幻の章−4『正しい砲丸の使い方』
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「何だこの白いのは?…狼か?」
ローラを守るように構えていたアルベルトは、狼というにはあまりにも大きいビューティを見て数歩後ずさった。
「わからないわ。突然襲い掛かってきて…」
(えっ?)
彼女の言葉にリオは信じられない物を見るような目つきでローラとアルベルトを見た。
「…とりあえずローラは逃げろ。リオも早くそこから離れるんだ!」
「でもアルベルトさんは?」
「なんとかしてみる…が、わからん、とにかく逃げてくれ」
「判ったわアルベルトさん。気おつけてね」
ローラはそのまま走り去っていった。
「何してるんだリオ、お前もローラと一緒に逃げろ!」
ローラの後姿を呆然と見つめるリオにアルベルトは苛立ちを交えながら叫んだ。
(違うのに…ビューティは悪くないのに…)
アルベルトの言葉に一瞬震えたリオは自身の心、ビューティの心の声を聞いた。
(悪いのはお姉ちゃんなのに…なんでアルベルトさんは助けるの?)
『ソンナノ ワカルダロ?』
『アルベルトモ…テキダ!!』(アルベルトさんも…テキダ!!)
「逃げて!!」
「なにっ!?」
バシュッ!!
アルベルトの左腕から血が噴出した。
飛び掛ったビューティの攻撃をアルベルトは驚異的な反射神経によってかわした…
筈であったが、ビューティの前脚の爪は見事に彼の左腕をえぐっていた。
「ぬおおっ」
焼けるような痛みにうずくまるアルベルト。しかしビューティは容赦なく飛び掛った!
アルベルトの喉を噛み切る為に。
(ダメ! アルベルトさんは避けられない!)
リオが絶望に目を閉じて数秒。森は静寂であった。
目を開いたリオが見た光景は、背負っていたリュックを盾代わりにしたアルベルトと、
それに噛み付いたまま動かないビューティだった。
「化物でもさすがに砲丸は噛み砕けなかったようだな。サンキュー更紗!」
アルベルトはニヤリと笑うと、リュック越しにビューティを蹴り飛ばした。
ビューティは後ろに転がった後、構え直し、アルベルトを睨み付けた。
(やばい…が、リオは逃げられないか)
「ついてこれるならついてきてみやがれ化物!」
血の止まらない左腕を一瞥したアルベルトはビューティを一喝し、走り出した。
一瞬躊躇したビューティはアルベルトを追いかけ、その場にはリオ一人が残された。
「…アルベルトさんボクを逃がすために?」
その言葉に答えるものはいなかったが、ビューティの足取りは明らかに鈍くなっていた。