花束を君に



最終話(第15話) 花束を君に


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第1章『セロ』


10月3日、午後5時28分。

 大陸西方に位置するマリエーナ王国の国境付近では近年稀に見る大雨が記録された。

その雨の中、数十名の騎兵と豪華な装飾を施した数台の馬車がマリエーナ王国首都に向かって馬を走らせていた。

 滝のような雨はやむことはなく、灰色の雲が空を覆っていた山道は深夜のような暗さであった。

「きたか…」

大雨の中、山中でその一団を待っていた全身黒ずくめの男は呟いた。

 

10月5日

 マリエーナ王国の城下町はいつも以上の賑わいをみせていた。二日ぶりの快晴だけが理由ではないことは

街の住民の多くが気付いていた。一言で言ってしまえば人相の悪そうな、普段見掛けない人間が多くみられたからだった。

 そんな日だ、まだ人ごみになれていない小さな少女が人とぶつかってしまうのはしかたのないことであろう。

「きゃあっ」

 ドン!という音をたてて小さな少女は街路に尻餅をついた。その拍子に手に持っていた小さな花を詰めたカゴが手から落ち、

花は街路に散らばってしまった。

「い、いたい〜」

涙声で少女はぶつけた鼻をさすった。

「…フォーウッド(兎人間)のガキか…」

少女は声の聞えた上を見る。

「ひっ!」

 思わず悲鳴を上げてしまった少女は悪くない。何故なら少女の三倍はありそうな背丈の全身黒尽くめの男が

自分を睨むように見下ろしていたのだから。

「う…あ…あ、ごめ…ごめんな…さ、い」

少女はガタガタと震え、目に涙を浮かべながら、消え入りそうな声で黒尽くめの男に謝罪の言葉を言った。

「チッ…」

男はフォーウッドの少女をひと睨みした後、右足を引きずりながら歩き出した。

「う、うぇっ、ヒック…ヒック…、ふぇええっ!」

男が怖かったのか? ホッとしたのか? それともどこか怪我をしたのか? 少女は尻餅をついたまま今にも泣きそうだった。

「チィッ…おいガキ、花を拾うぞ…」

「ヒック…ふえっ?」

黒ずくめの男は少女の側まで戻るとしゃがみ込み、散らばっていた花を拾い始めた。

「…」

少女はその不思議な光景をポカンとした表情でみつめていた。

「何を見ている? お前も拾え!」

「う…うん」

フォーウッドの少女もハッとして花を拾い始め、1分とかからず花は少女の持っていた小さなカゴに戻っていた。

「じゃあな、これからは前を見て歩くんだな…」

男はフォーウッドの少女にそう告げた後、右足を引きずりながら歩き出した。

「…あ、あの…まって!」

少女は精一杯の勇気を振り絞って男を引きとめた。

「…なんだ?」

男が振り向くと少女が小さな花をひとつ、男に突き出していた。

「…なんだ、これは?」

「あ、あの、お花を拾ってくれた、お礼…」

フォーウッドの少女は曇りの無い水色の瞳を真直ぐに、男に向けて言った。

「オレがぶつかったんだぞ? だいいちそりゃあ売りモンだろう?」

「あ、このお花少し汚れちゃったから…」

ニッコリと微笑む。

「…汚れモンがお礼か?」

ちょっとした皮肉を込めて男が呟く。

「あっ、ごめ…ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」

少女はまた目に涙を浮かべ、消え入りそうな声で呟いた。

「…フン、解ってる」

そう言うと少女の手から小さな花を受け取り、また歩き出した。

「おじさん…足、怪我してるの?」

「かすり傷だ。じゃあな…」

 男は振り向きもせず、花を持った右手を軽く上げて歩き出した。

数歩進むと前からピンクの髪をした小柄なフォーウッドの少女がピョコピョコと走っていった。

「あっ!セロ、何してたの?遅かったからボク心配したんだよ?」

先ほどの少女の知り合いらしい。

「あっおねえちゃん。今親切なおじさんがね…」

そんな会話が遠ざかる男の耳に入っていた。

「ちっ…」

(何をしているんだ俺は? こんなこと似合う人間じゃなかっただろうに…)

黒づくめの男は路地の隅に寄りかかり、奥にそびえるマリエーナ城を見た後、右手に持った小さな花をみる。

「ふん、やってみりゃあたいした事じゃあねえな…報酬はこのちんけな花で充分だ…」

男は花を無造作にポケットに突っ込むと、また歩き出した。右足を引きずりながら…

「小僧、十年の時間をくれてやったぞ、後はてめえでなんとかしな…

ロビン、仕事は抜けたが報酬以上の事をしてやったつもりだ。文句はねぇだろう?」

誰にとも無くそう呟く。

 右足はおそらく2度と動かない。体にもいくつかの切り傷や刺し傷がある。

ちょっとでも気を抜けば2度と立ちあがれない気がしていた。

 

 もういいだろう? もう充分だろう? もう…ここまででいいだろう?

