花束を君に




「ご、ごめんなさ…」

バキィ!

「ゆ、ゆるしてくだ…」

ゴキィッ!

「反省してま…」

グキィッ!

惨たらしい音と慈悲を乞う言葉が交互に響く廊下にイヴは立っていた。

(廊下でパティさんとすれ違った時こうなる気がしていたのだけれど…)

扉の向こうでどのような光景が繰り広げられているのか解ってはいたがイヴは扉を開く事はしなかった。

 先日友人のシェリルに読んで欲しいといわれた彼女の恋愛小説の新作内容は、深く愛してしまったが故に相手を殺してしまうという悲劇のストーリーであった。

自分には好きな相手を殺してしまう等という思考は持ち合わせてはいないが、そういった恋愛の価値観もまた存在するのであろう。

 だからこそパティとジョートショップの青年との、このような行動も愛情表現の1つであると思った。それを邪魔するのは野暮というものだろう。

「た、助け…」


グシャッ!


「…グシャ?その音はまずいのではないのかしら…」

どのような状態でその音が人間の体から聞こえるのか想像する。

(頭を踏み潰される?)

「まさか…それでは死んでしまうわ」

イヴは有り得ないと思い軽く笑う。

「…たぶん」

イヴは別の意味で目の前の扉を開くことが出来なくなった。




第11話 銀の始動

 

27

「私が引き分けとは…腕が鈍っていたようですな」

コロシアム1番控え室。治療を続けるトーヤに話しかけたのは簡易ベッドに横になっているマスクマンであった。

「歳のせいでしょう。そろそろ引退をオススメしますよ」

トーヤは相手の顔も見ず治療を続ける。

「フフ、先生は厳しいですな。しかしまだまだ引退はできません。他所の人間では無く、この街の人間が私を超えるまでは…幸い引き分けであり不敗神話は終っていない。次が育つ後10年は現役を続けるつもりですよ。先生にはもうしばらく付き合ってもらいたい」

マスクマンは…いや、覆面をとったリカルドはトーヤを見つめる。

「その心配はもう無いかもしれませんよ?貴方の次は確実に育っています。医者として言わせてもらえばもう1人2役までこなしてこの街を守り続けるのは無理でしょう」

トーヤは治療を止め、リカルドに答える。

「アルやコージくんですかな?確かに育って来てはいるが経験が足りない。そしてまだ私には勝てない。2人のどちらかが私に勝たないかぎり、引退はできませんよ」

「貴方と引き分けた青年がいるでしょう?」

「ふむ、確かにたいした使い手だ。しかしこの街の人間では無いし、この街に留まるとは思えんがね?」

「…気付かれませんでしたか?彼は、チャンプはジョートショップの青年ですよ」

「!!彼は帰っていたのか!確かに彼は私を超える力を秘めていると思ってはいたが、わずか数年で私と対等にまで実力を上げていたとは…いや、彼なら出来るだろう」

リカルドは驚愕の表情から次第にいつもの顔に戻っていた。

「英雄リカルドと格闘技界のカリスマ、マスクマンの愛する街エンフィールド。この2人の名声があれば確かにエンフィールドは守れるでしょう。その2人が同一人物だと知られなければですが」

トーヤは治療を再開しながら話を続けた。

「私にノイマン隊長程の名声があればこんな面倒な事はしなかったのだがね。先生はれいの国をご存知ですかな?」

「軍事大国マリエーナの事ですか?西方の文明大国アルベザートはついに滅んだそうですね」

「次は北。エンフィールドも恐らく…ベケット団長が軍事強化を焦っていた理由が今になってわかりましたよ」

 側近の部下と共に行方をくらました自警団ベケット団長。その足取りを調べて知った現実。戦争は決して他人事では無い。ベケット団長はアルベザートの傭兵部隊隊長として戦死したらしい。彼は彼なりにエンフィールドを守ろうとしたのだ…

 「貴方は別の方法でエンフィールドを守ろうとしたのでしょう?大丈夫、芽は出ていますよ」

・戦闘隊長として、決して揺ぎ無い心胆とそれに見合う技量を教え込んだアルベルト。

・指揮官として部下や民衆から信頼されるだけの人望や人柄を持ち、冷静さや人心の捕え方などを悟られる事無くノイマン隊長から教え込まれたコージ。

・そして全てを総括できる才能を持ったジョートショップの青年。

彼らが育てばきっと…

 

その時、控え室の扉が突然開かれた!!

