第4章
「健光は…」
自分の戦にけりがつき、自分の後ろにいたはずの健光が何時の間にかいなくなっていることに
気がついた。
そして、義輝は敵の首を片手に歩き始めた。
一方、健光もまた戦っていたのだ。義輝の後を追い、進むうち隠れていた敵に出会ったのだ。
かしゃーん。刃同士がぶつかり合い、ヒステリックな音を奏でる。双方の刀はぶつかり合い、
そのたびにきらきらとその刃がこぼれてゆく。
「やぁー。」
健光は満身の力を込めて、相手に襲いかかった。返り血が健光を赤く染め上げる。
健光の声を聞きつけて、義輝は健光の傍へと歩み寄る。しかし今、健光は生死をかけての
戦いの只中ににある。義輝は息を潜め事の成り行きを見守っていた。
『手出しは無用。』
武士道の基本である。初陣の義輝にもそれはしっかりと分かっていた。
それに、義輝には健光が負けるわけが無いという強い確信があった。
義輝が見守る中健光は尚も相手を切りつける。その度に健光は更なる鮮血で染まってゆく。
それは、全身が総毛立ち背中に冷水を浴びせられたような衝撃だった。
余りにも美しく冴え渡った殺気。研ぎ澄まされた闘気。立ち入る隙の無い美しさというのは
このようなものを言うのだろう。澄んだ空気を割って健光の刃は、相手の体を切り裂いた。
その姿はまるで鬼神さながらに燃えるように激しく、褐色に灼けた肌と、まだ成長しきっていない
しなやかな四肢。
その光景を見るものにまるで美しい絵画を見ているような錯覚に陥らせる。
どさっ、敵はあがらう事も無く倒れた。
健光が己の主人、義輝の前で勝利したのだ。
返り血を浴び、殺気を全身にまとった燃える瞳を有する少年に、義輝はこのとき初めて
家臣を労わる気持ち以外の何かが、目覚めたことに気付いたのだった。
健光がくるりと身を翻すと、そこには彼の主人、義輝が立っていた。
「よくやったな、健光。なかなかのものだったぞ。」
義輝が健光を賞賛した。
「ありがとうございます。それよりも義輝様。お顔の色が優れません。はやく
皆様の下へ戻りましょう。」
それを聞いて、今まで堪えていたものが一気にあふれ出たかのように義輝は
言葉を吐き捨てた。
「死体とは…余り見ていて気持ちのいいものではないな。…あれは人間がこの世で
一番最後に見せる、最も醜い姿だ。
つづく
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