BTCV, 環境保全

GREEN TEA TIME

原点に戻った! ”正真正銘”砂混みれのマグカップ


BTCVトレーニングコース参加報告(4) 1999年7月〜8月

イギリスは日本より降水量は格段にすくないが、6月後半から7月にかけて何とはなしに雨の日がつづく。午前中太陽がギラギラ照りつけて空気の中にムッとするような湿った感じがある日は、午後になると突然空が真っ暗になり、雷雨にみまわれることもある。

ことロンドンでは、そのような天候にプラスして、大都市ならではの汚れた空気がそれに加わり、昼間はモヤ〜っとした大気が多いかぶさる。当方は東京の中心部に住んだことがないので東京と比較することはできないが、大手町で働いていた当時、会社から帰宅して鼻をかんでも、「ゲゲッ!鼻の中が真っ黒だっ!」と仰天することはなかった。いささか汚い話題で恐縮だが、ロンドンに住んでまもない頃、鼻をかんだ後の驚きはひとしおであった。

これには、1950年代に(あまりの空気の汚れに)石炭を燃やすのを禁止する法律が施行される前までにたまりにたまった石炭のススが地下鉄の構内などにまだ残っているため、地下鉄がホームに発着するたびにそのススが舞い上がって人々の鼻の中(強いては肺の中にまで)に入るためだ、という説もあるが定かではない。

話が横にそれたが、サッチャーさんによる日系などの外資の誘致、およびその方針を継承した「労働党」ブレア政権(サッチャーさんは保守党)の政策が奏功したのかどうかは知らないが、とりもなおさず昨今の好景気のおかげで、かつては荒れ果て、すさみきっていたロンドン東地区も、まるであの頃の東京のベイエリアのようにモダンな高層ビルがどんどん建設され、一見、東京臨海副都心、横浜みなとみらい、そしてテムズ河岸は釧路のようになりはじめている。

(写真左後方に見えるのが港湾地区を再開発したCanary Wharfのシンボルである高層ビル。仏シラク首相訪英の際、ブレア首相が「イギリスだってフランスに負けないぐらいセンスあるもんね!」と政友コンラン卿を擁してモダン・ブリティッシュの限りを尽くして仏側を迎え撃つ(という自殺行為に出)たのは、同高層ビルの最上階であった。当時のThe Guardian紙にはそのセンスの良さの記事が大きく載ったが、「ル・モンド・ディプロマティーク」編集・発行人の斎藤かぐみ紙によると「そんなことLe Monde(フランスの代表的な日刊新聞)にはぜ〜んぜん載ってなかったよ」。イギリス側の完敗であった。)

と話は再度それたが、そんな再開発地区 Isle of Docks の南端に、マッドシュート・シティ・ファーム(Mudchute City Farm)という農場がある。主に学校の子どもや家族づれ向けに、農場の動物たちに親しんでもらおう、との目的で、ポニーやブタ、ヤギ、ニワトリ、七面鳥などが飼われている。千葉県にあるマザー牧場のプチ版といえるかもしれない。

ここでの我々の仕事は、新しくブタを囲うフェンスを作ることだ。今回は、前回の物々しい有刺鉄線(主にウシやウマなどの大型動物用)ではなく、横木を使うウッディなフェンスだ。ただし気をつけなければならないのは、ブタは泥の中でごろごろころがったり地面を掘ったりするので、ブタが逃げ出さないように一番下の横木はできるだけ低くわたさなければならない。

右がその作業中の写真である。有刺鉄線のフェンス張りと同様、杭打ちは重労働である。また、有刺鉄線以上に木を使わなければいけないのは、杭の表面が一直線になるように杭を打っていくことだ。そうでないと、長い横木を釘で固定する際に厄介なことになる。

この作業に飛び入り参加したのが、イギリス南部の港湾都市Portsmouthから来てくれた栗山みどりさんだ。Portsmouthの大学で修士課程に在籍中の彼女は、同都市の北部にあるWinchesterという町に近い林の中にあるBTCVのオフィスで環境保全活動に参加している。(みどりさんから寄せられたコメントについてはここをクリック!