「トーヤ先生!!急いで闘技場に来てください、大変なんです!」

マスクマン(リカルド)の控え室に突然押入ったのは武道会でおなじみ受付けのお姉さんこと受付嬢であった。

「どうした?何があったんだ」

「と、とにかく急いでください。大変なんです!!」

よほどの事であろう。受付穣はトーヤの腕を取るとそのまま走り出していった。

「…扉は閉めていって欲しかったが…」

 焦っていたらしく受付穣はマスクマンが覆面を被っていなかった事に気付かなかったらしい。

リカルドは開けっぱなしの扉を見つめながら覆面を被りなおした。正体がばれると困るからだ。…扉を閉めるのが面倒くさかったらしい。

「そういえばトリーシャはどこにいったんだ?」と思ったがどうせコージ君の控え室で休憩の邪魔(本人は看病)でもしているのだろうと思いなおし、眠りに着いた。

 

28

「なんだこれは…」

 トーヤが連れて来られた競技場には自警団員のクラウスがまさにボロボロという表現が相応しいであろう姿で倒れていた。

コロシアムは完全に静まりかえっていた。陰惨な試合だった。まさに一方的、まるでなぶり殺しの現場を見せられているような試合だったのだ。

「全身の骨が叩き折られている…全治数ヶ月ではすまない大怪我だぞ?なぜここまで酷い事をする?」

トーヤは対戦相手であった銀仮面を睨みつける。

「…」

銀仮面は何も語らず静かに競技場を降りていった。

「?どういうつもりだ!」

トーヤが銀仮面を呼びとめようとしたが…

「あ、あの銀仮面選手は耳が聞えないそうなんです。あと喋れないとか…」

恐る恐る闘う審判がトーヤに答える。

「あなたもだ!何故ここまで酷くなる前に試合を止めなかった!」

トーヤの怒りは審判に向けられた。

「す、スミマセン!その、止める暇がなくて…」

「な、なんだこりゃあ!おいクラウス大丈夫か?」

そろそろ自分の出番かと思い、競技場にやってきたアルベルトがクラウスの惨状をみて思わず声をかける。

「アルベルト、丁度いい。クラウスを運ぶから手伝ってくれ」

「あ、ああわかった」

アルベルトは警備をしていた人間と共にタンカでクラウスを運んだ。

「…うっ!あ、アルベルト…か?」

意識を取り戻したクラウスがアルベルトに話しかける。目も上手く開けられないらしい。

「ああそうだ。大丈夫か?」

「き、気をつけろよ…アイツは、強い…」

「そうか、だが安心しろ。仇は取ってやるぜ!」

アルベルトは目を光らせる。決勝まで進む理由が出来た。

「クラウス、もう喋るな」

口の中も切れているらしい。喋りながら血を流すクラウスをトーヤは止めた。

この試合の結果、チャンプ、マスクマン戦が引き分けであったため、自動的に銀仮面が決勝に進む事となった。

 

29

北の森ではコージ達とランディが睨み合っていた。

「何故お前がここにいる?」

沈黙に耐え切れなくなり、コージがランディに話しかける。

「ここは天下の公道だぜ?俺が道を歩いていて何故質問されなければならねぇんだ?」

ランディの当然の反応だがこの場所は森の中であって公道では無い。勿論コージをからかってこんな言いかたをしているのだろうが…

「この先に小屋があって山賊が住みついているらしい。貴方は関係者か?」

 比較的冷静であったルーがランディに質問する。ふざけた質問である。貴方は山賊か?と聞いているのだから。ルーもわかっていてあえてそう聞いていた。ランディの反応を見逃さないよう注意しながら。

「山賊?知らねぇな。もう1度言うが俺はここを歩いていただけだ」

「…ローラ、小屋でランディを見たか?」

コージはルーの後ろに隠れていたローラに声をかける。

「わ、わからない。でも…」

ローラはカタカタと震えている。

「でも?」

ルーが答えを促す。

「でも、どうしてこの人がセリーヌさんのバスケットを持っているの!?」

「…!」

「なっ!」

「チッ!」

ルー、コージ、ランディそれぞれの反応。そして…

「ランディー!!」

コージはランディに切りかかった!

