第10章
戦場へと辿り着いた二人に待ち受けていたものは、いつもの様に形式を重んじる戦である。
健光は、昨日の情事を首筋に匂わせつつ、それでも勇ましく敵を殺戮していった。
鎧の上でどす黒く固まった返り血に、新たな返り血を受け、ただ己の主への忠誠と正義を信じて…
義輝は順調に勝利への道を作りつづけていた。『無傷の双璧』と噂されるだけあり、
その手際のよさは目を見張るものだった。
しかし、その名にそぐわず、やはり人を殺めるたびに幼い頃の記憶にさい悩まされるのであった。
―人間の…この世で一番醜悪で、一番恥ずかしむもの、それが人間の死。―
その思いを拭い去ることはおそらく無理なのであろう。
「もう今日は何人殺した?」
数えることすら出来ない…
そのとき、不意に足音が聞こえてきた。
「誰だ!」
義輝が振り返るとそこにはいかにも身分が卑しそうなものが立って居た。
「『無傷の双璧』殿、お命頂戴に上がりました。」
せせら笑う顔。何かしら含みを込めた笑いだった。
「この私のお前が?笑止。ただその勇気だけは認めてやろう。」
義輝は体制を整え、目の前の卑しい挑戦者へと向き直った。
形式にのっとり名を名乗る。
そして戦いが始まった。
カシャーン。刀同士がぶつかり合いヒステリックな金属音を奏でる。
義輝の、何人もの血を吸った刀は鈍く赤く太陽の光を反射する。
『この程度の実力で私に挑むとはなんと無謀な…』
すぐに終わる。そう思った瞬間の出来事だった。
「危ない!義輝様。」
聞き慣れた声がした。突然背中に熱いものが襲いかかった。
義輝に戦いを挑んだのは一人ではなかったのだ。
つづく
20020721UP