第9章

数年後、二人は数えて17歳になった。
しかし、義輝はいまだ妻を娶らない。
数多の素晴らしい縁談をすべて退け、ただ、戦へと赴く。
…当然のように、乳母子の健光と共に…
親族の心配、不安へは少しも振り返ることも無い。
そして『無傷の双璧』は未だに健在である。
故に父親も母親も、縁談を強引に進めることが出来ずにいる。
それどころか、更にその伝説は強固なものになり
『この二人がいれば、どんな戦にでも必ず勝つことが出来る。』
とさえ噂された。
しかし永遠なる勝利、永遠なる幸福など人の世には存在しない。
運命の神はいつでもいたずらが大好きなのだから。

花霞たなびく春。再び戦が始まった。
『無傷の双璧』は、戦へと向かう。
馬を連ね、義輝と健光は歩いていた。
「健光、どうした。顔色が悪いぞ。お前がそんな顔をしていると皆の士気が下がる。
前をしっかり見ろ。」
確かに、今日の健光は何かを考えている風で心ここにあらずという感じであった。
何か思い悩むところがあるようで、いつもの覇気がない。
しかし義輝にうながされ思い直したようにきっ、と前をみつめた。
「申し訳ございません。」
それだけ言うと後はただ前を向き進んでいく。馬の足音だけが響いていった。
だが、健光の顔からは翳りが消えない。
『嫌な予感がする』
ただそれだけだった。
―ただそれだけのことだったが、幾多の戦を経験した健光の感が何かを訴える。
―危険―
いつもと違う何か…それが何かは分からないが、体に纏わりつく不安感。
そして、焦燥感。
桜の花びらが、鎧装束に纏わりつく。
ただそれだけだ、そう自分に言い聞かせ馬の足を速める。
桜の花びらが自分を不安にさせるのだと…
つづく

20020630UP

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