花束を君に


第2話 あなたのキスを〜


夕日に反射し、キラキラと美しい姿を見せる川の上、エレイン橋にトリーシャはいた。

「はああ、困ったなあ…」

12回目の溜息、『困ったな』と言ったのは何回目だかもう覚えていない。元気が取柄のトリ−シャのここまで落ち込んだ姿は滅多に見られないだろう。

「何だよそれ!まるでボクが元気なだけが取柄見たいじゃないか!…って、誰に言ってるんだろボク…」

また溜息、こんな独り言を言ってしまうくらいトリーシャは落ち込んでいた。

 「…溜息なんてついてどうしたのトリーシャ?」

髪の長い、背の高い女性ヴァネッサが不思議な物を見たという顔でトリーシャに話しかけた。

「あ、ヴァネッサさん…ボク…」

「…まあとにかく家に来なさいよ、ジュースでもだしてあげるわ」

珍しく歯切れの悪いトリーシャを見て心配になり家に誘った。こんなに元気の無いトリーシャを見たのは…2回目だ。以前も夜中にやってきて泊めて欲しいと言われたことがあった。最もその時の事は解決したはずだし、今回は表情を見ると前回ほど深刻な感じはない。

 ヴァネッサという女性は元々面倒見が良く、困っている人を見過ごせない性格だ。元気のないトリーシャをほっておけるわけがなかった。ついでに言うとヴァネッサは中々の美人で背も高くスタイルも良い、これでもう少し性格が穏やかで、もう少し料理ができて、健康器具マニアでなければ…って意外と欠点も多い。

 元は公安維持局の寮で、現在は自警団第2寮になっている一室、ヴァネッサの部屋にトリ−シャはいた。健康器具の散乱した部屋に入ると

「健康ジュースよ、どうぞ」

と赤色の液体に謎の茶色いツブの入ったジュース?を出されたがこれは飲みたくなかった。

ヴァネッサはコーヒーを飲んでいる。

「…ずるい」

「ん、何か言った?」

「あ、ううん、何でも無い」

「で、いったい何があったの?」

「うん、あのね、実は…」

トリーシャは事の経緯を話し始めた。

 

 

2時間前  コロシアムにある大武闘会運営会議室にトリ−シャと武闘会名物、戦う審判さんがいた。

「こまるよ審判さん!ボク、優勝者にキスするなんて聞いてなかったよ?」

「でもトリーシャさん、ちゃんと契約書に書いてあるじゃないですか」

トリーシャの勢いのあった抗議もあっさり正論で返された。

「うっ、でもちゃんと読んでなかったし…」

すでに負けである、トリーシャは言い訳にもならない反論をした。

「きちんと契約書を読んで下さいと言いましたよ?それにどうしても欲しい物があるからアルバイト代を先に欲しいと言われたのもトリ−シャさんですし…」

「そ、それはどうしても欲しい限定のブローチが後1個しかなかったから…」

「それにもはや町中にエンフィールド大武闘会のポスターを貼りまくっているんです、今更キスはできませんじゃあダメですよ」

反論を許さない追い討ちである。今辞めるなら賠償問題がどうこうと言う話を出さなかったのは審判さんのせめてもの情けだった。(まだ食い下がるなら言うつもりだが)

「第一ファーストキスじゃないんでしょ?これくらいのサービスはしてあげないと盛り上がらないですよ」

「ええっ、う、うん、まあ別にファーストキスって訳じゃあない・・けど・・」

もちろんトリーシャはキスをしたことが無いが、こんな言い方をされてはこう言わざるおえない。

「では決定ですね、本番ではよろしくお願いしますよトリーシャさん」

「え、あ、うん、よろしくお願いします」

右手をだされ、思わずトリーシャは握手をしてしまった。交渉成立である。

 とぼとぼと帰っていくトリーシャを窓から見つめながら審判は

「そんなに“頬にキス”するの嫌かな?まあマランゼさんみたいなモンスターも参加する大会だからな、頬っぺたでも嫌か」

 さて、ここで審判さんとトリ−シャに大きな認識の違いがあるが2人は気付いていない。

3

「と、言う訳なの、どうしようヴァネッサさん?」

「はぁ…」

ヴァネッサは大きな溜息をついた。トリーシャが悪い、きちんと契約書を読まなかったし、バイト代も貰っている、町中にポスターではもう手遅れだろう。契約書の内容を口頭で説明しなかった審判も意地悪な気がするが、トリーシャももう自分に責任を持たなければならない年齢である。バイト代くらいなら返せるだろうが、恐らく違約金等も出てくるだろう。(さすがヴァネッサ、気付いている)

「で、トリーシャはどう思うの?」

「え、うーん、やっぱり好きな人とじゃないとキスなんてできないよ」

少し照れながら答える。その一言でヴァネッサはハッとする。

「つまり好きな人ならキスしてもいいのよね、じゃあ好きな人が優勝すればいいのよ」

「ええっ、そんな無茶な!」

「トリーシャが好きな人って誰?って聞くまでも無いわね。元第3部隊隊長さんよね。とりあえず彼を大会に出場させなさい!」

「で、でもいくら好きな人だからってみんなの見ている所でキスするなんて…」

「まず彼を出場させなきゃならないわ。とりあえず彼の所にいきなさい」

それ以前に優勝できるのか?という疑問をすっ飛ばしてローラ並の妄想を始めかけたトリーシャをヴァネッサは引き戻した。

「う、うん。解ったよヴァネッサさん、元気がでてきたよ」

トリーシャが晴れやかな笑顔で言う。

「そういえば、ヴァネッサさんのファーストキスはどうだったの?」

元気になった途端これである、さすがトリーシャ。

「ええっ、わたし?私は…そ、そんなことより速く彼の所に行きなさい、日が暮れちゃうわよ」

「え?あっ本当だ、もう随分暗くなってる。じゃあ行って来るよヴァネッサさん、話を聞いてくれてありがとう、またね」

トリーシャは元気に部屋から飛び出して行った。

「くす、やっぱりトリーシャは元気じゃないとね」

とても魅力的な笑顔でトリーシャを見送ったヴァネッサは

「ああっ、トリーシャ健康ジュース飲んでないわね!もう、ちっとも減らないじゃない1年分も買っちゃったのに…」

…やはりいつもどおりのヴァネッサだった。


3話へ


-----------------------------------------------------------------------
あとがき: ヴァネッサさんはホント可愛いなあと思う。人気ないのかな?
悠久組曲におけるヴァネッサ、バーシアの教師コンビはいいコンビです。
これにリサを加えた花の独身教師トリオは最強です(笑)
一番年下のリサが性格的に一番大人ってのがなんとも
あとタイトル変えてみました。あなたのキスを〜♪です。


SSトップに戻る HPに戻る