103『新・民族の世界地図』の間違い

 

拙論第37題で文春新書『民族の世界地図』に間違いが多いことを指摘しました。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuunanadai
 昨年10月にこれが新しく書き直されて出版されました。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031789916&Action_id=121&Sza_id=C0&Rec_id=1008&Rec_lg=100813

早速講読してみると、指摘した間違いは直っています。しかしそれでも以前ほどではありませんが、新たな間違いや疑問なところが少なくありません。

これを読み進めながら、間違いや疑問点を指摘したいと思います。

 

1、トンデモない間違い

(特別永住)
在日韓国・朝鮮人は‥‥1991年には特別永住が認められるようになった。」(190頁)

 特別永住制度は平成3年の出入国管理特例法によるものです。これは戦前から引き続き日本に在留する旧植民地出身者およびその子孫に付与される法的地位です。これによって在日韓国・朝鮮人は韓国系(協定永住者)も北朝鮮系も、すべてこの地位になりました。
 「特別永住」は「認められる」ものではなく、自動的にあるいは強制的に与えられたものです。
 「認められるようになった」は間違いです。

 

 

在日の中でも、70年代以降に来日し特別永住権を取得したニューカマーが増えている」(191頁)

 特別永住は、戦前から日本に在留する旧植民地出身者およびその子孫に与えられる資格です。ニューカマーが取得できるものではありません。
 このようなトンデモない間違いを書くということは、執筆者は韓国・朝鮮関係の基礎的初歩的知識を持っているのか疑問を持たざるを得ないと思います。

 

 

2、余りにも疑問

(ハングル)

一五世紀に創案された世界でもっとも効率的な表音文字ハングル」(62頁)

 韓国人自身がこのようなこと言うのは、お国自慢なのですから容認されるでしょう。しかし他国の人間が言いますと、その知性が疑われることになります。
 ハングルは朝鮮語を表記する場合にのみ最も効率的な文字です。しかし数十か数百か分かりませんが、世界中の文字のなかで最も効率的なものであるわけがありません。

 例えば「tsu()za(ザ)」「zu(ズ)」などは、ハングルで書き表すことができません。この点では効率性がありません。

 

 

朝鮮半島では北の朝鮮民主主義人民共和国、南の大韓民国でもハングル文字が使われている。ハングルとは大いなる文字という意味をもち、李氏朝鮮時代の一四四六年の世宗によって制定された。」(181頁)

 北朝鮮では「ハングル」ではなく、「チョソングル」(朝鮮の文字)もしくは「ウリグル」(私たちの文字)を使います。なぜなら「ハングル」には(韓の文字)という意味があるからです。
 また世宗が制定したのは「ハングル」ではなく「訓民正音」ですので、この点も不正確です。これはその後「諺文(オンムン)」と呼ばれました。この「諺文」が「ハングル」と名付けられたのは植民地時代で、定着したのは戦後(解放後)です。

従って上記引用した記述は、「大いなる文字」と解釈することも含めて非常に不正確です。

 

(国号)

同じをもつ一つの民族でありながら、なぜ朝鮮半島をあらわす言葉として朝鮮という二つの言葉があるのだろうか。朝鮮半島は昔から国号として朝鮮の両方を使ってきた」(184185頁)

 民族に「恨」という意識があるのと国名が「韓」「朝鮮」の二つあるのと、一体何の関係があるのでしょうか。論理飛躍が甚だしく、首を捻ります。この本の韓国・朝鮮関係の執筆者は、このようにあっちの話からすぐさまこっちの話へと脈絡もなく繋げる記述を繰り返しますので、理解するのが難しいものです。
 ところで朝鮮半島の統一した国号は「朝鮮」「韓」の二つだけでなく、「高麗」「新羅」もあります。これは朝鮮史のごく初歩的知識と思うのですが。

 

 

(統一へのせめぎ合い)

米国、ロシア、日本、中国、そして当事者である北朝鮮、韓国が各国の思惑や自国の利益を推し量りつつ、統一の方法と時期についてせめぎ合っている。>(188頁)

 北朝鮮と韓国は統一を志向しているので、その「方法と時期についてせめぎ合っている」のは事実です。しかし米国、ロシア、日本、中国は朝鮮半島に緊張が拡大したり戦争になったりしないようにしているだけです。これらの国が朝鮮の統一について「せめぎ合っている」ことはありません。

 

 

3、疑問

(国語)

