた日本社会・国際社会にいかなる貢献ができるのかを模索・努力すべきである。それが成功しなければ、在日という存在は、二〇・二一世紀の日本の歴史の中で波間の藻屑のごとく消え去るしかない。
古代において朝鮮半島からの渡来人たちは当時の日本に貢献し、王仁・慧慈・百済王敬福などが『日本書紀』等にその名を残している。現代の渡来人である在日は、日本の歴史あるいは世界の歴史に名をとどめることができるであろうか。
在日韓国・朝鮮人帰化者数
1952〜1988 |
145,572人 |
1989 |
4,759人 |
1990 |
5,216人 |
1991 |
5,665人 |
1992 |
7,244人 |
1993 |
7,697人 |
1994 |
8,244人 |
1995 |
10,327人 |
合 計 |
194,724人 |
(現代コリア研究所作成)
日本での韓国・朝鮮人の婚姻届出件数と国籍別組み合わせ
年 |
婚姻届 |
夫 |
韓国・朝鮮 |
韓国・朝鮮 |
日本 |
その他 |
|
総件数 |
妻 |
韓国・朝鮮 |
日本 |
その他 |
韓国・朝鮮 |
||
1956〜1960の平均 |
2,803 |
|
1,966(70.1%) |
576 |
― |
221 |
40 |
1961〜1965の平均 |
4,720 |
|
3,178(67.3%) |
907 |
1 |
599 |
33 |
1966〜1970の平均 |
6,071 |
|
3,617(59.6%) |
1,215 |
23 |
1,177 |
38 |
1971〜1975の平均 |
7,456 |
|
3,826(51.3%) |
1,642 |
46 |
1,885 |
57 |
1976〜1980の平均 |
6,920 |
|
3,135(45.3%) |
1,540 |
40 |
2,166 |
38 |
1981〜1985の平均 |
7,884 |
|
2,686(34.1%) |
1,995 |
38 |
3,142 |
39 |
1986 |
8,303 |
|
2,389(28.8%) |
2,330 |
34 |
3,515 |
35 |
1987 |
9,088 |
|
2,270(25.0%) |
2,365 |
26 |
4,405 |
22 |
1988 |
10,015 |
|
2,362(23.6%) |
2,535 |
32 |
5,063 |
23 |
1989 |
12,676 |
|
2,337(18.4%) |
2,589 |
38 |
7,685 |
27 |
1990 |
13,934 |
|
2,195(15.8%) |
2,721 |
46 |
8,940 |
32 |
1991 |
11,677 |
|
1,961(16.6%) |
2,666 |
41 |
6,969 |
40 |
1992 |
10,242 |
|
1,805(17.6%) |
2,804 |
55 |
5,537 |
41 |
1993 |
9,700 |
|
1,781(18.4%) |
2,762 |
42 |
5,068 |
47 |
1994 |
9,228 |
|
1,616(17.5%) |
2,686 |
47 |
4,851 |
28 |
(『数字が語る在日韓国・朝鮮人の歴史』明石書店1996より作成)
(追記)
『現代コリア』第361号(1996年5月号)で発表したものの再録です。
今日本では、外国人に地方参政権を与えるかどうかの議論がなされています。議論はいいことなのですが、疑問なのは韓国の金大中大統領が在日韓国人に地方参政権をあたえることを日本政府に強く要求していることです。これはすなわち在日韓国人のほとんどが日本に同化し、韓国籍を有しているということ以外に民族としてのアイデンティティがないという状況について、何の危機意識もないということです。この状況のまま参政権の要求をするということは、韓国籍だけは維持しながら限りなく日本人に近づくという在日韓国人にしようというものです。韓国の最高責任者は本来、外国に居住する韓国民には、自らの民族に近づくよう努力をすべきものでしょう。例えば韓国の大統領選挙等の参加を認めるといったことが、まず検討されるべきものです。それなのに外国である日本での参政権を要求するというのは、方向が逆を向いているとしか言いようがありません。
ところで坂中英徳さんはその後の論文で、さらに踏み込んで「二一世紀前半中の在日韓国・朝鮮人自然消滅論」をはっきりと打ち出しておられます。(『在日韓国・朝鮮人政策論の展開』日本加除出版 1999) 私と意見を同じくするものですが、彼の方が文章が上手でまた論理も筋道たっており、非常に説得力のあるものです。
(参考)
これまでの在日とその将来 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/01/348943