61在日朝鮮人の就職状況

在日は日本企業への就職に消極的であった

私の知る関西で「一流」といわれる大学の在日朝鮮人は、どうせ就職差別されるからと最初から就職活動をしなかった。弁護士の「薫氏(1953年生まれ)は就職のことについて「卒業が目前に迫ると、就職を考えざるを得なくなります。私には継ぐべき家業というものがありませんでしたから、就職といえば日本の企業に就職ということになるのですが、就職後の日本企業内の居心地を考えると到底日本企業に就職する気になれませんでした。」(『ほるもん文化2 はたらく在日朝鮮人』)と言っている。

十数年前にある有名企業の民族差別事件の糾弾会を見に行った時、あなたの会社に在日朝鮮人はいるのかと聞かれて、その会社の人は在日朝鮮人だからといって断ることはないが、求人に応じて就職試験や面接に来たりした在日朝鮮人は記録を見る限りなかったということであった。

1970年代前半の日立就職差別事件(いわゆる日立闘争)で、在日朝鮮人が日本の会社、しかも一流大企業に就職しようとするのは同化であるとして、この闘争に反対したのは在日同胞からの声であった。この闘争を担った一人の崔さんは、同化に手を貸すものと批判されて在日大韓キリスト教青年会長の職を解任されたという。70年代までの在日朝鮮人社会では、日本の会社に就職すること自体が同化であると否定されたのである。

今でもこの傾向はあるようで、『コリア就職情報二〇号』(1992年7月)のなかで編集・発行人の康誠凱氏は「私は、在日外国人の就職活動の特長といいますか、常々、在日外国人はたいへん自信のない就職活動をするというように感じています。定住外国人の場合それが顕著なのです。自分のナショナリティがマイナスに作用するのではないかと考えている学生が大変多いようです。」と述べている。

 

企業と在日の妙な一致

しかし、日本の企業自体に問題がなかったと言うことはできない。70年代の部落地名総鑑事件の糾弾の時に、少なからずの企業が被差別部落だけでなく、在日朝鮮人や母子家庭、特定宗教の者を忌避してきたことが暴露されている。このような日本企業の在日朝鮮人忌避傾向=差別的体質と、在日自身が同化につながるからと日本企業に積極的に就職しようとしなかったことで両者が妙に一致していたのが、70年代までの時代であったわけである。

なお現在の日本企業は国籍にこだわることが少なくなってきている。むしろ斬新な発想を期待して、積極的に外国人を採用する企業もあると聞く。朝鮮人であるという理由での就職差別があるのかどうか、確認することは困難だが、在日の就職について以前よりはるかに状況が良くなっているのは確かである。

公務員への就職という点については、民間企業とは全く別の次元の問題がある。在日の公務員就職に制限があることについては、彼らが外国人である限り必ずしも不当と言えるものではない。

 

(追記)

 拙著『「民族差別と闘う」には疑問がある』の一節の再録。一部改変。10年も前の文章ですから、今ではそぐわないところがあります。

 

(追記)

佐藤勝巳氏の『在日韓国・朝鮮人に問う』(亜紀書房 1991年)に、かつての就職差別について触れているところがあるので紹介したい。

筆者(佐藤氏のこと)にいわせるなら、日本企業への就職の門戸開放に、さらには社会保障の適用に、最も反対したのが、一九七〇年代前半における民族団体内部の一世たちだったのである。当事者が同化だと反対しているのに、日本政府が進んで制度的差別の撤廃をするはずはない。」(27頁)

日本企業が就職差別をしているという記述に接する度に思うのだが‥彼らを日本企業に就職させるのは同化だといって猛烈に反対したのが一世、なかんずく総聯だった。この主張からすれば、就職差別があった方が同化しなくてよいということになる。この認識は、一九七五年頃までの彼らの社会の多数意見だったことは周知のことである。」(47〜48頁)

2006年2月17日記)

 

ホームページに戻る