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「アルタナ警護騎士(センチュリオン)……盾を取れ♪ 剣を掲げよ♪ アルタナ警護騎士……」
 ドゥエルを小隊長室の机の上に乗せると、自分は椅子を引っ張って来てどっかりと座り、カザハスはそんな鼻歌まじりにスライアーとドゥエルを見比べた。
「今日は何しに来たんだ。忙しいんだろう。用事があるならさっさと済ませろよ」
 ため息を吐き出したあとに、ドゥエルは机の上にあぐらをかく。
「スライアーに、小隊のみんなのことは説明したのかい? ドゥエル」
「自分で調べたんじゃないのか?」
 ドゥエルはスライアーを見上げる。スライアーはやや目を見開いた後、咳払いをして答えた。
「公式で調べられる限りのことです。例えば……ローエンは、最前線の部隊への移転辞令拒否により左遷。ゼロスは戦闘時における度重なる命令違反により左遷。ダルファーは、上官に対する不敬、素行不良、……」
「君はどれだけ知っている? ドゥエル」
 ん? という顔をすると、彼はカザハスを見つめた。
「俺が知ってるのは、それプラス、ローエンに病気の姉がいるってことと、ゼロスの上司が無能だったってことと、ダルファーは本当は最前線の部隊で、後衛専門の警護騎士をやってたんじゃないかってことぐらいだ」
「………ローエンの姉や、ゼロスの上司はさておき、ダルファーのその経歴はどこで」
 スライアーは驚きを隠せない顔でドゥエルを見下ろした。
 カザハスはにこにこと笑うと、頷く。
「うん。ドゥエルも調べるのに限界があっただろう。僕は全部事情を知っているんだよ。だけど書簡にすると他の人間に見られる恐れがあるから、君たちに説明をしにきたんだ、今日は」
「……………」
 スライアーは難しい顔をして、この歳若い叔父を見つめる。
「私がこの小隊への移転希望を出した時、叔父上には随分尽力いただきましたが、もしかして何か目的がおありだったのですか?」
「お前はこいつの性格把握してないのかよ。どーせそんなこったろうと思った」
 あーやれやれと、ドゥエルは言う。
「だって」
 笑顔で、カザハスは頷く。
「ソラス・イシラスの副官はスライアーでなきゃ勤まらないよ。何せ今回の部下は皆百戦錬磨だし、小隊は連合軍一うさん臭い特殊部隊だからね」
「スライアー、お前が17小隊に目をつけるような餌ばらまいたのも、きっとこいつだぜ」
 横を向いて、ドゥエルは言い捨てる。
「………………」
「いいじゃないか。需要と供給が見合ったんだから」
 あはははは。と明るくカザハスは言うと、立ち上がって、申し訳程度の薄い硝子の張られた窓辺に立った。
「誰から話そうか。そうだな。軽いところからいけば、ローエンは、ドゥエルの言う通りだよ。彼は姉上と二人きりの家族だ。なかなか困った姉上らしくて、優秀な彼の出世をさまたげているのは、姉上だね。彼が遠い前線へ配属されそうになると、危篤状態になってしまうんだ。ローエンは姉上が心配でお家から遠くへ行けないんだよ」
「……ふむ」
 スライアーは頷く。
「それで辞令拒否ですか」
「そう。ゼロスは……彼は優秀なアタッカーだね。バストゥーク軍の抜剣部隊は、いわゆる攻撃班だ。彼のいた部隊はそのおかげで随分戦績が上がったんじゃないのかな? 何せ腕はかなり立つ。だがその分スタンドプレイヤーなのは否めない。作戦上の命令に従わずに単独行動が多かったらしいが、それでも毎回見事な勝利を収めていた。部隊長が無能なやつで、彼を放置したままその手柄も全て自分のものにして上に報告していたから発覚しなかったらしいんだがね。そのまま何事もなければ良かったのだろうが、一度、壊滅的にいけなくなったことがあってね……まあ全滅は免れたし、戦死者もさほどではなかったけれど、ね。部隊長がそれで保身に走って、事を公にしてしまったのさ。ゼロスは全責任を負わされて抜剣部隊を外された」
「なるほど……」
 眉を寄せて、スライアーは聞いている。
「さあ、今度はダルファーだ。これはちょっとヘヴィだよ。トップシークレットだから心の中に収めていてほしい」
 窓辺で、カザハスはそう呟いて腕を組んだ。
「さっきの歌、聞いたことはあるかい?」