後ろにステップして切先をかわす。

「あぶねェ奴だな。いきなり切りかかりやがって…」

ランディは側にあった岩場にバスケットを置き、クロスボウを構える。

「ふざけるな!セリーヌはどこだ?何故そのバスケットを持っている」

「知らねぇよ。このバスケットは拾ったんだ」

ニヤニヤしながら答える。コージの反応を楽しんでいるのだ。

「嘘をつくなっ!」

コージは剣を下に構え一気に間合いを詰めた。

「おせェ!」

ランディはクロスボウを撃った。


ギィィン!


素早い振り上げ!コージは剣でクロスボウを弾き、そのままランディに切りかかった。

矢は空高く消える。

「チィッ!」

ランディは振り下ろされた剣を右腕のメリケンサックで殴り、剣の軌道を変えた。

ザクッ

剣はそのまま地面に刺さる。その間にランディはコージとの距離をとった。

「…お、お兄ちゃん凄い」

ローラが目を丸くして二人の闘いを見守る。

「はなっからクロスボウを狙うとはな…わずか半年でここまで成長するか。、面白い、面白いぞ小僧!!」

「小僧じゃない。コージだ」

「10年はえェんだよ小僧」

ランディはコージに殴りかかる!

(この右腕は危ない)右ステップして拳をかわす。

「逃がすかっ」


ギュウゥン!


「なっ!?」

かわした筈の右腕がまるで別の生物のように凄まじい早さでコージの動きに反応した。

その腕を剣で受ける!

「捕えたぜっ」

剣で受けたのでは無い!ランディの狙いは最初から剣だったのだ。右腕でコージの剣を掴む!

「じゃあくれてやるよ」

コージは剣を手放す。その為、剣を奪う為右腕に力を込めていたランディは体勢を崩した。

そのランディの顔面をコージは思いっきり殴りつけた!たまらずランディは倒れる。

「セリーヌをどうした?答えてもらうぜランディ!」

ランディが倒れたひょうしに手放した剣をつかみ、ランディに剣を突きつける。


「お兄ちゃんカッコ良過ぎ!…本物?」

「ああ、信じられんな」

ローラとルーの感想。

「お前らなぁ…そんなことよりセリーヌだ!答えろランディ」

「ふん、セリーヌセリーヌうるさい奴だ。あのボケ女はお前の女か?」

「なっ!そんなんじゃ…」

コージは思わず動揺する。そこに隙が出来た。


ドシュッ!


クロスボウの矢がコージの右頬を割く。ランディが倒れこんだ所に先ほどのクロスボウがあったのだ。

形勢は逆転。ランディは立ち上がりコージの顔面を左腕で掴み、ギリギリと絞めつけた。

「あまいな。だから小僧なんだよお前は…」

「うわぁぁぁっ!」


「止めて!お兄ちゃんが死んじゃう!!」

ギリギリと頭を締め上げる音が離れて見ているローラにまで聞えるのだ。

しかしローラの懇願などランディに通用しよう筈も無い。

「ルーさん!お兄ちゃんが!!」

「…おそらく大丈夫だ」

妙に落着いた様子のルーを見てローラは困惑する。そしてコージの方を見る。

「あっ!」

見るとコージはランディのアイアンクローをどうにか外したらしい。再びランディに向けて剣を構えている。

「良かった」

ローラはホッと溜息をつく。

「…やはりそうか」

ルーはポツリと呟いた。

「ルーさん、何がやっぱりなの?」

「あのランディという男、おそらく…」

 

「どうした小僧?肩で息をしているな、終わりか?」

「くっ、まだだ、セリーヌがどこにいるか教えろ!」

「あの〜コージさん、私ならここにいますが何かご用ですか?」

「えっ?」「なにぃ!?」

緊張した闘いの中、いつもののんびりした口調でセリーヌが2人に声をかけた。

「えっ、セリーヌいつのまに?って無事だったの!?」

コージは戦闘中ということも忘れセリーヌを見つめた。

「無事?はい〜私は元気ですが何かありましたか?」

セリーヌは小首をかしげて質問を返す。

「何かってその…じゃあランディは?」

「はい?あっランディさん。先ほどはありがとうございました〜」

側にいたランディに気づいたセリーヌはふかぶかと頭を下げる。

「チィッ!もう降りてきやがるとは…」

ランディは気分が削がれたのか構えを解く。

「あれ?あのありがとうって何がなんだか…」

ワケがわからずセリーヌに質問しようとした所…

「うわ〜ん!セリーヌさーん」

ローラがセリーヌに泣きついた。

「あらあらローラさん、どうしたんですか?」

突然泣きついたローラにセリーヌは優しく声をかけながら頭を撫でた。

「あっ!ローラ無事だったか!それにルーにコージもってゲ!ランディもか…」

気絶しているピートをおぶったアレフがコージ達に合流した。

 