 

男がそう思った時、先ほどのフォーウッドの少女2人が駆け抜けていった。

(ああ、そうか、あの街に1つ忘れ物をしていたな…)

 

男は…ランディは立ちあがった。

 

 

                      『あなたに感謝の花束を』

 

 

10月7日

 この日、マリエーナ王国王族である

国王、王妃、第1王子、第1王女、第2王女。

王位継承権を持っていた

 王弟

軍国主義推進の中心人物であった

 騎士団長

そして警備の騎士17名が

 マリエーナ王国国境付近で

新領土視察の帰り道に交通事故により死亡。

と発表された。

 滅ぼされた亡国の騎士団の仕業である。とかモンスターの仕業である。又は全身黒ずくめの男が襲撃した。

等の噂がながれたが、王国としての正式発表は交通事故である。

これにより王位継承権を持った唯一の人物。

マリエーナ王国第3王女、レミットマリエーナが新女王として王位に付く事になる。

 若干13歳であり、王の気性の荒さを最も継いでいるといわれていた王女であるが、

1年以上にも及ぶ諸国訪問の旅に出た為成長されたのか、軍国主義一辺倒になっていたマリエーナ王国の方針を修正。

元の貿易国としての方針変更を表明し、多くの国民、そして諸外国を喜ばせた。

これは軍国主義を唱えていた王族や中心人物がのきなみ事故で死亡した為であるとも噂されているが真偽はさだかではない。

 

 この後、この幼い女王と、彼女に誠心誠意尽くす侍女の少女が国を守り立て、

マリエーナ王国はおおいに発展するがそれは別の物語。

 

 

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第2章『ハッピーバースディ』

 

11月25日

 大陸1の音楽学校の存在や、芸術に対し多くの援助を国家事業として推進している関係上、

音楽の都とも称される芸術の街、ローレンシュタイン。

 その音楽学校から宿舎への帰り道、生徒であり、既にプロのヴァイオリン奏者でもあるミゼリィ・ララは

大量の花束を抱えながらウンザリしていた。

「あっ!ミゼリィ!」

花束を持ったクラスメイトがニコニコしながらミゼリィと呼ばれた少女に近づいてきた。

「(はあ、またか…)何よ?」

ミゼリィは溜息をつきながらちらりと声をかけてきた青年を見る。

「ごあいさつだなミゼリィ。実は頼みたい事があって…」

「『この花束をシーラに渡してくれ』でしょ?もう持ちきれないんだからこの束の中に突っ込んでおいてよ」

「…もしかしてこれ全部?」

「そうよ、シーラへの誕生日プレゼント。直接渡せってのよまったく!」

「…すみませんお願いします」

クラスメイトの青年が申し訳なさそうに花束の中に自分の花束を挟んだ。

「えっとジョニーだったわよね? ちゃんと渡すけどすぐに返事は期待しないでね?あなたで12人目だから時間かかると思うわ」

「12人?そんなに?」

「私に預けた人だけでね…実際はもっと多いと思うわ」

「そ、そっか、あの宜しく…」

「はいはい、わかってるわ」

そう言ってミゼリィは増えた花束を抱えて宿舎へと歩き出した。

「あ〜っ、もうかさばるわねえ…もっと小物をプレゼントして欲しいわ!」

 実はシーラのプレゼントに花束が多いのは理由がある。彼女は指輪や宝石、ネックレス等の

高価なプレゼントは受け取らないのだ。そうなると必然的に花のプレゼントが多くなってしまう。

 ちなみに直接プレゼントしないのは彼女がなかなかプレゼントを受け取ってくれないからだ。

なんともガードが固い。その為友人伝いが一番効率が良い。

律儀な性格なのでプレゼントを貰って中にカードがあった場合は必ず返事をくれるのだ。

(感謝の言葉ばかりで色よい返事を貰った者はいないが…)

