「とも動物病院の日常  プロローグ」

 誰にでも、
軽いお財布を手に、
大きな志を持って生きている時代がある。
お財布が重くなるにつれ志がしぼんでしまう事がある一方、
いっこうに重みの増さないお財布に悪態をつきながら、
志自体が気の置けない幼なじみのように、
人生の一風景になってしまうこともある。
 知っている限りでは、獣医師というもの、
子供の頃から人より何より動物が大好きだったり、
可愛がっていた犬や猫に死なれた事に罪の意識を感じていたりと、
志望動機は単純で幼稚なことが多い。
同じ「し」が付く仕事でも、
教師や医師、弁護士とはだいぶ趣を事にする。
世のため人のためと言うよりは、
ささやかなる個人的満足感の達成が、
目的であることが多いわけだ。
かくいう筆者も獣医を志望した動機は、
とても人に言えたものではない。
それでも学校に入って、
動物を助けるよりは殺すことの多い日常に倦みながら、
考えるだに恥ずかしい「志ってやつ」が、
胸の中に芽生えてくることに気が付くのである。
それを知ったときには、
中学生の時に大事なところに毛が生えていることに、
初めて気が付いたときくらいに驚いたものだ。
しかし、
大事なところの毛が、
いつしかツンドラから草原に変わるように、
志はなるほどそれなりに確かな密度と、
しなやかさを持つに至るのだった。
 この物語は、
そのような志をいささか持て余し気味な、
一人の若い獣医師の日常風景のスケッチである。