第3章

生年十三の夏、何事も無く成長していた二人のもとにひとつの出来事が起こる。
戦が始まったのだ。それが義輝と健光、二人の初陣となった。
話では何度も聞いていた戦。しかし、実際には全く別世界のことだと思っていたものだった。
しかし、戦は容赦なく二人を巻き込む。
「義輝様、不安はございませんか?」
健光は鎧に身を固めた主人をまぶしそうに、見つめた。
「何を、願っても無いことだ。私はこの戦が楽しみで身震いしているさ。
健光、お前は自分の心配をしていればいい。」
手柄を願う、義輝は唇に薄く笑みを浮かべている。
しかし、全くの勝ち戦。初陣の二人に手柄の順番は回ってきそうにはなかった。
業を煮やした義輝はその手で手柄を得るためにと立ち上がった。
「どうなされたのです。義輝様?何処に行かれるのですか。お止めください。」
静止する健光の手を振り切り義輝は戦の前線へと歩き出した。
『まだ、敵はいるはずだ。』
義輝は向かう敵を探しじりじりと歩く。その後ろを健光が続いた。

いた!負け戦で逃げようとしていた後姿を義輝は捕らえた。
「待て!ここで敵に後ろを見せるのか?戻って私と勝負しろ!」
義輝が言うや、逃げるわけではないといわんばかりに振り返る。
そして、名を名乗りあう形式通りの戦が始まる。
名乗り終わるや、義輝は頬を掠める刃をかわし、相手の懐へと日を浴びて輝く刀を押し込んだ。
がつっ、鎧と金属とが接触し鈍い不協和音を奏でた。一瞬、緩む刀の勢い。
その後、ずずっと相手の体に体重ごと吸い寄せられる。相手の刃が自分を狙っていることに
気付き、力一杯、刀を引き抜いて離れる。赤く彩られた刀が姿を現した。
その刹那、刃先に吸い寄せられるかのように赤黒い塊が義輝を襲う。
しかし、それを避けようとも義輝は思わなかった。鮮血は後から後から迸り、その足元に
極彩色の水溜りを作った。締まり無く流れる血液の海の中で形容しがたい奇声を発する敵。
先ほどまで、自信に満ちた表情で義輝を見下ろしていた敵。
その惨めな断末魔の瞬間を義輝は冷めた瞳で見下ろしていた。
『そんなに苦しいのならいっそ、首を掻っ切ってやろうか…』
そう思いはしたが結局、それを見つめたまま手出しをすることはなかった。
それは、義輝にとって人間のこの世で最も醜悪な姿に映った。
これが、人間というものの死。
物語で聞くほど劇的なものでもなければ、美しくも無い。
ましてや、人間がこの世で一番大切なものを自分が今まさに奪おうとしているなどとは、
思えるはずが無い。だらしなく開かれた唇は、はじめ何かをぶつぶつと言っているようだったが
何も聞き取れない。次第に四肢が小刻みに震え、その後、しばらく動かなくなった。
が、ひくひくと死後硬直によってその体が再び震えだしたとき、その異様な風景に義輝は
しばしの間恐怖を憶えた。
これが、つい先程まで自分と戦っていた人間なのだろうか。
どす黒い地の海の中で、ついに輩は動かなくなった。
『汚らわしい。』
まず、その一言が脳裏を掠めた。初陣を勝利で…しかも無傷で飾ったのだ。
勝利の喜びに浸っても良い筈だった。なのに、義輝は思えない。
勝利を当然と思っていたというのもあったのかもしれない。
だが、それよりもむしろ義輝には、人間の死がどれほどあっけなく、そして非芸術的なものかを
思い知らされたことの方が大きかった。
いつか、自分もこんな風に醜く死んでゆくのだろうか。たわいも無い疑問が脳裏を掠めた。
感受性の強い成長期の少年にとって、それは一種のカルチャーショックであっただろうし、
これから成長していく上で、必要不可欠な経験であったに違いない。

とりあえずは勝ったのだ。義輝はそう自分に言い聞かせた。
つづく

20000721UP

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