第2章
「健光。健光!たけみつぅー!」
渡殿をばたばたと血相を変えて幼子が駆けて来た。わが身の半身、健光が流行り病の熱病に
倒れたと聞いたからだ。
「お静かになさいませ、義輝様。健光の病の体に響きます。ましてや、健光は流行り病。
義輝様にもしものことがあっては、御館様に申し訳が立ちません.」
「ええいっ、うるさいっ!お前らに用は無い!そこをのけ!」
女房たちの声になど全く耳を貸さずに、義輝は健光の枕もとへ座り込んだ。
そして、息も浅く眠っている健光の頬を容赦なく打ち付けた。
ぱしっ、軽快な音聞き周りに居た者は一瞬事の事態を掴む事が出来なかった。
「よっ、義輝様!何をなさいます!健光は、病人でございますよっ!」
そこに眠っていたのは熱に侵された死人のような病人であった。にもかかわらず、
義輝には手加減などまるでなかった。おろおろしている女房たちを尻目に、今度は優しく、
いとおしむようにそっと健光を床へ寝かせた。
「よ…し…てるさま…」
うすぼんやりと、健光は目を開いた。だが、すぐにまたその瞳は閉ざされてしまった。
その時、何人の人間が義輝の瞳に光るものを見つけることが出来ただろうか。
義輝自身が慌ててそれを隠したのだから、殆どいなかったのは確かなことだった。
それから、何度も何度も小さく囁く様に、
「健光、死ぬな、死ぬな。一緒に生きると言っただろう。ここで死んだらお前は
ただの嘘つきだ。死ぬな…」
つぶやく内に、先ほどは隠していたにもかかわらず、後から後から涙が込み上げてくる。
不覚を取ったとばかりにごしごしと涙を拭うとそのままじっと健光の傍らに座っていた。
それから幾日か後、健光は意識を取り戻した。義輝の声と涙が自分の意識をこちらの世界に
引き戻してくれたのだと健光は後に語っている。
真実、健光が義輝を主人と心に決めたのは、このときが境だったのであろう。
そして、二人は共に成長していったのである。
20000719UP
つづく
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