アルタナ連合軍辺境警備隊第17小隊



ACT2:計画


「生け贄だ。条件は」

 ドゥエルはラテーヌ高原の地図を開くと、化け物が現われるポイントに赤い印を付けた。
「満月の夜、この場所に、 オークの死体を置く。すると、ここにアンデッドラムが出現する」
「そんな条件じゃ、出会う方が難しい」
 ゼロスはそう言うが、隊長は首を横に振った。
「こいつは一度現われると1時間ほどこの辺りをうろつく。この辺りにはオークがよく徘徊しているから、警備隊の人間が満月の夜、この場所でオークを倒せば必ず出現するんだ。ネクロマンサーの技はすでに獣人にはないと言われている。これは置き土産だな」
「何故そんなことまでご存知なのですか、隊長」
 いぶかし気に眉を潜めるユーリッドに、ドゥエルはただ笑って答えた。
「隊長だからさ。……で、だ。こいつには特徴があってな。必ず指揮官に襲い掛かる」
「……と、聞いています」
 頷くユーリッド。
「まあこれが、中央が大隊を出し渋る理由のひとつなんだがな。指揮官てのは、他の兵士とは違う。見た目だとか、周りの様子だとかで判断して、とにかく指揮官に向かって行くらしい。そこで作戦だが。まずユーリッド。お前が指揮官だ」
「は、」
 ちょいちょいと指差されて、彼は面喰らって小さな上司を見つめた。
「お前はエルヴァーンで背が高いし、声もよく通って見栄えがする。当日は他の連中より派手な格好で来い。生け贄を置いて化け物を引き付けるのはお前だ、ユーリッド。他の奴等はその付近で待機。そのあと、ラテーヌの亀裂の段差へ誘い込め」
 隊長は地図の亀裂付近の段差に印を付けた。
「ここだ。ダルファーとローエンはそれまでユーリッドを回復。奴は指揮官が死ぬまで狙い続けるから安心して回復しろ。誘い込んだら皆で袋だたきだ」
「隊長は?」
「俺はここだ」
 ドゥエルは地図に記された段差の、上の方を指した。
「ここから古代魔法を撃つ。せいぜい派手にやって、ついでにこっちが本物の指揮官だってことを教えてやる」
「古代魔法!?」
 4人が驚いて彼を見た。
「段差の上にいればラムは上がって来れない。とにかくユーリッド、お前は倒れないようにしろ。段差へ辿り着くまではせいぜい指揮官の振りをするんだ。お前が段差へラムを引き付ける間に俺は詠唱を開始する。一撃目が決まったら自力回復、ローエンは補助強化魔法をかけまくれ。そのあとは皆で殴れ。繋がる技は連携させろ。俺がそのあとにマジックバーストを入れる。いいか。俺はお前等を回復するヒマはないから、回復は自己責任だ」
「……俺やローエンさんが回復できるけど……」
 ダルファーの申し出を隊長は一蹴した。
「馬鹿。そんなヒマがあったら殴れ。回復の手段は後で配付する」
「薬ですか?」
「そうだ」
「………………」
「そんなにうまく……」
「決行は明日の夜。ちょうど満月だ。明日、集合時間その他の詳細をもう一度説明する。明朝9時にここに集合。それまで解散だ」





