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 東ロンフォール。
 アルタナ連合軍辺境警備隊第17小隊仮兵舎。



「今日から白魔導師としてこの小隊で働かせてもらう。スライアーだ。改めてよろしく頼む」
 白魔導師のAFを身に付けて、スライアーは会議室で他の者達に挨拶をした。
 隊長であるドゥエルは相変わらずテーブルの上に立っている。こうしてみると物凄い対比のような気もする。
「……どっちが御偉いさんだかわからないね」
 ひそりと、ダルファーが隣のゼロスに囁く。ゼロスが苦笑した。
「隊長、ひとりひとりと面談はお済みなのでしょうね」
 スライアーはテーブルの上に立っているドゥエルの頭を見下ろして、言った。ドゥエルが首を動かして、見上げる。
「面談? 別に?」
「赴任してきた日にもう仕事の打ち合わせだったですもんねー」
 ダルファーが口を挟んだ。
「あれは試験のようなものだ」
 生真面目にスライアーは返した。
「諸君は中央に認められた精鋭だ。戦闘能力だけは買われている。今後は長くこの仕事を続けて欲しいと中央も願っているだろう。つまり、」
 ふんふんと、ドゥエルは頷いている。大きな頭がぐらぐらしている。
「つまらぬ理由で戦線離脱するようなことのないようにしてもらいたいのだ。万が一、現在、個人的に抱えている問題があるとするならば、すみやかに隊長に報告しておくように」
「はい」
「承知しました」
「了解しました」
「承知しました」
「では、隊長」
「あ?、」
 当然のような顔で呼ばれて、ドゥエルは間抜けな顔で振り向いてスライアーを見返した。
「お話がありますので、あちらへ」
 上司でなければ、猫のように首根っこを掴んでぶらさげて行きかねない勢いで、スライアーは小隊長室へ向かった。ドゥエルは、やれやれと伸びをすると、
「んじゃ、あとはお前等適当に鍛練してろ」
 小さな手をひらひらと振って、テーブルから飛び下りるとたったかと小隊長室へ入って行った。




「堅苦しそうな人だよな」
 二人がいなくなった途端にダルファーは伸びをして脚を投げ出した。
「元ウィンダス魔導師団の軍師だろ? 堅苦しくないわけないさ。あの口調。演説慣れしてるって奴だな」
 肩を竦めて返すゼロスに、ダルファーは笑う。
「てーか、俺等と立場は対等のはずなんだけどねえ? ありゃあ天性の副官ってやつ?」
 ローエンは微笑んで言った。
「エルヴァーンらしい方ですね。生真面目というか。しかし、情に厚い方のようですよ。噂では」
「ローエンさんは、ウィンダスのことに詳しいよな。あっちの軍にいたの?」
 二人に見つめられてローエンは面喰らったように口を噤む。
「ええ、まあ……。魔法を学んだのはウィンダスです。大学には行きませんでしたが、師事はしていました。魔導師団に在籍していましたが、最前線の三国連合混合部隊の方へ……」
「連合混合部隊!? あの、ダボイとかオズトロヤとかベトーとか、もしかしたらズヴァール城なんかに配置されるかもしれない部隊!? 生きて帰れたらそのまま出世街道まっしぐらの、超エリートコースじゃないか。なんでまたそれがこんなところに?」
 ダルファーが驚いたように言い、ゼロスはやや目を見開いた。
「辞令を拒否しました」
 困ったように眉を下げたあと、苦笑してローエンは答えた。
「拒否したのか!?」
 今度はゼロスが驚いたように声を上げる。
「ええ……それで、左遷されました」
「生きて帰れれば確かに出世コースだが、死ぬ確率の方が高い部隊ではあるからな」
 黙って話を聞いていたユーリッドが、静かにそうつぶやく。
「まあそりゃあ。俺だって獣人の本拠地なんかに斬り込んで行くような部隊に配置されるのは嫌だけどさ」
 正直にダルファーは言う。
「だからって、勿体無いことをしたもんだ」
 ぽつりと、ゼロスがつぶやいた。
「ゼロスは最前線配置希望だったのかよ? バストゥークで言うと、ミスリル銃士隊志願ってやつ?」
 覗き込むダルファーに彼は嫌な顔をしてみせた。
「つまらん理由で正規軍を外されなきゃ、チャンスはあったかもな」
「どんな理由」
「思い出すと腹が立つから、言いたくない」
 彼はそう言って立ち上がると、無言で宿舎の方へ去って行った。
「みんないろいろあるんだなあ。って、左遷されてきてんだから当然か」
「君は?」
「俺は大したことないよ」
 彼は屈託なく笑みを見せると、片手を振って答えた。
「上司に嫌われて外された。俺、態度悪いだろ。だからさ」
 ローエンはそんなダルファーを見て困ったように微笑んだ。