そしてシーラの友人の中でも特に仲の良いミゼリィはプレゼント仲介人の一番人気であった。

「欲の無い子よね〜、指輪とかネックレス貰えばいいのに、嫌いってわけじゃないだろうし。

そういえばなんだかクリスタルで出来た小物を大切そうに持ってたような?すごく安物っぽかったけど…」

 そのような事を考えながらシーラの部屋の前につく。正直荷物でノックする余裕などない。

ミゼリィは無理な態勢から強引に扉を開いた。

「シー…ラ?」

 部屋に入ると黒髪の美しい端整な顔立ちをした少女が1つの花束を両手で包み込むように抱いて、

これ以上ないというほど幸せそうな表情で目をつぶっていた。

「…よかった」

「?…あの、シーラ、さん?」

「えっ? きゃあっ!ミゼリィどうしてここに?」

シーラは真っ赤になりながらあたふたとミゼリィをみて答えた。

「どうしてって、シーラ宛てに頼まれたプレゼントを持ってきたんだけど」

「そんな、困るわ…」

「う〜ん、まあ気持ちだから受け取ってあげなよ、それで何してたの?」

 ミゼリィは持っていた花束をテーブルの上に置いた。

改めて部屋を見まわすと花だらけだ。昨日まではなかったから全部今日のプレゼントであろう。

「べ、別に何も…」

シーラは持っていた花束を後ろに隠しながらはにかんだ。

「(あのね…)彼氏からのプレゼント?」

「そ、そんな、違うわ! 故郷の友達からのプレゼントよ」

真っ赤になって否定する。

「だから、れいの何でも屋の彼氏でしょ?」

「そうだけど…彼氏じゃないわ…」

「(強情だなあ…)そんな嬉しそうに花束抱きしめてて説得力がありますか?」

ちょっと意地悪そうに笑う。

「もう! 花束も嬉しかったけどそれ以上に嬉しい知らせを持って来てくれたの。だからよ」

「嬉しいお知らせ?」

「ええ、私の大好きな、とても尊敬している人の病気が直ったの。こんな嬉しい知らせはないわ。

とても嬉しいプレゼントだったから、つい…」

「つい昔の彼氏の抱擁を思い出して花束を抱きしめてしまったのね。シーラもお年頃だからしょうがないわよね」

「ミ、ミゼリィ!!」

シーラが真っ赤になって怒こった。

「ふふ、ゴメン。でも良かったね、その人の病気が直って」

「ええ、本当に…」

シーラは先ほどの花束をもう一度抱きしめる。

「本当に良かった、アリサおばさまおめでとう。そして、おつかれさま。わたしの…」

 

 

                      『あなたに祝福の花束を』

 

 

 最終章 『花束を君に』

 

 歯ブラシよし! 服装チェックよし! 髪型よし! そして…花束よし!

「いくぞっ!」

自警団第3部隊副隊長であり、本日休日のコージは気合を入れた後、花束をつかんで自室の扉を開こうとした。

「どこに行くんだコージ?」

ギクッ!

「へ、ヘキサ?お前でかけたんじゃ?」

「はあ? ちょと散歩に行ってきただけだぞ? お前こそどこに行くんだ?」

声をかけてきたのはコージの使い魔であり、弟であり、居候でもあり、親友(悪友)でもあるヘキサだった。

「別にどこだっていいだろ。急いでるんだ、じゃあな!」

 今日は邪魔をされたくなかったのでヘキサには何も言っていなかった。

そっけなく答えてさっさと出て行こうとする。

 

 ガシャン!

 

 顔の横に風を感じ、耳横で聞えた音はそのまま下に落ちていった。

下を見ると粉々になった皿が見えた。

「ちっ!」

「殺す気かっ!」

「お前が隠し事してるのが悪い。デートか?」

「そうだよ悪いか!」

「なんでデートぐらいでだまってるんだよ? だいたい花束なんてにあわねえだろ?」

「オレの勝手だ!」

「子分の分際で生意気だぞ?」

「どーして俺が子分なんだ!!」

2人の関係は険悪になってきた。(注:いつものことです)

「…まさかお前、告白する気か?」

ヘキサは信じられないといった顔でコージを見つめる。

「そ、そうだ、悪いか?」

「し、信じられん、この優柔不断の鈍感コージが告白なんて…昨日食った缶詰があたったんじゃ…」

「とにかくそういうわけだから今日は邪魔すんな。いいな!」

かなり失礼な事を言っているヘキサを結構な忍耐力で耐え、コージは出て行こうとした。

「ま、まてまて、相手は誰だ? トリーシャか? クレアか?」

「なんでそんな事言わなきゃいけないんだ! 振られたら恥ずかしいんだから今日は勘弁してくれよ」

いいかげん引き下がらないヘキサの為、しかたなく弱みをみせて情に訴える作戦にでるコージ。

「バカ言うな、俺にも関係あるじゃないか!」

「…なんで?」

あまりにも真剣な表情のヘキサを見て思わず聞いてしまうコージ。

「お前彼女っていったらアレだ、朝飯作ってくれたり弁当作ってくれたり晩飯作りに来てくれるもんだろう?

