第5章

幼い二人の無謀な行動に周囲は、顔をしかめたが全くの無傷で二人が帰還した姿を
見ると、もうそれ以上誰も何も言わなかった。
それから何度も戦は繰り返され、あの平和な時代が夢のように思える日々が続いた。
しかし、その度に二人は全戦全勝。しかもいつでも無傷で帰還することから、いつからか
『無傷の双璧』呼ばれるようになった。だが、義輝の死体に対する一種の嫌悪感はどんなに
戦を重ねてもなくなる事は無かった。

そんな、二人が15のある日、義輝の元に素晴らしい縁談が持ち込まれた。遠縁とはいえ
皇族とのつながりのある家柄の姫であった。両親は言うに及ばず、家臣たちも皆賛成をする中で
義輝一人が余り喜ばしくは思っていないようであった。
その義輝の浮かない顔に気付いた健光はその夜、義輝の寝所を訪ねた。
「義輝様、健光でございます。まだお眠りになっておりませんか?少し、お話がしたいのですが。」
蝋燭の炎が揺れる薄明るい寝所から、義輝の声が聞こえる。
「健光か、どうした。まだ起きている。入ってくるがいい。」
義輝に促され、健光は寝所へと入った。
「こんな。遅くに何かあったのか?」
少しはだけた着物の襟を直しながら、義輝は健光を見つめた。
「はい、昼のお話ですが…」
そう切り出す健光の言葉を遮るように義輝は
「今日は少し暑いな…」
と言いつつ、先程直した襟を再び緩めた。
「義輝様、お話を聞いてください。」
健光はきちんと話を聞こうとしない義輝に少し苛立っているようだ。
その健光の顔を見つめながら少し微笑み言葉を返す。
「分かったよ、ちゃんと聞いている。続きを聞かせてくれ。」
「…申し訳ございません。このお話はどうしてもちゃんと聞いていただきたかったのです。」
そうして、健光は今日持ち上がった縁談話を受けるようにと、義輝に話し始めた。
「その話だが…」
健光が話し終えると、静かに義輝は話し始めた。
「私は、断ろうと思っている。」
健光は、自分の想像していた最も嫌な答えが返ってきたことにかなり衝撃を受けたようであった。
「何をおっしゃるのですか。義輝様。あなたは将来浅井家を継ぐ方でございますよ。
しっかりとたよりのある妻をお取りにならなくてはいけません。余り、皆様を困らせるような
ことはなさらないで下さい。」
義輝は黙ったまま蝋燭の炎を見つめていた。
つづく

20000729UP

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