第7章

翌朝、装束を整えると健光は、義輝より先に寝所を抜け出した。
『健光…愛している。ずっと、昔からお前だけを。私は、お前以外愛せない。』
昨夜、寝物語でも囁くかのように義輝は、健光の耳元で何度も呟いた。
…信じても良いのだろうか…
ふと、健光は考えた。
…昨日のことは、ただ一夜の儚い夢なのではないだろうか…
首筋の、胸の…所々に残る赤い印、そっと首筋を指で辿ってみる。
夢ではないのだ。健光の体のあちこちに残る義輝の刻印。
健光は自分の体をぎゅっと抱きしめる。あがらうこともしなかった昨日の出来事。
ぞくりと、体の奥から昨日の情事が蘇る。鼓動が高鳴る。
「おはよう、お前は朝が早いなぁ。」
突然、後ろから聞き慣れた声が聞こえる。自分の心の中を覗き見られたようで、義輝の顔を
まともに見ることも出来ないまま、健光は慌てて挨拶を返した。
「おはようございます…」
少し高潮した面持ちの健光を見つめて義輝は微笑んだ。
「案ずることは無い。…私は、お前を愛している。それだけでは駄目なのか?」
いつもの、自信に満ちた笑顔でこう言われると、健光はもう何もいえなくなるのだった。
健光自身、いつかこうなるであろうことは心のどこかで薄々感じていたのかもしれない。
「はい、義輝様。貴方の望みのままに。」

義輝は結局、今しばらくは妻を取らないと決めた。両親は言うに及ばず、家臣も皆その理由
を問い、明らかに怒りを示していたのはいうまでも無い。そして又、健光もまたその考えに
心から賛成しているわけではなかった。義輝のこれからの為にも、強い後ろ盾のある妻は、
必要だった。それは、義輝にも分かり過ぎる程分かっていた。
後ろ盾のある妻は必要であることは義輝も分かっている、しかし義輝の気持ちは自分に向いて
いる。そう思うからこそ、そして義輝との一線を超えてしまった共犯意識も手伝って、健光は
義輝にこれ以上強く妻を娶ることを強要する事は出来なかった。
つづく

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