「隊長。どちらへ?」
 解散の後、装備を整えて出かけようとするドゥエルを、ユーリッドは呼び止めた。
「現場を見に行く。ついでに化け物掃除でもするかと思ってな」
「自分も御一緒して、よろしいですか?」
 小さなドゥエルを、ユーリッドは見下ろして言った。
「ま、いいだろ」
 ロンフォールの森を二人で歩く。身長差がかなりある。はたから見ていてかなり滑稽な二人組ではある。
「隊長、回復手段に薬を配付するとおっしゃいましたが、この隊にそんな備品の余裕は……」
「俺がここへ来るまでに自作しといたやつがたんまりあるから、心配するな」
 ちまちまと歩くドゥエルはこともなげにそう答えた。ユーリッドは僅かに目もとを緩める。
「薬なら、自分も。ハイポーション程度なら自作できます」
「そりゃ頼もしいな」
「隊長はいったい、どういう方なのですか」
 単刀直入に、ユーリッドは尋ねた。
「どうもこうもねえよ」
 ドゥエルは笑う。
「あの作戦で勝てるとお思いなのですか? 隊長?」
「あの化け物には、大隊で向かうより少人数で向かった方がいいんだよ。指揮官をなくした大隊ほど悲惨なものはないからな。ユーリッド、お前も、中央に栄転する前の修行にしちゃ、随分ひどい職場にまわされたもんだが、ま、これで戦績が上がれば箔も倍だぜ」
「………………」
 沈黙するエルヴァーンに、陽気な様子でタルタルは続けた。
「ローエンも、ゼロスもダルファーも、腕は抜きん出てる。が、素行に問題ありで大隊から外された奴らだ。いっそ連合軍なんかやめちまって冒険者の傭兵にでもなった方がいいと俺は思うがね。どうせ、獣人との戦争が終われば連合軍なんかなくなるんだ。でもまあ、辞めたくないからこんな僻地まで黙ってやってきたんだろうし、箔の上がる戦績をつけて戻せば、つかえねー上司に飛ばされることももうないだろ。どころか今度はあいつらが、前線で有能な指揮官になれる」
「隊長………」
「お前もな。これから政治の世界で出世していくんだから、この機会に現場の苦労を叩き込んでやるよ」
 そう言って、ドゥエルはまた笑った。




「なんであんなに勝算ありげに、話せるんだろうなあ」
 残された3人は、兵舎の中につくられた居室−−ベッドが4つならんだ寝るだけのような場所だが−−でそれぞれ荷物の整理や装備の確認などしていた。
 ダルファーの言葉に、ローエンが首を横に振る。
「どういう経歴の人なのかもわからないですし、ね」
「だいたい、戦ったこともないモンスターなのにな。もしユーリッド氏が最初の一撃で死んだらそれまでだろう」
 ゼロスがため息のあとにそう呟く。ダルファーが笑った。
「ははは。確かに。回復する暇なんかないよな」
「データだけであそこまで確信を持って計画は建てられないと思います」
「でもさあ、そんなわけわかんないモンスターが他にもいるなんて、それこそあり得なさそうじゃないか?」
「実際、どういう人なんだろうな。あのタル隊長」





「あなたは、アンデッドラムと戦ったことがあるのではありませんか?」
 ラテーヌ高原の亀裂当たりを見渡していたドゥエルは、ユーリッドにそう尋ねられて顔を上げた。
「ほう。なんでだ?」
「データだけであんな計画は建てられないでしょう」
「ふーむ」
 ドゥエルは小さな腕を組むと首を横にかしげる。どんな歴戦の勇者であっても、タルタルはいつも愛らしい。
「同じものじゃあないが。似たようなものとは何度か戦ったか。あとは警備隊の生き残りから話も聞いたし……ま、そんなとこかな」
「17小隊とは、いったいなんですか?」
「何って、見た通りさ」
 エルヴァーンは首を横に振る。
「私は王立軍の将軍閣下から直々にこの任務を命じられました」
 ドゥエルは目を見開いて、ユーリッドを見上げた。
「馬鹿。そんなこと口に出して言うやつがあるか」
「兵士として派遣されて来たのは確かですが、本来の役目は−−−」
「馬鹿野郎」
 厳しく、ドゥエルはユーリッドを遮った。思わず、ユーリッドは呑まれて口を噤む。
 はー。と、ため息を吐き出したあと、やれやれとドゥエルは肩を竦める。
「ユーリッド。お前がどれだけ腕の立つ奴かは聞いてる。だがな、お前は王立軍にいずれ戻って出世する立場なんだ。腹芸のひとつもできないようじゃあ、先が思い遣られるぞ」
「政治に興味などありません」
 ユーリッドは形の良い眉を潜めると、そうつぶやいた。
「前線で剣振るってるだけが世のため人のためじゃないぜ。これから世の中は平和になるだろう。そうしたら、まともな人間が政治をやる必要がある」
「………………」
「お前の仕事をちゃんとやれ。俺は、お前で良かったと思ってるよ」
 ユーリッドは黙って、ちいさなタルタルの背中を見下ろした。

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