花束を君に





第10話 運命の女神と不幸な騎士(後編)その1

 

20

「ここは〜いったいどこなのでしょうか?」

普段教会の孤児院で手伝いをしている少女セリーヌは2日ほど前からエンフィールド北西の森でさまよっていた。

 ――――何故?

当然迷子である。

「困りましたね〜このままではせっかくのアップルパイが固くなってしまいます〜」

とっくにカチカチである。

「おや?お嬢さん、こんな危険な森の中で何をしてらっしゃるのでございますか?」

 黒のスーツを着た埴輪のような仮面を被った男が森の中ですっかり途方に暮れていた(とてもそうはみえないが)セリーヌに声をかけた。

「あ、どうもこんにちは。実は迷子になってしまいまして困っていたんです」

あまり困っているようには見えないセリーヌが仮面の男に答えた。

「なるほど。それでどちらにむかってらっしゃるのでございますか?」

「はい、この近くに小屋が有る筈なのですが何故か見当たらないんです〜」

「…小屋?それはひょっとして自警団の見張り小屋のことでございますか?」

いぶかしむような表情(仮面表情?)で仮面の男が更に質問する。

「はあ、自警団小屋かどうかはちょっとわからないのですが…」

「ふむ、この辺で小屋といったらそこしかありませんな。宜しい、私もそこに向かう所でした。ご案内して差し上げましょう」

「まあ〜それは助かります。あ、わたしはセリーヌと申します」

「私はハメット・ヴァロリーと申します」

スーツを着た仮面男とエプロンを付けた少女というとても森を歩く格好とは思えない不思議な二人組みは小屋に向かって歩き出した。

 

 …セリーヌが先ほど向かっていた方向と全く逆へ。

 

21

ピートの楽勝ムードだった小屋の中はランディの登場で急に重苦しい雰囲気となった。

「なんだよおじさん!オレと闘う気か?」

その雰囲気が面白くないピートはランディに突っかかる。

「…ふん、悪ふざけが過ぎたな。ガキを殴る趣味はねえがおしおきが必要なようだ」

ランディがピートの前に立つ。

「なっ!なめやがって!ぶっとばしてやる」

ピートがランディを睨みつけ、殴りかかった!

「オラオラー!思いっきりいくぜー!」

ピートの会心の一撃(クリティカルヒット)!!

…と思われた攻撃を片手で軽々と受け止める!

「あ、ありゃ?」

止められると微塵も思っていなかったピートは困惑…

「イテテテテ!」

する余裕も無く、止められた拳をランディの信じられないほど力強い握力でギリギリと握りつぶされていた。

そしてランディは小屋の壁にピートを投げ飛ばした!

うっ!とうめいた後、ピートはその衝撃で気を失ってしまった。

 

 

22

ワアアアアアァァッツ!!

『凄まじい大歓声!それもその筈、武闘大会の英雄!いや格闘界の至宝マスクマン選手ついに登場です!!』

ドン!

という音が聞こえそうな程の大歓声!

競技場に立ったマスクマンは高々と右腕を天に上げた!

『対するは同じく謎のマスクマン、その名もチャンプ選手です』

ピンクのマスクを付けた男がブロードソードを携えて競技場に上がった。

 

『試合開始!』

 

「俺の出番だ」

チャンプの決めセリフだろうか?そう言って剣を構える。

「…」

対するマスクマンは腕を組んだまま動かなかった。

「どうしたんだマスクマン?」

チャンプが声をかける。

「君は誰だね?」

「えっ?」

「私はチャンプという男と以前闘ったことがある。体格の良い、徒手空拳を得意とする熱い魂を持った男だった筈だ。もう一度問う。君は誰だね?」

「…なるほど。一応言っておくけど俺はチャンプで間違いないぜ。チャンプって人と辻試合をして勝ったら賞金と一緒にこのマスクと称号を貰ったんだ。本当にこのマスクを被る事になるとは思わなかったけどな」

隠すことでもないのでチャンプは事実を語った。

「…彼を倒したのか。いいだろう、それなりの使い手ということだ。相手にとって不足なし。かかってきなさい!」

マスクマンも戦闘態勢をとった!と、同時にチャンプは剣を振りかぶりマスクマンに突っ込んで行った!

「どりゃああ!!」

バシィッ!