 そんな一幕に、突然、その珍客は現われた。



「諸君! 鍛練してるかな?」
 仮兵舎の会議室の扉が派手な音を立てて開いた。
 一人のエルヴァーンが立っている。
 立派な甲冑−−白銀の、ナイトAF。マントの裾を翻して、彼はずかずかと入り込んで来た。
 ユーリッドが驚愕に目を見開く。ダルファーも口をぽかんと開けて彼を見た。ローエンは不審げな顔で立ち上がる。
「……失礼ですが、どなたで……」
 彼がそう口を開くのと同時に、ダルファーが叫んだ。
「カザハス閣下!?」
「え!?」
 この場に余りにも似つかわしくない名前を耳にして、ローエンがダルファーに振り向く。
 君は一体何を言ってるんだ?
「カ……カザハス閣下……。こ、このような場所へいかがなさいました……」
 どう声をかけて良いのかわからないらしいユーリッドが、彼らしくない狼狽を浮かべて立ち上がり、はっと気づいたように膝をついて平伏した。それに気づいてダルファーも膝をつく。
 ローエンは何かの悪い冗談かとしばらく呆然と立ちすくんでいたが、他の二人の対応に思わず膝をついていた。
「ん。苦しゅうないよ」
 鍛練に出るつもりだったのか、装備を整えて居室から出て来たゼロスは、会議室に立っているこんな場所にいるはずはない人物を見つけて凍り付いた。
「カ……カザハス閣下……?」
 ナイトAFのエルヴァーンは振り向くと、ゼロスを認めて微笑んだ。
「おや、久しぶりだね! バストゥーク軍抜剣部隊のエース君」
 慌ててゼロスも膝をついた。






 隊長室では、スライアーが小隊兵士の細かなプロフィールをまとめた書類をドゥエルに渡しているところだった。
「あなたのことですから、どうせ簡単な調査しかしていないでしょう」
「飛ばされてきた理由を事細かに調べる必要なんざないだろ。データは頭の中に入ってるよ」
「あなたの頭の中にあるのは戦闘データだけでしょうに」
「お前はなあ」

「ドゥエルはどこにいるんだい!?」

 ドアの向こうから大きな声が聞こえてきた。指揮官特有の素晴らしい大声だ。
「………………」
「………………」
 スライアーとドゥエルは顔を見合わす。
「おい、今の声」
「隊長、アルタナ連合サンドリア軍の上の方におられるお知り合いとは、もしや……」

 二人は血相を変えて小隊長室のドアを開けて会議室へ出た。

 部下達が床に膝をついて平伏している。
「カ………」
「ソラス・イシラス−−いやさ、ドゥエル!!」
 カザハスと呼ばれた男はつかつかと歩み寄ると、ドゥエルを軽々と抱き上げ。子供にするように「高い、高い」をしたあと、おもむろに抱き締めた。
「うわああああ、や、やめろカザハスっ」
「会いたかったよ! 元気だったかい!? 今日無理矢理休みをもぎ取って、久しぶりに故郷に戻って来たんだ。この1ヵ月、毎日毎日オークどもの顔ばかり見て、正直うんざりだったよ。タルタルはなんて愛らしいんだろうね!」
「………………」
 げっそりと言葉を失うドゥエルの後ろで、同じくとても、とても嫌な顔で彼を見つめているスライアー。
「おや」
 ドゥエルを我が子のように抱えたまま、カザハスはスライアーを認めて笑った。
「元気そうだねスライアー! ちょっと見ない間に大きくなって。姉上は元気かい?」
「……御健勝でなによりです……、叔父上。……二週間振りの御無沙汰でした」
「こいつお前の叔父貴なのかよ! 俺はそんな話一言も聞いていないぞ!」
 じたばたとドゥエルが喚く。スライアーは他所見をしながら嫌そうに口を開いた。
「口にしたくありませんでした」
「お前なああああ」
「隊長が、叔父上と懇意であられるとは私も初耳ですよ」

 カザハス。
 アルタナ連合サンドリア軍、軍司令の一人。不器用で生真面目で融通の利きづらいエルヴァーンだらけの軍隊の、さらに指揮官の中でも、変わり者と評判の男だ。
 平民の出で、磊落過ぎ、世知に長け過ぎ、誇り高きサンドリア騎士の面汚しと正統派のエルヴァーン達からは影で言われていなくもない人物だが、切れる。
 そもそも他民族を侮蔑しているエルヴァーン族の、更に血統正しい貴族騎士達にとっては、三国連合軍に所属すること自体が恥知らずなのだという話もある。そういう意味では、カザハスの出世は連合サンドリア軍ならではなのかもしれない。
 それにしたところで、こう型にはまらなさすぎるのもどうか。

「軍司令閣下が、ロンフォールなんかをうろうろしてんじゃねえ!」
「休みの過ごし方は人、それぞれさ。さあ久しぶりに積もる話でもしようじゃないか。スライアー、君もおいで」
 彼はドゥエルを抱えたまま、小隊長室の扉を開く。
 許しがもらえなければ平伏を解くこともできない、部下達は、黙ってこの堪え難い時間を耐えていが。カザハスは思い出したように「あ、」という顔をして。
「うん。許す。楽にしなさい」
 と声をかけて小隊長室へ入って行った。
 スライアーは大きなため息を吐き出したあと、黙って後に続き、小隊長室へ消えて行った







「……ここにいると、いろんな意味で心臓に悪いことが連発するな」
 出かけるつもりだったのだろうに、すっかり毒気を抜かれてゼロスが息を吐き出す。ダルファーは頷いた。
「話には聞いてたけど、強烈な人だよな」
「君たちはこれ以前に、閣下に拝謁したことがあるのか? 僕は……面識がなかったからわからなかったよ」
 ローエンはまだ面喰らった顔をしている。頷くゼロス。
「閣下にナイトの資格を頂いた」
「俺も。……って、ゼロス、ナイトの資格も持ってるのかよ」
 ダルファーは手を上げたあと、びっくりした顔をして同僚に振り向いた。
「ああ」
「何をしにいらしたんだろうな」
 まじかよと言いかけるダルファーを遮る形で、ユーリッドはつぶやいた。
「え? 休みだって……」
「閣下は、思いつきで何かをなさる方ではない。ここにこられたのはそれなりに理由があられるはずだ」

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