花束を君に
「…えっ!?」
競技場に戻る途中の廊下でミス・大武闘会のトリーシャは目の前を横切った影を見て驚きの声をあげた。
「今のは…ウソ!だって…」
過ぎ去った影が進んだ方向に目を向ける。その影は廊下の突き当たりを更に右に曲がった。
「あっ!」
見失ってはいけないとトリーシャは追いかける。
影は30番という番号の付いた部屋に入っていった。
「30番、え〜っと誰の部屋だっけ?…ってそれどころじゃないよ!!」
部屋の前で考え込んでいたトリーシャは覚悟を決めドアノブを掴む。
「え〜いっ!開けちゃえ」
勢いに任せて扉を開く。ノックをしたり声をかけたり等せず、勢いで行動してしまうのはいかにも彼女らしい。
「タイムズ・ウィスパー(行動不能魔法)」
「えっ!?きゃぁぁあああっ!!」
扉を開けた途端、トリーシャは行動不能魔法をかけられた。
目を開けているのに何も見えず何も聞こえない。指1つ動かせない。
ガスッ!!
「あうっ!」
トリーシャは首筋に強い衝撃を受け、そのまま気を失ってしまった。
15
ガキィィッ!!
競技場ではアルベルトの巨大なハルバードの振り下ろしをリサがナイフで受け止めていた。
「…おどろいたね、やるじゃないかアルベルト」
リサがニヤリと笑う。
「あたりまえだ!俺はこんな所でまけられん!」
一方のアルベルトは大量の汗をかいていた。
膠着状態から2人はお互い後ろに飛び、一定の距離を置き構えなおした。アルベルトは両手でハルバードを。そしてリサは両手に一本ずつナイフを持っている。
試合は既に30分経過していた。リサはスピードを活かしアルベルトを翻弄、競技場の中央に留めさせ多彩な攻撃を繰り返していた。
アルベルトに疲れが見え始めた瞬間、リサはトドメを刺すべく一気に間合いを詰めた!
しかしアルベルトもその時を狙っていた。ハルバードの柄の部分で突っ込んできたリサを下から叩き上げたのだ。それをリサがナイフの鍔でブロック。しかし凄まじいパワーでリサは体ごと持ち上げられ、威力を削ぐ為後方に大きく宙返りした。
着地時に隙が出来る。その隙を狙いアルベルトはリサめがけハルバードを振り下ろした。
それをリサがナイフで受け止める。
これが現在の試合経過である。
『一方的と思われていたリサ選手の攻撃でしたがまさに一発逆転!一瞬の隙を突いた見事な攻撃を繰り出したアルベルト選手!そしてそれを受け止めたリサ選手!凄い!全く気の抜けない凄まじい試合です』
闘う審判さんの熱の入った実況。湧き上がる客席。コロシアムは先程のコージ対エル戦以上の盛り上がりであった。
16
そのころ北の森では…
「なあなあローラ?」
「なによ!」
「北の森ったって広いんだぜ、セリーヌがどこにいるのか解るのかよ?」
「…そんなの解るわけ無いでしょ!」
ピートの質問はもっともであるし、ローラの答えも当然であった。しかしローラの返事は明らかに怒りの篭ったやつあたりである。
「なんでオレに怒ってるんだよ!」
「ピートがくだらないこと聞くからよ!」
無茶苦茶である。
「…はいはい。お前さんたち、森であんまり騒ぐんじゃない」
険悪な雰囲気であった2人の頭にポンと手を乗せ、ウインクしながらニカッと笑う青年。
「アレフ!?」「アレフ君!?」
そう、自称エンフィールド1のナンパ師アレフ・コールソンであった。
「…と言うワケなのよヒドイと思わない?」
「ああそうだな。全部ピートが悪い」
「ええっ!?なんでそうなるんだよアレフ!」
「オレは女性の見方だからだ」
「ひいきだ、ひいきだ〜!!」
アレフが会話に加わり一言二言話しただけで場の雰囲気は明るい物になっていた。3人はピートを先頭に更に森深くへ進む。
「ちょ、ちょっとピート、レディもいるのよ?一人で勝手に進まないでよ」
ピートのペースで森歩きされ、流石に疲れたローラが文句を言う。
「なんだよこれくらい、さっさと…あれ?」