チャンプの振り下ろした剣をマスクマンは真剣白刃取りで止めた。

「どうした・・・。それで本気なのか・・・?ムッ!?」

剣に力が無い!チャンプは既に剣を手放していた。

「ハァアアアッ!」

チャンプは独特の呼吸法を用いて

「しまっ…!」

剣を両手で押さえていた為マスクマンは防ぎようが無い!

「ファイナル・ストライク!!」

 

ドゴオッツ!!

 

がら空きのマスクマンのボディに紅く燃えた強烈な右拳を突き刺した!

「ぐおおおっ!」

マスクマンは5メートル以上吹っ飛び競技場に崩れ落ちた。

競技場は、いやコロシアム全体が静まり返った。

今までダメージを受けたところさえ見たことの無いマスクマンがたったの一撃で競技場に崩れ落ちたのである。それも無名の選手に!

「楽勝だぜ!」

チャンプは落ちていた剣を拾って笑う。

「審判さん、俺の勝ちじゃないのか?」

解説者席にいる放心状態の審判に向かって放し掛ける。

『えっ?あっあっ!こ、これは…すみません。あまりの事に思考が停止しておりました。マスクマン選手ノックアウトの為、勝者チャン…』

「まだだ!」

闘う審判の判定を遮る声!そうマスクマンが立ちあがった!

ワアアアアアアッ!!

静まりかえったコロシアムが一気に盛り上がる。

『立った!立ちあがりましたマスクマン選手!不敗伝説今だ終らず』

「オオオオオオッ!」

強烈な雄叫びを上げる。(完全にキャラが変わっている)

「面白い、面白いぞチャンプ君。どうやら全力で闘える相手に何年ぶりかで出会えたようだ」

「…ミスったか!」

 チャンプは舌打ちする。そうは言ったがミスって等いない事は本人にもわかっていた。完璧な一撃だったのだ。立ちあがったマスクマンの方がどうかしている。

「普通の選手なら1週間は起き上がれないんだけどな」

「フフフ、私を普通の選手だとでも?」

「…とんでもない」

再度2人は構え直した。

 

23

 アレフ、ピートを捕まえたランディは小屋から少し離れた小高い丘にいた。この丘からは下に広がるエンフィールドが一望できる。この丘があるからこの場所に見張り小屋が作られたのだろう。

「…つまらねぇ仕事だな」

苦虫を噛み潰したような表情でエンフィールドを見下ろす。

(別にこの街になんの感慨も無い。ちょっと暴れるだけだ。誰かを殺すつもりも無いし奪う気も更々ねぇ。他の連中がどうかは知らねぇが多少はいいだろう。だが…)

(なんとも平和ボケした街だった。実際結構な事件が起きかけていたし小さなクーデターもあった。が…その真相どころか事件があった事さえ街の人間は知らないのだろう)

「哀れだな…」

(やり方はともかく全てを捨て、挙句死んでしまったあの男に対して、この何も変わらない街ではあまりに報われていないと感じたのだろう。死んだ本人はしらんがな)

(考え方は間違っていない。前回のクソみたいな仕事だってそうだ、力がなければ大切な物は守れない。幾ら1人が強くたって守るものが大きければ限界がある。個人の強さ等、相手に過大評価されて敵の数を増やすだけだ。最強の騎士団長だと?その名声によって5倍の兵力を送りこまれては成す術が無い。失った物は守るべき国、人、部下、地位、そして右腕だ。護りぬけた唯一が自分自身、しかも五体満足ですら無い。)

自分の右腕を見る。2度と人前で手袋を外す事の出来なくなった右腕を…

(だったら何故こんな気分になる?何が俺を止めている?あの時の小僧に期待しているのか?…時間が、ねぇだろうが!!)

ランディは目を閉じた。

「そういやあ…あの女、今日街をでているんだろうな?たしかセリーヌと言ったか?」

「はい?呼びましたか?」

なんとものんびりした返事が返ってくる。

「なんだと!?」

(何故独り言に返事が返ってくる?)