 アルタナ警護騎士(センチュリオン)……盾を取れ♪ 剣を掲げよ♪ アルタナ警護騎士……

「サンドリアの街角で子供達が唄ってるのを耳にしたことがあります」
「もともとはどっかの吟遊詩人が子供向けに作って唄った歌らしいがな」
 ドゥエルはそう答えた。
「ドゥエルもスライアーも知らないかもしれないね。君たちは最前線には配置されたことがなかったはずだから」
「ああ」
 こくりと、ドゥエルは頷いた。
「とりあえずは、だったけどな。俺が在籍している間に、辞令が降りなかった」
「ソラス・イシラスは逸材だったからね。余程のことがなければ最前線には投入しないよ」
 カザハスは柔らかい苦笑を浮かべると、続けた。
「最前線には回復専門の魔導師達もウィンダスから配置されている。彼等のほとんどがタルタルだ。彼等の中だけで、ある警護騎士のことが話題になっていた。彼等は非番のキャンプ地でこんな歌を唄っていたそうだよ?」

 タルタル警護騎士(センチュリオン)……盾を取れ♪ 剣を掲げよ♪ タルタル警護騎士……

「タルタル警護騎士?」
「なんですそれは?」
「白魔導師達にとても慕われている警護騎士がいたんだ。彼は最前線で常に回復役である白魔導師の護衛をする、警護騎士隊の一人だった。大変腕が良くてね。彼が警護騎士として付近に配属にされると、そこのタルタル達は皆喜んだ。ダルファーさんの盾の後ろならどんなに魔力を使っても安心だと」
「ダルファーが?」
 こくりと、カザハスは頷く。
「ある時、彼は前線で戦死した白魔導師の代わりの、補充人員を戦闘地区まで護衛する仕事をした。連れていたタルタルの白魔導師は二人。護衛は彼一人だった。護衛にそれ以上の人員は割けない状況だったから、彼が選ばれた」

 ダルファーさんが護衛なら、本当に安心ですね。

 前に出て剣を使う人達にとっては、白魔導師殿は命の要だからね。傷一つつけずに、送り届けないとな?