後ろも振り向かず前に進んでいたピートが立ち止まる。
「どうしたんだピート?」
ローラが遅れないよう、彼女の少し後ろを歩いていたアレフがピートの側に寄っていく。
「人がいる」
「セリーヌか?」
「違う。なんだか悪そうな奴らが、1、2、3…いっぱいいる」
「3以上数えられんのかお前は…どれ?」
ピートの隣についたアレフが前を見る。
「…何だあの小屋は?それに人相の悪い連中が…7人。小屋の中にも何人かいそうだな」
険しい表情でアレフが呟く。
「山賊が住み着いたのかな?」
「モンスター出現率の高いこの森にか?…いや、だからこそ住み付いたってのもアリだな」
モンスター出現率が高い=人通りが無い=隠れ家に丁度良い。という図式もありえる。しかし実際のところ他の場所に比べればモンスターが多少多いという程度である。去年の新種モンスター大発生の時にモンスターの多い森。という噂が定着したのが原因であった。勿論それをしっているのは事件に関わった一部の人間だけであるが…。
「とりあえずここは避けて行くか」
アレフが大回りしてやり過そうと言うと
「ねえ、もしかしてセリーヌさん山賊に捕まったんじゃ…」
ようやく追いついたローラが青ざめた表情でアレフを見つめる。
「「あっ!」」
その可能性も有る。ピートとアレフは顔を見合わせて思わずハモッてしまった。
「ちょっと待てよ。そうだったらどうする?オレ達だけじゃどうにもならないぞ」
アレフは頭を抱えて悩み出した。
「…自警団を呼ぼう。実はいざって時の為にルーがコージを呼びに行ったんだ。少し待てばコージとルーが来る」
「で、でもセリーヌさんが捕まってて、今酷い目にあっていたら…」
泣きそうな顔でローラが続ける。
「ううっ、そうだよな、女性が酷い目に会っている時に悠長な事行ってる時でもないし」
「なあ、オレが小屋をみてこようか?」
頭を抱えしゃがみこんでいるアレフを見下ろしてピートが言った。
「バ、バカ言うな!そんな危ない真似させられるかっ!!」
「大丈夫だよ。オレ足早いから見つかんないよ。見つかっても逆にやっつけてやるよ」
胸をはり、左手で自分の胸をポンと叩く。(まかせろ!というポーズらしい)
「…わかった。いいか、ヤバイと思ったら走って逃げろ!俺達も逃げる」
頼もしくも何とも無いが実に正直なアレフのセリフであった。
「おう!セリーヌはオレが助け出してやるぜ!」
ピートは人気の無い小屋の裏側に回る為、森の右側に走っていった。
(セリーヌさんが捕まったって決まったわけじゃないんだけど…)
自分が言い出した事とは言え、ピートが勘違いしていないか実に不安なローラだった。
「よし、誰もいないな」
上手い事小屋の裏側に回ったピートは周りを見まわし確認の独り言を呟いた。
今いる森から小屋の裏側まで50メートル程度。ピートなら3秒かからない。小屋には丁度窓もある。そこから覗けば良いだろうと判断する。
「よしっ!!」
ピートは小屋に近づく為いっきに駆け出した!!
「あっ!しまった…」
ピートは50メートルを3秒で走れる。それはとんでもなく凄い。人間じゃない。
しかし止まれない…
いや、そもそも小屋の裏側なのだから走る必要さえなかったんじゃ…
「小屋にぶつかったら痛いよな〜、こうなったら…」
ガシャアアアァァン!!
ピートは小屋の窓に突っ込んだ!!
「っててててっ!」
ピートは犬の水弾きのように体を大きく振った後、自分の体を見る。腕等に多少スリ傷がある程度でたいした怪我は無い。その事を確認した後小屋の中を見まわす。
小屋には唖然とした表情の人相の悪い男が10人程度いるだけでセリーヌはどこにもいなかった。
「ヘヘ、ゴメン、勘違い」
ピートは照れ笑いをした。
「「「なんじゃこのガキは〜!!」」」
小屋の中にいた男達は怒りの形相でピートを取り囲んだ。
「うーん、やっぱ怒るよな…」
17
ガシャアアアァァン!!
