第11章

「…不意打ち…」
振り返るとそこにもう一人の人間が立って居た。
その人間の持つ刀は新しい血に濡れ、その血はぽたぽたと地面に吸い込まれて行く。
その血の主、義輝はその光景をまるで他人が切られたかのように見つめていた。
『無傷の双璧』が流す初めての血に、地面は黒く潤う。
愕然と、失望にも似た瞳で健光は見つめていたが、義輝が切られることを止めることが出来なかった
自分への遣り切れなさ、不甲斐無さが重なって、烈火のごとく的に襲いかかった。
『許しはしない!決して、義輝様を傷つけた人間は誰が許そうと、私が許さない!
たとえ神が許そうとだ!ぶっ殺してやる!』

もう誰も健光を止めることは出来ない。
これが武士道に沿った争いで、正々堂々と戦った上で義輝が敗れたのなら、まだよかっただろう。
だが、背後から襲うなど卑劣なこと極まりない。
目前の敵へ、容赦なく健光は刀を振りかざした。
戦うために生まれた健光。
戦う姿が彼を一番美しく見せる。
少しずつ遠くなる意識の中で、義輝は思う。
『そうだ。この姿だ。私は健光のこの姿を愛したのだ。』
烈火のごとく立ち向かう健光にとって、たかが二人の敵など無力に等しかった。
無心に、もうぴくりとも動かない屍と化した敵に刀を振りつづける。
まだ足りない。これくらいで義輝様への行いが許されるはずがない。
健光の瞳には、やり場のない悔しさと怒りに揺らめいていた。
「…もう、いい。…もうやめてくれ、健光」
カシャーン。主人の声でその手は太刀を落とした。ふっと、我に返った健光は、
血溜まりで苦しそうに顔をゆがめ、自分を見ている義輝に気付いた。
「義輝様ぁ…」
健光は、義輝に歩み寄った。
瞳には涙があふれていたが、それすら隠そうともせずに。
「もういい。もういいんだ…健光。助けてくれてありが…とう。礼をいうぞ。」
義輝は今まで殺めたものとそして自らの血で汚れた両腕で、強く健光を抱きしめた。
その姿は、健光を愛する自分を全身で訴えているかのようだった。

そして二人は、長い長い口付けを交わした。
つづく

20020731UP

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