ランディは声のした方向、後ろを振り返る。そこにはニコニコした表情の女、そうセリーヌがたっていた。

「…なんでお前がここにいる?」

檄高を必死に抑えて質問する。

「はい、先日助けていただいたお礼にアップルパイを作ったんです。宜しかったら食べていただこうとおもいまして〜」

左手に持っていた小さいバスケットを差し出す。

「…」

ランディは何も答えられなかった。

「?あの〜、アップルパイお嫌いでしたか?」

なんとも哀しそうな表情でセリーヌは小首をかしげた。

「二度と森に近づくなと言った筈だが?」

「すみません、ですが親切にして頂いた方に何のお礼も出来ないのは心苦しかったんです。ですがランディさんの事は誰にも言っていませんので」

「武闘大会のある日は街から出るか家に閉じこもっていろとも言った筈だ」

「あら〜!今日は大会の日だったんですか、また1日迷子になっていたみたいです。困りました〜、トーヤ先生にお手伝いを頼まれていたのですが…」

(困ってるのはこっちの方だ!!)

仕事前に何故こうもイレギュラーなことが起こる?よりにもよってこのワケの解らない女が…

「あの〜ランディさん、またご気分がすぐれないのですか?」

セリーヌが心配そうにランディの顔を覗きこむ。

「(この女はどうしてこう…)いいか、お前は今日1日森の中に隠れていろ!」

「はあ、何故でしょうか?」

「なんでもいい!!さっさと森に隠れろ!」

思わず怒鳴り声を上げる。

「ですが今日はトーヤ先生のお手伝いに行かなければならないんです〜」

「〜!!いいから来い!」

ランディは強引にセリーヌの腕を掴み、森に向かう。

丘と小屋はある程度離れていた為、森に入るまで他の連中に見つかることはなかった。

一応確認の為小屋を振り返る。すると小屋の裏側から中の様子を覗こうとしている怪しげなスーツ姿の男がいた。

「おい貴様!何をしている!!」

ボウガンを構え、スーツ姿の男を怒鳴りつける。するとスーツの男はランディの方に振り向いた後、森の中に走り去っていった。

「…なんだあの仮面の男は?」

スーツの男は冗談のような仮面を被っていた為、ランディはあっけに取られてボウガンを撃つ機会を逃してしまった。

「はい〜、ハメットさんとおっしゃって小屋まで案内して頂いた親切な方です。ランディさんのお友達じゃないんですか?」

セリーヌが不思議そうな顔でランディに尋ねる。

(次から次へとこの女は…)

ランディはセリーヌを睨みつけた後、ハメットを追う為森へ走った。

「あ、あの〜」

取り残されたセリーヌはランディの背中に声をかける。

「お前は森に入って隠れてろ!今日1日出るんじゃねぇぞ!!」

「そんなこといわれましても〜…」

既にランディの姿は見えなくなっていた。

「はあ、困りました。どうしましょう?」

そう言いながらも律儀に言われた通り森に入るセリーヌ。

ガサッ!!

その時草が揺れる音がした。

「ようお嬢さん、どこにいくんだい?」

小屋にいた男達が3人、イヤらしい顔をしてセリーヌを取り囲んでいた。

 

 

「何者だったんだあの仮面野郎は?」

ランディは小屋に向かってきた道を戻っていた。

数分間の追跡。結局後1歩という所で仮面の男に逃げられてしまった。

まさかテレポート魔法を使われるとは思ってもみなかったのだ。

「街にテレポートされてしまっては計画に支障をきたすが…ん?」

足元に見覚えのあるバスケットを見つけた。周りにはアップルパイの残骸が転がっている。

「こりゃあ…」

 

ドシ…ン!

「ぅぁぁッ…!」

その時小屋の方から大きな物音と微かな悲鳴が聞こえた。

 

「…っちい!!」

最悪の事態を想像し、ランディは小屋に向かって走り出した。

 守り切れずに炎上する城や街、命乞いをする母子を虐殺する兵隊達。有無をいわさず暴行される若い娘…

最悪の想像は、何故か過去守り切れなかった国の嫌な思い出と重なっていた。

走りながらボウガンに矢を装備する。

(このボウガンで俺は誰を撃ち殺すつもりなんだ…)

その時ランディは思い出す。自分が守る筈だった国の世間知らずな幼い姫を…『いつも守ってくれてありがとう』と笑顔で兵舎に差入れを持ってきた、世の中に悪い人等いないと本気で信じていた笑顔の可愛らしい姫を…

「そうか…似てやがるぜ…」

ニヤリと笑う。

そしてランディは小屋の扉を開いた!!


続いてます。





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