アルタナ連合軍辺境警備隊第17小隊



ACT3:満月の生け贄

 翌日−−−

 日が落ちた。


「諸君、準備はできたか」
 それぞれ、戦いの準備を終えて兵舎で待機していた4人の前に、そう声がかけられた。
 ドアを開いて入って来たのは隊長、ドゥエルだ。
「いつでも出られます。隊長……」
 ユーリッドがそう言いかけて、ふと口を噤んだ。
 ドゥエルは、魔導師の装備に着替えてそこに立っていた。
 白地に黒い禍々しい模様の入ったローブは、尖った大きな帽子まで同じ揃いなのだろう。小さなタルタルは、帽子をかぶると上からはまったく表情も見えない。
 今朝までの彼とは、何か雰囲気が劇的に違っているように思え、4人は一瞬言葉を失う。
 ドゥエルはひとりひとりの装備を確認したあと、頷いた。
「流石だな。文句無しだ。それじゃあ行くとするか。ラテーヌについたら適当にモンスターを掃除して、ついでに技のために力を溜めておけ」




 月が昇りはじめる。

 予定の場所にドゥエルがついたのを確認し、ユーリッドが調達したオークの死体を、アンデッドの発生ポイントに置く。
 暗い夜空に満月が輝いた。

「!」

 暗黒の焔が揺らめいて、月光を遮る。
「来るぞ」
 ユーリッドの言葉のすぐあとで、闇色の巨体が彼等の前に現われた。
 ラムの咆哮が、ラテーヌの夜気を震わせた。

 巨大な角の攻撃を、ユーリッドは両手に構えた剣でかわしながら走る。流石に当れば大きいが、よくかわしている。
 ラムに標的を合わせて詠唱に入ったドゥエルは、口の端を持ち上げてにやりと笑った。
「こっちだ。ユーリッド隊長!」
 闇に溶け込む暗い甲冑の端を鈍く光らせて、いち早く迎撃ポイントに辿り着いたゼロスは、巨大な鎌を構えた。ユーリッドに回復魔法を放ったあと、ダルファーもその脇で輝く剣を抜く。ハイポーションをあおって壜を捨てたユーリッドがそれに続き、すぐにローエンの補助と強化の魔法の光が4人を次々に包んだ。

 と、同時にまばゆい光の炸裂音が闇色の巨体を包む。

 高い位置から放った、ドゥエルの古代魔法だ。

「指揮官は俺様だ! 残念だったなラム・ゾンビー!! お前等獣人製品は、悪かないがツメが甘いのさ」
 魔法発動の名残りの光りが白いローブを浮かび上がらせる。その小さな身体を認めて、ラムは憎悪の咆哮を上げた。
 化け物羊を囲んだ4人は次々に攻撃に転じる。技が技を呼び、繋がる衝撃が空間を歪ませて光の紋様を浮かび上がらせる。
 ドゥエルはそこに古代魔法を合わせ、そして仕上げに精霊魔法を放った。
 羊の姿が巨大な光に呑み込まれる。
 咆哮が夜空を引き裂いた。
 いや、断末魔か。
 もはや呆然とする4人をしり目に、羊の巨体は横様に倒れた。

「……おわっ、た……?」
 ぽつ、と、ダルファーがつぶやく。
「…の、ようですよ……」
 ローエンが呆然と答える。
 すちゃ、とユーリッドが剣をおさめる音に我に返ったかのように、ゼロスが鎌を収めた。
「……なんだ。意外に、弱かったな」
 そうつぶやくと、ユーリッドは首を横に振った。
「いや、最初の隊長の古代魔法でダメージが3000オーバーだった」
「さ、さんぜん……」
 ダルファーが絶句する。
「お前等の連携だけでも3000オーバーだったぞ」
「そんなに出てましたか」
「ああ」
 ドゥエルは帽子を脱ぐと、ばたばたとそれで頭をあおいだ。
「60秒内に倒した。快挙だな。おい、ちゃんと報告してくれよ」
 彼は振り向くと、闇に包まれたラテーヌ高原のあらぬ方向へ向かってそう、叫んだ。
「これ、どうするんですか」
 ローエンが恐る恐る化け物羊の死体を覗き込む。
 死体に闇の障気がまとわりついて、暗紫色に歪んで見える。
「死体の処理は俺達の仕事じゃねえよ。戻ろう」

