花束を君に
10
森の中を歩く2人の男女がいた。
「と、いうわけで〜コージさんのおかげで子供達が助かったんですよ〜」
「…そうか、よかったな」
(何故俺はこのボーっとした迷子の女をエンフィールドまで案内してやらなければならないんだ?しかもこの女が働いているという教会の子供達の話を何故聞いてやらなければならないんだ?)
男はどうしてこんな状況になったのか、もう一度整理する事にした。
「あの〜、どなたかいらっしゃいませんか〜?」
セリーヌは元自警団見張り小屋の前に立っていた。
(…ちっ!何でこんな森の中に女がいやがるんだ?この辺はモンスターがでるから立入禁止のはずじゃあなかったのか!!)
そう!現在セリーヌが立っている場所はモンスター出現率の非常に高い危険な森の中心地なのだ。当然立入禁止であるし、エンフィールドの住民が立ち入らない場所であった。何故そんな所にセリーヌが?と思うかもしれないがセリーヌだから…としか答えようが無い。
「だれもいらっしゃらないのでしょうか〜?」
扉を押してみる。
ギィッッ
「あら〜?扉が開きますねぇ、もしかしたら家の中で眠ってらっしゃるかもしれませんね。おじゃまさせていただきます〜」
(なにぃっ!!)
セリーヌはつかつかと小屋の中に入っていく。
「ま、まてっ女!!」
今まで木の裏に隠れていた男は思わずセリーヌに声をかけた。
「まあ〜、外にいらっしゃったんですか。探しましたあ」
「?」(探していた?何だ、この女も計画の仲間なのか?)
男は困惑する。
「じつはですねぇ〜私迷子になってしまいまして、道を教えていただきたいと思いまして、人を探していたんですよ〜」
「…」(チッ!!唯の迷子か。まあ小屋の中を見られるわけにはいかなかったからしょうがねぇが…どうする?殺すか?)
男がセリーヌを殺そうかと思案していると…
「あの〜、大変難しい顔をしていらっしゃいますが、気分でも悪いのですか?」
と実に心配そうに声をかけてきた。
「…ああ、最悪の気分だ(お前のせいでな)」
「まあ!!それは大変です。まっていて下さい。今クラウド先生に来てもらえるよう呼びに行って来ます」
セリーヌは山に向かって走り出した。
「お、おい待て女!医者なんかいらねぇ!第一何で山に向かって走り出すんだ?」
「まあっ、そういえば私は迷子だったんです。でも〜本当に大丈夫ですか?」
「…大丈夫だ」
本気でボケているんだろうか?男にはセリーヌをさっぱり理解できなかった。
(…殺す気も失せたな。殺して、自警団に捜索にでも来られた方が厄介だ)
「おい女!エンフィ−ルドはその左の小道を真直ぐ進んで突き当たりを右に曲がれば見えてくるはずだ」
「はい。右の小道を左に真直ぐ曲がって突き当たりを左斜めに真直ぐですね」
「…おい、一つもあってねぇぞ。左斜めってのはなんだ?」
「はあ、すみません。もう一度お願いできますか?」
「左の小道を真直ぐ進んで突き当たりを右に曲がれ!!」
「はい。え〜っと、左に真直ぐですね。ありがとうございました」
セリーヌは山に向かって歩き出した。
「…お前は山に行きたいのか?」
「いいえ。今日は夜鳴鳥雑貨店に行かなければいけないんですが…」
「…わかった。途中まで案内してやる」
男はセリーヌの前に進んで歩き出した。
「まあ、ご親切にありがとうございます〜」
(そうか、ずっとこの女のペースに乗せられていたんだったな…)
「ああ!それでですねぇ〜」
「…見えてきたぞ」
セリーヌが何か思い出して話し始めようとした時、男が立ち止まり高台から見えるエンフィールドを指差した。
「まあ、本当です。ご案内して頂いてありがとうございました」
セリーヌはふかぶかとお辞儀をする。
「…いいか女、二度と森に近づくんじゃねぇぞ」
「はい、気をつけます。あの〜、何かお礼をしたいので教会までご一緒しませんか?」
「いらねぇ。…そうだな、俺と森の小屋の事を誰にもいうんじゃねぇぞ。お礼はそれでいい」
バカな約束だと思う。が、この女ならそんな約束も守ると思えた。
「はい、わかりました。誰にもいいません。それでは本当にお世話になりました」
セリーヌは再度頭を下げて歩き出した。
「あ!あの〜…」
「まだ何かあるのか?」
「そういえば自己紹介もまだでした〜。私はセリーヌ・ホワイトスノウと申します。教会で働いています。お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「…ランディだ」
何故名乗ったのか?ランディ本人にもわからなかった。
「そうですか。ランディさん、ご恩は一生忘れません。ありがとうございました〜」
また頭を下げて、今度こそ本当にセリーヌは歩き出した。
「おい、待て!」
「はい?」
「武闘大会があるはずだ、その日は町の外に行くか家中の鍵をかけて1歩も外にでるな!」
「はあ?何故でしょうか?」
「…何となくだ」
ランディは小屋に向かって来た道をひき返した。
「チッ!何を言ってるんだ俺は!!…ん?」
「どこにいたんだランディ?」
1時間程して小屋についた頃、入口に若い男が立っていた。
「(今日は千客万来だな)散歩さ…そっちの手筈はどうなんだ?」
「うまくいっている」
2人は小屋に入った。
11
カランカラン!
