サンドリア王国東ロンフォールのはずれ。
ここに小さな建物がある。
作られたばかりの木造の建物だ。
アルタナ連合軍辺境警備隊第17小隊仮兵舎。
「掘建て小屋だね」
薄い窓硝子から外を眺めながら、ヒュームの青年がそうつぶやいた。漆黒の甲冑が鈍い光りを放っている。
「……ですね」
苦笑しながら、背後の椅子に座っていたもう一人のヒュームの青年が頷く。魔導師の着るような布の服を身につけていながら、腰に不似合いな片手剣を帯びていた。
今、この場所にいるのは彼等二人。
予定では、小隊長となる人物一人と、あと二人の兵士がこのあと、ここに集まることになっている。
「僕はローエン。赤魔導師です。あなたは?」
金髪を短く切り込んだローエンという青年は、柔らかな物腰でそう、窓際に座った青年に尋ねた。尋ねられた方は、額の辺りで分けて延ばした髪を揺らすと、振り向く。物憂気な様子で、答えた。
「ゼロス。本業は暗黒騎士かな……」
予告もなしに、そのとき、扉が音を立てて開いた。先に座っていた二人が驚いて振り向く。白い鋼鉄鎧が現われた。
二人の視線を浴びたその主は、やや戸惑ったように棒立ちになったあと。
思いついたように口を開いた。
「ええと……辺境17小隊はここですか?」
「そうだよ」
ゼロスが頷くと、彼はほっとしたように表情を緩めた。
「どうやら小隊長殿はまだいらしてないみたいだね。良かった。俺はダルファー。ナイトなんだ。よろしく」
明るい栗色の髪を揺らすと、彼は屈託なく二人に微笑みかけた。会釈を返すローエンと、軽く手を上げて会釈するゼロス。
ずかずかと歩き寄って、中央の机の脇に並べられた椅子にどっかりと、ダルファーは座った。
「サンドリアなのにヒュームが3人か……」
ダルファーのつぶやきに、ゼロスが答えた。
「…ま、飛ばされ組に種族は関係ないだろ」
「………………」
ダルファーは沈黙する。ローエンは少し眉を潜めただけだ。
静かになった室内に、ドアがかちゃりと音を鳴らした。
3人がドアに注目する。
静かにドアが開かれ、すらりとした長身が姿を見せた。
黒髪のエルヴァーンだ。赤い−−カーディナルベスト。ここにいるもの達の中で一番高いレベルを持つ証……。
「隊長殿でありますか」
ローエンがそう言って立ち上がった。他の二人も立ち上がる。
エルヴァーンは驚いたように、エメラルドグリーンの目を見開くと。
軽く手を上げて制した。
「いや。俺は今日からここに配属された兵士だ。ユーリッドという。戦士だ」
「…………………」
3人は顔を見合わせたあと、なんだ……と、ばかりに椅子に腰掛けた。
「一兵卒って感じじゃないが。サンドリア王国軍から派遣されて来た正統派と見たね」
ゼロスの言葉にユーリッドは僅かに頷いた。
「サンドリア王国軍から派遣されてきたのは確かだ。君たちは?」
「飛ばされ組」
と、短くダルファーが答えた。
「飛ばされ………?」
「ユーリッド殿、小隊長にはお会いしたのですか」
ローエンが遮って尋ねる。ユーリッドは軽く首を横に振った。
「いや。俺もまだお会いしていない。上からは何も聞いていないんだ」
「なんだなんだ。むさっくるしい掘建て小屋だな」
その時、随分下の方からそんな声が聞こえてきた。
皆が一瞬、視線を彷徨わせた。
あらぬ方向から聞こえて来たようにしか、思えなかったからだ。
やがて小さな影が、しゅっと動いた。
次には、皆がついていたテーブルの上に、小さな姿が立っていた。
「…………………」
皆、沈黙して彼を見つめる。
そこにいたのは、シーフのアーティファクトに身を包んだ、小さな小さな………
ロンフォールマロンのように、髪のてっぺんが尖った………
タルタルだった。
「俺が辺境第17小隊隊長、ミエル・ドゥエルだ。よろしくな」
「ミエル………」
「ドゥエル………」
反復したあと、まずゼロスが吹き出した。だがそれを打ち消すように、傍らに座っていたダルファーが爆笑した。
「はちみつ………」
「決闘……」
ローエンとユーリッドがそのあとからつぶやいた。
ふざけた名前だ。
それが、初めてまみえた上司に対する、そこにいた者たちの共通の感想だった。