「彼は本当に優秀な騎士だったんだよ。その戦闘地区は本当にひどい所だったが、お互いに激しい戦いを繰り広げていたために、敵の数も限られていた。通過ポイントに配置されている敵の数は僅かなものだったし、通常弱い連中ばかりだ。戦闘地区までは安全だったはずだった。事実、配置されていた敵はおそらく一体だったかもしれない。それほど敵はいなかったそうだ。ただひとつ、問題だったのはその唯一の敵が、獣使いで、彼等の中には、人間をも操る力を持つものがいて、寄りに寄ってその日はそこに配置されていたということだった」
「獣使い!? 人間を操るって、それは本当なのか!?」
 ドゥエルは机の上に立ち上がると、声を潜めてカザハスに言った。彼は頷いて、答える。
「そこで初めて確認されたんだ。その後も最前線では何度か目撃されている。さすがにそこまでの力を持つ者はそうたくさんはいないらしい。これはトップシークレットなんだが。……彼等は本当に恐ろしい。そして残酷だ。ダルファーは獣使いの技にかかってしまったんだよ」
「……………!」
「補充人員がいつまで経っても連れられてこない。部隊長はそれ以上の進軍を諦めて、そのときは撤退した。ダルファーも白魔導師もやられたのだと誰もが思ったはずだが、何せ前述のような状況だったから皆不審に思う。それで部隊長がすぐに監察に連絡を入れた。連絡を受けた監察が軍と入れ違いに彼等の足跡を辿ったところ、戦場へ至る道−−獣人達の姿もないようなひどく安全そうな場所だったらしいが。そこで、ナイトAFを返り血で染めたダルファーが、呆然と座り込んでいたらしい」
「それは、つまり………」
 こくりと、カザハスは頷く。
「彼は、護衛していた白魔導師二人を腰の剣で殺してしまったんだよ。獣使いに操られて。付近には、絶命したタルタルの白魔導師の死体がふたつ」
 絶句して、スライアーとドゥエルは沈黙した。
「これがダルファーの隠された秘密だ。彼はそのときのことを全く覚えていない。あまりに衝撃が強過ぎたんだろう。それで彼は、自分はバストゥーク警護騎士隊の、素行の悪い騎士で……そのせいで部隊を外されたと思い込んでいるんだ。……彼の親しい友人にそういう男がいるらしくてね、どうやら記憶のすり替えをしたらしい」
 しばし、沈黙が部屋を支配した。
 いち早く態勢を建て直したのはドゥエルだった。彼は軽く咳払いをすると、言った。
「……で」
「ん?」
 にこにこと、窓辺でカザハスは微笑んで頷く。
「あの連中がここへくるように、全て采配したのはお前だな、カザハス」
「だって、皆惜しい腕前の子達なんだよ」
「しかし………」
 スライアーが口を挟む。
「そんな者達を戦場に出すのは無謀でしょう! ダルファーに至ってはなんとコメントしていいやら……それ以前に、ローエンもゼロスも、軍人には向きません」
「だけど、腕が立つんだよ」
 甥っこをいたわるように見つめた後、カザハスは言った。
「戦力としてとても惜しいんだ。わかるだろう?」
「けっ」
 ドゥエルは横を向くと、忌々しそうに言った。
「俺の下で矯正させて、いずれ最前線に送り込む腹だろ、お前」
「御明察」
 カザハスは晴れやかに笑うと長い両手でドゥエルに拍手をした。
「ちっ」
 小さく舌打ちを漏らして、ドゥエルは彼を睨む。
「アルタナ連合軍は負けるわけにはいかないんだよ。きたる決戦に向けて、ね? ふふ。ドゥエル、君は本当に大隊の指揮官には向かない好漢だよ」
「お前は相変わらず、えげつない性格をしているな」
「わかっているんだろう、君にも。この世界を分かつ戦いで、我々人類はどんな手を使ってでも獣人勢力に打ち勝たなくてはならないんだ。通常よりも優れた能力を持つ者なら、多少の難は目を瞑ろう。だが、どうせならばもっとベストな状態で使いたい。そう思わないか? つまらない欠点に脚を引っ張られて、実力も出せずに戦死させるわけにはいかないんだよ。我々は効率良く、最小限の被害でこの戦争に勝たなくてはならない」
「お前は正しいよ、カザハス」
 ため息をついて、ドゥエルは頷いた。
「で?」
 にっこりと微笑むと、カザハスは言った。
「君の下で彼等に、他の兵士には積めないような戦闘経験と、人間としての成長を望みたい。僕は有能な人間を使い捨てる趣味はないからね。彼等には決戦を生き延びて、後の世界の役にも立って欲しいと思っているんだ。だから、せいぜい戦力としての彼等を磨いてやってほしい。頼りにしているよ、ドゥエル」
 スライアーは嫌な顔をして、この叔父を見つめる。
 救いようのない俗物のくせに、考えることといったら嫌になるくらい冷静で、いったい何手先まで考えているのか、スライアーには想像もつかない。それがこの叔父に対する複雑な感情であり、劣等感でもあった。
「俺は別にお前の言う通りにするつもりはないが。それも見越しての台詞なんだろう。どうせ」
「君は本当に聡明だね。大好きだよドゥエル」
 彼はまた長い腕を開くと、ぎゅううとドゥエルを抱き締める。嫌悪感をあからさまに浮かべた顔でドゥエルはうげ、と呻いた。
「君は普通にしていてくれればいいさ。きっと彼等は多くのことを学べるだろう。ああ……それから」
「まだなんかあるのかよ」
「ユーリッドのことなんだけど」
「エグマリヌ嬢ちゃんのお気に入りなんだろ」
「そうそう」
 こっくりとカザハスは頷く。
「ああ見えて大層な御寵愛なんだ。ユーリッド君には立ち回りに注意するよう言っておいてほしいね。なんせ相手は女性だから。理屈が通らないところがあるだろう?」
「面倒だな」
 ぽつりとドゥエルも言った。
「ユーリッドは腹芸の出来ない奴だ。今はいいが、そのうちあの嬢ちゃんの機嫌を損ねるようなことにならなきゃいいが」
「……エグマリヌお嬢様にはこれといって実権はないから。御機嫌を損ねても公に格別何かあるわけでもないだろうけど……、でもまあ、なまじサンドリア貴族の、由緒正しき武門の家の出だから。個人的な私怨を晴らす手段はたくさん持ってる。お金も時間もあるしねえ。せいぜい御機嫌を取るように言っておいてくれないかな?」
「ユーリッドには、無理だと思うがな。エグマリヌ嬢ちゃんは、奴に惚れてるのか?」
 カザハスは困ったように眉を潜めた。
「ああいう御気性だから、御本人はそんなそぶりはおそらく見せていないつもりだろうけれど。王立軍の上の方では有名な話のようだよ? 武人としての人柄はさておき、勘だけは強くて御自分が神輿の上の飾り物なことも察して余り有るようだし。ああいう裏表のない男前は好みだろうね」
「すげえ癇性なんだってな? あの娘」
「そうなのですか?」
 スライアーは驚いて机の上の隊長を見る。
「武人として、指揮官として使える人物ならそんなことにもならないんだろうが。なまじ名門騎士の総領娘に生まれちまったのが運の尽きってやつだ。箱入りで御人形遊びでもして育って、どっかの名家に嫁ぐような普通のお姫さまに生まれていりゃあな」
「可哀想な女性なんだよ」
 肩を竦めてカザハスは苦笑した。
「ユーリッドの家も名門だよ。下手をすると縁談になるかもしれないが……どうかな」
「何が」
「ユーリッドの父親は、例の……連合サンドリア軍のあの作戦に関わっているんだ。コルシュシュ地方の、あの……。現場の指揮官の一人だった。あれに関して、王立軍がどういう見方をしているのか僕にはわからないけどね」
「ああ、あれな」
 嫌な顔をして、ドゥエルは黙った。
「あの作戦、とは……」
「君も話は聞いているはずだよ、スライアー」
 しばしの沈黙の後、スライアーは眉を上げた。
「コルシュシュ……、まさか……!」
 目を見開く甥っこに、優しくカザハスは微笑んだ。
「当時は連合軍といっても足並みも揃っていなかったし、ね。指揮系統も今とは随分仕様が異なっていたし……。決定を下した人間はもう解任されているし、軍法会議で裁かれている」
「馬鹿馬鹿しい話さ」
「確かに、戦況は多少有利にはなったけどね」
「その通りだな」
 吐き捨てるように言ったあと、ドゥエルは首を横に振る。
「王立軍のエルヴァーン貴族共は、評価してるんじゃねえのか」
「さあ、どうだろう? 僕にはわからないよ」
 エルヴァーンの連合サンドリア軍司令はそう答える。
「馬鹿な貴族連中が面子にこだわっただけの作戦だ。犠牲に見合う結果ですらなかった。軍法会議で裁かれた程度で許されるなんて思っちゃいないだろう−−いや、あれで裁かれた人間だって、結局は使われてたに過ぎないんじゃないのか」
 ドゥエルの言葉には怒りが滲んでいる。ただ、カザハスは悲しそうに首を横に振った。
「起こってしまったことは取り返せない。あれは悲しい出来事だった。あの当時は、僕の地位もまだ低かったしね。知らなかったんだ。……せめて、一日も早く平和を手にしたいと、少なくとも僕はそう思っているよ」
 本当だよ。
 繰り返した友人に、ドゥエルは沈黙し。
 スライアーは言葉を失って、この若い叔父を見つめた。