「あっコージちゃんいらっしゃいませー」
「やあメロディ、バイトご苦労様。サンマ定食と…」
「お酒2つコージ君の奢りでねー♪」
「はーい、おね−ちゃん♪サンマ定食とお酒2つですね」
「えっ、ちょっとメロディ…」
「ほらコージ君そんな所立ってないでこっち座りなさいよ」
「…たくっ」
夕方のさくら亭は最も客足の多い時間である。ピンクの髪に猫の耳、猫の手、猫の尻尾をもった少女メロディは週に3日この時間にさくら亭でアルバイトしていた。
そのメロディにおねーちゃんと言われた女性は由羅。狐の耳、狐の尻尾を持ったライシアンといわれる種族である。
「きいたわよん、何でもクレアちゃんとイチャイチャしていたところをアル君に見られちゃったんだってね♪」
「誰に聞いたんだか、一緒に食事してただけだよ」
「あら?クレアちゃんを押し倒してキスしようとしてるところを目撃されたって聞いたんだけど?」
「んなっ!冗談じゃない!誰だよそんなこと言ったのは」
「あ・た・し。今思いついた冗談よん♪」
由羅はクスクスと笑った。
「…絶対奢らない」
「えーっゴメンゴメン、でもさあ、トリーシャのキスを手に入れる為に大武闘会にでるってのはホントなんでしょ?」
「…それも今思いついた冗談か?」
「違うわよ、たしか昼過ぎにローラちゃんがアレフ君と話してるのを聞いたのよ」
どこをどう解釈すればそうなるのだ?と思ったがあきらめた。ローラの耳に入ればほとんど色恋沙汰にされてしまうし、おしゃべりな彼女の事だ、もう町中に広まっているだろう。
「はあっ、これは酒でも飲まないとやってられないな…」
「あらそうなの、じゃあおね−さんも付き合ってあげるわ♪」
「ワリカンだからな」
「もう、ケチ!」
12
「ただいま」
「あっ、おかえりなさいお父さん。もう少しでご飯できるからまってて」
「わかった」
フォスター家は父リカルドと娘トリーシャの2人暮しである。トリーシャは家事全般が得意で毎日食事も作る。味も中々だ。その父リカルドは自警団第1部隊隊長でエンフィールド最強の男と言われている。コージ、アルベルトが最も頭の上がらない人物の一人だった。
「トリーシャ、何でもアルバイトを始めたそうだな?」
「え、うん、良く知ってるね。どーして?」
トリーシャはギクリとしたが、何事も無かったように答えた。
「ポスターを見た」
(うっ、もしかして怒ってるかも?)
「審判さんにどーしてもやって欲しいって頼まれちゃって、断りきれなかったんだけど、駄目だったかな?」
「アルバイトは人生経験になる、いいんじゃないか?ただ…」
「ただ、何?」
「いや、何でも無い。食事にしよう」
「あ、そうだね、食べよう」
(おかしいなあ、最近のお父さんは僕がコージさんとデートしただけで怒るのにキスの事言わないなんて、あっ!)
「もしかしてお父さんも大武闘会でるの?」
「いや、私はでんよ。自警団からでるのはアルとコージ君とクラウスだ」
「そう、お父さんでないんだって、えっアルベルトさんもでるの!」
(トリーシャは去年第3部隊存続の為コージの仕事を手伝っていた。アルベルトもその1人だ。当然魔物退治等の仕事もあり、その際アルベルトの強さはわかっていた)
「ねえお父さん、コージさんとアルベルトさんどっちが強いかな?」
「力だけならアルだろうが、総合的にはどうかな?それこそ大武闘会が始まればわかるだろう(…最も2人とも優勝はできんがね)」
「そっか、お父さんでもわからないんだ」
コージが優勝できない可能性もある。その事にトリーシャは始めて気付き、少なからずショックを受けた。
13
夜遅くセリーヌが教会に帰ると入口でピンクの髪に赤い大きなリボンのカチューシャを付けた小柄な少女ローラが待っていた。
「もう!遅いセリーヌさん、どうして歩いて30分の雑貨店に行くのに1日かかっちゃうのよ」
「はあ、すみませんローラさん。迷子になってしまって…」
「はぁ、もう今日はどこで迷子になっていたの?みんな探してたんだから?」
「え〜っと、…ちょっと遠くまで、親切な方のおかげで帰って来れたんですよ」
「親切な人って?」
「それはちょっと言えないんですが…」
「?まあいいわ。とにかく1人で出かけないでよね!わかったセリーヌさん?」
「はい、すみませんローラさん。気をつけますね」
そして8月7日の夜はふける・・・