Act1:戦績
「この第17小隊のメンバーはこれで全員だ。見てわかる通り、俺達はどこからも何の期待もされちゃいない」
テーブルの上に立ったドゥエル隊長はそう、言った。ヒューム3人が軽く肩を竦める。
「だからって仕事がないわけじゃない。ぼんやりしてると前線に前座捨て駒で配置される。人類優勢とはいえまだまだ獣人軍は凶暴だからな。とりあえず今うちに必要なのは」
隊長は、そこで言葉を切るとぐるりと小さな身体で4人の部下を見渡した。
「専属後衛−−魔導師。それも専門の白魔導師だ」
「隊長がやればいいじゃないですか。タルタルなんだし」
ゼロスの言葉に隊長は振り向くと。じっとつぶらな瞳で彼を見つめたあと。
ふっと、鼻で笑った。そしてその言葉には取り合わず、続けた。
「手っ取り早くこの小隊の戦績を上げる。この小隊は他より大きなハンデを持ってる分、倍の戦績が上げられるだろう。リージョンへの影響力が増せば、中央から人材が補充される」
「……と、おっしゃいますが、どうやって?」
長い腕を組んで彼の話を聞いていた、ユーリッドがそう尋ねた。
「俺達はここいらの辺境警備隊所属だが。この人数で見回りなんぞしたってしょうがないし、見回りの戦績は正規の辺境警備隊でいっぱいいっぱいだ。だから遊撃部隊として、必要ならリージョン移動だってする。どうせ俺達はノーマークだからやりたい放題だ。そこを利用する」
「遊撃ねえ」
片肘をついて聞くゼロス。既にやる気がない。
「で。最初のミッションだ。中央から適当なリストを拾って来た」
ドゥエルは懐から数枚の書類を取り出した。
「タイムアタックボーナス付きの旨い仕事がある」
「タイムアタック……」
ローエンが眉を潜める。
「この人数でですか」
「お前等は」
胸を張ってドゥエル隊長は言った。
「皆、腕だけは確かだ。頭数をそろえなくたって、どうにだってなる」
「……………」
4人は沈黙する。
「ラテーヌの化け物羊。こいつはアンデッドだ」
「アンデッドの羊!?」
「そんな話は初耳ですが」
「………………」
ダルファーとローエンの言葉をしり目に、ユーリッドは沈黙していた。ちらりと、ドゥエルは彼を見る。
「お前は聞いたことあるだろう。ユーリッド」
「……ええ。しかし、それは極秘情報のはずですが」
「対外的にはな」
「どういうモンスター?」
ゼロスが尋ねる。
ユーリッドは逡巡を見せたあとに、口を開いた。
「実は、辺境警備隊の小隊が、それで何度か全滅している。ラムの化け物だと思われていたのだが……アンデッドだとは俺も知らなかった」
「辺境警備隊が倒せない化け物がいるなんて、外に漏れたら大事だからな。だが、中央も軍を動かそうとしない」
「なんでまた」
と、ダルファー。
「勝てるかどうか、わからねえからだよ。中央の正規軍がやってきたら大騒ぎだろう。それで勝てなかったら志気もがた落ちだ」
隊長は失笑するとそう答えた。
「もちろん対策を考えなくもない−−まあそんなところだ。そのモンスター自体、日頃からうろついてるわけでもないし……、運の悪いやつが出くわす以外には目撃情報もそうないしな」
「一体どういうことなんですか」
ローエンが尋ねると、隊長は頷いた。
「獣人の術師が後ろにいる。ネクロマンサーだ」
「ネクロマンサー!? そんな者聞いたこともありませんよ」
「無論、今はいない。術師自体はとっくの昔に倒されてる。だが、呼び出されたモンスターだけがある条件で現われたり消えたりしているってわけだ。それを、奴が現われている間に退治する」
「………………」
ヒューム3人は絶句した。
「隊長にはどんな御考えが?」
ユーリッドが静かに尋ねた。
「できない仕事は請け負わない。いいか。俺達がこれから請け負うのはこういう仕事が主になるだろう。お前等に、まともに出世した連中には歩けないような花道を歩かせてやる。俺に任せておけ」
ドゥエル隊長は、小さな身体の小さな胸を叩いてそう請け負った。
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