ゲームパイプライン(9)

売れるゲームを作る法

〜実況パワフルプロ野球(コナミ)
 どんなに優れた作品でも、どんなに評価が高くても、けっして「名作」とはよば
れないゲームがあります。なぜでしょう?
 それは、売れなかったからです。
 ゲーム自体が素晴らしい出来でも、知名度が低くて、売れ行きがよくなかったら、
「名作」として後世に名をのこすこともなく、やがて忘れ去られてしまいます。
 ということは、
 「名作」となるために必要な条件というのは、じつは“ヒットすること”なので
はないでしょうか?
 とくに、作り手のほうもゲームというものがある程度わかってきた昨今では、突
拍子もない駄作というのは少なくなりました。ゲームの内容自体を比較した場合、
「名作」とそうでないものとの差は、昔ほどはっきりしなくなったのです。
 「クソゲー」という言葉の定義も、変わってきたように思えます。以前は「遊べ
ないゲーム」だったのが、最近では「知名度の低いゲーム」というニュアンスで、
使われるようになってきています。
 ならば、その対極にある「名作」という言葉の定義も、それに伴って変わってき
ているとみるのが自然でしょう。
 では、どうすれば売れるのか?
 普及学という学問の分野があるのですが、その専門書『イノベーション普及学』
(E・M・ロジャ─ズ著 青池愼一・宇野善康監訳/産能大学出版部)のなかで、
「コミュニケーション二段階流れモデル」というものが紹介されています。
 簡単に説明しますと、新しいものごと(イノベーションという)が普及するとき
には、まずマスコミで情報が流され、次いで口コミで広まっていくということです。
 マスコミでの情報は人々に、「こんなイノベーションができたんだよ」という
“知識”をもたらします。これに対して口コミは、人々がそのイノベーションにつ
いて「いいものだ」「悪いものだ」といった“態度”をとるきっかけを作ります。
こうした過程を経て人々は、そのイノベーションを採用するか否かを“決定”する
のです。
 これをゲームにあてはめてみましょう。新しいゲームが出るときは、まず雑誌や
テレビなどのマスコミによって紹介されます。次に、実際にプレイした人々から、
情報がもたらされます。そして多くの人は、先に買った人からの情報を聞いて、そ
のゲームを買うかどうか決めるのです。
 マスコミでとりあげられるのは、表面的な“売り”の部分です。一方、口コミで
伝わるのは、ゲームの難易度や面白さ、あるいはそのゲームの短所等、マスメディ
アでは伝えられない部分です。
 「いいゲームなのに売れなかった」というのは、明確な“売り”がとぼしかった
ゆえに、マスコミで大きく取りあげられなかった、または取りあげられても目立た
なかったのでしょう。反対に、「“売り”を作ったのに売れなかった」というのは、
ゲームの内容になんらかの問題があって、買った人が悪い評判を流したからと考え
られます。
 つまり、外面と内容、両方で高い評価を得た作品だけが、ヒットソフトになれる
のです。

 堅い話になってしまいました。ひとつ例を挙げて解説しましょう。
 『実況パワフルプロ野球』(コナミ)。九四年にスーパーファミコンでだされた
野球ゲームです。
 スーパーファミコンの野球ゲームといえば、ファミコン時代からのビッグネーム
『ファミスタ』シリーズ(ナムコ)があります。そのため他の野球ゲームは、どう
しても『ファミスタ』の陰に隠れてしまいます。
 とくに今はいろんなジャンルのゲームがあるだけに、一つのジャンルのゲームを
二本も三本も持っている人はあまりいません。競馬ゲームは『ダービースタリオン』
(アスキー)があれば十分であり(『ウイニングポスト』(光栄)でも可)、RP
Gは『ドラゴンクエスト』(エニックス)と『ファイナルファンタジー』(スクウ
ェア)があれば十分であり、三国志ものなら『三國志』(光栄)があれば十分なの
です。そして野球ゲームは『ファミスタ』があれば十分だったのです。
 それだけに、ナムコ以外のメーカーがファミコンで野球ゲームを出せば、それが
どんな出来であっても、めでたく「クソゲー」軍団の一員となってしまっていまし
た。
 『実況パワフルプロ野球』は、よくできたゲームです。
 なんといっても特筆すべきは投打の操作方法です。投球のときは、まず十字キー
で球種を決め、それからコースを決めて投げます。投手によって球速や変化球の曲
がり具合が違うのはもちろん、投げられる球種も違ってきます。
 打つ側は、カーソルを上下左右に動かして、飛んできた球にそれを合わせてバッ
トを振ります。ただし飛んできた球が変化球だった場合、カーソルもその球の変化
分、ずらさなくてはなりません。球が曲がりはじめてからあわててカーソルを動か
しても間に合わないので、球種を事前に予測することが必要になってきます。
 こうしたシステムのおかげで、投手と打者との腹の探りあいという、いかにも野
球らしい要素を、色濃く出すことに成功しています。
 しかしながら、これほどまでに個性的、かつ野球の雰囲気をうまく再現している
このゲームですら、『ファミスタ』の圧倒的な人気の前では、引き立て役にしかな
れないのです。
 普通なら。
 このゲームでは「実況」という、マスコミにアピールするための表面的な“売り”
を用意することで、『ファミスタ』からの脱却に、みごと成功しました。
「一回表、ブルーウェーブの攻撃は、一番、センター、イチロー。背番号、五一」
 場内アナウンスに続いて、ABCの太田アナウンサーによる実況が入ります。
「ピッチャー、第一球、投げました。カーブ、真ん中低め、ストライク。ナイスボ
ール。第二球、投げました。打った! センター前、ヒット!」
 実況、場内アナウンスあわせて、じつに多くの音声データが収められています。
プレイヤーはしばしば、「えっ、こんなセリフもあるの?」と、驚かされることで
しょう。
「入ったー! 満塁ホームラーン!」
「詰まった! 六、四、三、ダブルプレー!」
“ファールボールに、ご注意ください”

 そしてコナミは宣伝においても、「実況」を前面に押し出しました。あえてシス
テム面の個性をあまりアピールせずに、そのぶん実況の要素を、強烈にアピールし
たのです。
 ゲームシステムが優れているかどうかは、やってみなければわかりません。それ
よりもわかりやすい「実況」を前面に押し出したほうが、情報を得たユーザーの心
を動かすのです。
 コナミには、X68000で『生中継68』、MSX2で『激突ペナントレース』
という、名作野球ゲームがあります。『実況パワフルプロ野球』を見てみますと、
投打のシステムや場内アナウンスは『生中継68』から受け継がれたものですし、
また展開のスピーディーさや、イニング終了時の画面などは、『激突ペナントレー
ス』をほうふつとさせます。いわばこのソフトは、過去のコナミ野球ゲームのいい
ところが組み合わせられた、同社の集大成的な野球ゲームです。
 そこに「実況」という表面上の“売り”を加えることで『実況パワフルプロ野球』
は、万人に愛される「名作」になったといえるでしょう。
 世の中には、すごいゲームがあるんですね。次回もどうぞ、お楽しみに!

『実況パワフルプロ野球』一九九四/コナミ/スーパーファミコン
『実況パワフルプロ野球2』一九九五/コナミ/スーパーファミコン


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