第一章
ーーーーそれは、遠い昔の思い出、記憶の断片決して忘れはしないーーーー
『一緒に生きよう、一緒に…二人で、必ず二人で.』
『仰せのままに、義輝様。この健光、命ある限りあなたへの忠誠を誓いましょう。』
そんな誓いをたてたのはいつの事だったか。今となっては、それさえも昔のこと。
時間は時には華やかに、そして時には残酷に過ぎていった。
夢というには余りに長く、現というには余りに短い。
少年はぼんやりと何かを眺めていた。それが何なのかは誰にも分かりはしなかったが、
瞳に映された哀しみの色だけは誰にでも容易に察することが出来た。
その少年の名は須藤 健光。河内守浅井 義輝朝臣の乳母子(乳兄弟)であった。
乳母子なのではなく、乳母子だったのである。
諸行無常の世の中の流れに健光の主人義輝もまた塵となって消えていったのだ。
義輝を奪っていった戦からはや一月が過ぎようとしていた。
周りのものはその悲しみを時間が少しずつ癒していくのを感じていたのだが、
健光の心は癒されるどころか、時を重ねるごとに苦しくなる一方だった。
義輝の仕草の一つ一つ、笑いながら髪をかきあげる癖、すべてが鮮明に心の中に
刻み込まれている。忘れることなど出来るはずも無かった。
そんな健光の心など知りはしないとでも言いたげに、ぼんやりとしかし確実に時代は
流れてゆく。時を後戻りすることなど、誰にも出来はしない。
そう、あの時、二人で居たあの時に淡い紅色に咲き誇っていた桜は、今はもう青々とした
葉を枝いっぱいに茂らせていた。
そのぼんやりとした瞳のまま健光は、桜の木を眺めて遠いあの日を思い出していた。
義輝について生きようと決めたあの幼い日を。
まだ、生きることの意味も、戦うことの意味さえも分からなかった日々。
あの時はただ信じていればよかったのに。健光の唇が微かに何かをつぶやいた。
「…し…てるさ…ま」
言葉は空をさまよい誰に聞かれること無く消えていった。
…義輝様…
つづく
20000718UP