30

「ってワケなんだ」

アレフが大体のあらましを全員に説明した。

「え、え〜と…」

先ほどまで命がけの闘いをしていたコージは興奮が押さえられず、よく理解できないでいた。

「つまり山賊達に捕まってしまったピートやアレフ達を、森で迷子になっていたセリーヌを街まで送っていたランディに偶然助けられたわけだな。お礼にランディはセリーヌのアップルパイを貰ったということか」

ルーが短く説明し直す.

「あ、ああそうなんだよ」

アレフは少し離れた岩場で座っていたランディをチラっと見たあと大きく頷いた。

「つまりコージはセリーヌやピート達の恩人に切りかかったわけだな」

ルーは更に冷静にコメントする。

「そ、それはその…」

コージはバツが悪そうにランディを見て

「…疑ってスミマセンでした。そのなんてお詫びすればいいか…」

頭を下げた。

「…ふん、もういいな?俺は急いでいるんだ。もう行くぞ」

ランディは立ち去る準備をする。

「…あ、はい。住民を助けていただいて感謝します」

言いたい事や疑わしい事は多々あったがセリーヌ達の恩人であり、誤解で怪我をさせかけたのだからどうしようもない。

「ええっと、とりあえずセリーヌ達が無事で良かったよ。さてこれからどうするか…」

コージは今後の行動の思案を始めようとした。

「そーいえば武道大会はどうだったんだコージ?」

アレフが興味深げに話しかける。

「準決勝まで行ったよ。でも抜け出したからな。もう失格だろう」

「ゴメンナサイお兄ちゃん。私とピートが森に行ったせいで…」

ローラが申し訳なさげに謝る。ちゃっかりピートも含んでいる所はさすがだ。

「なにいってるんだ、2人の安全が第一の仕事だよ。さて、とりあえず俺は小屋の山賊を見にいくべきかな…」

「まて小僧、武道大会に出ているんだな?」

「あ、ああそうだけど…」

突然会話に入ってきたランディにコージは困惑する。

「だったら今すぐ戻れ。お前はケリをつけなければならない相手がいる筈だ」

「え?それって…(アルベルトの事か?何でランディが…)」

「どっちにしろもう間に合わないだろう」

ルーが困惑しているコージに変わって話を続ける。

「そういうことなら私が手助けしてさしあげましょう」

突然森の中から怪しい仮面をつけたスーツ姿の男、ハメットが現れる。

「うわあっ!なんだいきなり!」

「あっ私決して怪しい者ではありません、どちらかといえば正義の使者です。そんなことより、私がコロシアムまで運んでさしあげましょう」

メチャメチャ怪しげなハメットは一気に話を進める。

「いやその、あんた怪しいし、一気に運ぶってどうやって…」

「テレポート魔法か…」

ランディがハメットに代り答える。

「ご名答でございます。さ、よろしいですか?」

ハメットはコージに向き直り、魔法の詠唱を始める。

「ちょっといきなり、それに小屋の山賊が…」

「あ、それなら当分目を覚まさないから大丈夫だぜ」

いったい何をしたんだアレフ?

「お兄ちゃん頑張って優勝してね♪」

「コージさん頑張ってください〜」

「ちょ…あの…」

「テレポート!!」


シュン!!


コージは森から消えて行った。

「この急展開はいったいなんなんだ〜」

というドップラー効果での声を残して…




12話へ




「お前程度の男にクレアは任せられん!!」
吠えるアルベルト!

「コージさま!」
クレアの言葉は届く?

「おい?トリーシャはどこにいるんだ?」
エルの復活!

「あの小僧に伝えてくれ。10年の時間をくれてやると…」
ランディの真意はいったい?

12話「大切な人はいますか?」


あとがき:
すっごく久しぶりにSSを書きました。もうパソに触る時間も無いくらい(涙)
(ネット毎日やっとるやん!!)忙しくて。今回もダブルヒロインの出番はゼロ!
本当にヒロインなのか?そしてランディは何をしていたのか?銀仮面の正体は?
トリーシャは何処に?ってあと1話で終んないじゃん!!
勝手にリカルド=マスクマンにしちゃった(テヘッ♪)
ついでにマリエーナ王国(笑)なんだかねぇ…

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