国語という言葉は、明治三三年、国体の標識としての国語科という表現があらわれて以来定着した、日本語に特有の用語である。‥‥日本では日本語をわざわざ国語といい換えているのだ。これはそうとう特殊なことだと、まずは知るべきだろう。」(31頁)

 韓国でも国語といいます。教科・教科書名はクゴ(国語のハングル読み)です。従って「日本語に特有」「そうとう特殊」は間違いと思われます。
 他ではどうでしょうか。自国の言語をナショナル ランゲージという言い方は、よくあると思うのですが。

 

 

国語には、他の民族語の存在を認めないという概念が含まれていて、かなり国粋主義的な色合いが強い。‥‥国家語は複数の言語を認めるという点で国語と区別されるが、以下、国家語の意味で国語を使う)」(3132頁)

 この本では「国家語」と「国語」は違うと明記しています。なかでも「国語」は「国粋主義的な色合いが強い」と明記しているのですが、それにもかかわらず、なぜ「国家語の意味で国語を使う」のでしょうか。このような一貫性がないことについて、理由が記されていません。
 

 

(中華民族 ― 中国の単一民族志向)

漢族あふれるチベット>(98102頁)
世界に広がる新華僑>(122125頁)
中国の少数民族>(153159頁)

 中国についてはこの三節の標題のとおり、国内の少数民族と華僑を扱っています。しかし中国には、絶対に外してはならない「民族」があります。それは「中華民族」です。
 「中華民族」とは、少数民族を含めて中国国民を総称する言葉で、孫文がすでに使い始めていますから、100年近い歴史のある言葉です。「民族をキーワードに世界を読み解く」(13頁)と豪語するこの本が「中華民族」に全く言及しないのは、いかがなものでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E6%97%8F
 「民族」というものは「明確な基準がない」(8頁)ものです。だから、融通無碍に使うことができます。
 「中華民族」は中国国民の総称ですから、中国は単一民族の国家という意味になります。中国が国内に少数民族の存在をもって多民族国家としながらも、同時に「中華民族」という単一の民族国家だという理念を主張しているのは、「民族」という言葉のもつ融通無碍性によるものです。

 

(日本は単一民族か)

民族とはなにか。その定義は非常にあいまいで流動的だ。人類をこういう概念で分類したグループのこと、というような明確な基準がないのである。」(8頁)
日本という国民国家は単一民族国家であるという虚構」(12頁)

 「民族」に明確な基準がないのですから、日本が「単一民族国家は虚構」と断定できる根拠はないということでしょう。執筆者は民族について、その場その場で自分の勝手な基準を作っているのではないか、という疑問が出てきます。

 日本の場合では、アイヌや沖縄の歴史と伝統の違いを見るならば「単一民族国家は虚構」となります。しかし彼らが明治以降に日本語を母語とし、言葉だけでなく意識も全て日本語を使い、そしてまた彼ら自身が日本国家と運命をともにしてきたという歴史を見るならば、日本は「単一民族国家とも言える」となります。
 従って「単一民族国家は虚構」と一方的に決め付けるのは間違いでしょう。

 

 

(チマチョゴリ)

日本には現在約六〇万人の韓国・朝鮮人が居住している。植民地時代に日本に渡ってきた在日韓国・朝鮮人の多くは炭鉱、鉱山、土木労働などに従事し、非常に貧しい生活をする者が多かった。1923年の関東大震災の時には井戸に毒を入れたとのデマによって多数の朝鮮人が虐殺された。最近では、1998年のテポドン発射や2002年の小泉首相の訪朝時に北朝鮮が拉致問題を認めたときに、朝鮮学校の女生徒が制服のチマチョゴリのスカートを切られるなどの嫌がらせ事件が多発した。>(190頁)

 これは「在日韓国・朝鮮人のアイデンティティ」と題する一節の冒頭文です。四つの文からなっていますが、その記している内容の時期が「現在」→「植民地時代」→「1923年」→「最近」となっていてバラバラですし、従って中身も全くつながっていません。
 在日の問題について溜めていた文章を、脈絡を無視して、ただ切って貼っただけのようです。悪文の典型としか言いようがありません。
 またチマチョゴリ切り裂き事件ですが、警察に被害届が出されたものが余りにも少なく、また証拠となる切られた制服が提出されていません。この事件については疑問が提起されているのですが、これに言及しないのは意図的なのでしょうか。

 

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