「森田屋の仕掛けが終れば、おれには何処にも義理やしがらみが残らなくなる。早く、この仕掛けを片づけてしまい、さっぱりとしたい」
「殺ることは殺る。それが仕掛人としての、おれのつとめだ。だが、兄のことは別だよ。兄は兄だ。おれはおれさ。いちいち、兄の敵を討つとか、うらみをはらすとか、そんなことにこだわっては却って仕掛けの邪魔になる」
「あの先生は、実にどうも大したお人だと、私にもわかるねえ。小杉さん」 「何しろ、備前岡山三十一万石の池田候が気に入れられて、十年も下屋敷で住まわせておくお方だからね」 「ふうん……」 「八十五歳におなりだそうな」
「剣を捨てたらどうじゃ、わしのように」 「は……」 「できぬか。できぬことはあるまい」 「私ごとき、つたない男でも、剣は心のよりどころなのでございます」
「もう一年か……そろそろ、こちらの仕掛けをしてもいいころだ」 「いつでもようござんすよ」 (絶筆)
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