その音は当然アレフ達にも聞こえていた。
「ええっ!?何で?」
驚くのも無理は無い。様子を見に行ったはずなのに小屋の窓が割れる音が響いたのだから。
「ピートの奴いったい何をしたんだ?」
アレフが困惑している時、当然小屋の前にいた男達も動揺していた。
「お、おい何だ今の音は?」
「大変だ!変なガキが突然窓ガラスを破って進入したらしい!」
「何だと!どうなっているんだ小屋の中は…」
外ににた男達も小屋の中に入っていった。
「何をやってるんだピートの奴は…」
あまりの出来事にアレフは目眩を感じていた。
「ど、どうしようアレフさん!ピートが…」
ローラがオロオロしながら声を上げる。パニック寸前だ。
「…あ〜っとローラは今すぐエンフィールドに戻ってくれ、駆け足でだ」
「アレフさんはどうするの?」
「オレも逃げる」
アレフはきっぱりと答えた。
「それじゃピートが…」
「実際ピートなら大丈夫なんだけどな。(人間じゃないし)とりあえずオレが大声を出した後オレも逃げる。半分位がオレの方に来てくれればピートならなんとかなるだろう。解るな?ローラは先に走って逃げるんだ」
ローラはアレフの意図した事を理解し頷いた。
「転ばないようにな」
「子供扱いしないでよ…アレフさんも気をつけてね」
「ああ」
ローラはエンフィールドに向かって走り出した。
小屋では明らかに争っている音が聞こえていた。
「う〜ん、さすがに10人以上じゃピートもキツイよなぁ…」
ローラの姿が見えなくなったのを確認してアレフは大きく息を吸う。
「ピート!逃げるぞ!!」
…
「おう!」
数秒の後ピートの返事が聞こえた。
(あの返事なら無事だな)と判断し、人が出てくるのを待つ。
小屋から男が出てきた。
アレフはその男にわざと気づかれるように大きく手を振った。
「何だ貴様は!そこを動くな!!」
男が自分を見て走りよってくるのを確認した後アレフはローラが逃げた方向と逆方向に走り出した!
「あんまりいっぱいくるなよ〜!」
と祈りながら。
18
更に20分。アルベルトとリサの試合はいまだ決着がついていなかった。
「凄い試合ね…もう1時間ぐらい闘ってるんじゃないの?」
「はい。にいさまもリサさまも、何もそこまで闘わなくても…怪我等しなければよいのですが…」
試合を観戦していたクレアは祈るような気持ちでヴァネッサに答えた。
「そうね」
(どちらかというと、結構楽しそうに試合してるんじゃないかしら)
と思ったがわざわざそんな事は言わない。
(とんでもなく成長したね、アルベルトも)
リサは額に流れた汗を手の甲で拭いながらアルベルトの成長に感心していた。
リサの戦略はこうだ。
自らのスピードを活かし多角的に、かつ手数を多くする。勿論適当に力を抜きながら。
そして数撃に一度必殺の一撃を加える。そうすることによってアルベルトは絶えず全神経を集中しながら防戦しなければならない。それによる体力の消耗、並びに精神的ストレスを与え続け、アルベルトがキレて隙だらけの大技にでた所を一撃で仕留めるという考えであった。
しかし実際の所自分が計算していた以上にアルベルトはタフであり、それ以上に精神的に強くなっていた。先程などはこちらの一瞬の隙を狙って強烈な一撃を放たれ、危うく負けてしまう所であった。
おそらく常に攻撃していた自分の方が疲労度は大きい。もちろん長年の傭兵としての経験でそれを悟らせはしなかったが。
(後1回の大技が限界だね…)
リサはそう判断した。
一定の距離で睨み合っていた両選手だったがリサが数歩後ろにステップする。
「来るか!」
アルベルトが構え直す。
「!!」
リサがアルベルトに向かって走り出した!