 まだ呆然としている3人と、ドゥエルの叫んだ方向にちらりと目をやったユーリッドは、意気揚々と歩く小さな隊長のあとに続いて、ロンフォールの仮兵舎へ向かうのだった。







「今夜は御苦労だったな。明日は休みにしてやる。好きなだけ寝ていいぞ。それじゃあ解散」
 仮兵舎での報告はそれだけ。まだ呆然としている3人を残して、ドゥエルは小隊長室に戻った。ややあって、ユーリッドがその後を追った。
 ドアをノックして許しを請う。
「隊長、ユーリッドです」
「おう。入れ」
 彼は小隊長室に入るとドアを後ろ手で閉め、机について書類を広げていたドゥエルを見下ろした。
「……中央から、監察がきていたのですか」
「当たり前だろうが。それじゃなきゃお前等の戦績を誰が証明するってんだ」
「そんな話は聞いたこともありません。一体どういうことなのですか、隊長。この小隊はおかしい」
「サンドリア王立軍の将軍閣下も、何も知らないってわけか」
 はは、とドゥエルは笑うと、書類をばさりと机の上に置いた。
「ま、一種の特殊部隊だな。俺達はアルタナ連合軍の裏方だ。公にされる花々しい戦績で志気を上げるための、お手伝いをしてるってわけさ。今日の手柄も、辺境警備隊のどっかの隊の手柄になるだろう。公にはな」
「……………」
「俺達は正規軍扱いじゃない。仕事も冒険者依頼ギリギリだ。だが外聞もあるし、雇った連中総てに口止めするわけにもいかん。金もかかるしな。俺達は、正規軍の身内便利屋さ。お前は、勘の強い麗しのエグマリヌ将軍閣下に、潜り込んで調べて来いと言われて正規軍からやってきた、お目付役のエリートってとこか」
「…………それは……」
「お前は使える戦士だよ、ユーリッド。普通の坊ちゃんならこんな職場じゃ根を上げる。いい拾いもんだ。それから……俺達の仕事のことを報告するのも別に構わない。王立軍が、アルタナ連合軍の台所事情を知ったところで大したことじゃねえ。連合軍もどうせいつかは解体されてまた三国、いがみ合うに決まってるんだからな。それに、知ったところでエグマリヌ嬢ちゃんには何もできやしないさ。せいぜい、ちゃんと報告して点数を稼いでおけ。未来のためだからな」
 複雑そうな顔で、ユーリッドはドゥエルを見つめた。隊長はそんな部下の様子を見て、肩を竦めてため息を吐き出した。
「お前はどうも、政治向きじゃねえみたいだな。いいか。もっとうまく立ち回らないと、これから先やっていけないぞ」
「……私は、前線で戦うのが性に合っているんです。今日の隊長の采配には、感服しました」
「感服するようなことかよ」
「あなたはきっと、私等には及びもつかない戦闘経験を持っておられるのでしょうね」
「さーな」
 面倒臭そうに、ドゥエルは流した。
「あなたのような指揮官の下につけて、私は幸せです」
 真顔で言う台詞に瞠目して、ドゥエルは改めて部下を見上げた。ほとほと感心するといったていだ。
「やれやれ………。ま、それはおいおいとして。これでおそらく白魔導師の一人くらいは補充されるだろう。便利屋は少数精鋭、これから備品なんかはたんまり補充されるようになるだろうが、人間はこれ以上は無理だろうな。まあ行き場のなくなったはみ出し者ってのも、そうそういるもんじゃないから、スカウトも大事なんだろうがね」
「そういう采配も……する人間が、中央にはいるということですか」
「まあな」
 ドゥエルの言葉に、ユーリッドは沈黙した。




「……疲れたな。寝るか」
 ぽつりと、つぶやいてゼロスが立ち上がる。
「うん。俺もー」
 ノロノロとダルファーもつぶやき、甲冑が重そうに立ち上がった。
「ローエンさんは?」
「そうします」
 3人は言葉少なに、寝床のある居室に戻るのだった。

ゲームの仕様とは異なっています。一応複数の高レベルさんなどにそれなりの取材はしましたが、あくまでそれなりでございます。戦闘シーンなどについて疑問を持ってはいけません(笑)。書いてる人間はこの時点でレベル20の白魔に過ぎないのと、あとは、ゲームバランスはあくまでゲームプレイ内だけのことってことでひとつ(だいたいNPCがイベントで使ってる魔法だって何の魔法だかわかりゃしねえし)。そもそも二次創作は原作から美味しい所だけ頂いてくるのが基本です。なんだってば!(汗)まあ、後日作者がもっと成長して、戦略とかに通じる日が来たらそこだけ加筆修正するかもしれませんが(無理無理)。エグマリヌ将軍はオリジナルキャラクターです。ご了承。

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