 ってことは俺の(食)生活にとっても重要なことじゃないか!」

「アホだお前は…」

呆れてしまった。こいつは本気で言っている。

「いえ!言うんだコージ! 相手は誰だ? そいつは飯が作れるのか?」

「お前の言う彼女ってのは飯作るだけなのか〜!」

「トリーシャやクレアは許してやる。飯が上手い。セリーヌやディアーナもドジだが飯は作れるな。

 イヴも…性格はともかく飯は作れそうだ…」

「もういい。俺は行く」

「待て!何故答えない? 今の中にいないのか? いないんだな? じゃあ誰だ!ローラか? アイツ飯作れないぞ?

 由羅か? 弁当って言って一升瓶渡されかねないぞ? ヴァネッサも健康に良いとか言って干物弁当とか作りかねないぞ?」

「何をバカな…」

一瞬ゾッとした。

「女…女だろうなあ? まさか…」

「それ以上言うな! そういう選択肢をする人がいかねん!!」

「誰に怯えているんだコージ?」

「(倫理に…ってかこの作者はリオ萌えで危険だ…ありかねない)」

「とにかく吐け! 吐くんだコージ!」

ヘキサはコージの襟首を掴んでぶんぶんとゆすった。

「い、いいかげんにしろっ!」

持っていた花束で思わずヘキサを叩いた。

「いいかヘキサ、料理が作れるとかそんなのは関係無いんだ。 好きってのは、

 付き合うってのはそういうんじゃないだろ? 色んなことひっくるめてその人を好きになるんだ。

 ずっと一緒にいたいと思うから付き合って欲しいって思うんだ。だから今日は大人しくしててくれ。

 その、OKが貰えたら紹介するからさ」

コージは弟を諭すような口調でやさしくヘキサに語った。

「じゃあ行ってくるよヘキサ」

「ま、まってくれよコージ」

ドアノブに手をかけたコージをヘキサが止める。

「ん? どうした?」

爽やかに振り向く。

「叩いといて爽やかに語るんじゃねえ!!」

 

 バキィ!

 

ヘキサの右ストレートだった。

「な、なにしやがるバカヘキサ〜!」

「うるせえアホコージ!お前なんか振られちまえ〜!」

喧嘩が始まった。

デートは間違い無く遅刻であろう…

 

 

 

「ちっくしょうヘキサの奴…魔法がヘタになった途端腕力を鍛え始めやがって…」

コージは少し赤くなった左頬をさすりながら待ち合わせ場所である日のあたる丘公園に向かって走っていた。

「…まだ、待っててくれるかなあ?」

現在1時間の遅刻。

ジョートショップの門を曲がり、公園が見えてきた。

「いたっ!」

待っていてくれた。公園の一番大きな木に寄りかかっている。

「ゴメン、遅れた」

頭を上げる。

(うわ…ふくれてる)

「本当にゴメン、ヘキサと喧嘩してて…その、今日は大切な話があって…」

(不思議そうな顔をしている? ん、ああこの花か…)

「実はこれ、もし俺の話聞いて、それで良かったらこの花をって…なにぃ!!」

手に持っていた花束には花びらが1枚もついていなかった。

「ちっくしょうヘキサの奴むしりやがったな!」

これではただの茎束だ…

「ああ、でも買い直すの…もうちょっと待っててくれる?」

(クスクスと笑っている)

「これでいい? そう? あ、まだ、えっと…」

コージは唾を飲み込む。

「俺はその…まだまだだし、特に趣味とかも無くて、お金もあんまり無いし…ってあれ?、俺って駄目な奴かも…」

(ってか何言ってんだ俺?プロポーズじゃあるまいし…いや適当に付き合うつもりは無いからいつかはって、えっと…)

「君の事が好きだから…俺と付き合ってください!」

コージは花束(茎束?)を突き出して目をつぶった。

 

・・・・・・・・・・10秒経過。

 

「…あの? あっ、ゴメン」

両手でぎゅうぎゅうに花を握っていたので花束を取れなかったらしい。

 

「え? それじゃあ…」

 

 

  花束を受け取って…

 

 

        そして微笑んで…

 

 

 

『あなたに愛の花束を』

 

 

 

                                                  花束を君に 完

 

 

あとがき


ゲストキャラクター『ミゼリィ・ララ』さんはみのむしの館ver 2さんから拝借(サンキューです♪)

 

15話までおつきあいいただき本当に感謝です。

最後に出番がなかったテディ・アリサがおくるあとがきもよかったらお楽しみください。

本編よりながいですけど(大笑)

一応 悠久幻想曲2nd Album の真のエンディング解説や

自分なりの悠久解釈もあるんでつまらないってほどでは…ないと…思います。

 

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