「これでもくらいなっ!」
左手に持っていたナイフをリサはアルベルトに投げつけた!!
「…!」
アルベルトは何を思ったか左手をハルバードから放し、左腕の甲で向かってくるナイフを弾き飛ばした。
「リサは…いない!?右か!左か!」
ヒュオン!!
アルベルトの耳に風を切る音が聞こえた。
「上だぁっ!!」
アルベルトの頭上真ッ逆さまに落ちてくるナイフ!
それを右手一本で持っていたハルバードで弾き飛ばした!
しかしリサはいない!
「いくよっ」
下!?
ゴキィッ!!
「くうっ!!」
リサの強烈な下からのボディを狙ったアッパーカット!
アルベルトは後方に1メートル以上飛ばされた!
…が倒れなかった。
リサの攻撃はハルバードから放していた左腕で防御されていたのだ。
「あ、危ないところだったぜ…」
リサは目を丸くしながらアルベルトを見詰め…
「まいった。私の負けだよ…」
敗北宣言した。
「な、なに?」
『リサ選手棄権の模様!この試合、勝者アルベルト選手!!』
審判の宣言を受け、会場は大きな歓声に包まれた。
「お、おいチョット待て。勝負はまだ…」
アルベルトは納得のいかない表情でリサに詰め寄る。
「フフ、悔しいけど私の負けだよ。あの技をかわされた以上私に勝ち目は無い。成長したね、アルベルト」
サバサバした表情でリサはアルベルトに言い、ナイフを拾った。
「…むうぅ、勝った気がせん!」
どうにも納得していない顔でアルベルトはガードしてアザができた左腕を振った。
「…なあアルベルト、あんたどうして最初のナイフを左腕で弾いたんだい?」
アルベルトの行動は予想外であった。ハルバードで弾くと計算していたのだ。その勢いで上からのナイフもハルバードで弾けば懐はがら空きになる。そこを狙っての攻撃であった。
「…なんとなくだ」
アルベルトは顎に指をあて、考え込んだ表情をしたがたいした答えはえられなかった。
無意識に危険を察知したのだろう。
「…。ま、いいさ、次の試合も頑張るんだね」
(ハンデをつけられなかったけどコージの実力を見誤っていたからね。私が手を貸さなくたって良い勝負するだろうさ)
リサはさっさと競技場を降りていった。
1人取り残されたアルベルトは…
「むぅう、勝った気がせん!」
今だ納得していない様子であった。
19
「っと4人か。以外と少なかったかな?」
森の中、小屋にいた人相の悪い男4人に追われながらアレフは溜息をついた。
「女の子に追いかけられるんならともかく不細工な男どもに付け回される趣味はないんだが…」
減らず口を言える余裕はある。逃げ切れる自信もあった。
しかし…
ヒュッ!!
「えっ?」
カシィィィン!!
アレフの目の前をボウガンの矢が通り過ぎ、真横の木に突き刺さった。
「なっ!?」
アレフの鼻筋に当たったらしく血が流れている。
「そこまでだ。動くんじゃねェ」
矢が飛んできた方向を見ると、全身黒ずくめの男が2発目のボウガンを構え立っていた。当然ターゲットはアレフ。
「…まいったな。飛道具なんて反則だぜ」
アレフは両手を上げ、降参のポーズを取る。
結果後ろからきた男達にアレフは捕まってしまった。
小屋の中ではピートと10人以上の男達との闘いが続いていた。
「どうだ!オレって強ぇだろ!?」
既に男が4人倒れている。ピートは5人目を殴り飛ばし、得意顔で笑った。
「何なんだこのチビ、強いぞ?」
小屋にいた男達もピートの強さに驚いていた。
「降参するなら今のうちだぜ?」
絶好調だ!
「…っこのチビ!」
男達も怒りに震えるがピートに手が付けられずにいた。
「ちっ、だらしねぇ…」
この時1人の男が小屋に入ってきた。
「ラ、ランディさん!」
ピート以外の男達が喜びと恐怖が入り混じった声でその男を迎え入れる。
先程ボウガンを放ちアレフを捕まえた黒ずくめの男、ランディであった。