第8章
蜜月というものは長くは続かない。
それは、二人にとっても同じ事。義輝もいつかは妻を娶らなくてはいけない。
それは、健光にも良く分かっていることであった。
しかし、義輝の一番傍にいるのは自分だというささやかな独占欲が義輝に妻を娶らせよう
と言う気持ちにブレーキをかける。
『健光…。』義輝のその時の、甘く熱い言葉に妻を持ってもらおうと決心が鈍るのだ。
しかし、いつかは必ず妻を取らなくてはいけないのだ。
今はただ、先延ばしにしているに過ぎない。
「…して、る様…もぅ…。」
微かな、健光の聞き取りにくい声。僅かに義輝の口元が笑う。そして、その声が聞こえて
いないかのように義輝はさらに健光を蹂躙する。嫋やかに伸びた両腕が義輝の体をきつく
締め付ける。健光は義輝の背中に爪をたてた。
「っつ…」
少し眉をひそめそれでも義輝は、健光の体を離そうとはしない。
「あ、あぁ…」
その時健光の腕の力が緩んだ。義輝の背中にはうっすらと血が滲んでいた。
そして、暫くの沈黙が二人を包んだ。
「健光、もう大丈夫だ。こっちを見てみろ。」
優しく義輝は健光を抱き寄せる。その手から逃れようとするかのように健光は体を捩る。
だが、その抵抗は義輝の強い力にかなうはずが無かった。
義輝はその力とは裏腹に優しく健光の髪を撫でた。
「愛している。健光…。」
されるがままに髪を撫でられていた健光が意を決して、義輝の瞳を見つめる。
「義輝様…。」
少し言葉か詰まった。先程までの情事の残り香の漂う甘く、かすれた声。
「妻を…妻をお取り下さいまし。義輝様。今のままでは家名に傷をつけてしまいます。」
義輝の瞳には哀しみと…そして怒りが浮かんだ。
「健光、お前は私の気持ちなど何も分かってはいなかったのだな。」
「分かります!分かるからこそ言っているんです。」
しかし、健光の言葉を受け取らずに、義輝は続ける。
「私はお前を愛している。他の誰も愛せないと言っただろう!何故それが分からないのだ
妻を持っても何の意味も無い。」
健光は挑発的に言葉を返した。
「ならば…ならば妻を取った後も、健光を愛せる自信が無いと受け取ってもよろしいのですね。
妻がいても、あなたが私を愛していてくださるのなら、その自信がおありならそれはそれで
よいではないですか。」
二の句が継げなくなった義輝は、暫く黙っていたが
「…もう少し待ってくれ。」
そういって健光の体を再び抱き寄せた。
そうして、その話は有耶無耶になってしまったのだった。
つづく
20001230UP