「先代のような、あまい世わたりをしていたのじゃあ、当節、おれたちの稼業はつとまらねえのさ」
「そのうちに、もうめんどうくさくなって……落ち行く先は乞食坊主」 「三日やったらやめられぬという」 「そのとおりですなあ、まったく。こんなに、いい商売はありませんよ」
「あら……」 「や、おまさちゃんじゃねえか」 「瀬音のお頭……まあ、お久しぶりでございますねえ」
「おれは、お頭のためなら、いつでも死ぬ覚悟ができている。死ぬるのはおそろしいことだが……」
(なるほど、長谷川平蔵さまというのは、ああしたお人だったのか……盗人から見れば、まさに鬼だろうがよ。)
「まったく……それにしても利八め、たいせつな御役目を忘れて……まぁ、いまさら年甲斐もなく、焼木杭に火をつけようとは……」
「この御役目はな、善と悪との境目にあるのだ。それでなくてはつとまらぬのだ。だからといって、田中貞四郎の二ノ舞をだれかがやったら、おれが腹を切る!!」
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