実はみどりさんは8月上旬、当方をWinchesterのBTCVオフィスに招待してくれた。その際、当方がびっくりしたのが、BTCVオフィスが山小屋風コテージだったことである。また、左写真のような人気のないブナ林がコテージの背後に広がっているのも衝撃であった。

「ロンドンの新宿」に相当するKing's Cross駅のすぐ脇のビルに入居しているBTCVロンドンオフィスとは雲泥の差がそこにあった。このブナ林と比較すると、マッドシュート・シティ・ファームの写真のなんと薄っぺらで乾いていることか。

誤解されてはならないのは、ロンドンにもいわゆるancient woodlandとよばれる、AD1600年前後に既にwoodlandとして記録されていた、歴史の古い林がいくつか残っている(ancient woodlandの定義には、もともと森林でなかった場所に木が生えてできた二次林も含まれる。もっともイギリスには太古の昔より原生林だった「一次林」はほとんど残っていない)。

だが、そのような歴史の古い林はロンドンに住む多くの人々の憩いの場所になっており、いつも人の気配が絶えない。犬づれで散歩する人、ジョギングする人。隣接する芝生のスペースではサッカー少年たちがプレミアリーグ気取りでボールを蹴っている。それならまだしも、場所によっては注射針や避妊具が散乱し、また心無い若者たちが古いクルマで林に乗り込んで、そのクルマに火をつけて騒いだりもする。ロンドンの多くのネイチャー・リザーブは、基本的に立ち入り禁止だったり、管理人が常駐しているが、それでもvandalismと呼ばれる公共物破損が後を絶たない。「せっかく作ったwormary(生ゴミなどを入れてミミズを育てる箱。ミミズは豊かな土をつくる貴重な生物だ)が一夜のうちに何者かに破壊されてしまった」と嘆く管理人もいた。

当方が8ヶ月間BTCVトレーニングコースに参加して感じた、何ともいえない乾いた感じは、国際的大都市ロンドンの属性である、階級間・人種間にくすぶる不信感、皆があくせく切って急いでいる焦燥感、そしてそんな人と人とが擦れ合うことで生じる摩擦が集結したストレスだったのかもしれない。そんな大都市では、ネガティブなストレスで疲労しきった人々がわずかに残された自然にやすらぎを求めて、都心の林やネイチャー・リザーブに押し寄せ、その結果、木々や草花も人に「当たり」すぎて疲れきっているようにも見える。(写真:マッドシュート・シティ・ファームの右後方に見える何本もの黄色い尖塔は、賛否両論轟々のミレニアム・ドームの天井部分をつり上げている塔。どう贔屓目にみても東京ドームのほうがセンスいい。)

みどりさんの活動拠点であるWinchester近郊のブナ林がみずみずしく、生き生きと見えたのは、単に前日に雨が降ったせいだけではない。わずかに訪れる人間のストレスを癒すには、その林は充分過ぎるほどの大きさを持っているからだ。改めて、人間は日々の仕事やストレスで乾ききった自分をリチャージするには、豊かな自然 − つまり緑陰 − のなかに身を置くことが必要であることを、改めて痛感したWinchesterの体験だった。

しかしながら、直径50km圏内に広がるGreater London地区の人々にも、当然ながら、癒してくれる自然が必要だ。それがどんなに小さい面積でも、そこに住む人たちが、自分たちの憩いのために、そして癒してくれる木々や草花、小動物や昆虫たちのために、都市の中に小さなオアシスを作り、手入れをしていくことが大切だ。それをやめたり、諦めたりしたら、いったい大都会はどうなってしまうのだろう?

人の80%は水だと言われるが、都会が緑陰のかけらもないコンクリートだらけの乾いた砂漠になったとき、そこに住む人々も、人間性が死んだ生きる屍になってしまうのではないだろうか。私たちは、自分たちをそんな心の死から守るために、自分の回りにちいさな自然を増やし、大切に育てていかなければならないと思う。ロンドンでBTCVなどが行っている環境保全活動は、Winchesterのような地方の町の活動とほとんど変わりない。昔ながらの生け垣づくりやフェンスづくり、萌芽更新、枝打ち、植林、池の手入れ、たい肥づくり − それはイギリスのカントリーサイドで何世紀にもわたって行われてきた伝統的な慣習だ。彼らはロンドンに、彼らの心の原風景であるイギリスの田舎をつくろうとしている。その活動はまるで、このメガロポリスをなんとか持ちこたえさせる生命線をかろうじてつなぎとめようとしているかのようだ。

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