 顔色を変えた側近が、通称掘建て小屋に現われたせいで、会談はそこで終りとなった。
「用事は済んだから、もう帰るよ」
 けろりと、カザハスは物凄い装備の側近に微笑む。部下は苦虫を噛み潰したような顔で迎える。
「……閣下。そのような軽装でこのような場所へ……」
 ナイトAFを着ていても、部下の方がきらびやかな装備に見える。
「君は僕の護衛なんだから、僕よりいい装備を着て、僕より腕が立つのは当たり前。そうだろう? さあ帰ろうか。そろそろダボイの次の作戦の攻略を真面目に考えなくちゃねえ」
 それでも立派なマントを翻すと、彼は振り向いてドゥエルに言った。
「じゃ、頼りにしてるよ。我が友ソラス・イシラス」
「とっとと帰れ!」
 悪態をつく竹馬の友に、彼は晴れやかに笑ってみせると片手を軽く振って背中を向けた。





 扉が閉まったあと、ドゥエルとスライアーのため息、そして小隊メンバーの丸くなった目だけが残された。
「隊長、カザハス閣下とお友達なんですか」
「ああいうのを本当の腐れ縁て言うんだよ」
 忌々しそうに隊長は吐き捨てた。
 並んでこちらを見下ろす部下達を見上げて、ドゥエルはもう一度ため息をはいた。
「まあ、気にすんな。あいつが変人なのは、お前等も噂で知ってるだろう」
「何の御用で来られたのですか?」
 ユーリッドに尋ねられて、ドゥエルただ首を横に振って答えた。
「竹馬の友である俺の顔を見にきたんだよ。なんせ変人だからな」
「……………」
 部下の質問はそれで拒絶して。彼は背中を向ける。
「次のミッションの選別があるから、俺は小隊長室にこもる。邪魔するなよ」
 そうつぶやいて、とっとと小隊長室にこもってしまった。
 沈思するスライアーを見て、ユーリッドは怪訝な顔で眉を潜めるのだった。

長いこといじくりまわしていましたが、まあこのへんでやめておこうということで、「履歴」でございます。そろそろ私の真骨頂である病み系の設定が見えかくれしてまいりました(汗)。今後もおそらく引く人は引いてしまうようなアレな展開があると思います。申し訳ございません。作中に出てきた作戦その他は今後語ってゆくことになるでしょう。本当にオリジナル設定ばかり幅をきかせております。そもそもアルタナ連合軍の編成とかまったくわかりませんので、本当に「適当」にやってます。ひとつご了承くださいませ。

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